河岸忘日抄 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (405ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101294735

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  • ひとの何倍も働いてきた「彼」がそれまでの生活を清算し、異国の地の河に繋留されている船を借りて日々を過ごす。備え付けの本棚から本を出して読み、レコードをかける。クレープを焼きコーヒーを挽いて淹れ、郵便配達人と飲む。大家を訪ねて箴言の数々を聴き、母国の知己である男性と手紙を交わす。
    親しいエッセイのようで、読み進めるうち「彼」からいつ自分にも手紙が届くだろうかとさえ感じ始めたが、「彼」は一切の他者との関わりを躊躇いつづけているひとなのだった。
    正直者すぎる「彼」が人生という河の途中で(しかも河の上流のほうだ)動かない船に乗って躊躇い続けることを選んでいる時点の思考の軌跡は、あたかも「彼」の逡巡のようでいてその実己の逡巡を読み上げているかのようだ。だが、やさしい。日本の知己である枕木さんの思慮深い手紙、その言葉遣いの明晰さがきらきらと光る。
    他者なくしてあり得ないのが人の一生だが、そこにこんな止まり木があると思うことは、ちょっと、とてもすてきだ。主人公とともにたゆたいに身を浸すよろこび。そっとしずかにあり続ける肯定感。


    読む本の選択と暗喩のすばらしさも特筆に値する。特にブッツァーティはこれの先にでもあとにでも読むとさらにたのしさが広がるはず。
    このスピンオフとも言うべき枕木さんの小説が『燃焼のための習作』なので、たのしみはつづくのだった。

  • 生きていること、それはいろんな意味で移動すると言うことで。物理的にも心理的にも。けどその移動の影響をあまり受けない生き方というのもまたあるわけで。本来移動するための「船」が動かない状態で存在し、その中で生活すると言うのはどういうことなのだろう。主人公がフランスのセーヌ川のほとりに係留されている船の中で始めた生活は、動くことを拒否し変わらないことのなかで移動していくものをぼんやり眺めているというようなもの。ひっそりとした秋の雨のような物語。

  • ふとしたきっかけから、ある老人と知り合った主人公は、再び舞い戻った異国で老人が所有する船を借りる。

    その船は、河を上って大海に漕ぎ出す船ではなく、セーヌらしき川の支流で繋がれ停泊している。

    その船には、生活に不自由しない品々と、レコードや本などもあり、主人公の河岸での生活がはじまる。

    大家(老人)には持病があり、主人公は大家を見舞いに行く。

    船にはたまに、郵便配達員や、同じように停泊船で生活しているらしき少女が訪れるくらいで訪問者はいない。
    枕木さんという人から時々FAXが届く。

    主人公は、時を静かに受容的に過ごしていく。
    その静謐の贅沢。

    堀江さんの本には独特の静けさがあり、その静けさを壊すことなく布石になるような小さな話題をさりげなくふってくる。

    河岸で生活する主人公に最初に思い出させるのは、ブッツァーティの短編小説であり、
    その後も、タルコフスキーの言葉やアフリカの太鼓、ショスタコーヴィッチのLP、ワインの樽、クロフツ、チェーホフ、オムレツ、ジャム、パウル・ツェランなどなど、それらの布石小道具のチョイスの趣味がよく主人公は無欲であるにもかかわらず、極上の贅沢を味わっているような気分になる。

    実際、セーヌの河岸には、多くの船が停泊している。
    それは、船上レストランの船もあり、日中、セーヌを往来している船もある。

    この小説の主人公と同じように、河岸の停泊船で生活している方のインタヴューを見たことがある。
    船内は、広く赤るく、オリジナリティにとんでいて、羨ましくなるような居宅だった。
    住んでらっしゃる方は、建築家で、海底住居の設計もしているとのこと。

    現実、川に浮かんだ船での生活とはどんなものだろうか。
    など、思いを馳せつつ、ブッツァーティの短編のなかのKのことを考えてみたりする。

  • クレープが食べたくなった

  • 少し前に詠み終わったけれど、どう感想をまとめていいか、困惑する部分があって。
    でも、書かずにいては、印象も薄れていくばかりなので、煮え切らないまま書いておく。

    フランス、なのかなあ? その国の川岸に繋留されている船で暮らしている男性と、その船を貸した老人(大家)との関わりが描かれた小説。

    文体は嫌いではない。
    生活にディテールの描写では、『もののはずみ』で見られたように、もののもつ佇まいをうまく掬い取っていく。
    こういうところは、この作家らしいところだと思う。
    それから、こんなフレーズ。
    「悲しみは、悲しみ以外のなにものでもない。そしてまた、悲しみという言葉を使ったとたんに消えてしまう想いでもあるのだ。」
    こういう、深い洞察が静かな文章の中に収められていくところが、あちこちにある。
    だからこそ、一応最後まで読み続けた。
    でも、何というか…淡々と進んでいって、どう態勢をとっていいのか、どこへ向かうのか、わからないままだった。
    正直、もうちょっと短くてもよかったんじゃない?とか、思ってしまうんだなあ。

  • うーん,仕事をドロップ・アウトしたと思われる男性が船の中でだらだら暮らす姿を描く.こういう生活を送ってみたい.休暇中に読むのが良いのではないかなあ.

  • 大家とのとあるつてで、はじまる船上生活。
    それは岸の片側に停泊し、どこへも流れ着くことはない。

    その中で送る暮らし。
    本を読んだり、レコードを聴いたり、
    母国の知人と連絡を取り合ったり。
    ごくまれに訪ねてくる郵便配達夫や小さな少女と
    珈琲を飲みながら、クレープを食べながら語らったり。

    そういうとりとめのない日常を送りながら
    思考は船のようにたゆたう。

    葛藤を抱えながら「留まること」という一片に。

    それはさながら岸の片側につながれた船のように。

  • 河岸に繋いだボートで生活する男がひたすらためらいがちに生活してる、なんだかとらえどころのない話。あんま好きじゃない感じがしましたが、読んでみたらするっと読めてしまいました。面白いかってえとまた違う気もするが…

  • ゆったり読書したい人へオススメ

  • パリの河岸に停留しているボートを借りて人生のリフレッシュ休暇中の主人公。
    特別なことが起きない日々の日記。 ボートのオーナー、郵便配達夫、謎の少女(?)、ファックスで通信する在日の友人が主な登場人物。

    フランス人は議論が好き、との印象がある。
    フランス人がみんなインテリなわけではないでしょうけどー。
    特別な事件がないので、主人公の読んだ本、連想して思い描いたことが連なっていく。ひとつひとつの逸話が面白い。

    出てくる食べ物も普通だけどお洒落。くるみオイルでサラダを味付けするとか、クレープに塗るジャムを小さい女の子が自分のこのみを主張してみたりする。シンプルだけど、心地よさを追求する人たちがいっぱい。

    物語のはじめから終わりまで「ブッツァーティ」の《K》という鮫の話がチョロチョロ出てくる。そのほか、《方丈記》《卵とわたし》クロフツの《樽》・・・
    本の紹介本でもありそうな読書好きに好まれそうな本でした。

    会社を退職して小さい自営業を細々とはじめた我が家にとっては、気持ちの持ち方読本でもあったかな。

    さらっと読み飛ばす本ではないので、不得意な読者もいるかもしれない。
    ついてくる人だけ、読んで・・・みたいな、これもフランス流か?

著者プロフィール

作家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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