落日燃ゆ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
4.08
  • (379)
  • (352)
  • (263)
  • (13)
  • (4)
本棚登録 : 3191
感想 : 348
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101133188

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 極東裁判で天皇を守るために身を挺して責任を被り、門官で唯一絞首刑となった男の話。
    小学生の時に読んで心を打たれた。
    もっと世に知られるべき日本の隠れた偉人。

  • 1人の男の壮絶な人生の話だった。以前東京裁判のドラマを見た時は裁判官側の視点だったけど、この小説は逆で、何が正しいのかも曖昧になってしまった。
    ただ、1人の文官の使命、行動、覚悟を見た時に、心を動かされずにはいられない、ある意味では清々しいしく真っ直ぐな話し。
    ただただ感動した。

  • 東京裁判の結果、A級戦犯としてただ一人文官でありながら処刑された広田弘毅。
    名前は知っていたけれど、どういう人物であったのか、この本を読むまで知りませんでした。

    貧しい石屋の長男に生まれ、勉強は好きだしよくできたけれども家の後を継ぐことしか考えられなかった少年時代、彼の才能を惜しんで進学を強く勧めてくれた人がいたおかげで 東大まで進む。
    そして日清・日露戦争後の国際情勢を見て、軍隊だけでは国際社会で勝ち残ることはできないと、外交官を目指すのです。

    戦争で得ることのできなかった国益を、外交の力で得る。
    そのためには多くの国とうまくやっていく力がないとだめだ、と。
    しかし時代はどんどんきな臭くなり、天皇のため・お国のためを振りかざす陸軍が、政府の言うことも参謀本部の言うことも天皇の言うことすら聞かずに独断専行することになります。

    ”軍中央は、事変の不拡大を関東軍に指示した。それが天皇の命令であり、統帥といわれることなのに、関東軍は、統帥の独立をうたいながら、統帥に背いて独走した。”

    *関東軍:中華民国の関東州に派兵された大日本帝国陸軍の部隊
    *統帥権:大日本帝国憲法下における軍隊の最高指揮権

    広田は割と早いうちに陸軍の暴走に対して「長州の作った憲法が日本を滅ぼすことになる」と言うのですが、その憲法すら踏みにじって陸軍が暴走してしまうわけです。
    このあたり、偽勅を振りかざして天皇をないがしろにした長州のやり口に似てる。
    明治維新も昭和維新も同じだな。

    そして、平和外交こそが日本が国際的に生きる道と信じている広田のもとで、外務省官僚すら軍に同調していきます。
    「目先ばかり見て、勢いのいいところにつこうとする。ああいう軽率な連中に国事を任せては、日本はどこへ行くかわからん」

    大きなことを成し遂げて名をあげようとする輩が多くいるなか、広田は最初から最後まで「外交官としては、決して表に出るような仕事をして満足すべきものではなくして、言われぬ仕事をすることが外交官の任務だ」という。
    外交官だけでなく、公務員ってそういうものだと私は思って仕事をしていますが。

    どんな時も国際情勢を分析し、誠意をもって外交を行う広田は、とうとう大臣に迎えられます。
    軍人に負けない強い信念と、粘り強さと、論理を持つ数少ない人物として。
    外務大臣から総理大臣へ。

    政治家となると、途端にいろいろなものがいろんな人から送られてくるようになりますが、広田はそれを孤児院や日雇い労働者にまわします。
    そんな彼を「人気取り」と書く新聞もありましたが、「いつの世にも、下積みで苦しんでいる人々がある。そういう人々に眼を向けるのが、政治ではないのか。政治は理想ではないのだ」とつぶやく。

    なんとか陸軍の暴走を食い止めようと手を打ちますが、常に一歩軍の暴走が先んじてしまい、とうとう戦争が始まってしまいました。
    東條英機の独裁下で、満足に御前会議を開くことさえできないなか、それでも平和への努力を惜しまなかった広田が、どういう運命なのか軍人たちと一緒にA級戦犯として処断されます。
    「あの時はどうしようもなかったんだ」「そういうつもりじゃなかったんだ」「前線が勝手に暴走したんだ」
    見苦しく言い訳をする軍人たちのそばで、広田はついに自己弁護をしなかったのだそうです。
    「善き戦争はなく、悪しき平和というものもない。外交官として、政治家として、戦争そのものを防止すべきである」
    それができなかった自分を、彼は決して言い訳することなく、刑に臨みました。

