至福千年 (岩波文庫 緑 94-2)

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (470ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003109427

感想・レビュー・書評

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  • ★★★
    「まずは水。」強力な引力で始まる時代娯楽小説。
    幕末の混乱期、日本にキリスト教による千年王国を地上に具現させようとする者たち。しかし彼らも同じ宗教を信じながらも目指すものは違っていた。狐の妖術を使い現在にキリストとマリアを蘇らせ自分が指示する理想王国を作ろうとする加茂内記。加茂の傍で生きマリアを作るがやがて全てを捨てる更紗師の源佐。マリアを崇め加茂とは対立する松太夫。御家人出身だが家を捨て俳人となった冬俄。
    倒幕佐幕で揺れる社会を彼らの抗争は続き多くの犠牲を出し、そして彼らを庶民の狂乱の踊りが覆い尽くす。
    ★★★

    千年王国とは、神が直接この世を支配する千年の後、サタンとの戦いを経て、最後の審判が待っている、という思想だそうで。
    石川淳は宗教を絡めての人間の原始の力や飾りのない本質を外連味たっぷりに書きます。
    ここでは元盗賊が千年王国の実現を聞いて「自分がありのままで世間がひっくり返るとは気に入った。俺は今まで人殺しを悔いていたが、これからはありのままの生き方を貫いてやる」と嘯きますが、そういう人間の原始的な力が強く感じる作風です。

    千年王国といえばバルガス・リョサの「世界終末戦争」に出てくる宗教者たちが信じていたのもこの思想のようで、世紀末や社会混乱の時に庶民や革命を目論むものが自認する思想なのでしょうか。

  • 幕末の江戸で世直しを目論む隠れキリシタン千年会の首魁・
    加茂内記は部下を巧みに操り、また、
    自らの妖術を以て邪魔者を消す。
    同じ隠れキリシタンでありながら、
    内記を悪と見なして反発する富豪・松太夫と
    争いを繰り広げるが……。

    地上の楽園を実現するため、内記の意を受け、
    更紗作りに命を懸ける職人・東井源左や、
    彼の弟子で、千年会のキリストとして祀り上げられ、
    そのために去勢された与次郎など、
    序盤は耽美・幻想的な雰囲気が強く、
    エロ度が控えめな山田風太郎っぽい作品なのか(爆)と
    思いながら読み進めたが、
    改変歴史小説ではなく、
    史実の裏にあったかもしれない暗闘というストーリーなので、
    魅力的なキャラクターたちが
    最終的に事実の奔流に呑み込まれてしまった印象。
    もったいない気もするが、
    彼らもまた幕末の混乱と喧噪に翻弄されて、
    儚い夢のように消えた――といったところか。
    義理人情に厚い反面、終始、
    事態を醒めた目で眺め続けた俳諧師・一字庵冬峨の
    行方が気になる。

  • 久々の再読。石川淳だけれど幕末を舞台にしたエンタメ伝奇小説。革命→ユートピアという思想、初期のいくつかの短編で描かれていたのと同一のモチーフが長編としてここに結実した感じ。

    なんといっても登場人物が魅力的。ひょうひょうとして我が道をゆく俳諧師・冬峨も好きだけれど、ブレない悪人・じゃがたら一角がやっぱりカッコイイ。正直、登場人物に正真正銘の正義の味方は存在しない。そういう意味では一種のピカレスク小説でもあるかもしれない。

    本来同一の神を信じているはずの隠れキリシタン、しかし「千年会」を組織し幕閣に働きかけて江戸を王国化しようとする妖術使い加茂内記はただの野心家だし、彼らと対立する松太夫の一派は計算高い商人根性が抜けきらない。結局どちらも宗教は手段にすぎず、目的は別なので、どちらに肩入れする気にもならない。

    彼らに利用されて不幸になるのは主に少年少女たちで、個人的にはせめて彼らの中の誰かが「焼け跡のイエス」となってくれればまだ救われたのだけど。

    解説:澁澤龍彦

  • 幕末の江戸。隠れキリシタンの秘密結社「千年会」が地上楽園を江戸に築くべく暗躍する。それに敵対するのもまた隠れキリシタン。歴史の表舞台に立たなかった者たちの戦いを描く伝奇小説。

