鏡子の家 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.78
  • (57)
  • (49)
  • (87)
  • (6)
  • (1)
本棚登録 : 858
感想 : 71
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (640ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050065

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 昭和29年~31年を舞台に
    刹那的であろうとする若者たちの群像を書いたものだ
    しかし彼らは要するにスタイリストの集まりでしかないので
    どうしてもいろんなことを考えてしまう
    同時代、都会の若者には、やはり三島由紀夫の年寄り臭さを
    難ずる声も多かったらしい
    武田泰淳の小説(ニセ札つかいの手記)にそういう意見があったのだが
    結局、悪ぶってるポーズが鼻についたという話なんだろう
    快楽を前にしては
    考えずに飛びつくのが刹那主義の現代的解釈であるからして
    つまり、この物語の主人公たちは、刹那を楽しめない人々だった
    刹那を気取りつつも
    真実の愛だの立身出世だのいう価値観に未練を残し
    現実に対してシニカルな態度しかとれない
    そうやって抱え込んだ自分だけの絶望をナルシスティックに愛しつつ
    世界の終わりを夢想することで、未来の不安をごまかしてる
    そんな連中だ
    他人の目を恐れてばかりの悲しいヒューマニストたち
    生きることは極私的な負け戦であるという事実に
    どうしても耐えられない
    それでもまあ
    自殺する勇気がないから「生きよう」なんて
    ポジティブを装って居直るフリをした「金閣寺」の頃に比べりゃ
    ずいぶん進歩したものである
    しかし、たったそれだけのことを五人前にも嵩増しして
    長々と書く必要はあったのだろうか?
    そう問われるならば、これはあったに違いない
    三島が欲していたのは、理想を共に並び見る同志だったんだから
    …その内実が、世界の終わりであったにせよ

    なお、「鏡子の家」を書き上げた三島は
    次いで「宴のあと」に着手したのだが
    三島由紀夫のキャリアにおいて
    ここが、最も重大なターニングポイントではなかったか
    個人的にはそう考えてる

  • いまさらいうのもなんだが、三島由紀夫は日本の大作家である。堪能した。

    三島由紀夫の作品中での位置づけはどうなのだろう、精緻な構想といい、ひねり方といい、技巧に長けていて、うまいストーリーではある。もっと早く読めばよかった。

    或る時代(1954年ころ、朝鮮戦争後の退廃した世代相)の中で悩む青年たちを描き出している。

    いつの時代だとて青年は懊悩するものだ。
    この時代はこんなに退廃の気分がしていたのか?中学生になったばかりの私にわかろうはずが無いが、こんなデカダンスの世だったのだろうか、ことさら作者が借りているのか、さておいて。

    四人の個性的な青年のストイシズム追求の物語が、解説者(田中西二郎)言うところの「メリ・ゴオ・ランド方式」でぐるぐるまわる。
    エリート社員杉本清一郎(会社で出世するタイプの)、大学のボクシングの選手深井峻吉(後にプロ入り)、日本画家の山形夏雄(美的感覚が天才的な)、俳優舟木収(美貌だが配役をもらえない)ら四人が、鏡子というマダムのサロンを中心にして桜の季節から2年後の桜の季節までの、浮き沈みの物語。

    ストーリを追う小説でないことは確かで、それぞれの美意識を四人の青年がストイックに追求した結果が果たしていかなるや?いや、鏡の役割の鏡子も含めて五つの唯美意識のゆくえがテーマである。

    それは三島由紀夫の芸術の唯美家としての姿でもある。凡庸な私がどれほど理解できたかは別として、追体験の芸術的苦悩は味わうに興ありである。

  • 三島由紀夫の特番を見て購読。金閣寺の後に書かれた本で、当時も大注目されたが、評価は二分されていたらしい。4人の主人公(エリートサラリーマン、ボクシング一筋の選手、才能ある若き芸術家、売れないが美貌の役者)が、その友人である資産家の女性(鏡子)と、それぞれの生き方を語り共有する形式。親しい友人だが互いに干渉しないのがルール。三島はこの作品でも「美とは何か」「人生の意味とは何か」「哲学を持たない社会の劣悪さ」を描こうとしているのだと思う。また、それぞれが干渉しないというのは、友人であっても、根底では分かり合えないのだということなのか。5人のうち、4人の人生は破綻する。これは、のちの三島の行動を知っているだけに、何かの暗喩に思えてならない。金閣寺でも「世界を変えるのは理念か行動か」という問いがあったが、現実の社会はそんな単純なものではない。この本ではその2つが5つになっているが、それでも生き残るのは1つというのは変わらないのか。

  • 亡くなる5年くらい前の作品?
    当時体を鍛えていたはずなので、そのようなことが反映されている

  • 彼女はいくら待っても自分の心に、どんな種類の偏見も生じないのを、一種の病気のように思ってあきらめた。田舎の清浄な空気に育った人たちが病菌に弱いように、鏡子は戦後の時代が培った有毒なもろもろの観念に手放しで犯され、人が治ったあとも決して治らなかった。

    世界が必ず滅びるという確信がなかったら、どうやって生きてゆくことができるだろう。

  • 物語は退屈だが、文体や表現の美しさは十分堪能できた。こういうのが所謂小説なんだよな~。最近の文芸書は似非小説ばかりで本物の小説が少ないなぁ。

  • 一ヶ月半をかけて読了.どうも物語にとけこめず,本の中の世界との距離を感じながらの読書になった.

