医学的根拠とは何か (岩波新書)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004314585

作品紹介・あらすじ

日本では医学的根拠の混乱が続いている。そのため多くの公害事件や薬害事件などで被害が拡大した。混乱の元は、医師としての個人的な経験を重視する直感派医師と、生物学的研究を重視するメカニズム派医師である。臨床データの統計学的分析(疫学)という世界的に確立した方法が、なぜ日本では広まらないのか。医学専門家のあり方を問う。

感想・レビュー・書評

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  • 「医学的根拠とは何か」書評 身近で難解な問題を問い直す|好書好日
    https://book.asahi.com/article/11623355

    医学的根拠とは何か- 医薬ビジランスセンター
    https://npojip.org/contents/book/shohyo054_02.html

    医学的根拠とは何か - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b226245.html

  • めちゃめちゃ。とんがった医師がいた。津田敏秀は、岡山大学大学院環境生命科学研究科教授。専攻は疫学、環境医学、因果推論、臨床疫学である。著者が言っている断定的表現は嫌われるだろうなと思う。だけど、好きだなぁ。容赦しない姿勢が、だから平気で国を訴訟できる学者なのだ。
    本書から、水俣病のところだけを拾って、私の理解を含めて説明すると以下のようになる。
    水俣病は、有機水銀による食中毒事件である。それは、熊本県も国(厚生省)も認識していた。
    1956年5月に最初の患者の届け出。これが公式の水俣病患者の届け出となる。1956年11月に奇病や伝染病でなく、熊本大学医学部は食中毒であるとした。
    にもかかわらず、厚生省は「原因物質がわからない」として食品衛生法の適用をしなかった。
    この理由は「全ての原因食品が汚染されている証拠が必要」という。食中毒が起こった時に原因物質が解明されている必要性という前例がない。食品衛生法に基づいても違反している。食べたものを食べさせない処置をすることはとても必要だ。明らかに厚生省の過失、過誤である。
    水俣病は、公式確認直後の早い時期から伝染性の疾患ではなく、ある種の重金属による中毒と考えられ、水俣湾の魚介類を食べることによって引き起こされた食中毒との共通認識はあった。
    水俣病が食中毒だとすると食品衛生法の適用を受ける。水俣病が公式確認された当時の食品衛生法第二十七条によれば、食品等に起因して中毒した患者等を診断した医師は、直ちに最寄りの保健所長にその旨を届け出なければならない。保健所長は、この届け出を受けたときには調査し、かつ都道府県知事に報告をしなければならない。都道府県知事は、この報告を受けたときには厚生大臣に報告をしなければならない。当時の食品衛生法第四条によれば、「有毒な、又は有害な物質が含まれ、又は附着している」食品等については、採取や販売等が禁止されている。
    というのが、食品衛生法に伴う処理の方法であるが、厚生省はそれを認識していながら、食品衛生法を自ら法的に処理しなかった。食中毒事件報告書がない。厚生省は法律違反を自ら犯したのである。
    当たり前の食中毒事件処理が行われなかったために、不知火海沿岸に拡大。チッソ工場の排水が続いている状態を続ける。魚を食べるための禁止処置などをするべきであったが、しなかったので被害が拡大した。
    水俣病は、「昭和52年判断条件」に基づく認定をしている。食中毒事件で、いちいち認定をするってありえない。医学者は水俣病の基準が、よくわからないので、認定基準が曖昧。現地調査もきちんとしない。なぜ医学的根拠が、科学になっていないのだろうか?と疑問を投げかける。
    最高裁の判断は「昭和52年判断条件に定める症候の組み合わせが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はない」といい、症状の組み合わせを水俣病の認定条件とすることに科学的根拠はないとしている。
    全く、著者の言われていることに同意する。水俣病に対する著者の立場は鮮明である。
    本書は、医学的根拠は何か?問いかけている。
    福島原発メルトダウンによって放射能の閾値が発表されている。100ミリシーベルトを目安として「がんの増加が見られない」とする報告を元に、いつの間にか100ミリシーベルトはガンにならないと言われるようになった。WHO(世界保健機関)の健康リスクアセスメントは、100ミリシーベルト以下であってもがん発症の可能性を指摘している。なぜ世界基準と日本基準は違うのか?を問いかけている。いくつかの事例(PM2.5問題、発がん物質問題、ピロリ菌問題、タバコと肺がん問題、O157問題、赤ちゃん突然死問題など)は象徴的な事件は医学的根拠の不理解の中にある。
    医学的根拠は、直感派、メカニズム派、数量化派の3つに分類できる。直感派は医師としての個人的な経験を重視。メカニズム派は動物実験など生物学的研究の結果を重視。そして数量化派は、統計学の方法論に基づく疫学的解析にあるとする。コロナ禍で、8割おじさんと揶揄されたが、日本には直感派とメカニズム派が主流で、現在のような広範囲に起こる病気に対して対応しきれないという。
    それが、水俣病でも明確に現れたと主張するのだ。
    医学博士になるための論文は、臨床研究の人が少ない。「いまどき分子メカニズムの研究でないと医学博士がとれない」「動物実験こそが研究だ」と人間、患者から離れていくことになっている。医学が患者を扱わないことが、問題なのだ。医者は「実験室」ではなく「診察室」に向かう必要があると言っている。日本の医学の世界では軽視されがちな疫学の重要性を,歴史的な系譜を説明する。
    科学的根拠に基づいた医学(Evidence-Based Medicine:EBM)。臨床研究で集められたデータは、人に関するデータであり、数量化された疫学方法論を取り入れることが必要だと説く。
    大気汚染、重金属汚染、放射能汚染などは、公衆衛生学に基づいた医学的根拠は数量化された統計学で解析されない本質が見えない。まして直感派やメカニズム派では対応できない。医療の質を変えないと水俣病のような迷走が起こり被害を拡大・長期化する。
    いやはや。医学界にも、稀有な人がいるもんだ。著者の鋭いツッコミを支持する。

