雪国 (新潮文庫 (か-1-1))

  • 5144人登録
  • 3.43評価
    • (306)
    • (473)
    • (1060)
    • (155)
    • (33)
  • 608レビュー
著者 : 川端康成
  • 新潮社 (2006年5月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001012

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))の感想・レビュー・書評

  • 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」は、日本文学史の中でも屈指の書き出し。余談ながら、富山から東京へ新幹線移動の場合は、越後湯沢で乗り換えなので、越後湯沢の雪深さが現実感としてあらわれてきました。(笑)
    実は物語らしい物語はなく、背景や経緯も読んでいてあまりよくわからないのですが(笑)、情感たっぷりに雪国の風景を描写した中で交わされる島村と駒子の会話が、しっとりとした面白い風情を感じさせ、ぐいぐいと引き寄せられました。駒子が島村にまとわりつく様子も嫌味でなく、本来は鬱陶しいはずの言動も(笑)、雪国の景色の中へとけこんでいくような感じ。
    四季のうつろいと蛾の生死の有様の対照化や、女性の美を鏡に反映させて描く筆致は見事です。
    ラストは余韻がかなり残る終わり方ですが、その後を描いていくよりはむしろ、大舞台の中、情感を最高潮に達したところで終わりにする心憎い演出ではないかな。(笑)しっとりとした美を描く日本映画、といった趣の作品でした。

  • 文字が織りなす作品世界、私は他の作品以上にこの点を強く感じた。

    一言一言、
    一文字一文字がすべて意味をなし、
    無駄なものが一切無く読者に情景を想起させる。
    彼のこの作品を体験することで改めて日本語の持つ表現の幅広さを感じることが出来たと思っている。

    表現という観点から作品を見た時に頂点に君臨するのが
    川端康成の「雪国」であることは私の中では疑いようのない事実である。

  • 川端康成を読むのはこれで二作品目。冒頭の夜汽車に揺られる一連の描写が、どことなく芥川の『蜜柑』にも似て、たいしたことを描写しているわけでもないのだけれど、物憂げな心持ちにさせる。

    銀白の雪国、閉ざされた世界、島村のいうように「徒労」でしかないのかもしれない駒子の、その無垢さを象徴するかのように、それはいつも白い。窓越しの駒子の赤い頬との対比が、まるで美人画のようで、たおやかなれど官能的でさえある。

    おわりは突然過ぎて、勢い余って転びそうになった。以前に読んだ『みずうみ』もそうだが、彼の物語は唐突にはじまり、唐突におわる。まるで登場人物たちの人生を適当な尺で切り出してきたかのように、まったくもって完成しない。着地点がわからないから戸惑うのだけれど、現実の日常にもそれがないのと同じで、彼の語り口はどことなく真に迫るものがある。わたしには永遠に訪れることのできない雪国が異次元に存在して、彼はそこに出入りができるかのようだ。

    架空の世界が現実を肉迫する。寂しくなったら、慰めがほしくなる。そんなときは彼が切り出した別の人生の一コマをまたのぞいてみたいと思う。

  • 川端康成の繊細な文章の醸し出す、静謐で幻想的な雰囲気。本当に大好きです。

    特にこの「雪国」は私の大好きな雪の描写がどれも美しい。雪国の静謐なムードを演出してます。島村と駒子の哀しいとも取れる関係は、今の私にはまだ理解できないところもあるけど、自分がもっと大人になったら再読したいと思った。きっとその時の感想もまた変わってるような気がする。

  • 言わずと知れたノーベル賞作家の代表作。

    面白いか、面白くないかといえば、はっきり言って面白くは無い。
    終わり方も、それで・・・?といった感じだった。

    しかし、読むたびにじわじわとくる。
    若い頃、一番初めに読んだ時にはさっぱりわからなかった。
    というか全然進まなかった。
    懲りずに3、4回ぐらいに読んでやっと読めた気になれた。

    中高生の読書感想文とかで推奨されていそうだが、これは大人が読むものだと思う。
    これで感想文とかどう書くのだろう?
    間接的な性描写も、美しい情景描写もそこそこ年齢を重ねてからのほうが理解できるし、当時の男女間の事情も読み取れる。

    話の内容よりも文章そのものを楽しみたい。

  • 瀬戸内寂聴とドナルド・キーンの対談で三島と川端を比較してたので手に取る。 若いころはわからなかったけど、場面場面を切り取り、感覚でとらえたことを日本語に変換させたような文章で素晴らしいと思った。 ゴシップ記事になるような登場人物のあれこれは全然描写されておらず、その場、その場のことを美しい日本語で、読者を雪深い温泉場に取り込んでしまう文章は「これが小説なんだ」と思った。 谷崎も書いていた西欧では恋愛が表現されてなければ小説と言わないという、しかも人間の懊悩も描かれている。さすが!

