獣の夜

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.54
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本棚登録 : 1014
感想 : 101
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022519115

作品紹介・あらすじ

原因不明の歯痛に悩む私が訪れた不思議な歯医者(『太陽』)。女ともだちをサプライズパーティに連れ出す予定が……(『獣の夜』)。短編の名手である著者が、日常がぐらりと揺らぐ瞬間を、ときにつややかにときにユーモラスにつづった傑作短編集。

感想・レビュー・書評

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  •  自分なりに一所懸命に生きてきたつもりだったのに……。
     何かのはずみで日常が変化してしまった人たちを描くファンタジー要素が強めの短編集。
              ◇
     コロナ禍の最中のある日。永井タクは妻からフットマッサージに行くことを勧められた。それもかなり強く。
     在宅ワークの妻は間もなくオンライン会議の時間だ。夫がいては邪魔なのだろうと思い、永井は妻の提案に従うことにした。
     マッサージ店でズボンを脱がなくてもいいように短パンを探したが、なかったので海パンを履いて駅前のマッサージ店に向かう。

     だが駅が近づくに連れ、永井の気持ちに変化が生じてきた。
     今日でリフレッシュ休暇が終わる。明日からまた仕事だ。なのにフットマッサージで時間を潰していていいのか。 
     そう思った永井は海パンを履いていることもあって、行き先を海に変更することにしたところ……。
      (第1話「雨の中で踊る」) 全7話。

          * * * * *

     いろいろなチョコレートの詰め合わせみたいで、どんな味わいなのかワクワクしながら楽しめました。
     特に気に入ったのは第3話「太陽」と最終話「あした天気に」で、読後の爽快感が格別な作品です。簡単に紹介すると……。

    第3話「太陽」
     緊急事態宣言が発出されたその日、奥歯に釘をねじ込まれるような痛みを感じた加原という女性は、翌朝さっそく自宅近くの歯科医院に電話を入れますが、コロナ禍が原因でなかなか予約が取れません。
     いくつか当たってみたものの、どこも予約がいっぱいだったり新規患者を受け入れていなかったりで、軒並み断られてしまいます。
     ところが一軒だけ、診療時間内なら好きなときに来ていいというところが見つかったのですが……。

    ☆名医とはこういう医師を指すのでしょうね。風間医師は、カウンセリング、診察、診断。さらにアフターケアも申し分ない。しかもおちゃめです。

     歯に支障がなくても、まったく別の要因で歯痛を感じることがあると、耳にしたことがあります。こういう場合、普通の歯科医ではお手上げです。
     風間医師のように患者と会話を重ねることによって歯痛の原因を突き止め、それを患者にも気づかせる。こんな優れたカウンセリングマインドを持った医師が増えてくれることを願いたいものです。( 大好きなクッピーラムネ。私も処方して欲しい!)
     

    最終話「あした天気に」
     ゴルフの下手な一平は、明日の接待ゴルフが憂鬱でしかたありませんでした。けれど一平はなぜかその時、思わずてるてる坊主をつくってしまいます。

     するとその夜、一平は夢の中でてるてる坊主の国に招かれ、「自分たちを忘れずに頼ってくれた」と感謝されたうえ、お礼に3つの願いを叶えてもらえることになりました。ただし願いごとは天気に関することに限るという制約付きです。それなら明日はどしゃ降りにしてほしいと一平は言ってみました。

     朝になり目覚めた一平は、地面を叩きつける滝のような雨を目の当たりにします。ゴルフ中止の連絡に大喜びの一平。てるてる坊主の「3つの願い」は夢ではなかったのです。
     残り2つの願いごとは思いつき次第、部屋につり下げたてるてる坊主に伝えるということになっています。

     せっかく予定が空いた休日です。一平は(てるてる坊主を連れて)地元に帰り、思いきって高校時代の部活仲間だった小春に会うことにしますが、実は2人にはあるわだかまりがあって……。

    ☆かつて土着信仰の対象となり人々から畏れられ祀られてきた「産土神」や「妖怪」などでさえ、人々から忘れ去られることで力を失い、やがて消え去ってしまうと言われます。
     ましてや子どもに親しまれるだけで畏れられもしなかった「てるてる坊主」など、科学や娯楽が発達した現代では絶滅危惧種でしょう。彼らの苦衷は察して余りあります。それをうまく取り込んだのが、この最終話です。

     ファンタジー色の強い構成で、一平に生きる意欲を持たせて自立させる方向へと導いていく展開は楽しいのひと言でした。
     優れた児童文学作家でもある森絵都さんの力量を見た気がします。

