ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

  • 30902人登録
  • 3.59評価
    • (2790)
    • (3314)
    • (5593)
    • (819)
    • (280)
  • 2151レビュー
著者 : 村上春樹
  • 講談社 (2004年9月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062748698

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 3回目。今まではラストのレイコさんとの件がどうにも解せなかったのだけど、あれは二人を死の世界から生の世界へと引き戻す為に必要な行為だったんじゃないかと思えてきた。その前の二人ですき焼きを食べるシーンは、肉を食らうということは生へのどうしようもない衝動なんじゃないかと。死の世界にいる直子ではなく生の世界の象徴たる緑にワタナベが惹かれてしまうのはどうしようもない生への渇望なんだろうなと。「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ」蓋し名言。これは生(性)と死の物語なのだ。2011/512

  • 一体何年ぶりに読んだんだ?
    1987年だったんだ。22歳か・・・若かったな〜
    この緑と赤の装丁が本屋に山積みにされていて・・・
    それまでも村上ファンだったから、何かこの作品で一気にファンが増えて、社会現象的な作品になったことを記憶しています。

    改めて読むと・・・軽くて重い、青春小説だったのかな
    もはやどうすることもできない純然たる「死」と、どう向き合って生きていくのか・・・
    やっぱりヘビーな作品です。

    女の子は、できる限り奔放で、キュートで
    男は、ストイックであり、主体性はないが、一風変わった我が有り、
    気分は軽やかであり、しかし死を哀しいまでに内包している。

    やはりいい作品だと思います

  • 30年ぶりの再読です。
    文章の美しさに驚かされます。
    50になろうかとするオヤジが読めば、ウジウジと悩み、しかしヤリまくる主人公に辟易しそうなストーリーであるのだが、なぜかその苦しみを分かち合い、初々しさに嫉妬してしまう。
    女性陣がなんとも魅力的でいい。
    軽快で哲学的、生きていくための教訓をなんと多く含んでいることか。
    感受性の鋭さゆえに苦しみ、必死で生きようとする若者たちには、覚めた目で見つつも感情移入してしまう。
    こぼれ落ちる者が悲しいが、生き残ろうともがく者への救いにホッとする。
    村上さんを青春期にもっと読んでおけばよかったな。
    オヤジは永沢が一番好きだな。
    「自分に同情するな」は、30年来心にとめている。

  • 高校生のときに初めて読んだ村上春樹。
    その時の印象は暗くて静か(そういうのは好きなのだけど)、あまりの性描写の多さに村上春樹は苦手だとおもうきっかけになってしまった。いみのない性描写はきらい。官能小説みたいでなんか嫌だ。
    でも今回改めてきちんと考えながら読んで、この作品に於いての性というのは"生"のことなのかなという考えに至ったら、一気にすっきりとした。

    生を受け入れられない直子と、まっすぐに生と向き合おうとする緑と、生の世界にありながらも直子のもつ死を見つめざるを得ないワタナベくん、死に近いけれどまだ選択の余地のあるレイコさん
    全力で正直な緑が好き。死に影響されつづけるワタナベくんが生をわすれなかったのは、生命力にあふれている緑との関わりがあったからだと思う。

    結局はまだまだ生きなければならないけど、生きてゆく限りは多くのものを失うことになるし、世界にはきれいじゃないものが沢山あるし、自分のかなしみのことだけ考えていく訳にもいかないし、でもそれに向き合うのが生きるということだから。
    4年ぶりに読んだノルウェイの森は、生きるパワーやあたたかさを感じる作品だった。
    すごくうまく組み立てられた作品。村上春樹がすごいと言われる理由が分かり始めたかもしれない。

  • う~ん、正直なところ、これ、一体全体どういう物語なのかさっぱりわかりませんでした。  これがバカ売れした理由も KiKi には見当もつきません。  「ねじまき鳥」の方は読んでいてまだ「ある種の感覚」が揺さぶられるような気がしたけれど、こっちは何だかスポーツ新聞とか男性週刊誌に載っている KiKi があんまり評価しない「官能小説」とどっこいどっこいという印象でした。

    「性」を扱うのは構わないし(それで顔を赤くしちゃうほど初心ではない)、ある程度露骨な性描写があってもそんなのには動じない程度には成熟(?)している自負のある KiKi だけど、この物語のそれは正直なところ不快感以上のものを感じることはありませんでした。  

