遮光 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (155ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101289533

感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりに純文学を読んだ。
    恋人を事故で失い、彼女の遺体から小指を切り取って盗み、それを瓶に入れて持ち歩く。周りには彼女は留学していると嘘をつき、楽し気なやり取りを披露したりしている。その妄想が思い込みとなり、やがて自身も真実かのように感じられ、現実との境界線が狂気に揺さぶられながら曖昧な曲線を描く。


    「本心がどうであったとしても、時折、殆ど発作的に何かの振りをしたくなることがあった。その演技が自分にとって意味のないものであったとしても、何かに駆られるように、私はそれを始めた。」
    (本文引用)

    主人公は幼いときに両親を亡くし、(おそらく)養子に出された。最初の家では上手くいかずに別のところに行かされた。無口で暗かったのだろう。扱いづらいと思われたのかもしれない。次のところでは、明るく活発ではあるものの、時折胸の奥に哀しみがよぎるような仕草をする子どもを演じることで、大層気に入られたと彼自身は語っている。

    この経験が今の彼を作り出したのは間違いないだろう。
    彼は自分の言動に関して、本当はこんなこと言うつもりじゃないとか、あんな風に振る舞うつもりではなかったと心の中で何度も弁解を繰り返す。周りの人が望んでいるように思えたからであり、話の流れ的にそれがベストだと思うからそう振る舞ったのだと。

    見たくないことから目をそらし続けたとしても、ソレは目の右端に常に見えている。やがてソレはだんだん大きくなって右目の視野を占領し、左目の領域さえも侵し始めてしまう。
    それでも見て見ぬ振りをし続けるのか。
    そんなことできるわけがない。
    できるわけない。

  • 大切な人の死に対する絶望感や悲しみを受け入れられず、昇華出来なかった青年の話。

    中々気持ち悪い部分もあるけど、こういった感情や行動をしたくなるのも一部ではあるが理解出来てしまう。
    大切な人の死を受け入れ、正しく認識をすることも自分自身の暗い部分の中に落ちてしまわない為の対処として必要なんだなと思ったと同時に、どうすれば正しく認識し、気持ちを昇華できるんだろうとも思った。

    自分の暗い部分や負の感情を馳せるためにも中村さんの作品はやっぱり必要だなと改めて思う。

  • 電車で瓶転がすところ、主人公の心臓と自分の心臓が同じになったみたいに鼓動がはやくなった。

    自分の陰鬱な部分が転がりでてしまったとき、だれかに気づかれたかもしれない。そんなとき。

    悲しむフリ、楽しいフリ、典型的な人間。
    その反面訪れる、狂気的な人間の持つ幸福。
    我に帰る、の我はどっち?

    どうしようもないことを受け入れるのをやめることは、
    いけないことなのか。

  • 「銃」に続く2作目。デビュー作の「銃」とのテーマの類似点が話題になっていたが、「銃」を読んでいないのだが、この暗い魂の異常な揺れや、執着心のありかは想像できた。

    両親を失ったが裕福な家庭に引き取られ、不自由のない大学生である。だが、心の底に大きな喪失感の暗い塊がある。
    その塊のせいか、いつも自分をしっかり掴んでいられない。日常にあわせて生活するだけの智恵はあるが、言葉がその場その場に都合よく口からでる。

    そんな暮らしの中に間違って飛び込んで来た美樹という女と繋がりが出来る。
    確信はないが、無邪気な彼女といると、心が落ち着く気がする。
    その彼女が突然交通事故で死んだ。
    警察に呼ばれて彼女と対面したが、現実感はない。小指を切り取って帰った。それからは小指が美樹の代わりになった。ホルマリン漬けにして小さいビンに入れて黒い布に包んで持ち歩いている。
    常に鞄を触って美樹の存在を確認している。
    友達に聴かれると、美樹はアメリカの留学しているといっておく。次第にそのウソが現実的になってくる。

    自分自身の置き所が不安定で、かっとなると暴力を振るう。

    美樹をなくした怒りか、自分を捕らえられない怒りか、ときに爆発して自分を見失う。

    魂の暗い揺れや、喪失感や、虚言癖はますます抑えられなくなり、隠し続けた重みからか、美樹の指のことをついに叫んでしまう。

    心の置き所をなくした若者の異常な日常は、悲しみと愛惜と、虚言と暴力の日々になって流れていく。
    どうしようもない暗さが迫ってくる。
    小さな暗さを持たないで生きることはない、しかし、ただそれだけに抵抗し、すがり暴れる、若者の姿がやりきれない。

    心の鬱屈した影を書き続ける中村さんの代表作の一つになった。若くないと書けない異常な状況を描いた作品だが、この重さにどこか共鳴するところがある。

  • 小説の楽しみ方は、登場人物の誰かに共感することだけじゃないと思いました

  • 狂人の心理を垣間見る。恋人の死体から手の小指を切り離し、それをホルマリン漬けにして、瓶に入れて持ち歩く「僕」。恋人が死んでいることを理解しているのに、納得することを拒み、自分と周囲を嘘で騙し続ける。「僕」は自分が異常者であることを認識しつつも、狂った行いに取り憑かれてやめられず、しばらくするとまた己の異常性を自覚して嘆く。正気と狂気の目まぐるしいスイッチングは、まるで浅い眠りからの目覚めと就寝を繰り返すような苦しさに満ちている。

