著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087717365

作品紹介・あらすじ

自分の居場所はどこにもない
でもひとりでは生きていけない

男子高の二年に上がってまもなく学校に行けなくなった薫は、夏のあいだ、大叔父・兼定のもとで過ごすことに。
兼定は復員後、知り合いもいない土地にひとり移り住み、岡田という青年を雇いつつジャズ喫茶を経営していた。
薫は店を手伝い、言い知れない「過去」を感じさせる大人たちとともに過ごすうち、一日一日を生きていくための何かを掴みはじめる――。
思春期のままならない心と体を鮮やかに描きだす、『光の犬』から3年ぶりの新作にして、最初で最後の青春小説。


【著者略歴】
松家仁之(まついえ・まさし)
一九五八年、東京生まれ。編集者を経て、二〇一二年に発表した長編小説『火山のふもとで』で第六十四回読売文学賞を受賞。二〇一八年『光の犬』で第六十八回芸術選奨文部科学大臣賞、第六回河合隼雄物語賞を受賞。その他の小説作品に『沈むフランシス』『優雅なのかどうか、わからない』。共著に『新しい須賀敦子』。

感想・レビュー・書評

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  • 毎日が同じことの繰り返しで、自分が機械の一部になったような気持ちになったことはありませんか?しかも、何かの権威に服従するような形で。思い返せば中学高校の生活は、そうなのかもしれません。みんなが慣れていく中、そして、それが大人になることと教えられる中、それに耐える日々は苦痛かもしれません。本書は、そのような日々を過ごす男子高校生のお話。彼は夏の間だけ大伯父の兼定のところへ居候し、その日常から逃れますが、岡田という店員の料理の手さばきなどを見て、また、自ら主体的に鍛錬するための繰り返し作業は、その人の人となりを生み出すことを知り成長する、というお話です。

    鴨長明は『方丈記』で「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」と書きましたが、本書でも波打ち際の泡を人の人生に例えて、登場人物たちの身に起こった人生を振り返ります。主人公は呑気症を抱えており、それが屁(水中では泡)となって出ていきますが、彼の心情と連動しているかのように思え、象徴的です。

    ひと夏の滞在の中で主人公の薫が何を学んだのかを読み取ると、その中に、自分を重ねて色々な学びを受け取ることが出来るように練られた一冊でした。

  • 不登校の主人公少年が、夏の間遠く離れた土地に逃避し親戚の経営するジャズバーで働き、自分なりの生活の指針を見出していくという物語。
    薫が学校の「イナゴの群れ」になじむこともできず、かといって確固としたやりたいこともなく、これからの自分を想像することもできずというのは、割とポピュラーな感じではある。そんな繊細な思春期の緊張や息苦しさ、寄る辺なさを空気と一緒に飲み込み続け、腹をパンパンにして苦しみ、こっそり一人湯船でおならにして絞り出す毎日。これが第一に現れる主題の「泡」なのだからちょっと驚く。

    喫茶店で働くうちに、受動的に苦しみに耐えることを繰り返す毎日ではなく、自ら取り組む「繰り返し」の作業や生活が自分の素地となり、自分を解放することに気が付く薫。いつの間にか、兼定の抱く「泡粒のような、偶然に生まれてただ消えていくちっぽけ自分たち」というイメージを共有するようになる。
    そして、何も思い描くことのできなかった、やる気もなかった自分のこれからについて、あらためて「それまでにできることはなんだろう」と、自問できるようになるのだ。
    この後半の流れは見事だった。「癒される」のではなく、「やりたいことはこれだ!」でもなく、不登校が解決するでもなく、薫が自分の足で歩いていくための指針のようなものをゆっくり掴んでいくに留めるというのがすごい。たしかに彼に必要なのはそういうことなのだ。「集団を離れてから恨んだりするな」という岡田の言葉も好きだ。やりようのない怒りや恨みが熟成して長年人を蝕んでしまうのはよくあるし、こういうため込み型の人ってそんな風になりやすいと思うことがある。
    こういう話に戦争の話を絡めるのはちょっとジジ臭い感じもするのだが、主人公はそれを一切聞いてないので過度に説教臭くはないかも。面白かった。

  • 気になるのは、作者の「最初で最後の青春小説」とあることだ。おそらく、この続きは描かれることがないのだ。
    兼定に関しては、ほぼ語られているのでよしとして。ジャズ喫茶オーブフの今後について、または薫とカオルの人生について、全く語られない岡田のことなど、気になりすぎることが山積みなのだ。