    戦争には行かなかったが,戦争に囲まれて育った世代の4人とホステス役である鏡子が主人公.ほとんど4人をめぐる4つの話が平行してすすむ.その4人とも三島由紀夫のある一面を取り出して造形されている感じがする.そしてどの人もあまり愉快な人ではない.
    もっとも愉快で気がいい人ばかりでてきては文学にならないだろうが.

    豊饒の海を読んでいる時にも思ったが,小説自体より,それを紡ぐ言葉に感心する.特に最後の夏雄と鏡子の会話は表面的には穏やかだが双方ともに物事の本質に肉薄する迫力にみちている.すごい.

  • 「金閣寺」と双璧をなすと言われる三島の力作。
    夫を追い出し気ままに暮らす鏡子の家に集まる
    4人の青年達の生き方を通して、
    戦後という状態から次の段階に入った時代を描く。
    ボクサー、舞台俳優、画家、商社マン。
    4人のストーリーは巧みに独立していて、相互に絡み合う事はない。
    「この作品の主人公は人物ではなく、
    昭和30年代初期という時代そのもの」
    とは作者自身の解説だ。
    4人の人物像の違いを描写した、あのあまりにも有名な一説、

     今ただ一つたしかなことは、大きな壁があり、
     その壁に鼻を突きつけて、四人が立っているということなのである。
     「俺はその壁をぶち割ってやるんだ」と峻吉は拳を握って思っていた。
     「僕はその壁を鏡に変えてしまうだろう」と
     収は怠惰な気持ちで思っていた。
     「僕はとにかくその壁を描くんだ。
     壁が風景や花々の壁画に変わってしまえば」
     と夏雄は熱烈に考えた。
     そして清一郎の考えていたことはこうである。
     「俺はその壁になるんだ。俺がその壁自体に化けてしまうことだ」

    これら人物造形の振り分け、設定は素晴らしく、
    特に清一郎のそれは
    「ニヒリズム」「シニシズム」という単純さを越えて、
    文学という表現手法の新たな到達点の可能性を多いに感じさせてくれた。
    それぞれのキャラクター設定が面白く、興味をそそるので、
    先に引用した「人物ではなく時代を描く」というコンセプトが
    邪魔に感じられてしまう程だ。

    ブラッシュアップされた文体は完結で読みやすく、
    誤解を恐れずに書けば、
    ライトノベルを読んですらいるかのような錯覚をおぼえるが
    そこはさすがに三島だけあって、明晰な心理描写をはじめ、
    知性と品格あふれる文章はやはり並の作家とはレベルが違い、
    陳腐さは微塵も感じさせず、
    細部の描写にも思わず唸ってしまうような美文が
    これでもかというくらいに登場する。

    結果的に「やけに思弁的な4人の青年たちが、鏡子という媒介を通して
    それぞれのストーリーを展開しつつ、絡みそうで絡まない」という、
    なんとも異様な作品に仕上がっている。

    「人物ではなく時代を描き出す」という目的に固執するあまり、
    清一郎をはじめとする、限りない可能性を秘めた素材たちを
    活かしきらずにフェードアウトさせたのは本当に残念だ。
    作品全体を通しての消化不良感が否めない。
    これはこれで狙った故の結果だと言えば、それもそうなのだが、、

  • 三島自身の分身と思われる複数の青年たちと、青年たちが集う家の持ち主で資産家の令嬢である鏡子を中心に話が進んでいく。それぞれの内面の心理描写の箇所は、さすがに巧みだが、全体としてみるとこれまで読んだ三島作品に比べ物語の深さ、おもしろさがうすかったかも。なので星3つ。

  • さすがって感じの精緻な表現と、自意識の強い登場人物たち。
    どうしても三島本人のイメージを浮かべて読んでしまうから、ボディビルの描写の辺りとかはちょっと楽しんでしまった。

    4人の若者の中では、清一郎のニヒリズムとシニシズムを合わせたような思想に理解できるところがあっただけに、最後まで壁に当たったり変容することなく終わってしまったのは肩透かし食らった感じ。同志であった鏡子が現実に立ち返ってしまったことで孤独に苛まれるかと思えば、山川夫人が新たな同志候補に出てくるし…。
    夏雄だけが迷いから抜け出した件は、解説読んでほうほうって感じ。全員不幸になったほうが俺は楽しめた気がするけど。

著者プロフィール

本名平岡公威。東京四谷生まれ。学習院中等科在学中、〈三島由紀夫〉のペンネームで「花ざかりの森」を書き、早熟の才をうたわれる。東大法科を経て大蔵省に入るが、まもなく退職。『仮面の告白』によって文壇の地位を確立。以後、『愛の渇き』『金閣寺』『潮騒』『憂国』『豊饒の海』など、次々話題作を発表、たえずジャーナリズムの渦中にあった。ちくま文庫に『三島由紀夫レター教室』『命売ります』『肉体の学校』『反貞女大学』『恋の都』『私の遍歴時代』『文化防衛論』『三島由紀夫の美学講座』などがある。

「1998年 『命売ります』 で使われていた紹介文から引用しています。」

三島由紀夫の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三島由紀夫
三島由紀夫
三島由紀夫
三島由紀夫
三島由紀夫
谷崎潤一郎
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×