  • 亡くなってしまった彼女の指を瓶に入れて持ち運ぶ青年。
    彼は突拍子のない嘘を繰り返す、虚言癖だ。人から聞いた話を、あたかも自分の体験のように他の人に話したり、亡くなった彼女を留学していることにしたり、何が本当かわからない。多分、本人もわからないんじゃないだろうか。演じるように彼は生きる。
    必要以上に人を傷つけることが出来る、いわゆるサイコパスのような行動も多く、その行動はいつ彼を破滅させてもおかしくなかったが、最終的には人を殺してしまう。
    やり場のない怒りのようなものを終始感じさせる小説だった。

    ---------------------------

    あとがきで中村さん本人が言っているように、何かを持ち運ぶ、という設定が前作『銃』と似ていた。主人公が持ち運ぶものに依存しているという部分と、最後に突発的に人を殺してしまうところも同じかな。読みだしてすぐに引き込まれる、魅力的な設定。
    破滅に向かっていく人間。壊れていく人間の視点が実直に言って面白かった。彼女が亡くなる前から、両親を亡くしたときからもうおかしくなっていたのか、もしくはそれ以前から狂っていたのか。
    考えながら読むのが楽しかった。明るい内容じゃないのに楽しかった。

    ---------------------------

    「嘘について」
    Yahoo!のトップページを見ると、下のほうにYahoo!知恵袋の名作編みたいな特集が表示される時がある。暇な人が時間を持て余してなんとなく眺めるもので、ダラダラと眺めてしまうことが多い。
    そのときはゲーム『どうぶつの森』に関する知恵袋が並べられていて、なかなか面白かった。
    「妻がどうぶつの森から帰ってきません。どうしたらいいでしょう」みたいな質問だったと思う。”奥さんがゲームに没頭していて何もしてくれない”という旦那からの質問なのだが、質問文がとても洒落てるなと思ったのを覚えている。

    その知恵袋を見た日の夕方、洒落てる質問文と同じことを知人に言われた。
    「最近彼女がどうぶつの森から帰ってこなくて、何もしてくれないんですよぉ」
    知恵袋に投降したのがその知人だという可能性もあるだろう。でも、その知人はまだ結婚していなかった。知恵袋には妻と書いてあった。つまり、知人は知恵袋を見て、つじつまが合うように修正して自分の話として喋っていたのだ。
    「へえ、そんなにハマっちゃうゲームなんだ」なんて合わせながら、なぜこの人は意味のない嘘をついているんだろう、と考えていた。気持ち悪さも感じた。

    それ以来、その人のことを信用できない人、として考えている。表面的には悪い人ではないのだけど、内面的な部分というか、奥のほうで周囲を嘲るような人に思えてならない。
    嘘の力はすごい。

  • ある種の錯覚を生み出す狂気を持った作品です。あるべきではないのにそこに佇んでいるような感じにさせられる・・・ある意味すごいと思います。

  • すっかり熱烈な文則ファンになりました。
    今年に入って、えーと、5冊目になりますか。
    この調子ですと、恐らく年内か来年中には中村文則の全著作17冊を読破するでしょう。
    そんなに面白いのかって?
    どういう意味で面白いって言ってますか?
    読後に訪れる圧倒的なカタルシス?
    思わず溜飲を下げる爽快感?
    元気をもらえるビタミン剤みたいな感動?
    すみません、そんなものはありません。
    本書も、例によって救いのない物語です。
    主人公は、事故死した恋人が忘れられず、小指(!)を小瓶に入れて持ち歩きます。
    恋人は、米国で留学していると周囲に嘘をついて―。
    主人公は明らかに狂れていますが、その狂気の中に、私は最も純度の高い愛の形を見ました。
    もっとも、その愛ですら、最後は主人公自らの狂気でほとんど粉みじんに打ち砕かれます。
    読後、胸が苦しくなりました。
    ただ、強く魅かれました。
    これが中村文則の魅力であって、多くの読者を獲得している理由でありましょう。
    中村文則は、読み手の負の部分を強く刺激してきます。
    普段、生活をしていて、あまり他人には見せない負の部分。
    そこを解放してくれるのです。
    安易に読者に救済の手を差し伸べる小説が多い中、中村文則は貴重な作家だと思います。
    恐らく日本を代表する大作家になるでしょう。
    いや、もう、なってるか。

  • 読後(厳密には)第一声は「こいつキチガイか…」。作者の本は初めてだったので実際はそうでもないのかもだが。西加奈子を初めて読んだ時もこいつはやばいと思ったが、それとは違う絶望に近い嵐の前の曇天の地球の色のようなヤバさ(のが多い。)話の暗さも相まって本当に狂気を感じた。
    内容としては主人公の気持ち悪い性質も理解出来るところがあるわけだが、それでいて圧倒的な狂気を感じるところがまたヤバい。主人公の自我のない「ような」感覚を作者も持っているんだろうなと感じる。
    話の筋としては総じて美しいと思う。期待の裏切りあり、期待通りあり。でもそれら全てを許してしまえるのはこの本に圧倒されているから、というのは多分にある気がする。
    中村文則は他の本も読まないと好みの判断をつけられそうにない。こうして人は読書という迷宮〜ラビリンス〜に迷い込んでいくのか…あな恐ろし。

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著者プロフィール

一九七七年愛知県生まれ。福島大学卒。二〇〇二年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。〇四年『遮光』で野間文芸新人賞、〇五年『土の中の子供』で芥川賞、一〇年『掏ス摸リ』で大江健三郎賞受賞など。作品は各国で翻訳され、一四年に米文学賞デイビッド・グディス賞を受賞。他の著書に『去年の冬、きみと別れ』『教団X』などがある。

「2022年 『逃亡者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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