  • ストーリー云々よりも、ただただ雪国の美しい情景が目に浮かぶ…
    小説というより、芸術作品だと思いました。

  • 本には、それを読むのに適した年齢があると思います。高校生のとき、大学に入ったばかりのとき、島村や駒子を取り巻く状況が全く分かりませんでした。動きがない、答えを出さない、臆病。なんでこれが‘名作’なの??と。
    わかった、エロか!!この妙にほのめかすエロな感じがいいのか。いつの時代も妄想を掻き立てられる表現が歓迎されてきたのは一緒か。
    もちろんその年齢は人によって全然違うのが当たり前ですが。私は三回目にしてやっと、この文体になんとかついていけるようになりました。以前と受け取るものが違うなぁと感じるのは新鮮なことです。要は、「読書をするとき背伸びをするな」。わからないものはそのままに、いつか再チャレンジしてみると楽しい。

  • 冒頭部分があまりにも有名なこの作品。
    難しそうなイメージで何となく避けていましたが、読んでみたら意外と読みやすく驚きました。
    物語の中にどんどん引き込まれて行く感覚が心地良く・・・
    美しい叙情的な描写とスピーディーな展開のためか、途中からまるで舞台を観ているかのような気分になっていたので、最後の終わり方もこういう結末の演劇って良くあるよねと。

  • 親の遺産で無為を過ごす島村。温泉街で芸者・駒子と出会う。彼女の清純で一途な生き方に惹かれるも、束の間のつながりしか持とうとしない島村。清らかさ、ひたむきな感情という己が欠落させたものを女のなかに見出し渇望する。それを求めても得られぬと知りつつ。空虚を生ききる男の語り口と視線は柔らかでいて強い意志を感じた。

  • 同じ日に二度読みました。

    雪は春になれば消えてなくなるもの。そうと分かっていても駒子の心の中では「島村という雪」が降り積もる。「もう東京へ帰んなさい」と言ったかと思うと「あら、どうして帰るの?」と言う駒子がいじらしい。
    ゆきずりの愛も雪国の雪も、儚いから美しく見えるのだろうか。
    英文では、この世界をどのように表現しているのか気になる。

    注釈が読書の邪魔をします。出版社に「徒労だね」と言いたい。

    よい作品だと思うが、川端康成というフィルターを通さないでこの作品を読んでみたら、読者はどのような感想を持つのだろうか?

  • 語り手の男(島村)を通して、ふたりの女性を描いています。温泉地の自然や、それぞれに複雑な背景をもつ人物の心理が色鮮やかに、高精細に描写されています。

    ストーリーは比較的単純で、どちらかと言えば、事情の機微や心境の移ろいを味わう作品といえるのではないでしょうか。

    さすがに、発表から80年も経過した作品ですので、文化風俗が現代とは異なります。特に男性と女性の在り方には少なからざるギャップがありますので、作中の人物らの心情を純粋な形ですべてを汲み取ることは難しいと感じました。読中に自身の想像が介入したり、意見のようなものが自然と起こって、小説世界を損なっていく感覚がありました。
    仮にもしもこの作品が、男性が「女性にはこうあってほしい」という理想像を投射しただけのものであれば、ここまで受け容れられなかったのだと思います。しかし、そんな風にも読めなくもないところがあります。
    そのため、私にはこの作品のよさを十分に味わうことはできなかったと言わざるをえません。

    また、本文中に米印をふって参照させる巻末の「注解」の口数が多いと感じました。この語注を読んでいると、余計な情報や文学者的見地からの意見も示され、「そんなことは後で教えてほしい」「作品に集中できない」と感じるものもいくつかありました。そのため、後半は注解を参照するのを避けるようにいたしました。
    たとえば読みはじめ、わずか三行目。主人公の名前が初出する箇所の解説――『島村は私ではありません。男としての存在ですらないようで、ただ駒子をうつす鏡のようなもの、でしょうか。」(昭和43年12月「『雪国』について」)。能でいえば駒子のシテに対するワキといえようか。』――これは、最後まで読めばなんとなく感じられることです。というより、私は「自分でなんとなく感じたい」のです。それをわざわざ能まで引用して、冒頭で教えてしまうなんて。たいへん興ざめな注釈だと思いました。

  • 川端作品や谷崎潤一郎作品の翻訳者であるサイデンステッカー氏の解説がついた角川版をお勧めしたい。

    トンネルを抜けると雪国であった

    やっぱり、インパクトはすごい。そして、読むこと数行、私はこの本を読んだことがあると思った。なぜ、覚えていないのか?

