メイド・イン京都

著者 :
  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022517395

作品紹介・あらすじ

婚約したばかりの美咲が、彼の実家のある京都に移住した途端に浴びる数々の洗礼。また実家で豹変する彼に幻滅し、美咲は昔からの趣味であるTシャツ作りにのめり込む。徐々に美咲は京都の地で個人ブランドの独立・起業への道を歩き始める。自分らしい生き方を模索する一人の女性の物語。

感想・レビュー・書評

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  •  東京の輸入家具の会社を退職し、婚約者とともに京都の地に降り立った美咲を待っていたものは?

     自分の足で立って生きていくとはどういうことか。それを模索する1人の女性の姿を描いたヒューマンドラマ。第9回京都本大賞受賞作。
             ◇
     車窓から見える富士山を横目に、隣の席で熟睡する和範に目をやる。東京を出発したときは富士山をバックに2人で写真を撮ろうと言っていた和範だが、新横浜を出たあたりからぐっすり眠ってしまっている。まあ無理もないかと美咲はため息をつく。

     2か月前の暑い盛りに父親が急死し、和範の生活は一変した。
     和範の父は、京都で飲食店を中心に手広く事業を展開する会社の社長だった。その父親の死に伴い、長男の和範が後を継ぐことになったからだ。
     勤めていた銀行で和範が担当していた仕事の引き継ぎで、この2か月というもの和範は休みもろくに取れない状態だった。
     そんな中で美咲はプロポーズされた。仕事を辞めることも東京を離れることも予想だにしていなかったため当初は悩んだ美咲だが、和範の思いに応えたい気持ちが勝りその申し出を受けることにした。

     そして今、美咲は和範と一緒に京都に向かう新幹線に乗っている。
     まだ婚約中の2人だが、京都に着いてからが忙しい。1周忌明けになる予定の挙式の準備はもちろん、新居探しから始まる新生活の準備も大変だ。そんなことを考えているうち列車は京都に着いた。

     タクシーで向かったのは銀閣寺近くにある和範の実家だ。新居が決まるまでの間泊めてもらうことになっている。
     古都の町並みを通り抜け車が止まったのは、立派な家が立ち並ぶお屋敷町の中でもひときわ大きな邸宅の前だった。(「プロローグ」) 全8章とプロローグおよびエピローグからなる。

         * * * * *

     愛憎うずまくストーリーは、どちらかと言うと苦手です。必ずと言っていいほど主人公がイライラするようなトラブルに巻き込まれ、読んでいるこちらの胸が痛むからです。 ( 主人公がトラブルメーカーになるパターンもありますが……。)
     それでも物語中に救いの兆しがチラリとでも見えれば、こんな自分でも最後まで読みきることができたりします。
     本作での救いの兆しは、主人公の美咲が持つ人間性から発したものでした。

     美咲は主人公にふさわしい魅力的な女性で、その魅力を支えているのが2つの美点です。

     1つ目は、デザイナーとしての感性と才能です。
     美大出身の彼女は就活で苦労するものの最終的には美的センスを活かせる会社に就職でき、海外に買い付けに行かせてもらうなど適性に見合った仕事をしています。 ( 能力を発揮できている人は輝いて見えるもので、和範がひと目惚れする原因にもなりました。)

     2つ目は、物事を前向きに捉えられるという性格の純良さです。
     それは言動にも表れるもので、美咲に対し含むところのない人にとっては、好印象につながっていきます。 ( ただ、この長所は諸刃の剣でもあり、捻じくれた人たちから妬みや憎しみを向けられることにもなります。)

     これらの美点に惹かれた人たちが、窮地に陥った美咲に救いの手を差し伸べていくのです。そういった支援者の登場で窮地を切り抜けていくうち、美咲は真の自立を手に入れていく、その過程を読むのが楽しかったです。

     美咲を窮地に追い込む役回りの和範と姑および小姑は憎々しげでしたが、ある意味お約束のような悪役ぶりだったので、腹は立ちますが、そこまでイライラはしませんでした。

     厄介なのは……。

     ここまでで止めておきます。興味を持たれた方は、ぜひお読みください。


     ところで、本作には裏話としてのエピソードが2つあるので、紹介しておきます。

     1つ目は、主人公の美咲にはモデルとなる女性がいらっしゃるのですが、その女性の小学生時代の家庭教師が、当時大学生だった藤岡陽子さんだったそうです。
     その谷口富美さんとおっしゃる女性は、現在でもアパレル関係で活躍していらっしゃいます。

