- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043410057
感想・レビュー・書評
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お手伝いのキリコさんは私のなくしものを取り戻す名人だった。それも息を荒らげず、恩着せがましくもなくすっと―。伯母は、実に従順で正統的な失踪者になった。前ぶれもなく理由もなくきっぱりと―。リコーダー、万年筆、弟、伯母、そして恋人―失ったものへの愛と祈りが、哀しみを貫き、偶然の幸せを連れてきた。息子と犬のアポロと暮らす私の孤独な日々に。美しく、切なく運命のからくりが響き合う傑作連作小説。
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失くしたものとそこに自然と舞い込むもの。キリコさんが持ってきてくれたリコーダーは木の匂いや音色がすぐそこに感じられるよう。欠けているということは不思議に魅力的だったりもする。切なさや悲しみを含んでいるからか。小川さんの文章は静謐で美しいな。
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書けなくなった女流小説家の日常を切り取った連作短編集。たしかに、少し、"不幸"かもしれない。でも、そこには、静かな祝福がありました。
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キリコさんの話が好き。
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以前は、女性作家と日記、手記などは読まなかった。読書は空いた時間に、それも出来るだけ現実から遠いものを選んでいた。海外の小説が多いのも当時の気持ちや環境から距離があったからかもしれない。
時間に少し余裕が出来てベストセラーなども読むようになり、時間があまって来ると、本来の好奇心からかさまざまなジャンルのものを読み、手に取ったことがなかった女性作家のものが心に響くことに気がついた。
小川さんは長い間記憶の中で「博士の愛した数式」を書いた人だった。それがほかの作品も読んでみたい、と読んだ途端好きな作家に入ってしまった。
どの作品も独特の味があって、ちょっと変わっている。
余りたくさん読んでいないので、この作品に限って思うことは、たとえでも身近な描写でも大胆で奇妙な現実の雰囲気が纏わりついている。
なにかが消え、なきかがあらわれる。消滅していく流れがあり、そこには深い悲しみが沈んでいる。そして再生は全く違った形でありながら、稀にその悲しみを埋めるような現象が起きたりする。
別れていくことが当然の人の営みのように、消えて行く。奇妙な現象が手を繋いで輪を作り、その中に作者の現実や、生身の姿を髣髴とさせる、低いベース音のように、そんな姿が奥底に流れ続けているような、短編集だった。
<strong>「失踪者たちの王国」</strong>
これは何かで読んだことがあった。それ以後ニュースや、ドキュメンタリー番組は気になってよく観ていた。年間8万人前後の失踪者(または行方不明者)がいると言う。私の身近なところでも昨年一人が、家を出たまま行方が知れない。事業に失敗していなくなったのだがその後見つかったという話を聞かない。
ミステリなども家出の後行方が知れないという書き出しや、事件の始まりになっているものも多い。
ここでは、知っている人がふっといなくなったという。帰って来ない友達の叔父さん、歯医者さんに行って入れ歯を置いたままいなくなったおじいさん、先生の婚約者は「ちょっと行ってくるよ」と言ったままいなくなった。
叔母さんは一人になっても働かないで、家財を売って暮らしているようだったが、嘔吐袋を集めていた。そして何も言わず綺麗に失踪した。
失踪した人は、垢を落として生まれ変わったように楽になるのだろうか、反対に現実の重みが降りかかってくるのだろうか。
一度踏み込んでみたい気もするが、こちら側にいるとあちらは陰の中にいるようで薄ら寒い。
<font color="cc9933">不思議にも彼らは私を慰めてくれる。王国ははるか遠いはずなのに、彼らは洞穴に舞い降りてきて、いつまでも辛抱強く、そばに寄り添ってくれる。その吐息を私は頬のあたりに感じることができる</font>
<strong>「盗作」</strong>
聞いた話を書いて賞を貰った。将来を嘱望された水泳選手が片腕が上がったまま動かなくなってしまったという。その後病棟の談話室に英語版の「BACKSTROKE」と書いてある古い本を見た。
<font color="cc9933">背泳ぎの選手だった弟が、左腕から徐々に死に近づいていく話だった。私が書いたのと、彼女が語ったのと同じ話がそこにあった</font>
<strong>「キリコさんの失敗」</strong>
なくしたものを見つける名人のキリコさんの話。リコーダーをなくしたら木で作ったのを持ってきてくれた。海外旅行の土産の万年筆で毎日いろいろなことを書いた。インクがなくなってうろたえているとキリコさんが町の文房具屋さんで補充のインクを買ってきてくれた。
