- Amazon.co.jp ・本 (388ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003240625
作品紹介・あらすじ
ゲーテ(1749‐1832)はこの大作を24歳で書きはじめて82歳で書きおえ、83歳で没した。詩人の天才をもってしても完成に殆ど全生涯を要したのである。『ファウスト』第1部では、学問の無力に絶望した大学者ファウストが悪魔メフィストの助力を得て官能的享楽の限りをつくそうとするが、それは心清き少女グレートヘンの痛ましい悲劇におわる。
感想・レビュー・書評
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人間は努力をする限り、迷うものだ。▼恋愛は理想であり、結婚は現実である。▼幸福な両目よ、おまえたちが見てきたものは何はともあれ、やはり本当に美しかった。ゲーテ『ファウスト』
世の中のいざこざの原因になるのは、奸策(わるだくみ)や悪意よりも、むしろ誤解や怠惰である。▼大抵の人間は大部分の時間を生きんがために働いて費やす。そして、わずかばかり残された自由は、それが恐ろしくて、それから逃れるために手段を尽くす。ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
人は役立つ人間しか評価しない。他人の評価を喜ぶのは、自分を道具扱いすることである。▼人生は愚者にとって困難に見えるとき、賢者には容易に見える。愚者にとって容易に見えるとき、賢者には困難に見える。ゲーテ『格率と反省』
苦しみが残していったものを味わえ。苦難も過ぎてしまえば甘美である。▼憎しみは積極的な不満であり、嫉妬は消極的な不満である。したがって嫉妬は憎しみに変わる。▼虚栄は軽薄な美人に最もふさわしい。ゲーテ『格言集』
人は各種各様の旅をして、結局、自分が(前から)持っていたものだけを持って帰る。ゲーテ
他人のことを語りながら、自分のことを語っている。ゲーテ 遺構
一人で石を持ち上げる気がなかったら、二人がかりでも持ち上がらない。ゲーテ
冗談を言ったものが自ら笑えば、冗談はすべてを失う。シラー『フィエスコ』
自分を知りたいなら、他人がいかに行動するかを見よ。他人を理解したいなら、自分の心を見よ。シラー『諷刺詩』
未来はためらいながら近づき、現在は矢のように飛び去り、過去は永遠に静止している。シラー『諦観』
幸福には翼がある。つないでおくことは難しい。シラー『メッシーナの花嫁』
友情は喜びを2倍にし、悲しみを半分にする。▼人間一人一人はみな利口で分別ありげだが、集団になると馬鹿が出てくる。シラー詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
特段面白い!ってとこはあんまないけど、緩く面白さがずっと続く。噛めば噛むほど味が出る感じ。
まぁ古いし外国のだし読むのは大変。ある程度読み進めれば慣れてくるけど。
読み終わった時の達成感が凄い。 -
あらゆる古典の中に古典として引用されるゲーテ。そのゲーテの『ファウスト』の第1部。
ゲーテは、20歳から構想を思案し、24歳から書き始めて82歳でこれを完成させた。そして83歳に没した。
ゲーテは城に住み、緑と静謐に囲まれ閑暇に満たされて、毎日ワインを大量に飲んで執筆していたようだ。
ところどころで散りばめられている人生の本質が立ち現れてくるような鋭い言葉。
ゲーテはこの第1部を酷評し、第2部にこそ満足しているという評価のようである。
第1部のクライマックスは言葉にしにくい、シェイクスピアとはまた一味違った悲劇の深みを感じる。
第2部が楽しみだ。 -
読むのに少し苦労するが、読み返してみたい作品。
知識の無力さに失望したファウストが、悪魔メフィストに導かれてあらゆる喜劇と悲劇を経験する。
最後はグレードヘンが死に際でも神への信仰を捨てず、魂は救われる。崇高で純粋な彼女の死に様は美しくすらある。 -
ずっと前に授業で読んだ、クリストファー マーロウ版のDr Faustusより、ゲーテ版ファウストのほうが登場人物たちが生き生きしてて面白かった。特にメフィストフェレスと旅に出てから。なんでもできる、どこへだってゆける、究極の自由。