    読み終わること一回。ただの水商売の女に対して、純粋でもないのに騙されて?か、純粋だと信じる男性独特の心理の描写にすぎない安っぽい話だからではないかと思った。

    でも、それだけでは捨て置けない何かがあって、続けてすぐ2度目を読んだ。1度目より、集中して挑んでみた。難解な点、?な点がやはり残され、続けて2度読んだ今でも再読をしてみたいと思った。

    主人公は、電車の窓ガラス、鏡などを通してしか女性にひきつけられることのできない男性。そして、持続性がなく、目の前の出来事でなくなるとすぐに現実味を感じることができなくなってしまう。仕事もなく、趣味であった踊りでさえ現実味を帯びてくると逃げ出してしまう。川端さんは、鏡に映る映像が非現実と現実の世界の境目だということを丁寧に何度も言葉で説明するのでそこは分かる、その一方、暗喩が好きな私としては、描写されてしまう物足りなさは少しあった。これ以上の理解の足掛かりとして、私には、サイデンステッカーさんの解説が必要だった。

    「主人公は恋愛の全くできない金持ちのディレッタントであり、温泉芸者の女主人公は、堕落の中にあってなお純真さを失っていないのだが、読む者の目にはどうしても退廃としか映らないのだ。二人は愛し合おうとするが、愛は二人を結ぼうとしない。近づけば近づくほど、かえって離れてしまう。主人公の島村は自己の内に半ば希望的な夢の世界をつくる。そこには肉と血を暗示する何ものもないといってよい」

    複雑な話で、感想さえもうまくまとめられないが、この解説を見て、そっか、恋愛かと思いだして再読した。商売女という概念にとらわれて、恋愛だと見れてなかった自分に気付いた。そうすると、同性として駒子の辛い気持がよく分かる。特に何度か繰り返される「帰れ」「やっぱり帰るな」など正反対の気持ちが入り乱れる駒子のいじらしさに。「『ほんとうに人を好きになれるのは、もう女だけなんですから』と、駒子は少し顔を赤らめてうつ向いた」にも表れる、純粋さ。

    「駒子の愛情は彼に向けられたものであるにもかかわらず、それを美しい徒労であるかのように思う彼自身の虚しさがあって、けれどもかえってそれにつれて、駒子の生きようとしている命が裸の肌のように触れて来もするのだった。彼が駒子を哀れみながら、自らを哀れんだ」
    この最後の一文で、初めて、あぁ、島村も駒子に恋をしたがっているんだと思った。まさしく、サイデンステッカーさんの解説。
    同じく、「駒子がせつなく迫って来れば来るほど、島村は自分が生きていないかのような呵責がつのった。いわば自分のさびしさを見ながら、ただじっとたたずんでいるのだった。駒子が自分のなかにはまりこんで来るのが、島村は不可解だった。駒子のすべてが島村に通じて来るのに、島村のなにも駒子には通じていそうになう。駒子が虚しい壁に突き当たる木霊に似た音を、島村は自分の底に雪が降りつむように聞いた。」

    ネットのある人の解釈では、島村は最初は駒子を体でしか覚えていなかったのが、段々と人柄にひかれて言ったとあった。ストンと納得。読書記録をつけていたり、三味線を熱心に練習していたりと駒子の内面は表面的に見えているより豊かになっていく。それが顕著に現れているのが、最初の駒子は「女」だった。名前もない。途中で芸名だが、名前が登場する。徐々に駒子に顔と人格を島村が認めていったということではないかと思う。島村が駒子が自分に惚れているとほっとする部分があるが、つまりその時には、中身... 続きを読む

  • 「結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている、・・・」

    うなるエロ。それはさておき、
    主人公の金持ち旦那が二人の女性に見出す魅力の描かれ方半端なく美しい。
    川端先生骨の髄まで女好きでいらっしゃいますね。

    必死に生きている彼女たちが健気で崇高なのに比して
    男の語り口は安全地帯からの高みの見物的に聞こえる。
    ため息が出るような描写ができる男だとしても、私はこいつ嫌いだ。
    読み取り方が浅いのかな、と相手が文豪なだけに思ってしまうが。

  • 儚く溶けて消えてしまいそうなぐらい、色彩や音の描写が細やかだった。

    駒子の気まぐれな言動が危なっかしくてハラハラする。そこに島村が惹かれたのはわかるけど、駒子が島村のどこに魅力を感じたのかが最後まで謎。

    「軒端の小さい氷柱が可愛く光っていた。」(P48)の「可愛」のふりがなが「かわゆ」になっているのがかわゆい。

    “コオト” “ストオヴ”の表記が見るからに暖かそう。久々に越後湯沢へ“スキイ”に行きたくなった。

  • 日本人たるもの読んどかなくては。と思い読了。
    始めて読んだ中学生の時には最初から最後まで全て理解できなかったが、今ならば描写の美しさを感じることができた。しかし、やはり今でもよく分からなかった。この本のポイントはどこなのか。10年後ぐらいにもう一度読みたいと思う。