ある日キリコさんの自転車にパンが置かれていた。毎日それを分けて食べていたが、パン職人が自殺した。そこにキリコさん宛ての手紙があったという。キリコさんはすっかり元気をなくしてしまった。
無くした万年筆は、むいた栗の皮に紛れて捨てられ焼却炉で溶けた。
キリコさんは、骨董の壷を頼まれて渡しに行って人違いをした。サインをしているのを見るとなくなった万年筆と同じものだった。買い取ると言うとキリコさんの手に乗せてくれた。だがその万年筆を持っていた買い主は偽者だった。
キリコさんはパン屋さんのことや、だまされて盗られた骨董品が気にかかったのか去っていった。
<strong>「エーデルワイズ」</strong>
私の本のファンで、衣服にポケットを作り体中に本を入れて歩いている男に出会った。手紙をもらったが、本の一部を寄せ集めた意味不明の奇妙な文章がぎっしり詰まっていた。男は私の困惑にも構わず「エーデルワイズ」の歌を歌ってくれた。付きまとわれていたが、雨の日に転んで本を全部だめにした。そしていなくなった。
<strong>「涙腺水晶結石症」</strong>
飼い犬が病気になったので、医者に見せようと雨の中を歩いていた。
車で通りかかった男が犬と一緒に乗せてくれたが、獣医だといった。
犬を見て涙腺水晶結石症だと言ってまぶたをしぼって石を取り出してくれた。
<font color="cc9933">「さあ・・・・・」
よく見えるように彼は掌を私に近づけた。それは白く半透明な結晶だた。ちいさな金平糖状の粒がいくつもくっつき合って、一つの精密な形を成していた</font>
<strong>「時計工場」</strong>
旅行記の取材で行った島で、籠に一杯の果物を背負った老人に合う。首に黄色い蝶のあざがあった。ホテルの図書室で識者の男に出会う。彼の首にも黄色い蝶のあざがあった。
小説を書くという苦しみが象徴的に語られている。
<strong>「蘇生」</strong>
息子の睾丸がはれていた。そこには水の入った袋があるという。
手術のために入院したが、同室になったおばあさんは、「アナスタシア」という名前だといって、家系や歴史や親族についてとうとうと語る。どう見ても彼女は日本人だった。周りには<strong>A</strong>の文字を飾った刺繍が溢れていた。退院のとき刺繍糸のセットをあげるととても喜んで写真を撮ってくれた。切り取った袋は貰って帰った。
今度は私の背中に腫れ物が出来た。水が溜まっていると言う。簡単に袋を取って手術が終わった。その袋も貰って帰った。
ある朝突然言葉が出なくなった。言語療法士にも見てもらったがよくならない。
原稿用紙の前に座ると、言葉の壁が見えた。積みあがっているのは私が書いた言葉のようだ。
言語療法室に行ったらアナスタシがいた、喋り続けるので、言葉の繭にくるまれているように見えた。「アナスタシア」は「蘇生」と言う意味だという。
干からびた二つの袋を飲み込んだ「蘇生よ、蘇ること」アナスタシアの言葉が聞こえてきた。
「アポロ」と呼んだら犬の耳がぴくっと動いて言葉が戻ってきた。
なにかもの悲しい、人の営みとささやかな願いと、不思議な出来事が溶けあった作品。やはり好きだなぁと思う -
劇的な変化はないけれど、確実に何かが少しずつ変わっていくさま。
本当は一つ一つは大きな事柄でもあるのに、まるで些細な事柄であるように描かれている。
それは自分にとっては劇的な事柄も、誰かによってはそうではないことを示唆しているのかもしれない。 -
後から考えると何が怖かったのか分からない怖い夢を見ることがある。
眠りの導入部で自分の目にしたことの無い映像が勝手に流れ出すような。
見当違いなことを言っていたら恥ずかしいが、現実なのか夢なのか分からない世界がこの小説と似ていると思った。
読んでいる途中は何とも言えない居心地の悪さみたいなものを感じていたのに読み終わってみると不思議とまた読みたくなっている。
何だろう、上手く言葉にできない。 -
何度読んでもひっそりとしたお話たちが好きです。
小説家が主人公で、彼女の書くお話が小川洋子さんが書かれてきたお話なので、私小説のような空気です。
「時計工場」の最後の一文に、今回は目が留まりました。素敵な一文です。
小川洋子さんと同じくらい大好きな川上弘美さんの解説も良かったです。川上弘美さんも、小川洋子さんの新刊が出たら必ず買うのか…わたしもです。 -
孤独な女性小説家の過去、日常を描く連作小説。
間違いなく日常が描かれているが、そこにあるのは、ミステリアス、生々しい神秘性、非現実感、虚構。
最初はエッセイ?と勘違いしそうになりました。ご自身の経験も多かれ少なかれ盛り込まれてるとは思いますが。
小川洋子さんは静謐な文章を書かれる方、と紹介されることが多いが、その通り喧騒とは正反対のところにいる。
流れている時間がすべらかで秒針の音ひとつしないのだ。
主人公の人生は穏やかなものではなく、しかし落ち着き払っている。
終わり方はストンときたし好みだが、その後主人公にとってやさしい時間はやってくるのだろうか、という読後感が残った。
暗い話が好きな私にとっては良い余韻だった。