- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087734881
感想・レビュー・書評
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ミステリーが解ける時にはいつも、犯人は自分の知っている誰かに似ているとミス・マープルは言う。誰もが誰もを知っている小さな町の誰かに。そんな小さな町では重大な犯罪など起こりそうもないけれど、編み物をしながら事件を聞く内に凶悪な犯罪を町で起きるほんのちっぽけな出来事と重ね合わせて、犯人を特定する。人間のする事になんてそんなに大差は無いのだと言わんばかりに。
ユーゴスラビアと呼ばれた国を舞台に展開する短篇小説を読んでいると、何だかミス・マープルが言っていたことを思い出す。もちろん、その土地、その国の文化的背景には簡単に汎世界的な平均値に押し込めることが出来ない個々の違いはあるけれど、人の暮らしは、お金があってもなくても、主義主張が同じでも異なっていても、必ずどこかに親しいものが見つかる。とは言え、時代が司るようなものには世代間による差が出易いので、この本を読んでノスタルジーを感じる人は国を問わず特定の世代に属する人である可能性は多いにある。そのような符牒は主にテクノロジーと直結していることが多いのだけれど、例えば、今時の若い人々に夏の熱い日の溶けたアスファルト舗装の事で共感を覚えて貰おうとしても無理なように、この本を読んで全ての人が自分と同じような既視感を覚える訳でも無いとは思う。
ユーゴスラビアが一つの国としてオリンピックに参加していた記憶はあるし、チトーという名前を辛うじて聞いたことはあるけれど、もちろん複雑なバルカン半島情勢に通じていた訳ではなく、本に書かれている背景を血肉として理解できる訳ではない。それでもこの本に登場する子どもたちに、青鼻を垂らして半ズボンで駆け回っていた自分たちを重ね合わせるのは至極容易で、大人のやることに興味津々な子供たちがやらかすことなんて万国共通なのだなという感慨は覚えてしまうのだ。意味も分からず、第三インターナショナルだの何だの言ってみたり、隠れてこっそり飲酒をしたり。挙句にしでかす失敗も似たり寄ったり。特に、同じ主人公の登場する四つの連作短篇ではその思いを強くする。
一方で「蛇に抱かれて」と題される短篇では、その時代にその地域の暮らしを経験して来なかった者には通じない何か決して語られないものの存在を強く感じる。そしてこの短篇では神というものの存在について突き詰めた時に明らかとなる彼我の違いも強く感じる。同じ人間同士が戦うのは、裏側に潜む目的は何であれ、いつも表に立つのは大義名分、主義主張。宗教が争いの一番の理由である以上、戦い疲れて帰って行く先もまた神の元。天国というものがあるのだとしたら、同じ神の名の下に殉教した者たちは互いに何を語るのだろう、などと考えてしまうのは、邪教に毒された啓蒙されるべき対象の未開人だからか。解脱が達観であるのなら、諦観ととても近い感覚なのかと、知らぬ間に仏の教えで考えてしまう。例えば聖フランチェスコのように、どうして人は生きられない?「ブラザー・サン、シスター・ムーン、その声はめったに私に届かない」詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
クストリッツアが小説も書いていた! 独立した短編2編と連作短編4編からなる短編集。早速読みましたとも。うわっ、映像が目の前に浮かんでくる!
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『アンダーグラウンド』などでカンヌ国際映画祭を受賞した映画監督、エミール・クストッツァ初の短編集。出身地である旧ユーゴスラヴィアを舞台に6つの物語が収録されている。
友人おすすめの一冊ということで購入。
本日は一話目の『すごくヤなこと』を読了。
主人公は家庭や街の環境へ敏感に反応する少年ゼコ。”人生って川の底みたいに全然動かせないものなの?風が吹いたら川の水面は動くんだけど底の方は全然動かないんだ”という彼の台詞が印象的。
すごくヤな状況を、諦めているようにも感じるこの言葉からどうなるのか。
ヨーロッパの映画を観たような読了感がある物語でした。 -
2017-6-3
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★3.5
映画監督エミール・クストリッツァが贈る、連作短編4作と独立短編2作が収録された短編集。運命の恋と花嫁との逃亡、残酷さと陽気さ、そして動物たち、クストリッツァの世界観がそのまま小説になった感じ。中でも、公開中の新作映画「オン・ザ・ミルキー・ロード」の原点となる、「蛇に抱かれて」が特に印象深い。他の作品でも色を感じたけれど、この作品はさらに強く色が感じられた。また、主人公コスタのラストの姿は、切なくて悲しいながらも崇高な印象を与える。主人公アレクサのやんちゃな成長譚を描いた、連作短編4作も面白い。 -
大物来た~~~~~!って感じ!
映画界の鬼才クストリッツァが音楽界のみならず文学界にも大進出!
そうか。
やはり現代にいたる南スラブヴ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナが舞台だと、ファジリ・イスカンデルやノダル・ドゥンバゼの作品ほど涙と共にほのぼの、で終わるようなものではなかったか。
血と涙と狂乱と喧騒が吹き荒れて、結構悲しい。
彼特有の大法螺を聞かされているような感じだ。
それにしても、男の子にとって親の不義はそんなにショックなものだろうか。彼の地では当ったり前なのかという気がしていたが(失礼。何度も結婚離婚している人が普通にいるので)。
その点、最後の表題作の父親の役回りは予想外に地味だった。
好きなサッカーネタもちらちら入って読みやすく、映画のようなジェットコースター気分を味わいつつ、どちらかというと物悲しい思いに浸る。