    東京裁判が多分に政治的な裁判であり、最初からバランスとして文官を入れたいという、答えが先に決まっている茶番でした。
    近衛文麿が自殺しなかったら、広田にお鉢が回ることはなかったのではないでしょうか。
    それでも、外交官時代の広田を知る各国の大使たちが助命嘆願してくれてもよかったんじゃないの?なんて思ってしまいますが、どうなんでしょう。
    私としてはパール判事が広田についてどのように語ったのかを知りたいところです。

    *パール判事:戦勝国が敗戦国を裁くのは事後法で、罪刑法定主義に反するとしてA級戦犯全員を無罪とした

  • 昔外交官を目指していたので、この本の存在は知っていた。しかし、広田弘毅に良い印象がなかったため、敬遠していた。
    時はたち、本屋で見かけた時に当時を懐かしみ、手に取り迎え入れたところ、良い意味で裏切られた。

    生島ヒロシの帯にもあるが、広田の生き方には他力の潔さがある。自ら計らうことはないが、その結果は自分で負う。しかし信念がないかと言えば、それは違う。表には出さずとも、裏には強固な意思がある。

    時代が違えば、きっと活躍出来た人だと思う。背中で語り、現代に生きるヒントを与えてくれる存在だと感じた。

  • ずしん、とくる本だった。

    高校生で日本史を学んだとき、昭和史の政治家や軍部、大政翼賛会などなど、登場するすべての人たちが悪いんだと思ってた。
    政府が扇動して戦争を引き起こしたんだと思ってたし、A級戦犯で裁かれた人たちのせいで何万人が亡くなったんだろうといつも非難の気持ちを持ってた。

    でもこの本を読んで、何が戦争を引き起こしたのか、いかに軍の武力のもとで対話・協調を重視した政治が無力だったかを初めて知った。
    広田弘毅も、A級戦犯で裁かれた唯一の文官ということで、民間人なのに余程悪いことをしたんだろうな…と思ってた。だから本を読み進めるに当たって、なんて誤解をしてたんだろうとやるせない思いでいっぱいになった。

    あくまで協調外交、外交交渉による話し合いで和平の道を探ったこと、そして「自ら計らぬ」として必要とされれば全力をかけて使命を全うし、極東裁判のときも「自分が首相だったのだから」と一切弁解をせずに、自分の意に反して起こってしまった全ての責任を負ったこと。
    立派な人だと思う。
    個人的なことを言えば、その姿勢に密かに父が重なる。
    だから余計にやるせない気持ち。どうにもならなかったんだろうか。

    そして最後の一文。これは筆者からの大事なメッセージ。
    「『日本を滅ぼした長州の憲法』の終焉を告げる総選挙でもあった。」
    ---軍部の暴走を許し、戦争へ導いた大きな要因の1つが大日本帝国憲法だったこと。

    あらためて、憲法って大事なんだと思う。
    今の若者は改憲支持が多数で、「時代に合わせて変えたらいい」、そう言いたい気持ちもよくわかる。
    でも、国民主権、基本的人権、平和主義の3原則が揃っている現憲法は、終戦後の希望の光だったという。
    だから世間に流されて改憲支持を唱えるのではなく、一度この本を読んでから自分の意見を考えてほしい。

    今の若い人たちをはじめ、後世に読み継がれていってほしい本。(高校生の課題図書にしてほしいくらい!)
    戦争を経験した世代が少なくなり、史実が学ばれなくなっていく世の中で、
    二度と戦争をしたくない戦争経験世代からの大事な教訓が得られると思います。

  • 落日燃ゆ 城山三郎

    外交官を志す者、華やかさに憧れてとは言わないが、華やかな社交生活の魅力をどこかに感ぜぬはずはない。モーニングやタキシードぎらいでは外交官は務まらぬ。広田のような弱音を吐くのは、例外であり、論外というべきかもしれない。こうした男が外交官になり、しかも、吉田茂をはじめ同期の誰にも先んじて外相から首相にまで階段をのぼりつめ、そして最後は、軍部指導者たちと一緒に米軍捕虜服を着せられ、死の十三階段の上に立たされた。
    広田の人生の軌跡は、同時代に生きた数千万の国民の運命にかかわってくる。国民は運命に巻き込まれた。
    だが、広田もまた、巻き込まれまいとして、不本意に巻き添えにされた背広の男の一人に他ならなかった。