    関西の、温泉と海のある小さな町にある「オーブフ」にやってくる人たち。
    それぞれ抱えているものがあるのだが、それぞれ解決するでもなく、さほど進展するふうでもない。というところで突然物語が終わる。薫はこのまま東京で、高校生活を送るのか、はたまた別の道を選ぶのか?(多分そっち)
    それでも一気に読んでしまい、さらに所々立ち止まってその風景を、心の中の光景を思い浮かべてしまう、この表現の豊かさに、小説としての楽しみは十分にあった。

    それはシベリアの極寒で繰り広げられる死と尊厳に関する風景であったり、海に引き込まれそうになって死を意識する体感を味わうこと、突然体を寄せてくる若い女性の体の柔らかさ、シベリアよりも凍りつくと兼定が感じる、ある家庭の描写であったりする。
    それがランダムに、次々と現れるので、読み手はこれは誰のことなのかをすぐに理解することが前提になる。
    幸い、今回は「光の犬」よりはややわかりやすかった。

    でもこれ、青春小説と言ってしまって、それだけでいいのだろうか?という疑問はやや残る。

  • 登校拒否になった高校生薫が、一風変わった叔父左内兼定の元に滞在する一夏を描いた作品。兼定にも複雑な過去がある。

    薫の高校生活が冒頭に描かれるが、体育教師が大きな顔をしているという記述に自分の高校生時代を思い出し、苦々しくなる。

    白浜をモデルにした砂里浜、そこで出会う人物も皆魅力的である。

    松家仁之の小説はデビュー作の『火山のふもとで』がとても良かったのだがその後は読んでいなかった。

    作中の兼定のセリフで、
    「いちばんうまいのは塩むすびだ。炊き立てのごはんで握ると、昼にはちょうどいい冷めかげんになる。冷や飯をを食わされるってまずいものみたいにいうがね、冷や飯は食べものの王様だよ」
    というのがあり、そのとおり!と思った。

    なお、夏が終わった少年のその後については、何も描かれない。

  • 青春小説、登校できなくなった男子高校生が夏を大叔父のジャズ喫茶店で過ごして再生する話という感じの書評を読み、ワクワクして、手に取ったら、○○賞系の本だった。読み始めてしばらく時代が昭和設定だと気づけなかったし、屁・オナラという表現がするっと出てくるまでずいぶん長い。このオブラート感も有意なのかしら。
    語り手が大叔父、高校生、時々店員の岡田と入れ替わり、しかもラノベと違って話し方に特徴がないので、今、誰目線!?となりながら読みました。眠い時には読めない本でした。でも、世界観は好きだったな。

  • 全体のほの暗い、繊細さを感じる作風が話を更に印象深くしていたのが良かった。

  •  絶妙なトリオによるJAM SESSION。
    「もはや『戦後』ではない」(昭和56年「経済白書」)以降の良き昭和の空気感が、戦後や60年安保の残り香を吹き払おうという時代を背景に、まだ何者でもない若き精神の迷いの日々を鮮やかに描いた著者の最新作。

     登校拒否の高2の薫と、シベリア復員兵の大叔父・兼定、その兼定の経営する海辺の町のジャズ喫茶の店員・岡田が主な登場人物。夏休みのひとときを、なんらかの「過去」を引きずる大人たちと過ごし、曖昧模糊としていた自分の立ち位置や、生きることの意味や「未来」についての手ごたえを感じはじめる思春期の日々。太平洋の海と砂浜のまぶしい光を見るように、終始、目を細めながら読み進められる瑞々しい作品だった。
     薫の青春の夏のひと時がメインテーマではあるが、ときおり、兼定、岡田がソロを取るパートがある。そのあたりの“ソロまわし”もJAZZのセッションのようで面白い。

     タイトルの「泡」は、最初、なんのことだろうと思う。

    「こんどは腹筋に力を入れ、湯船のなかで下腹の空気を押し出して、泡を立てる。」

     こんな表現が出てくる。要はおならだ。呑気症の薫の放屁の悩みのひとつの象徴でもある。あるいは、「淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて・・・」と方丈記で鴨長明が例えた人の生のことでもある。

    「砂浜に海水が吸い込まれると、小さな泡がつぷつぷとつぶれながら消えてゆく。その小さな音がする。自分もこの泡のように、いつか消えてゆく ― それまでにできることはなんだろう。」