    そんな描写が多い中にクラシック音楽やら60年代~80年代の洋楽ヒットチャートみたいな音楽の話が出てくるのも、何気に許せない(苦笑)  この物語に出てくる様々な音楽のうち半分ぐらいは KiKi 個人にとっても何等かの思い出と密接に関わっている音楽であるということもあって、何だか KiKi の思い出まで冒涜されたような気分になってしまいました。

    「生と死」を扱っていると言えば聞こえがいいけれど、主人公のどこか斜に構えた、もっと言えば甘ったれた「死生観」がそれこそ腐臭のように漂う小説のような気がしたし、登場人物の誰一人として共感できなかったのが KiKi にとっては致命的でした。  

    主人公のどこか頑なな気質の根っこにあるのは17歳の時に体験した「親友の突然の自殺」にあることはわかるし、その事実を消化し乗り越えるのに時間がかかったこともわかるんですよ。  親友の死と同時に、「1人生き残ってしまった自分」を持て余したのもわかるし、ある意味で虚脱状態に陥ってしまったのも理解できるんです。  特に昨日までそこに存在しているのが当たり前だった人が何の前触れもなくいきなり消えてしまうな~んていうのは、人を混乱させるに十分な出来事であることは、同じような経験をしていない KiKi でもある程度は想像できます。

    でも、逆に言えばこの主人公のような解決の仕方をしていく人間というのにどこか嘘っぽさを感じずにはいられません。  そういう意味では直子さんの方がまだ理解できるような気がするんですよね。  「生」と「性」を結びつけるのもわからないじゃないけれど、彼の「性に対する感覚」もちょっと理解の範疇を超えちゃっているように感じるんですよ。  率先して・・・・ではないにしろ、あれだけ「自堕落」とも呼べるような性行動をしている一方で、直子さんや緑さんとの対し方にある摩訶不思議な拘りはいったい何なんだろうか?ってね。  

    主人公の人間関係もどこか腑に落ちないんですよね~。  学生寮や大学にこれといって「友」と呼べる人間がいなかったのは、時代背景とか彼の心を占めているものと同世代の学生の心を占めているものとの相違という点でわからないじゃないけれど、1人の人間が生きていくうえでかかわりを持つ人間関係というのはそれだけではないはずです。  親もいれば親戚もいるわけで、少なくともあの時代の「親族」というやつはこの主人公にとってのそれほど存在感が希薄ではなかったと思うんだけどなぁ・・・・・・。

    ひと頃 KiKi の親世代の人々が KiKi やそれより10歳くらい年長(ちょうど村上さん世代)の人たちに苦言を呈する際に「ひとりで大きくなったような顔をして・・・・・」というのがあったけれど、この主人公ってまさに「ひとりで大人になったような顔をし、自分の哲学だけを頑なに守り続けている没社会交渉の孤独な人間」っていう感じがするんですよね。  そして生身の人間との接点が少ない分、歪な個人主義の中でこねくり回した感性だけを大切に抱え込んでいる・・・・・そんな印象です。

    文庫本上巻の裏表紙にある解説文の中に「限りない喪失と再生を描き」とあるけれど、 KiKi にはこの物語のどこに「再生」があるのかまったくわかりませんでした。  人間、エネルギッシュに何かを追い求め常にチャレンジしていくばかりではないけれど、この主人公の場合はあまりにも「何もしていない」し、どこか当事者意識が欠けていると思うんですよ。  しかも物語冒頭の記述からすれば20年という歳月を経ても相変わらず「混乱」してみたりするし、物語最後の記述からすれば青春の悩み時代のある種の通過儀礼を経た直後であってさえも「僕は今どこにいるのだ?」だし・・・・・・。    

    そして下巻の裏表紙にある解説文の中の「等身大の人物」というヤツも、疑問符飛びまくりです。  少なくともこの物語に登場する人物たちは KiKi とは「別の次元で生きている人たち」という印象こそあれ、決して等身大の人物ではなかったし・・・・・。  KiKi のこれまでの人生経験と比べてみても「ああ、ここに私がいる・・・・」と思えるような記述は一切なかったし・・・・・・。  学生時代に好んで読んでいた初期の春樹本の中にはどこかしら「ああ、ここに私(だった者)がいる・・・・」と感じられるものがあったんですけどねぇ・・・・・。