  • 文章が美しいとはこのことかとおもった。情景が目に浮かぶようで日本の美しさを感じた。もう少し歳をとったときに再読したい。

  • 初川端康成。

    読書好きな母と弟がそろって読み通せずに投げ出したというのを聞いておっかなびっくりで読み始めました。

    文章の美しさ的な評判はよく聞くし、ノーベル文学賞だし、文章の勉強にもなるかなと楽しみにしてたんですが、残念ながらまったく理解できなかった。

    途中で投げ出したという母と弟の気持ちもよくわかった。
    いやきっとおもしろくなるだろう、文章にも慣れるだろう、といちおう最後まで読み進めたんだけど、結局話の面白さも、文章の素晴らしさも感じることなく終わってしまった。

    なんだろうこれ。なんでこんなに分からないんだろう。
    評価されてる意味をがんばって探そうとしたけど、ちょっと無理だった。

    文章や情景の美しさなんかは良いところの一つなんだろう。きっと。
    確かに色の描写をたくさんしてて、いわゆる日本的な雪国の美しさが表れてるんだろうけど、
    (ここらへんは翻訳されたときに映える要素ではないかと)
    表現があまりうまいとは感じなかったし、せっかくの美しさがぜんぜん目に浮かんでこない。

    心理描写の方はさらに理解不能。感情移入できない以前に何考えてるのかさっぱり分からなかった。

    なんというか終始感じたのは、あぁ川端康成という人間は、自分とはまったく感性の合わない人なんだろうなと。この島村という主人公はきっと著者本人を写した姿なんだろうけど、私小説的な赤裸々感があるわけでもなく、妙にクールぶってるというか。なんかもうずっと、いやお前何カッコつけてんの!?って言いたくなる文章だった。

    川端康成が好きな人、ごめんなさい。

  • [購入] 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」で始まるおなじみの古典。

    改めて日本の古典文学に触れてみて、今の小説や物語にはなかなか見られない美しさや豊かな表現を強く感じた。人の心理や風景の描写など、これほど豊穣に描く力はものすごいな、なんて今更ながらに思わされる名作だった。
    分量は多くないのでさくっと読むことができる。

  • 再読。この物語は話型からしても、典型的な異郷訪問譚である。「国境の長いトンネル」という境界の向こうは異世界なのだ。しかも、それは双方向性を持たず、島村の日常である東京の側からは行けるが、雪国の側の女たちは境界を反対側から超えて来ることはない。駒子も葉子も雪国に閉じ込められたままだ。そう、雪国はきわめて「閉じられた世界」でもある。ここに流れる時間は、駒子たちにとっては逃れられない日常だが、たまさかに訪れる島村にとっては非日常の時間である。最後の火事の場面で、この両世界は共に美しい幻想の中に飲みこまれて行く。
    「この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている」などと、この小説は中年男性の持つ厭らしさが随所に描かれる。そして、それを救うのがジャンヌダルクたる葉子なのだろう。だから、彼女は最後に火に包まれるのだ。

  • 有名な冒頭につられて読んだ。言葉がとてもきれいだと思った。
    2013/08/11

  • 美しく、消え入りそうな空気によって、在りし日本の姿を映し出している一品である。

  • 2013年1月19日読了。

    日本語のうつくしさは、さすがの一言。
    雪国の情景、人物やこまごまとしたものの描写が美しい言葉でつづられており、それらが浮き上がらせるのは、物語ではなく生き様や心理である。
    物語そのものは、荒っぽく言えば中年男が温泉街の女と不倫しながらも、
    別の女にも心惹かれるという、俗っぽい、色物。
    でもしかし、女に心惹かれていく男の心理、愛されながらも受け止められない心の孤独などが、うつくしい情景とともに描かれており、全体として映像を見終わったような、不思議な読後感。
    中盤だれ気味になってしまったけれど、こういうものを味わえる、心のひだのきめ細かさは、持ち合わせていたいと思った。

  • 綺麗。日本語ってこんなに綺麗なんだなぁって実感しました。お正月休みの年末年始に読んだので季節もなんだかぴったりで、すぐに作品に入り込んでしまったかんじです。
    描写がどこまでも美しい。色彩感覚が非常に豊かで、心の変化に色がついているのがすっごく魅力的でした。
    性描写のぼかし具合がまた好きでした。
    様々なぼかしもあってか、島村と駒子のやりとりや状況がつかめないところもありましたが、もう一度読みたいと思える作品でした。

  • とにかく駒子ちゃんが可愛い!
    性描写のぼかし方がすごいです。

全608件中 1 - 25件を表示

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))に関連するまとめ

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))の文庫

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))の文庫

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))の文庫

ツイートする