- Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
- / ISBN・EAN: 9784093813013
感想・レビュー・書評
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3.85/28
出版社内容情報
『「核」について13歳の少年の目を通して描いた衝撃的な小説。
ある日、西ドイツの小さな町に“核”が落ちてきた。13歳の少年の目を通して、戦争の空しさや人々の営みを淡々と描く衝撃的な小説です。』
冒頭
『それは、両親や大人たちが思い描いていたようにはいかなかった。たとえば、たび重なる警告も宣戦布告もなかった。アルプス山中の村や地中海の島へ避難するだけの十分な時間が与えられたわけでもなかった。
みんなが水着のまま、長椅子に寝そべっているようなときに突然、ほんとうに文字どおり突然、天から降ってきたのだ。』
原書名:『Die letzten Kinder von Schewenborn』(英語版『The Last Children of Schewenborn』)
著者:グードルン・パウゼヴァング (Gudrun Pausewang )
訳者:高田 ゆみ子
出版社 : 小学館
単行本 : 221ページ
ISBN : 9784093813013詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
フィクションかノンフィクションかわからなくなるほど、すさまじさが伝わる。
翻訳してくれる方がいるということに感謝する1冊だった。 -
フィクションなのに、読みつつ寒さと震えが来るほどの恐怖リアル感がある。
1983・・今から40年前、しかもチェルノブイリの事故の前に書かれた作品なのだ。
読み易い・・小学生でも高学年なら読むことができる子もいるだろうと感じさせられる・・発掘して、日本で紹介してくれた高田さんに今さらながら敬意を覚える。
全ての頁の片隅にある鳩のマーク・・だがどのページも絶望の淵にぎりぎりしがみつきつつ「生きている」姿。
40年経って、独逸はほとんど変わらぬ中身にあるのではと思う・・外見は逆ザヤで稼ぎ出した金満国家になっていて 人々の暮らしは天然ガスによるスマートシステムの生活が増えても。
20人に一人は死んでいったというストーリーでも最後まで「僕たちは生きている。だって、最後の子供たちなのだから」と呟き続け・・・
日本はWWⅡのあとに訪れた平和を貪る日々を積み重ね 怖いほどに危機感がない国になった。何が起きても他岸の火事的に見て・・その日愉しい事ばかり夢想しているという雰囲気の社会 1972年の「傘が無い」の歌詞にある世界が続いている様に・・
これは子供たちのみならず、大人のバイブルとして読まねばと思う。 -
『そこに僕らは居合わせた』を読み、『みえない雲』の人かと気づいてそれも読み、さかのぼって『最後の子どもたち』を借りてきて読む。
核爆弾が落とされ、生き残ったとしたら?
どんな状況で生きていかなくてはならないのか?
『みえない雲』は、チェルノブイリ原発事故からまもなく、もしこれが西ドイツのどまんなかで起こったら?というかたちで書かれていた。対して、この『最後の子どもたち』は、チェルノブイリ以前に、未知のできごとを物語として書いたかたちになっている。「現実」に起こったこととしては広島や長崎の被爆を参照しているようにも思った。
夏休み、家族で、母の両親が住むシェーベンボルンで過ごす4週間を楽しみにしていた、まもなく13歳になる「ぼく」を語り手に、物語は書かれている。両親と3つ上の姉、幼い妹とともに旅にむかう道中で核爆弾が炸裂したとおぼしき閃光と爆風にあい、倒木をのりこえながら、「ぼく」の一家は、祖父母たちの家へたどりつく。
隣人から、祖父母は、娘や孫たちの来訪を迎えるための買い物に、フルダの町へ出かけたと聞いて、「ぼく」の母は、フルダへ両親を探しに向かい、壊滅したフルダを目にして戻る。
『みえない雲』では、「ただちに影響はありません」とアナウンスされ、政府や軍が、原発事故の起きた一帯から人を出さないようにした光景が描かれていたが、この『最後の子どもたち』では、新聞やラジオによる発表もなにもなく、政府機能が途絶したもようが描かれる。
食糧が尽きていき、ゴミは収集されず、衛生状態も治安も悪化、赤十字などの救援もない中で、「ぼく」の母や、フルダから逃げてきた人たちにあらわれる原爆症…。いっときは孤児たちの世話にうちこんだ「ぼく」の母や姉、だが子どもも大人も、多くの人が死んでいく。姉も、母も、妹も死んだ。
「ぼく」は、あの日からの、そうした日々を、ずっと見ながら大きくなっていく。
▼だけど、子どもたちは生きている。みんな生きのびたのだ。いま生きていることは、ぼく自身も不思議に思っている。だって、生き残ったのは二十人に一人なのだから
しかし、ぼくらはほんとうに生き残ったのだろうか? もしかしたら、次はぼくの番かもしれない。きのう髪をとかしたら、ふだんよりたくさん髪が抜けた。そういえばユディット[「ぼく」の姉]のときも、そんなふうに始まった。
あのあと生まれてきた子どももいたけど、人口は減る一方だ。ぼくは、こんな世の中に子どもを産む責任をとれないと言う人たちを何人も知っている。…(p.208)
原著は西ドイツで1983年に発表された。訳本の巻末にある「著者あとがき」には、こう書かれている。
▼わたしたちの存在が、絶え間なく生産されている核兵器によって脅かされているのは、もはや疑いのない事実です。しかし、このような考えをどこか隅へ追いやり、考えること自体を拒否してしまっている人たちも少なくありません。人類が滅んでいくさまなど、想像もできないからなのでしょうか。
わたしは、この物語の中で、人類の壊滅を想像し、描写しようと試みました。これは、まだ現実に起こった物語ではありませんし、未知のできごとを描くことは非常に難しく、議論の余地もあるでしょう。…(中略)…
わたしたちが、核によるホロコーストから自らを守るために立ちあがる、その手がかりとして、この物語が役立てば幸いです。それには、いまの時期がまだ遅すぎはしないのを願うばかりです。(p.214)
訳者の高田ゆみ子は、1983年に西ベルリンを訪れたときのことを「訳者あとがき」に記す。「かつての大都市ベルリンが東西に分割されたうえ、西ベルリンは四方を壁に囲まれ、戦後四十年近くたった現在もなお米・英・仏の管理下におかれています」(p.215)という時代、町の人々に声をかけていった著者たちが気づいたのは、町を支配する緊張する空気だった。若者は「ファシズムがやってくる」「核戦争は必ず起こる。そしたら俺たちはイチコロさ」と不安を訴えた、という。
ページの隅には、鳩のぱらぱらアニメ。重い重い読後感。
(7/24了) -
子供のころに読んで核の恐怖に衝撃を受けた。
怖かったものの何度も読み返し、そしてなぜか手放しがたく、ページはかなり傷んでるけど、今でも本棚に置いてある。 -
核戦争が起きたのちのドイツの町を描いた小説。早く読みたい。
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高校生の時に図書館から借りて読んで、
あまりの内容に震えて夕飯が食べられなかった覚えがあります。
「知らない」「知っているけどしょうがない」
なんて言ってはいけない。
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ありえなくない未来の核戦争のお話。
読んだ後に考えさせられます。