     2つ目は、藤岡さんは京都本大賞受賞などまったく予想していなかったということです。
     そう言えば、姑小姑の言動に顕著に描かれる京都独特のいけず文化や、歴史や伝統にあからさまなプライドを滲ませて都びと以外に接してくる鼻持ちならない京都人の振る舞いなど、京都のネガティブなイメージの描写が多く登場していました。
     さらに、美咲がデザイナーとして成功を収めたのは東京に帰ってからである点や、美咲の精神的な支えとなった佳太は滋賀県在住の陶芸家である点など、京都を讃えるところがほとんどなかったのです。 ( 美咲のデザインそのものは京都の美にインスパイアされたものではありますが。)

     だから受賞の知らせにいちばん驚いたのは藤岡陽子さんだったようです。

     こういう裏話を読むと、なにかうれしくなりますね。

     ちなみに表紙裏表紙の写真で、鴨川沿いを歩くモデルの小石涼香さんが着ていらっしゃるのが谷口さんデザインのTシャツなので、読んでみようと思われる方はそのあたりもお楽しみいただければと思います。

  • 藤岡陽子さん3冊目。題材や主人公は異なるが、藤岡さんの書く作品はどれもとても濃厚だ。
    京都の伝統ある商家を実家に持つ男性が婚約者の主人公美咲(32)。一見玉の輿だが、東京出身の美咲からは理解不能で慣れない風習ばかり、且つメガバンクの仕事を辞め家業を継いだばかりの婚約者も環境の変化への戸惑いや忙しさから人が変わり、2人の関係はギクシャクし…。美大出の美咲はものづくりに精を出すようになり、成長してゆく。藤岡さん書く小説は、ストーリー自体は美しく、上手く行きすぎと思う部分もなくはないが、どれも綺麗事だけではない、世の中の厳しさも含まれている気がする。それが厚みのあるストーリーを生み出しているのだろうな。この間読んだ『リラの花咲くけものみち』の主人公聡里と美咲が、残雪は佳太が何となく重なった。
    京都のこと、刺繍や陶芸といったものづくりのことに触れられたのも面白かった。美咲の作る刺繍Tシャツの現物イメージを是非見たいと思った。

  • わかるような、わからないような。
    ただ、真っ直ぐがんばっている人って気持ちがいいものです。
    物を作り出せるってそれだけで素晴らしいと思います(消費させてもらう一方なので)。

    実際、京都ってあんな感じなのでしょうか?老舗だからでしょうか?

    含みのある終わり方もよかったです。

  • 逆境に立たされた女性が進むべき道を切り拓く その姿に励まされる小説2作 | レビュー | Book Bang -ブックバン-
    https://www.bookbang.jp/review/article/669204

    朝日新聞出版 最新刊行物:書籍:メイド・イン京都
    https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=22621

  • これは、仕事を持つ女性にとって思うことたくさん出てくる小説かと。
    まず美大に進学した時点でプライドも自意識も美意識も技術もそうとうあったはず。それが在学中に現実を見、就活でくじけてしまう。初めての挫折、それでもきちんと自分の中の何かと折り合いをつけてキャリアを積んできた美咲が、「結婚」という新しい環境へのスタートで躓いていく。なんといっても京都の老舗の跡継ぎが婚約者って、もう苦労しか見えない。
    いくつもあった「もし、あのとき…」という岐路。そのどれを選ぶか、で人生って大きく変わっていく。
    京都、という土地が特別ではあるし、また老舗の跡継ぎが相手だったというのも特殊ではあるし。それはもう、不幸としか言いようがない。
    これ、「美咲が我慢して婚約者やその家族の言うとおりにしていたらうまくいったんじゃないのか」なんてことは多分、ない。文化が違いすぎる。結婚が二人の間だけのものであればそれはお互いに我慢し合い譲歩し合い意見をすり合わせていくだけでなんとかなるものだろうけど、「家」というものがかかわってくると、それだけでは収まらないものがある。いつか破綻していただろう、間違いなく。
    結論から言えば「早く気付いてよかった」なのだけど。その「気付き」の後ろに、大学の同級生圭太の存在は不可欠だったろう。
    学生時代の友だちって不思議なもので、何年経っても何十年経っても素のままで受け入れられる。何者でもなかった自分を知っている存在って、ありがたい。それは年を経るとよくわかる。

    美咲が自分の中にあった才能を開花していく過程に、心から声援を送る。送りながらちらちらと見え隠れする不穏な影にちいさな警報がなる。大丈夫か、大丈夫なのか、と心配になる。そして思わぬ落とし穴。
    終盤の駅の場面。心が痛かった。でもその決断が美咲を一回り大きくしたのだ。
    自分の手で何かを作り出すことって、すばらしい。圭太も美咲も自分の手で何かを作り出すヒトだからこそ、その手につかんだ光がある。
    いくつになっても新しい人生へ踏み出すことができる。それを決めるのは、自分自身。
    何かを選ぶということは、何かを捨てるということで。どこかへ進むということは、別の道を捨てるということで。それを決めるのは自分の権利だ。
    トンネルを抜けた先に見える光る海のような読後感。