下品な悪ふざけも多いけれど、聖書、哲学、伝承、シェイクスピアの引用がたくさんあって、ヨーロッパ文化の豊かさを感じました。当時の(設定は16世紀?なのにゲーテの生きた18、19世紀の慣習が出てきたりして間違ってる、とも書いてあったけど)倫理観も見えたり。
古本だったので前の持ち主のメモが残ってて、それを読むのも楽しかった。解説じみたことから、ここの表現が綺麗、とか、そりゃ悪魔だからな!とか、独り言みたいなことも。
とはいえ、理解しきれないこともあって、まだまだ未熟だなあと反省しつつ、いつか読み返したい、そしてお待ちかね、ギリシア神話の世界に飛び込む第2部が楽しみです。 -
新しいタイプのプロレタリア文学です。無理難題をふっかけて、納得するまで金を払わないわがままなクライアント。それに翻弄されて右往左往する個人事業主。やっと報酬がもらえると思ったら、上から目線で売り上げを搾取していくお上。メフィストフェレスカワイソスと思ったのは、私だけではないはず。
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ゲーテが24歳から死ぬ直前までかけて書いた本。プロット自体は面白いけど、全体としてそこまで面白いとは思えなかった。黒澤明の「生きる」の下敷きになってるのかなと思われる。
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中世ドイツのファウスト伝説をゲーテが独自の解釈を交え戯曲化したもの。
対照的な錬金術師ファウストと悪魔メフィストフェレスが、恐ろしくもどこか滑稽で、矛盾に満ちたやりかたで自らの生の意味を探し求める。
いま世の中にあるもののどれほど多くがここにルーツを持っているのだろう。何か途方も無い気持ちに襲われる。200年経ってなお親しみやすさと斬新なみずみずしさを湛えているのは圧巻である。
「光」≒「快活な理性の力」≒「神」 という図式のようなものは、日本にいるとどこか空々しいけれど、この世界でははまり過ぎるくらいである。それほど闇と混沌からのイメージの氾濫は激しく、光溢れる南欧への憧れという生理現象が彼らの美学を形成する原動力になっている。
読んでいる数日間、寒くて薄暗い雨の日が続いたので、久しぶりの晴れ間にやたら有り難さを感じたのはファウスト効果だったかもしれない。
これを読む前にはギリシャ神話を少しかじっといた方が楽しめると思う。中世キリスト教的世界観もかもしれないが、現代日本に生きているだけでこちらは結構馴染みがあるもののようだ。 -
読めば読むほど味が出てきます。
「前狂言」の章で、大勢の人を楽しませるにはどうしたらよいか。それならいろいろな物を詰め込んでみればいい。そうすればきっと何かしら一つは好みのものを見つけてもらえる。とあるように、盛りだくさんの内容です。だからこそ1回読んだだけでは味わいきれず、ただすごいすごい、という感じで終ってしまいます。
さすがゲーテだけあって詩句も見所の1つです。訳者さんの腕もあるんだろうけども、切ない恋の歌から珍妙な魔女の詩までテンポもセンスもよく楽しめました。中でも「グレートヒェンの部屋」の章でグレートヒェンが詠ってる詩は格別です。
主人公であるファウストは私からするととても素直な人のように思えます。自分が知りたいことに対しては懸命に努力し、自分が求めていたものが得られないと知ると深く絶望し、グレートヒェンに恋をした時はただひたむきに愛をかかげる。とても真っ直ぐな人だと思います。その真っ直ぐさは人間の一番美しい部分の一つなんではないでしょうか。ただ、それは純粋であればあるほど、他人を気にかけないエゴになってしまいます。
実際のところ、私たちは自分の気持ちのみに忠実に生きていくことはできません。社会の制約が、また人との関わり合いがそうすることを拒みます。それでも、その純粋さを究めた人、それこそがファウストです。彼の姿にはそういった美しさがあります。しかし、その陰では犠牲になったものも多く、それが故にこの物語は美しさを伴う悲劇なのです。