- Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003314647
作品紹介・あらすじ
1928年8月にパリ近郊ポンティニーで行われた二つの講演をまとめた『時間論』(原文フランス語、九鬼最初の著作)を中心に、著者の主要テーマの一つ「時間」に関する論考をまとめる。時間は可逆的か不可逆的か、時間はどのような構造をもつものなのかを明晰な論理をもって問う、九鬼独自の「永遠回帰」の思想。詳細な注解と解説を付す。
感想・レビュー・書評
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時間はつとめて哲学的なテーマであり、「いき」の構造で知られる九鬼周造がどんなアプローチをしているのか興味を持ち読んでみた。
フランスで行った講演をもとにした本。フランス語やドイツ語、さらには両国の哲学者の論考を交えながら議論は晋。西洋の未来へ一つの方向に向かっていく矢の発想に対して、九鬼は東洋的な繰り返す環=循環の発想で時間をとらえる。永遠回帰はニーチェの永劫回帰にも近い考え方のようである。
引用される話が興味深い。
・シシュフォスの神話
・これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 (蝉丸)
永遠の今、という言葉が出てくるが。これらは永遠回帰なのだろう。前者は苦行、後者は刹那のような印象を抱いていたが、根っこは同じということか。ただし、九鬼自身は脚注でそんなものはないと思っていると言い出したり、読者を混乱させる部分はある。
あとがきを読んでようやく九鬼の言わんとしていることの半分くらいは理解できた気がする。
最後にこういう本を出してくれるのはさすが岩波書店。ありがたいです。
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時間論(時間の観念と東洋における時間の反復;日本芸術における「無限」の表現)
時間の問題―ベルクソンとハイデッガー
文学の形而上学 -
先日読んだ論文集『人間と実存』が面白かったので早速これを買ってみた。
九鬼周造の「時間論」をテーマとした4編が収められている。最初のものはごくごく初期のもので、あまりおもしろくはなかった(「時間の観念と東洋における時間の反復」)。これは言語が仏語で、フランス留学中にパリで行った講演。
しかし時間論に関する基本線はこの最初期の頃からあまり変わっていない。横に一直線に、不可逆的に流れる西洋的時間に対して、東洋の輪廻説に見られるような時間軸の垂直方向への思考。ここに九鬼は東洋的「永遠」の契機を見る。
それはその後「永遠回帰」と呼称することになるが、九鬼周造のこの概念は「同一性」の永遠をうたうものであり、ニーチェの「永劫回帰」のような苦痛をもたらすものではない。
九鬼周造はベルクソンやハイデッガーを参照しており、そこに深まりはあるが、最終的な弁証法的解釈にはやや甘い感じを受ける。
本書の中では最後の「文学と形而上学」が面白かった。映画のような「時間芸術」の側面をもつ文学は、しかしながら結局は「重層的な時間」をしめしているという思想。
これから音楽に関して「時間」を探究してみようと思っている私にとっては、参考になった。
「音楽が音の知覚そのものとして時間的には単層性を示すに反して、文学は言語によって観念的時間を産むことにおいて時間の重層性構成するのである。」(P172)
さてそのように対比される音楽の時間とは、本当にそんな単純なものであろうか。それは私が自分で考えていかなければならない。