     表題作の『獣の夜』も含め、主人公たちが前を向いて歩もうとする姿が清々しくて元気づけられました。

  • 久しぶりに森絵都作品。途中、「ラン」のその後のお話しが少し懐かしかった。コロナ禍で海パンを履いて海に行く人、歯痛に悩みヤバイ?歯医者に出会う話し、サプライズパーティに連れ出す予定がジビエ料理を堪能した女友達の訳、「ラン」の小枝ちゃんが足漕ぎスワンに乗る話、最期まで生きた犬のポコ、3つの願いを叶える粋なテルテル坊主。この雑多な短編小説だったが、エルテル坊主の粋な計らいから、自分の人生が「冴えないもの」であることを再認識する。あり得ない設定だけど、人生、前向きに楽しみながら、さらにガムシャラに生きたい。③

  • 表紙とタイトルから抱いたイメージとは、ちょっと違った内容の短編集。
    ふとしたきっかけで、ありふれた日常が違ったものになるってことは、確かにあるかも。
    「あした天気に」が一番好きだった。

  • 特に好きなのは「太陽」と「あした天気に」

    「太陽」
    ここに登場する歯科医の風間先生。
    彼の元に来る患者さん達の短編集があったら
    是非読んでみたいです。

    「あした天気に」
    てるてる坊主が3つの願いを叶えてくれる話。
    3つ目の願いには驚きました。

    色々な味わいのお話が詰まった短編集です。

  • 長いこと続いた人生の夜。それはコロナだったり、家庭環境だったり、さまざまなきっかけを持っている。
    長い夜の時間を諦めて、それでも生きてきた主人公たちは、不思議なきっかけで夜の時間から解放される。海にいた自称詩人であったり、スワンボートであったり、きっかけは思いがけないものばかり。

    私は「あした天気に」がよかった。
    お願い事で、変わった周りと変わらなかった自分。長く続いた夜は、もしかしたら自分の心の持ちようで終わらせることができるのかもしれない。
    たくましく生きていきたいと思った。

  • 表題作が面白くて好きだった!女の友情というものはときに男のせいで亀裂が入ることもあるが、逆に最低な男のおかげでより友情が深まることもある。森絵都の描く会話の応酬は面白いと思う。

  • 日常とちょっと不思議な非日常のあわいを行き来するストーリーが揃った短編集。どれも読みやすいが、短いものは数ページと本当に短いのであっという間に読み終わる。

    最初の「雨の中で踊る」の男(中年以上)3人が浜辺で踊るシーンがシュールで、でも「雨の中で踊る、それが人生だ」の一言が印象に残った。

    「太陽」に出てくるカウンセリングみたいな歯医者って、本当にあってもおかしくない気がする。コロナ初期の行き詰まる日常で、大切にしていたものに気づくストーリーもよかった。

    もう一つ印象に残ったのは「あした天気に」。天気の願い事がなぜか人生の大きな分岐点に立ち返り、自らの生き方を見直すに至る。テルテル喋る素朴な顔つきのてるてる坊主がしばらく頭に浮かんで離れなかった。

  • 不思議な雰囲気の作品でした。
    いくつかの長さも異なる短編集。
    共通しているのは、日常ぽいスタートからどんどんズレていく、というか、日常では起きそうにない世界に踏み込んでいく。
    少しずつあれ、あれ、が続いていつのまにか最初の違和感は消えている、そんな印象の作品でした。
    好みは分かれるかもしれないけど誰しもが読みやすい作品だと思います。

    2024.1.12
    8

  • 朝起きてから夜寝るまで、同じ時間が繰り返される毎日。
    目が覚めたときに思う、「あぁ、また今日が始まる」
    夜寝るときに思う、「あぁ、また今日が終わる」
    昨日と同じ今日。今日と同じ明日。そして明日はきっと昨日と同じ。
    そんな日常の、同じ時間の繰り返しがある日少し変化する。いや、変化するんじゃない、変化させるのは、多分、自分自身。
    7人が変える、7つの日常。
    何も変わらないと諦めて足踏みしているこの足を、少し前に出すだけで変えることのできる明日。
    誰かが何かがその一歩に力をくれるのなら、流されるように乗ってみるのもいいよね、とそんな気になる物語たち。キャラメルとクッピーラムネに背中を押されるのもいいんじゃない?

  • こ、これは…
    めちゃくちゃ面白い…

    文章も言葉も綺麗だし、物語としても面白いし、テンポもいい。

    女性が描く男性目線の話が好き。
    男性は、どう感じるのかしら…

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著者プロフィール

森 絵都(もり・えと):1968年生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞及び産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞等受賞。『この女』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』『あしたのことば』『生まれかわりのポオ』他著作多数。

「2023年 『できない相談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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