    小気味のいい、ちょっと古典めかした文体がテンポよく、小難しいところもなく、個性的な登場人物が躍動する。
    特に千年会の実行隊長・盗人じゃがたら一角と、日和見主義の風流者・冬峨の二人の掛け合いがこの物語を引っ張るパワーとなっている。

    隠れキリシタンという設定だが、千年会のキリスト教解釈はかなり無茶苦茶で、これでキリスト教を名乗っていいものかというシロモノ。あまりキリスト教が出てくる話という意識を持たないで、怪しげな秘密結社の暗闘を描いた本と思ったほうがいい。

    話の筋は、千年会が勢力を拡大すべく、様々な手を打っていく序盤。不思議なのはそれが悉くライバルの手によって頓挫しているように見えるのに、なぜか勢力は着実に拡大する。
    終盤は終盤で、登場した人物みんなが大したこともなさぬうちに霧消していく、虚無的な終わり方。

    結局、彼ら下層市民がいくら策動しようとも歴史を動かすのは一握りの上層階級の人間たちで、下層市民は「ええじゃないか」という歴史の背景として姿を留めるのが精いっぱい、といったところなのか。

  • 「まずは水。その性の良し悪しはてきめんに仕事に響く。」切り詰められて軋みをあげる言葉が、それでも猛スピードで目の前を通り過ぎていく。しかもエレガントに。山田風太郎ばりの江戸活劇エンターテイメント。じゃない?

  • 幕末の江戸、隠れキリシタン同士の争いを描く伝奇小説
    キリシタンでありながら神官でもあり白狐を操る加茂内記の妖術(もうキリシタンなのにやってみせてる事は悪魔じゃないかと笑うレベル)、それに対抗する松師・松太夫はマリヤ像を抱えた松の木を神木とし、その松葉を燻した煙による狐落としと商売を通じ手に入れた短筒で闘うという設面が面白い。

    ストーリーは予想を裏切る展開が続き、ラストはやや呆気なさを感じもするが、「あったかもしれないifの世界」「非人とされた人々も含めた人のエネルギー・うねり」を描く世界においては大団円でもあるか。
    個人的に、キリスト教を中心に据えながらも仏教的な雰囲気がするなと感じた(宗教に特別詳しい訳でもないので、本当に個人的な感覚)

  • 幕末×千年王国幻想という、まさに意表をつく設定の長篇伝奇小説です。

    白狐の術を操る謎の老人・加茂内記が率いるは、地上楽園の建設をもくろむ秘密結社「千年会」。内記に抗するは聖母マリヤを奉ずる富者・松太夫。この二人の暗闘を軸に、賢人妖人怪人が跳梁跋扈し自らの信仰信念を実現させようと駆けずり回る様は強烈なエネルギーに満ちあふれています。

    わけても魅力的なのが、俳諧師・冬俄。一から百までを見通す目を持ちながら、どこまでも冷めた様子で酒を喰らい世を端から眺める様は強い印象を残します。本作の狂言回し、読者作者の代理とでもいうべき役割であり、彼の傍観者としての姿を追いかけるだけでも興味の尽きない読み物となりましょう。

    文章の巧みさはさすが石川淳としか言えない出来映え。ざっくらばんなようでいながら品格を失わず、それでいて流れるような文体は絶品の一言。特に終盤、江戸に千年会が集結するくだりは傑出です。

    実に読み応えのある一作。なお、澁澤龍彦の解説も必読です。

  • オーソドックス

  • 幕末の混乱に乗じて理想郷を打ちたてようとするキリシタン一派とそれを防ごうとするキリシタン一派の争い。
    テンポも会話も小気味が良いので楽しく読め、所々で出てくる誹諧の遊び心が面白かった。

    宗教にある救いの捉え方、道筋は扱う人間によってどのようにも湾曲、変化させられてしまうのだと思いながら読んだ。一角が教えを曲解して自己消化し、変貌するのが何とも言えない不気味さだった。

  • 石川淳は、中学のころ、澁澤経由で読みはじめ、今は一冊一万くらいする、全集のみ。なので手軽な文庫を、手持ち無沙汰のとき購入。後書きは、澁澤龍彦。

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著者プロフィール

作家

「2020年 『石川淳随筆集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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