幸福な遊戯 (角川文庫)

  • KADOKAWA
3.07
  • (40)
  • (116)
  • (526)
  • (84)
  • (28)
本棚登録 : 1712
感想 : 215
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043726011

作品紹介・あらすじ

ハルオと立人と私。恋人でもなく家族でもない三人が始めた共同生活。この生活の唯一の禁止事項は「同居人同士の不純異性行為」-本当の家族が壊れてしまった私にとって、ここでの生活は奇妙に温かくて幸せなものだった。いつまでも、この居心地いい空間に浸っていたかったのに…。表題作「幸福な遊戯」(「海燕」新人文学賞受賞作)の他、2編を収録。今もっとも注目を集める作家、角田光代の原点がここにある。記念碑的デビュー作、待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • あなたは、『男が二人に女が一人、三人の』共同生活が上手くいくと思いますか?

    “一つの住居に複数人が共同で暮らす賃貸物件”を指すシェアハウスという言葉。そんなシェアハウスは、2014年には300棟ほどだったのが2019年には4,800棟にまで増えているといいますからその人気の高まりに驚きます。割り算によって家賃が安くなり、入居者同士の交流によって仲間ができるなどそのメリットに注目が寄せられてもいます。

    ここ三年ほどの”コロナ禍”によって人と人の関わり合いは随分と変わったように思います。”在宅勤務”によって、他人と全く接することなく毎日が過ぎていく…、そんな中には人恋しい感情も生まれたと思います。もちろんそれは人それぞれだと思います。しかし、人との関わりを何よりも重視される方には日々他人と接することが基本となるシェアハウスは理想的な生活の場なのかもしれません。

    しかし、シェアハウスを好まれる方もそれはあくまで”同性”を意図したものではないでしょうか?もちろん、”男ともだち”という言葉もあるように、”異性”と友達関係を築いていくことも出来なくはないのかもしれませんが、24時間一つ屋根の下に暮らすことを前提とした時、果たしてそこに”異性”との『共同生活』というものは成立するものでしょうか?

    さてここに、『男が二人に女が一人』という『共同生活』を送る女性を描いた作品があります。『同居人同士の不純異性行為禁止』が通達された三人の暮らしが描かれるこの作品。そんな作品の他に一編の中編と二編の短編が収録されたこの作品。そしてそれは、女性の内面を具に描いて三十余年という角田光代さんのデビュー作です。

    『三人での共同生活を始める際に、同居人同士の不純異性行為禁止と、それだけを決めた』と『大学時代四年間クラスメイトだった』立人が提案するのを聞くのは主人公のサトコ。『誰を連れ込んでも毎晩違う女を連れ込んでもいいが、同居人だけはだめだ』と『立人がそう提案するのには、訳があ』りました。『男が二人に女が一人、三人の共同出資で成り立っている』、『色恋沙汰を交えると、誰かが出て行くことになりかねない』というその理由。『引っ越してきた第一日目に、そんな演説をした』立人でしたが、そんな『禁止事項を』サトコとハルオが破ります。『共同生活を始めてまだ三か月目』、『親戚の葬式で田舎へ帰っ』て『立人の高校時代の同級生であるハルオ』と二人きりになったサトコ。『立人という仲介役が存在しない』中に、居心地の悪さを感じる二人。そして、『気まずさを追い払うために私たちは酒を飲』み、『気付いたら寝ていた』という二人。そんな『夜のセックスは恋愛の蓋を開けるのでなく』、『この家をずっと住みやすくしてくれるだろう』とサトコは考えます。『明くる日、昼過ぎに授業を終えてから姉の家に行った』サトコは、『私引っ越したの』、『三人で木造の一軒家を借りたの。庭が付いてて十万だよ、安いほうでしょ。三人だから一人三万三千円』と現在の暮らしを姉に説明します。そして、そんな『姉と母親の乱闘騒ぎ』を思い出すサトコ。『一回りも年の違う人』という『会社の人と』付き合い出した姉でしたが、そんな『男に母親が手を出した』という展開。『大声で罵りあ』い、やがて『家に寄りつかなくなった』母親。一方の姉は『二人で争った男ではない』男と結婚しました。『あたしは幸せになれればいいの』と言う姉。そんな姉に『一緒に暮している人たちは何をしてるの』と訊かれ、『一人は大学院に行って勉強してて、一人はぷらぷらとしてる』と返すサトコ。『もしかして男の子?』と訊く姉に、サトコは『セックス禁止令』について説明します。それに、『笑い転げ、それは安心ね』と言う姉。そんな姉は『人が持って生まれた運命の糸って、生まれた時からぐちゃぐちゃによじれている』、『成長していくうちに… 丁寧にだまをほぐして、自分の糸を真直ぐ真直ぐ伸ばしていくの』と『運命の糸』の話をします。『それは違う。もし運命の糸なんてものがあるとしたら、生まれた時は産声くらい真直ぐな糸なのだ』と心の中で思うサトコ。そして、『禁止令を破ったことで私は心から安心できる場所を獲得した』というサトコ、『まるで生まれる前からこうして三人で暮してきたような錯覚に』陥るサトコが、立人、ハルオと『共同生活』を営む日々が描かれていきます…という表題作でもある最初の短編〈幸福な遊戯〉。主人公・サトコの寄る術のない思いに苛まれる角田さんらしい好編でした。