    冒頭の文章から引き込まれるこの小説は、東京裁判で絞首刑を宣告された七人のA級戦犯のうち、ただ一人文官であった元総理・広田弘毅の話である。自分は正直、この小説に触れるまで、広田という男について深く知らなかった。しかし、この本を読んで、戦前の日本に磔にされながらも、自分の主義や、責任感を全うした男がいたことに強い感銘を受けた。と同時に、本書はいかにして戦前日本が戦争へと突き進んでしまったのかを詳細に記載している歴史書として読んでも面白い。広田、ひいては外務省の敵は、常に軍部であり、対外的にいかに友好的な外交政策を行ったとしても、統帥権の独立を持ち出し、抑えの利かなくなった軍部がそれを破壊してしまう。こうして、血気盛んな軍人たちの熱気の中に、ずるずるべったりと日本は戦争に巻き込まれていったのである。
    城山氏は、戦前から戦中への歴史の結節点を1938年の近衛文麿の政府声明に置く。この事件に対する「所要の措置」を執ることを発表したこの声明であったが、閣僚内では、これは最悪の場合に備える準備のさらに準備の心づもりであるという旨を強調すること含みで陸軍と外務省の間を取る形で決定したものであった。しかし、スタンドプレイを好む、名門中の名門の人柄の近衛首相による、国民の期待に応えることを優先してしまったこの声明によって、奇しくも歴史は作られ、騙された広田外相は後に罪を問われることとなる。

    その後、敗戦し、東京裁判が始まる。広田も例にもれず、東京裁判にかけられる。広田の人生のスタンスである自然に生きて自然に死ぬという生き方の中で、一言も弁明することなく、絞首刑に処される。自分の言うことを一言も聞かず、沈みゆく船を進め続け、最後には大惨事にまでした人々に対し、憎むでもなく、戦争を止められなかった自分の責任を憂うのである。城山は、最後に東条英機をはじめとする6人の死刑囚について、こう書いていいる
    もちろん、ここではすでに6人とも憎めない男に帰っていた。ある者は気の優しい男であり、ある者は腕白坊主のように無邪気なところのある男である。軍服を着込み権勢を極めていた日々のことが嘘のようにさえ思えてくる。だが、統帥権独立を認めた「長州のつくった憲法」のおかげで、彼らは確かに猛威を振るい、その結果として、いま、確かに死の獄につながれていた。背広の男広田という付録までつけて。

  • A級戦犯はおかしい。軍部の独走を許さず動いたのに。軍部大臣現役武官制だけでこの結果は昭和の歴史に愕然とします。敗戦国は仕方がないでは済ませたくない。

  • 城山三郎『落日燃ゆ』新潮文庫 読了。唯一文官でありながら処刑された広田弘毅。統帥権独立の名の下に軍部が独走し政治がそれにひきずられる中で、国際協調に尽力するも結実せず、皮肉にもその軍人らと最期の運命を共にする。小説ゆえ脚色はあるにしても、戦後四半世紀で再評価を試みた意義は大きい。
    2016/01/11

  • 城山文学最高です。

  • 広田弘毅とい人は正直記憶してませんでした。
    表舞台にあまり出てこない、教科書ではピックアップされない人物なのでしょう。(私の記憶が不確かなのかもしれませんが)


    城山三郎氏の感情を抑えた名文で語られた、彼の生き方は、興味深く、共感できる生き方だと思います。

    その時の自分の立場で出来ることをやる。
    求められれば全力でとりくむ。
    自らはからず。
    自然に生きて自然に死ぬ。

    私は長生きしたいです。

    ですが十分な役割を果たせたなら、、、。
    いつ死んでもいいように自分がやるべきことを全力で取り組みたいと思います。

著者プロフィール

1927年、名古屋市生まれ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎える。57年『輸出』で文學界新人賞、59年『総会屋錦城』で直木賞を受賞。日本における経済小説の先駆者といわれる。『落日燃ゆ』『官僚たちの夏』『小説日本銀行』など著書多数。2007年永眠。

「2021年 『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

城山三郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
宮部みゆき
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×