  • 以前読んだ藤岡さんの物語がとても良かったので、他にも読んでみたいと思っていました。
    やはり読みやすく、そして続きが気になってラストまで一気読み。
     婚約解消、人からの裏切り等、様々な経験をしながら成功をつかんでいく美咲。「知らないうちに人を怒らせている事がある。」と自覚している美咲の事は少し流されやすいところ等、確かに苛々する人はいると思う。
     でも自分もそういうところがあるので共感してしまうのと、あとは佳太が言うように相手への気遣いや思いやりがあるところ、嫌な思いをした相手との出会いにも感謝するようなところや、好きな仕事に丁寧に誠実に向き合っていくところ等,私は好きだなあ。 
     「運は信用に値する人のところにしか訪れない」等、心に残る名言もいくつかあった。

     そしてここずっと、洋服への思い入れがなくなっていたけれど素敵なお気に入りの洋服がみつけたくなった。洋服以外でも作り手さんの思いが伝わってくるような素敵なものに出会いたくなった。
     

     

  • うーん、私には合わなかったなぁ。
    みんな勝手というかなんというか。
    色々、スムーズにはいかないんだけど、佳太がなぁずっと好きだったって都合が良すぎる

  • 大好きな京都が舞台のお話しということで手に取ってみた一冊。インテリア関係の仕事をやめ、交際中の和範と結婚するため彼の実家である京都へと向かうところから物語ははじまります。

    彼の実家は京都で飲食店や物販店を運営する会社で、父親の急逝により事業を引き継ぐことになり、主人公の美咲はキャリアウーマンから一転、社長夫人という立場に。

    一見、玉の輿で人生安泰にも見えるのですが、美咲自身はなんとなくの居心地の悪さを感じ始めます。それは仕事を辞めた喪失感や彼の実家で過ごす窮屈さ、姑との心理的な距離などさまざまあるのでしょうけれども、わけても象徴的なのは一章のタイトルにもある彼からもらうお小遣いだと思います。生活の糧は自分で稼ぐという立場から誰かに養ってもらう立場になってしまったことを実感させられるシーンだったのではないでしょうか。まるで籠の中の鳥、、、かな。

    次第に和範との生活は歯車が狂い始め、彼の実家から二人暮らしができるマンションへと移ったものの、ついにはそのマンションも飛び出すことに。

    そんな展開がつづくストーリーではあるのですが、ドロドロの愛憎劇という雰囲気はまったくなく、どこか爽やかな空気感さえまとっているように感じさせてくれる内容でサクサクと読み進めることができました。実際、夜寝る前に読み始めたものの、なかなか読むのをやめられなくなってしまいました。

    多くのものを手放してしまった美咲の未来を明るく照らしてくれていたのは、自身が刺繍をほどこしたTシャツと10年振りに再会した大学の同級生・佳太の存在です。Tシャツのほうはトントン拍子に話しが進みちょっとうまく行きすぎかな、と思わなくもないですが、和範と結婚することになったがために失くしてしまった自己のアイデンティティとして機能していたといえるでしょう。そのわかりやすさが本作を楽しめるポイントなのかもしれません。

  • 光も闇もある現実に揉まれながら、胸に押し込めていたものづくりへの想いを形にしていく女性の物語。

    まるでジェットコースターのように素敵なことも辛いことも訪れて、読んでいてドキドキハラハラしておもしろかった。
    こんなひどい人いるのって思う人がいたり、それに対峙して傷つきながらも前に進む美咲の姿をつい応援していた。

    果たして京都はこんなにも他県と違うものなのか、少し怖い。

    ☆4.0

  • 心理描写が多くてとても面白かった。

    瑠衣が最後にあんたのこと嫌いだった。と吐き捨てるがその気持ちとてもよくわかると共感した。

    プライドが高いくせに、傷つくのが怖く受け身で私はやましいことなど何もない善良な人間ですという顔をしている。

    自分は善良だと信じている人に限って他人の感情に鈍感で無意識に傷つけている事が往々にしてある。

    嫌な人間だなと思った。けど、そういう人間の内面がよく分かる、初めてみた作品。

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著者プロフィール

藤岡 陽子(ふじおか ようこ)
1971年、京都市生まれの小説家。同志社大学文学部卒業後、報知新聞社にスポーツ記者としての勤務を経て、タンザニア・ダルエスサラーム大学に留学。帰国後に塾講師や法律事務所勤務をしつつ、大阪文学学校に通い、小説を書き始める。この時期、慈恵看護専門学校を卒業し、看護師資格も取得している。
2006年「結い言」で第40回北日本文学賞選奨を受賞。2009年『いつまでも白い羽根』でデビュー。看護学校を舞台にした代表作、『いつまでも白い羽根』は2018年にテレビドラマ化された。

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