    “ハルオと立人と私。恋人でもなく家族でもない三人が始めた共同生活。この生活の唯一の禁止事項は「同居人同士の不純異性行為」ー 本当の家族が壊れてしまった私にとって、ここでの生活は奇妙に温かくて幸せなものだった。いつまでも、この居心地いい空間に浸っていたかったのに…”と物語背景が丁寧に記された内容紹介に思わず興味がそそられる(笑)この作品。代表作「八日目の蝉」、直木賞受賞作「対岸の彼女」、そして「源氏物語」の現代語訳まで刊行されるなど、今やこの国の現代作家の大御所の一人とも言える角田光代さんのデビュー作です。2019年12月から読書&レビューの日々を送り始めた私は、「八日目の蝉」で角田光代さんの作品と初めて出会いました。映画の方もすぐに見るなど、そこに描写されていく人間がさまざまに見せる横顔の絶妙な描写力にすっかり虜になりました。現在までに三十冊を読み終えた私ですが、デビュー作はすっかり後回しになっていました。

    そんなこの作品は中編一編と短編二編の三編から構成されています。デビュー作〈幸福な遊戯〉は、第9回「海燕」新人文学賞という賞を受賞もされているようですが、作品間に関連はなくそれぞれが独立した作品となっています。では、そんな三つの物語をご紹介しましょう。

    ・〈幸福な遊戯〉: 『三人で木造の一軒家を借りた』という主人公のサトコ。『一人三万三千円』で『十万円』の家に暮らし始めたサトコですが、『男が二人に女が一人』という『三人の共同出資』で成り立つ関係性にはルールがありました。『同居人同士の不純異性行為禁止』というそのルール。しかし、『大学時代四年間クラスメイトだった』立人に比べて、彼の『高校時代の同級生』というハルオとは『なかなか心からうちとけられな』い日々を過ごしていたサトコですが、立人が『親戚の葬式』で不在となった夜に『酒を飲』み、『気付いたら寝ていた』と関係を持ちます。しかし、『禁止令を破ったことで』『心から安心できる場所を獲得した』と思うサトコ…。

    ・〈無愁天使〉: 『デュポンのカラフルなペン』、『絹のランジェリー』、そして『真珠をはめ込んだ時計』…と『目の前にあふれ返る品物を前に『思考という思考がどこかへ押し遣られ』るのを感じるのは主人公の『私』。『こんな日々は、もう一年以上続いている』という『私』は、母が亡くなった日のことを思い出します。『父も妹も、一体どうして帰ってこないのだろう』と思う『私』は『ゼロが二桁少なく』なった通帳を見る中に、あるマンションの一室へ訪れます。『一時間で二万五千円』という説明を聞いていると電話が鳴ります。『行ってみる?今日はパスなら他の子呼ぶけど』と訊かれ『じゃ、行きます』と答えた『私』は指定されたホテルへ赴きます…。

    ・〈銭湯〉: 新しく出来た銭湯・桔梗湯へと訪れたのは主人公の八重子。そんな八重子はカランの前に座り、右隣に『小さな老婆がひょこんと坐って』いるのを見て『しまった』と後悔します。『銭湯でよく会うこの老婆』は『しきりと喋り続け』ます。そんな時『後ろで微かな笑い声がする』のを聞き、振り返ると『「捕まったわね」という哀れむような一瞥を』主婦に投げかけられます。『孫がね…』、『今の若い人ってさ…』、そして『あの人には困ったもんよ…』と続く老婆の話。結局、『八時半に風呂に入ったのに』、『脱衣所に戻ったのは十時近かった』という展開。そんな八重子は家に帰り『あなたも来月で二十三になりますね…』という母からの手紙を開きます…。