  • ◆日本の「医学的根拠」は大きく立ち遅れている。世界的には、統計学的なデータの比較や検討によって病因を確率的に判断する疫学的手法(統計学的ともいえる)が追究されてきたのに対して、日本では経験的・感覚的に判断する「直感派」や、あくまで細菌などのごく細かな因子(要因)にこだわる「メカニズム派」がほとんどを占めているという。

    ◆しかし「直感派」と「メカニズム派」の彼らは、自身の知見を一般化する言葉を知らない。このことは、福島原発事故による放射能の人体への影響や、水俣病認定問題などで大きく誤った「医学的根拠」を生み出した。また、「メカニズム派」は、細菌などの狭いレベルで原因となる要因(因子)を全て特定することこそが医学的根拠であると考える。彼らは食中毒問題(O157や雪印)に対して原因となる細菌と食材を結びつけようとするが、細菌・食材と発症の因果関係には目を向けない (1:後述)。

    ◆彼らは「数量化派」に対し「疫学的な手法は、一般的な傾向を示すだけであって、それぞれの個体に当てはまるとは限らない」などというが、著者は「個々の違いがあるからこそ、(中略)その経験を一般的な判断に用いる (p. 79)」ための手法として、疫学があるのだと強調する。

    ◆著者は、こんにちの日本でもみられるこうした言説を「19世紀のフランスの議論」としたうえで、その問題は実験を重んずる日本の医学界全体にあるとする。そのうえで「数量化派」の役割を強調し、「直感派」や「メカニズム派」の知見を一般的な法則(科学の言葉ともいえると思う)に帰する方法として疫学があるのだと主張する。◆冗談交じりとはいえ、「お前殺されるぞ」と忠告されたという本書の主張はとても力強い。そして一貫しており、わかりやすい。ずさんな「医学的根拠」に関心のある方や、これから統計学を学ぶ人におすすめしたい。


    * メモ *

    (1) O157事件に対処したメカニズム派の細菌学者や行政は、食品衛生法に定められている悉皆調査(ここでは”発症しなかった人”も含める学校生徒・職員全員への調査のこと)さえおこなわず、「入院患者の喫食情報」ばかりを集め、「食べた食材と発症との因果関係を調べる肝心のデータを集め分析しようともしなかった (p. 104)」。

    ◆PM2.5

    1988年 : 健康影響に関する”調査研究を推進”
    1993年 : ”調査手法について調査検討”した。疫学的調査、評価手法の検討などについて”さらに検討する”
    1997年 : アメリカ環境保護局、新しい大気汚染基準にPM2.5(それまでは総粒子物質TPM)