    ま、この本の場合、KiKi にとって好ましかったのは赤と緑の装丁の美しさだけだったと言っても過言ではなかったかなぁ・・・・・と(苦笑)。  この本の内容を知らないまま、この本の出版を契機に春樹本を勝手に卒業することにした KiKi の感覚は間違っていなかった・・・・・そんな風にさえ感じてしまいました。

  • 下巻もひたすら不安定な気分になり
    読んでいて自分がどこにいるのか分からなくなる
    消えてしまいそうな不安に襲われたのを
    覚えている。

    この感覚は一体なんなんだろう…とこわかった。
    でもひきつけられる作品。

  • エロいから、下品だから、という理由で村上春樹を嫌う人は「もったいないなあ」と思う。
    もっと違う「主人公の自己愛」だとか「語彙のひけらかさ」とかそういうので村上春樹を嫌ってほしい。

  • 私は読んでいて、
    どちらかというと死んでいった人の方に心が寄り添いました。
    性から生が生まれるので、生死を描くのに性を持ち出すのは、
    別段不自然とは思いませんが、それにしても性描写の多いお話でした。

    物事はなる様にしかならない、人が生きるというのはそういう事。
    だからどんなに注意しても、ベストを尽くしても、
    人が傷つくときはどうしたって傷ついてしまう。傷つけてしまう。
    分かっていても、それを避けようと躍起になったり、
    うまくいかなかった時に自分の言動を悔やんだり人はしてしまうもの。
    そうして思い悩むから、心は擦り減っていくのかな。
    だから生きている人は、それを乗り越える強さか、
    其れをそういう物だとやり過ごせる余裕がないといけない。
    そうだとしたら、やっぱり生きていく事って、中々しんどいですね。

  • 下巻に入り、天真爛漫で奔放、無邪気な緑と、次第に病が重くなっていく薄幸な直子との対比が描かれ、ワタナベ君へ次第に恋心を募らせ段々と存在感の増して来る緑の事をいじらしく感じました。
    逆に思い出の中で生き続ける直子とは、彼女の病状の悪化と共に、段々と逢う機会も少なくなって行き…。
    直子とワタナベ君にとって共通の大切な人であったキズキ君(死者)を想う気持ちは大切だけど、あまりにも想いを引きずるとその人の心まで病んで来るのかなぁ…と。
    また、物語の最後でレイコさんから打ち明けられた直子の本当の気持ちを聞き、その頃にはすっかり自分と主人公の気持ちを重ね合わせていましたので、軽いショックを受けました。
    女の子の本心(内面)って分からないよなぁ…って。
    中には緑の様にずっと細かなサインを発している人もいる訳で、これを見落としちゃ駄目だなぁと。
    青春の一コマ、愛する人を失い、深い喪失感からなかなか立ち直れないでいる一人の青年の心の葛藤を渾身の力で描写しています。
    直子の儚さと危うさは、紙一重のところで狂気に接していると感じ、狂気は人から人へと伝染するのであろうと。
    僕らは現実の世界の中で“いま”を生きているのだから、人生で何度か訪れる大切な人との出会いと別れの中で、自分自身の心にどう折り合いをつけるのか?また、その時心の支えとなってくれる存在は?など色々と考えさせられる物語でした。
    映画化もされているので、今度は是非映像の方も見てみたいです。
    ワタナベ君は今をどう生きているのか、その世界を少し垣間見てみたかったなぁ…と思いました。

  • 下巻になり、女性の心が手にとってわかる位、描写が分かりやすく、文体が綺麗。この小説は春にぴったり。春になれば、何度も読みたくなる。
    私の事を決して忘れないで。

全2151件中 1 - 10件を表示

村上春樹の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
フランツ・カフカ
村上 春樹
有効な右矢印 無効な右矢印

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)に関連するまとめ

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)を本棚に登録しているひと

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)を本棚に「読みたい」で登録しているひと

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)の作品紹介

あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと-。あたらしい僕の大学生活はこうしてはじまった。自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品。

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)のペーパーバック

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)の単行本

ツイートする