     自分の悩みのタネであった泡から、自分の人生のメタファ―としての泡まで、泡を通じて、その感じ取り方から少年の成長が描かれていた。
     いや、むしろ、あわてて成長しなくてもいいんじゃないか、と本書は訴えているのかもと思える。
     集団生活からドロップアウトした薫を、大叔父兼定も岡田も、特に構えた風もなく受け入れる。それぞれに、集団、組織、あるいは家庭というものに馴染めなかった過去があるのではなかろうかということを匂わせる大人たち。だからといってアウトローな人生を進めるのでもなく、自然体の対応が、非常に常識的で、著者の良心を感じさせる。

     とはいえ、岡田にこうも言わせる。

    「学校になんか行かなくてもいい。集団に慣らされたほうが気持ちは楽だけど、集団はまちがえるから。しかも真面目で熱心なのがいると、もっとひどいことになる」

     太平洋戦争を体験した兼定、おそらく戦後安保あたりの時代を生きた岡田を通じ、今の世の中における長いものに巻かれる自我のない無抵抗な風潮へのメッセージではなかろうかとも深読みできたりもする。

     ジャズ喫茶を舞台に、エラ・フィッツジェラルド、トニー・ウィリアムスの演奏を通じて、薫に、まだ十代と怖気づくこともない、もっと自由に羽ばたけと、さりげなく背中を押す感じも悪くない。

     薫は、夏が終わり、東京の自宅に戻ることになるが、きっとこの先、大丈夫だと思わせるものがある。高校を卒業して、大学生になって、またふらりと海辺の町のジャズ喫茶「Обувь(オーブフ)」に顔を出すんじゃなかろうか。
     そんな姿を楽しみに本を置くことができる至福の読後感。

  • 高2の薫は、学校での日々に馴染めず学校に行けなくなった。薫は、夏休みを海辺の温泉地でジャズ喫茶をやっている大叔父の兼定の元で暮らすことにする。シベリア抑留体験のある兼定と店を手伝う岡田の元で、薫の夏休みが始まる。

    薫の感じる学校での違和感や店での兼定と岡田や客たちの章、兼定のシベリア体験と帰国後の章が交互に語られる。兼定、薫、岡田、年代の違う3人だが、それぞれにその世代からはじかれてしまっている。大きな事件が起きるわけではない一夏。でも、薫はきっと自分の人生を歩んでいけると感じさせる。

  • 高2になって間もなく学校に行けなくなった薫は、太平洋を望む海辺の町でジャズ喫茶「オーブフ」を営む大叔父・兼定の元に身を寄せる。
    シベリア抑留の重い過去をもつ兼定、ふらりと現れオーブフにいついた何やら訳ありの青年・岡田、自分の居場所を模索する薫、無口な3人の2ヶ月の夏の日々。

    最初はコロコロと変わる目線に戸惑い、なかなか進まなかった。兼定と薫の鬱屈がそれぞれの目線で語られ、なかなか重苦しい展開。
    岡田も何かありそうだけど、その辺は語られないのが逆に気になる。

    薫は同じ年頃の高校生に比べて十分に大人で、物事の本質を見抜く目があるが故に悩んでいるように思う。兼定や岡田がいるジャズ喫茶という得難い環境に置かれたことで、生きていくための大きななにかを掴んでいく過程がみずみずしく描かれて心地よい。

    泡というタイトルに込められた様々な意味が胸に染み入る。薫はきっと、もう大丈夫。たとえ学校に戻れなかったとしても、この回り道は決して彼のマイナスではないと信じたい。
    なんだか、一人旅をして、砂浜でずっと海を見つめていたいと思いました。

  • 高校2年で不登校になった薫と、夏休みの間彼を預かることになった大叔父の兼定。海辺の町でジャズ喫茶を経営する兼定と、無口な従業員・岡田と共に過ごした薫の成長が読みどころか。現代ならばなんらかの病名(精神的な)が与えられそうな薫の症状も呑気症だけで片付けられてしまう。薫の中に鬱積した思いや、兼定の戦争体験がシンクロし、とても重い読後感だった。シンプルなタイトルの“泡”には、いくつもの意味が込められていると思った。

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著者プロフィール

1958年生。大学卒業後、新潮社に勤務し、海外文学シリーズの新潮クレスト・ブックス、季刊誌「考える人」を創刊。2012年、長編『火山のふもとで』で小説家としてデビュー、同作で読売文学賞受賞。第二作は北海道を舞台にした『沈むフランシス』。本書が小説第三作になる。


「2014年 『優雅なのかどうか、わからない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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