    以上三編は〈無愁天使〉が中編で他の二編が短編という構成で、中編が短編二編と同じくらいの分量の作品になっています。しかし、不思議とその分量の違いは感じず、それぞれに異なるシチュエーションの物語が胸に残ります。そんな三つの作品に共通するのは、何かしら問題があると思われる状況の中に立ち止まったまま動けないでいる女性たちの存在です。そんな三人はそれぞれ、二十三歳の大学五年生、二十歳の短大生、そして二十三歳の大卒一年目・無職という女性たちです。まさしく、この作品刊行時ほぼ同年代の角田さんが描く等身大の女性たちの姿と言えます。そんな彼女たちはそれぞれの人生の中に『幸せ』とそれが将来へと続くものではない『不安』の思いのせめぎ合いの中に生きています。

    〈幸福な遊戯〉のサトコは『男が二人に女が一人』という一つ屋根の下での生活の中に安寧の日々を送っています。『この家に姿のない形を見た』というサトコは、不思議な安定感の中に『心穏やかに、夢を見ているように』今を過ごしています。『家族でもない他人同士の暮らしの中』に生きる三人の中で、男二人は冷静に未来を見ていく姿が描かれていく一方で、サトコは今の幸せのみを見続けています。それは、ある意味痛々しいものも感じますが、本人はあくまで『幸せ』な今がいつまでも続いて欲しいという思いの中にいます。〈無愁天使〉の主人公・『私』は、買い物三昧に明け暮れ、モノに埋もれた暮らしの中に生きています。『私の目に入る品物は、私の手に取られることを確信してそこにある』という感覚の中に生きる『私』の生活ですが、一方でそれは通帳の残高に焦る思いと背中合わせにありました。不安定な『幸せ』の中に生きる『私』。そして、『銭湯』の湯につかり束の間の『幸せ』を思う〈銭湯〉の八重子。『私は就職しない』、『ずっと芝居を続けて行』くと誓った先の今を生きる八重子は、『自分の幸福というものについて、考え始めてもいいと思います』という母親からの手紙を読み『幸福、幸福、幸福…』とそのひと言に戸惑いを見せます。大学、短大を卒業する時期は、その先に続く長い人生に向かって大切な選択を求められる時代でもあると思います。とても繊細な思いの中に揺れ動く彼女たちの思い。そして、そんな現実から目を逸らすかのように今の何かしらの『幸せ』に心を向けていく彼女たち。この作品では、同年代だからこそ感じることのできた角田さんの想いが、初めて執筆された小説の中に投影されていたのかもしれません。

    『何がどこで間違ってしまったのだろう。どこで糸はねじれてしまったのだろう』。

    1991年に角田さんのデビュー作として刊行されたこの作品。そこには、デビュー作からすでに角田さんらしい主人公女性たちの不安定な心持ちが描かれていました。30年も前の作品にもかかわらず時代をあまり感じさせないことに驚くこの作品。女性ならではの繊細な心の機微の描写に魅了されるこの作品。

    『幸福』とはなんだろう、改めて考えるきっかけを与えてくれる、そんな作品でした。

  • ほおぅ...。デビュー作はこういう感じなんですね。標題作は、よくある設定と思いきや、なかなかの変化球。まぁ、約30年前の作品ということで、いろいろと懐かしい。描きたいことの一端をチョイ出ししている感じでしょうか...。さぁ、次行きましょう!

  • 図書館にて。
    やっぱりこの人の作品はどれを読んでも痛い…。
    頑張って最後まで読んだけど、元気なときじゃないと無理。

  • 表題作「幸福な遊戯」は男二人女一人で同居する三人組の関係性を描く。ぬるま湯のような居心地の良さから男が一人脱し……、と変わりゆく環境を受け入れられずに葛藤する女性が見つける答えは。
    「無愁天使」は読みやすくはあるが何というか過剰に文学的というか、主人公が何を考えているのかわからずいまいち入り込めなかった。
    「銭湯」は、ラインをはみ出して生きたいと思いつつ、それができずに無難に生きる女性が、もう一人の自分を思い描き母への手紙にだけその人格を現す。何者かになりたいと思いながら青春を過ごし、何者にもなれないと悟るのはいつなのだろう。

  • 最近暗い気分でいたのに…
    「幸福な遊戯」というタイトルから安直に
    少しは幸福な後味の残る小説かな…とか考え、
    予想に反して、暗い気分に拍車がかかりそうな本を読んでしまいました。

