毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者 (朝日選書 834)
- 朝日新聞社 (2007年11月9日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022599346
感想・レビュー・書評
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20世紀初頭、ドイツで活躍したフリッツハーバーの伝記。
ハーバーがどういった経緯で第一次世界大戦における
化学兵器製造にのめり込んでいったかを
分かりやすく説明しており、理解しやすい。
その一方で戦争描写は比較的淡白であり、
やや盛り上がりに欠け物足りない印象を受けた。
とはいえ「平和時には人類のため、戦争時には祖国のため」という
彼のモットーを成程と思わせる内容にはなっており、
また彼が戦後、化学後進国であった日本で行った講義については
非常に興味深く感じた。 -
何という人生…。ユダヤ人として生れたドイツの偉大な化学者ハーバー。ドイツ人への同化を願った彼は,一次大戦で毒ガス兵器開発を中心になって進める。
同じ化学者だった妻クララが抗議の自殺を遂げても,ハーバーはその使命を全うする。なんということだ…。彼には毒ガスは「人道的兵器」だという信念があった。戦線の膠着が続く中,毒ガス開発には敵味方双方が鎬を削り,ボンベから塩素ガスを放出する方式から,砲弾にイペリットを詰めて攻撃するものまでエスカレート。イペリットの名は毒ガス戦が行なわれた地名イープルに由来。皮膚をも侵し,ガスマスクで防ぐことができない。
このように自分の能力を祖国ドイツのために捧げたハーバーだったが,ナチスの擡頭によって,ユダヤ人として排撃の憂き目に遭う。
ハーバーといえば毒ガスで,本書タイトルもそうだし,1924年に来日した時にも「毒瓦斯博士」と紹介されている。しかし,ハーバーと言えば「ハーバー・ボッシュ法」でもある。空中窒素の固定法を発見し,農業生産を飛躍的に高めた,人類の大功労者なのだ。ここにも運命の皮肉が。
その功績でハーバーはノーベル化学賞を受賞している。それも1918年のだというからすごい。中立国スウェーデンのアカデミーによるこの決定は,戦勝国からの非難にさらされたというが,勇気ある決定だと思う。ドイツ科学者は国際学界からはしばらくボイコットされていたというのに。
(一次大戦の)戦後,ハーバーは殺虫剤としてのチクロンを開発している。彼自身はナチス政権下,異国で客死しているが,ドイツに残された彼の親族たちは,おそらくこのチクロンBで殺されている。ハーバーの研究所でドイツの毒ガス開発に従事したユダヤ系研究者にも犠牲者が出たそうだ…。
ハーバーの伝記を読もうと思ったのは,今年初めにアインシュタインの伝記を読んで,友人ハーバーの数奇な運命に興味をひかれたからだ。平和主義で民族主義を嫌悪したアインシュタインと,国家主義で戦争に協力したハーバーは全く対照的。ただ二人とも時代に翻弄されたところは共通している。