- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004314264
感想・レビュー・書評
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南川さんは、日本で信頼できる古代ローマ史家のひとりだと思います。現在の我々の「民族」という言葉の意味が、古代ローマの歴史に接する際に、邪魔をします。19世紀以降の民族としての「ゲルマン人」という人たちは存在しないということをあらためて認識しました。(途中)
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見方としては面白いが説得力は弱い
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著者なりの解釈のローマ帝国衰亡史。
まず全盛期のローマ帝国がいかにしてあのような巨大な領土を成せていたのかを説明する。
そして、コンスタンティヌス帝以降の通史を追って、それがいかに崩壊していったかを説く。
曰く、全盛期の帝国には明確なフロンティアはなく、帝国を帝国たらしめていたのは「ローマ人である」というアイデンティティであったという。
そして、その基盤が揺るぎ始めるのがコンスタンティヌス大帝の治世であり、最後はわずか30年の間に一気に瓦解したことを描く。
政治史と社会史に重きをおいた論調。
ローマ帝国の紐帯の基盤を、人々の「意識」に求め、その「意識」を育んだ政治システムがいかに変容したかを説くことで、衰退の理由を捉えようとする。
全盛期の帝国の政治システムが、「ローマ人である」というアイデンティティの形成を促進し、その意識が帝国の「統合」するように機能していたという主張は大変説得力を感じた。
しかし、ローマ帝国末期にそれを支えていた政治システムが変容していったことは分かったが、それが理由で他民族に対しなぜ「排他的」な意識に変わっていったかは読んでいてあまり得心できなかった。
どうしてもこういう切り口からの分析は立証するのが困難なように感じてしまうが、そもそもローマ帝国の衰亡ともなれば様々な要素が複雑に絡み合った結果なので、明確に描き出すことは難しい。
こういう努力の積み重ねが、今までに散々説かれてきた衰亡の理由に、さらに新たな側面を付け加え、また一歩その全体像に近づけているのかもしれない。
歴史研究もその時代背景の影響を色濃く受ける、という主張が繰り返し登場するのも興味深かった。 -
ローマ帝国の衰亡の原因を、寛容さの喪失であるとして論じている。
ローマ帝国というとゲルマン人によって滅ぼされたという印象をもつが、実際は魅力的な「ローマ人である」というアイデンティティーでもっていわゆるゲルマン民族などの外部部族をその内に受け入れ、帝国がまとまっていた。
それが、国家の危機に際して「排他的ローマ主義」が台頭してきたことが、急速に国家の魅力を失わせ、ローマ帝国が「尊敬できない国家」へと成り下がったとしている。
国家としての魅力を失ったときに国は滅びる。ある意味非常にわかりやすい話だが、その経緯はとても複雑だった。如何にして国家は滅びるのかについて考えさせられた。 -
歴史の時間では、ローマ帝国はゲルマン人が北から侵入してきた
ことが原因で衰亡したと習ったように記憶している.本書では帝国の政治状況を加味した解説がなされており、非常に納得できた.このような記述がある.「北からの諸部族の移動の影響を最初に受けたのは帝国の東半だった.しかし崩壊したのは西半である.西半は在地の有力者が強く、東半は皇帝政治の権力が強かった.」 この権力者たちの心がローマから離れたことが衰亡した最大の要因だ.さらに「ローマ帝国の衰亡とは”ローマ人である”という帝国を成り立たせていた担い手のアイデンティティが変化し、国家の本質が失われていく過程であった」と結論を述べている. -
ローマ帝国の衰亡の要因は、外部の民族をローマ市民として、受け入れていた寛容さが失われていき、排他的になっていったことだと著者は言ってるのだと思う。そして、ここでははっきり明言せず、匂わせるだけだが、その背景にはキリスト教の信条があるのだ。
コンスタンティヌスが大帝と呼ばれ、ユリアヌスが背教者と呼ばれたのは、前者がキリストを国教としたのに対して、後者が他の宗教の信教の自由を認めたからだが、キリスト教は極めて排他的な宗教で、ローマ帝国の寿命を縮めた要因になっているのだと思う。