    3つの短編小説が入っている本ですが、
    どの話にも不安感・虚しさ・孤独感・喪失感が蔓延してました。
    そのせいで私の沈んだ気分が増長されたのか、
    読む前からそうだったのかは分からないけれど、
    普段見ないようにと奥のほうにしまっている
    満たされない、という感覚をぐいと前に引っ張り出された気分です。

    2話の「無愁天使」は、途中で吐き気がしてくるぐらいで…
    読むのを断念しようかと思いました…。。

    3話の「銭湯」が、私は一番身近に感じました。
    主人公は自分の部屋のことを「つづくの部屋」
    と途中で呼びます。
    昨日や一昨日の「つづき」のような変わらない日常で、
    自分はどうしてこうなんだろう、と思い
    違った人のようになりたいと思っても変わらない。
    無理矢理服を着替えても、わざとはめを外しても変われない、
    見ず知らずの人といきなりホテルで寝ても、
    会社を辞めても、嘘をついても、変われない。

    「逃げる」とか「逃げてばかり」とか、
    忠告してくれるような良い人が世の中にはいて、
    でもその言葉の意味が未だに理解できない私は、
    逃げれるものなら逃げてしまいたい、と思う。
    遠くにいったって、何をしたって、
    逃げきれたような気でいるだけだとか、
    思えてしまう私は、「銭湯」の主人公の気持ちが
    とてもリアルに感じれました。

    だけど心の中に穴が開いたような感覚は、
    最近は怖くてなるべく欲しくないので、
    とても共感できる部分があったけどもう読みたくない。。。

  • 初めての角田光代さん。幸福の遊戯はデビュー作らしくだいぶ昔の作品だったが、現代と変わらない女性の悩みというかモヤモヤが描かれていて、とても好みの作品だった。

  • 自分の居場所がほしくて疑似家族を作ろうとする女性、母の死により買い物依存症になる女性、理想と現実のギャップに悩む女性が主人公の三篇を収録した短編集。

    どん底から再生までを描くようなよくある物語ではなく、本書に出てくる女性たちは一貫して壊れたままの心で暮らしている。何もかもうまく行かない。でもそれがなぜだか分からない。手ぶらで夜道に放り出されたような心許なさが終始蔓延っている。
    本書を読むと、フィクションのように人生が激変する出来事なんてそうそうなくて、これが精一杯の現実なんだろうなと、納得する気持ちとやるせない気持ちで胸が詰まる。かつての自分を思い出した。けれどもう、彼女たちに同調することはできない。

    自分にはもう関係がないことだと、横目に通り過ぎるようにして読み終えた。

  • 3編からなる小説。
    表題作「幸福な遊戯」が面白かったです。
    あらすじで事前に読んでいた
    「同居人同士の不純異性行為禁止」が
    1ページ目で破られることが書かれていることには
    かなりびっくりしましたが。笑
    破られるのだろうとは思っていましたが、
    展開が早かったです。

    男の子2女1の同居という設定から
    ハラハラを感じますよね。
    そんなの何が起こるに決まってる。
    角田光代さん、ずるいです。

    他の二編は個人的には微妙でした。



    それにしても、1990年代に書かれたとは思えないほど
    現代に通じるものを感じます。
    廃れず安っぽくない恋愛小説を書ける角田さんの文才、すごいです。

  • 角田光代作品を順に読んでいるところ。短編なのもあってか個人的にはイマイチ。

  • 片づけられない事象は身近に感じているので複雑な気持ちで読みました。
    理由があるにせよ、読んでいて気持ちのいいものではありません。
    剃刀が出てくるところで読むのをやめようとおもいましたが、ありそうなお話でもあり怖いです。
    いろいろとよく考えられていますね。

全215件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年『幸福な遊戯』で「海燕新人文学賞」を受賞し、デビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で、「野間文芸新人賞」、2003年『空中庭園』で「婦人公論文芸賞」、05年『対岸の彼女』で「直木賞」、07年『八日目の蝉』で「中央公論文芸賞」、11年『ツリーハウス』で「伊藤整文学賞」、12年『かなたの子』で「泉鏡花文学賞」、『紙の月』で「柴田錬三郎賞」、14年『私のなかの彼女』で「河合隼雄物語賞」、21年『源氏物語』の完全新訳で「読売文学賞」を受賞する。他の著書に、『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『月夜の散歩』等がある。

角田光代の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×