- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101121154
作品紹介・あらすじ
砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに、人間存在の象徴的な姿を追求した書き下ろし長編。20数ヶ国語に翻訳された名作。
感想・レビュー・書評
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著者、安部公房さん、どのような方かというと、ウィキペディアには、次のように書かれています。
---引用開始
安部 公房(あべ こうぼう、1924年(大正13年)3月7日 - 1993年(平成5年)1月22日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。東京府北豊島郡(現在の東京都北区)出身。本名は安部 公房(あべ きみふさ)。「ノーベル文学賞に最も近い人物」とノーベル委員会から評価を得ていた中、脳内出血により急死した。
---引用終了
で、本作の内容は、次のとおり。
---引用開始
欠けて困るものなど、何一つありはしない。
砂穴の底に埋もれていく一軒家に故なく閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男を描き、世界二十数カ国語に翻訳紹介された名作。
砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。20数ヶ国語に翻訳されている。読売文学賞受賞作。
---引用終了
で、本作の書き出しは、次のとおり。
---引用開始
八月のある日、男が一人、行方不明になった。休暇を利用して、汽車で半日ばかりの海岸に出掛けたきり、消息をたってしまったのだ。捜索願も、新聞広告も、すべて無駄におわった。
---引用終了
そして、本作の解説を書かれているのは、ドナルド・キーンさん(1922~2019)。
どのような方かと思い、ウィキペディアを見ると、日本語を学び始めたのは、18歳以降のようですね。
日本語を話したり読んだりするだけでなく、日本語で多くの著作を残しておられるのだから、すごい方です。
もちろん、英語の著作もあります。
それから、ドナルド・キーンさんの文壇での交友関係が、ウィキペディアに書かれていますが、安部公房さんと、最も親しかったようです。
そこに登場する方々を列挙すると、
・ドナルド・キーン(1922~2019)
・安部公房(1924~1993)
・三島由紀夫(1925~1970)
・永井荷風(1879~1959)
・大江健三郎(1935~2023)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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2021/05/08
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読書メーター、ググッたらすぐに出てきました。このまま、ここを押したら・・・・と思いながらスマホとにらめっこしています。読書メーター、ググッたらすぐに出てきました。このまま、ここを押したら・・・・と思いながらスマホとにらめっこしています。2021/05/08
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ゆうママさん、こんにちは。砂の女、楽しんでくださいね。感想楽しみにしていますね。読書メーターは焦らずで良いと思います。何かわからないことがあ...ゆうママさん、こんにちは。砂の女、楽しんでくださいね。感想楽しみにしていますね。読書メーターは焦らずで良いと思います。何かわからないことがあれば聞いてくださいね。ゆうママさんが読書を楽しむのが一番の目的ですのでね!2021/05/08
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怖い。
文学作品なのでしょうが、ただただ恐ろしかった。
主人公の男は、とある部落の罠に落ち、砂穴の底にある一軒家に閉じ込められてしまう。そこに住む女と共に。
さながらアリ地獄に捕まったアリのよう。
とにかくその砂だらけの生活が、現実にすぐそこにあるかのような描写です。
まるで作者がその状況を経験したことがあるかのように。
読んでいる間中、喉がカラカラに渇きました。
高名な昔の文学作品ですが、とても読みやすかった。
帰省先から戻るときに船上で手に取った一冊でした。 -
第一章は、松本清張かと思われる様なミステリアスの幕開けとなり、数ページで物語に引き込まれる。
そして、理論的な砂の描写と、詳細な昆虫の写実に 現実に戻される。
教師である男が休暇を使い昆虫採集にやってきた砂丘の部落。深い砂穴の一軒、未亡人が住まう家に軟禁され、砂掻きという労働を余儀なくされる。
男の混迷と逃亡の生活が始まる。
恐ろしいものは、砂だけではない。「愛郷精神」を掲げる村人の集団意識。過酷な砂との生活に日常性を認める女。そして、逃亡を企て続けた男が、砂との生活の中で日常性を受け入れ、希望らしきものまで認識していくその慣習性。
砂は、現代社会の比喩とされるが、砂のあるがままとして読んでも充分に思考するものがある。
「罪がなければ、逃げる楽しみもない」副題ともいえるこの一文は、社会生活への従順性の表現なのか
初めて読んだのは、いつだったかも忘れてしまったけれど、読書の嗜好性を決定された一冊です。
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これほど不気味で理不尽な小説に、かつて出会ったことはない。
独特の比喩表現が、物語をもっともっと不気味にする。
監禁状態とも呼ばれる状況に置かれた人間から、溢れ出る剥き出しの感情、暴力、妄想。
おそらく誰でも、主人公と同じ状況に置かれたら、こんな気持ちになるんだろう。 -
ある男が失踪する。
昆虫採集に行くと告げて出て行ったが
ある集落の人々の罠にかかり
彼は砂の穴の中に暮らす女と生活することになる。
砂の壁は登ることができず外には出られない。
穴は村の人間が管理・監視しているため逃亡は更に困難な状況である。
冒頭、男が失踪し死亡扱いになったことが読者に告げられる。これがなんともその後の「何があったのか?」についてを読む進める際「元の生活に戻った」と言う結末を排除し、閉塞感をもたらす。
最初、主人公に重ねてそれでもどうやったら脱出できるかという、心で読むのだけどだんだんこの状況を受け入れている女の感覚に近いものも自分の日々の暮らしに存在している気がしてきて脂汗をかきはじめる。
抜け出したいも、考えないも両方存在する。
読み進めると女は考えてないのではなくて、完全に穴の中の生活を受け入れて好きなことが少しわかる。
でも、二人を自分に置き換えるとちょっと穴の中にいないのに怖くなってくる…私は穴の中にいないんだよね?
………いるのかもしれない
サササッと読んでしまったが、場面場面の意味を考える余韻が残り続けている。
追記:なんかわからないけど途中から想像する「男」が森山未來になってた。 -
誰かの支配下において理不尽さに目を瞑り従属を選べば安寧があるのか、との思いも浮かぶのだけど、砂の流れ落ちてくる穴の中という閉塞空間の恐怖に我に返る… 毎回読むたびに、我に返る…
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-罪がなければ、逃げるたのしみもない-
男は扉の開けられた牢屋に帰った。
女を愛したのか。いつでも自由になれると感じたのか。
もう自由の中にいたのだろうか。汗と水。砂の女。
この作品にはどこか私たちの生活が投影されてはいないだろうか。
社会を恨み、虚しさを感じ、仕事の意義を考え、時に己の良心の軽薄さを受け入れる。
妥協さえも含んでいる結末をただただ安直に受け止めるには、まだ時間がかかりそうだ。 -
読んでみたいなと思いながらもこれまで手にしなかった安部公房作品。
前衛的と言うか退廃的と言うか…。
日本だけでなく世界各国で翻訳されている文学作品らしい。
昆虫マニアの主人公は砂の中にならば…と新種を見つけ出せる可能性を求め旅に出る。存在意義を新種の昆虫に託し後世まで残す為に。
そこで繰り広げられる不思議な世界。
自由の定義を今更ながら考えさせられる少し恐怖を感じたお話だった。