    「ヨーロッパでは、2000年代に入ったころにはおもな都市が年ごとに"大気汚染による人体影響の程度"を測定して発表していたのに対し、日本では"大気汚染の程度"を発表するだけで、大気汚染による人体影響の測定にはほとんど手が出ていない状況が今も続いている (p. 10)」

    ◆カネミ油症
    「食中毒事件・カネミ油症事件では、1968年の最初の報道の数日後に原因食品の名が付いた研究班(油症研究班)を九州大学が”原因究明”を掲げて結成したが、肝心の原因食品の回収命令は出されなかった (p. 142)。」

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/687490

  • バス待ちの時間などを使って、少しずつ読み進め、ここ二日で残り半分を。

    わたしたちは権威に対して幻想を抱きがちだ。
    なんでも分かっているはず。なんでも知っているはず。間違っているはずがない、と。
    始まりは親に対して、そして学校に、教師に、有名人に、肩書きに。

    「自分は無力だ」と示さなければ許さなかったおとなたちから保護されて生き残るために、それは”こども”が持つ生きる戦略だったのかもしれない。

     …医学界にも「教育」がある。定められた「教育内容」に縛られていた。
    若者が育つべき場と機会がある。そこにも、他の分野と同様の課題がある。

    【国や政策の都合から解放された「学び」の場】を求める声は、”公教育が定めた学習課題をいかに学校以外の場でも展開するシステムを作るか、その(いわゆる)多様な学びの機会をいかに実現・保障するか”の視点からは、決して生まれないだろうな。
     ”いかに学びを習得するか”に至るだけだろうしな。

     社会で生きるための条件としての「学習」機会ではなく
    熟成した市民が育つための「学習」の機会
    目指したいところは、そこではないだろうか

  • 2013年に出版された本であるが、2020年以降の日本におけるCOVID19対応の駄目さを予言していたかのようだ。
    専門家会議だの分科会だので決められていく方針は、本書で語られる数値に基づいた「医学的根拠」ではなく、まさに「直感派」による思い付きや政治的な思惑によって決められているようにしか思えない。また、どれだけ感染が蔓延しているか数値を明らかにするための大規模なPCR検査すら、強く反対する勢力がはびこってきた。感染者の登録という基礎データ収集も、何日も遅れ続けた。そして政治家たちは、対策しないことの言い訳に「エビデンスがないから」と言い張った。
    つまり、この本が書かれてから10年間、この国がずっと駄目な国であり続けたからこそ、2年間で3万人近いCOVID19の犠牲者を出してしまったのだ。このことを忘れるわけにはいかない。

  • 『感染症』(中公新書)に続いてこちらを読了。
    なるほど。医学的な根拠を主に何に拠って認める姿勢を持つかについて、直感派、メカニズム派、数量化派の3つに分け、日本における「数量化」(≒疫学的立場)への理解の遅れを、疫学が専門の先生が警鐘として(若干愚痴的に?)書かれた内容。数量化への無理解はとりもなおさず「統計学」への無理解といえる。ただ、この本が書かれた2013年と比べても、パソコンの進化もあり、昨今の新型コロナに関する議論を見ていても、市井の人の分析を含めて、かなり統計的な議論は進んできているのでは?とも思うが、どうだろうか。
    ニューヨークにいる身としては、この後州政府がどのような根拠をもとに、どのような段階での経済の再開を行なっていくのか、ある意味興味深い。
    政治が絡んでいる観があるので、純粋に科学的な判断が優先されていくかは未知数ですが…

  • 日本の医学界を覆っている経験や実験室知識偏重を糾弾し、臨床データの数量化の重要性を説いた一冊。臨床という「観察の世界」から「概念(一般法則)の世界」を導きだすことで、これまで人類は疫病や食中毒等に立ち向かってきた。コロナインフルエンザが世界的な拡がりを見せるなか、どう思考し、対策を練るか。そのための基本的な姿勢が学べるだろう。文章が少々回りくどく、著者独特の唐突な表現が難点。

  • 2019年11月1日読了。

  • 日本のEBMがまやかしでしかありえない、それは日本の臨床医が科学的ではないから。そのことは多分みんなわかっている。あきらめない、や、がんばらない、なんて旧時代の医者が言っているうちはEBMにはなりません。

    そのことがよくわかる本。

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