ナニカアル (新潮文庫)

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感想 : 77
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  • Amazon.co.jp ・本 (589ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101306377

感想・レビュー・書評

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  • 林芙美子「放浪記」「浮雲」を読みたいなあと思いつつ、こちらを先に読んでしまった。作者の架空の設定で進む戦時下の林芙美子とその家族。主に陸軍の嘱託として南アジア、インドネシアやマレーシアへ派遣(実際は監視状態)されている間の年下の愛人との戦火状況を絡めた愛情の駆引きが描かれている。参考資料の多さから思うけれど、もしかすると養子の経緯は事実だったのかも?と思わされた。桐野氏の筆致は強く熱くとても魅力的。めちゃ昔にOUTしか読んだことない自分に唖然(笑)

  •  2010年に単行本刊行、桐野夏生さんの長編小説。
     林芙美子の没年1951(昭和26)年に桐野夏生さんが生まれている。桐野さんは林芙美子に作家としても人間としても興味を持ち、巻末に記された大量の参考文献などを調査した上で、彼女の伝記的事実、当時(大戦中)の歴史的事実を元にして、自由な想像によるフィクションを創作した。
     戦時中に南国インドネシアに渡り、そこでの恋愛経験を描くという点で、林芙美子の小説『浮雲』のストーリーのモデルとなった作者自身の実体験を仮説的に像化したもの、と言えるだろう。
     そう思って読み始めたが、実は肝心の恋愛対象である男性「謙太郎」が生身の姿を現すのは、作中真ん中をかなり経過した後だ。それまでは、林芙美子が2回にわたって国家(軍)によって海外に派遣された状況を、恐らくかなり史実に沿って書き込んでいる。桐野さんは対談の中で小説を書く行為を「世界を作る」ということだと述べておられたが、そのようにして、当時の林芙美子の生の有り様を生き生きとなぞっていく。
     林芙美子については、私はほとんど無知で『浮雲』『放浪記』を読み、伝記的なデータはネットでほんの少し収集した程度だ。そこから得た作家の人物像は、本書で呈示された林芙美子の個性とぴったりはまっていて、まるで林芙美子がその時代に確かにこのように言動したかのような錯覚をもたらした。
     これまで読んだ桐野夏生作品とはかなり趣が違うなと、という違和感を抱いて読んだが、読み進むうちに、この小説が恋愛そのものよりも、実は「表現の不自由」をテーマとしたものだということに気づき、驚愕した。
     今年2020年に刊行された、近未来?の「表現の不自由」に直接対峙した『日没』よりも10年前に、既に桐野さんはこの問題系に取り組んでいたのである。
     確かに、有名作家もみな軍の意向に沿い、日本軍を賛美し読者の愛国心?を高揚させるようなものを書かなければならない、と著しく制限された戦時下の文壇は、「表現の不自由」の最たる状況にあったわけである。その軍ルールから逸脱しようとすれば伏せ字によって言葉たちは隠されたり、ひどい場合には作家は暴力を受けたり投獄されたりした。
     この状況にあった戦時の作家・林芙美子は、『日没』の主人公マッツ夢井と同様に、身体ごと拘束され、権力によって書くものを歪められ、監視・管理・統制されていた。ただし、『放浪記』で示されたような林芙美子の独特の、あっけらかんとしたような明るさ、「生の輝き」によって、この作家は不自由な制限の中にあっても良いものを書こうと意欲しており、何とか不満ばかりではないような文章を書けていると自負もしている。
     それが、クライマックスにおいて、恋愛対象の男性・謙太郎に全否定されることで、恋愛そのものも自我も決定的なカタストロフを迎えるに至るのである。
     この圧倒的な破滅感から、終戦後の、さらに生の躍動へと向かう末尾までが本当に印象的であり、素晴らしい読書体験を本書はもたらしてくれた。万感の余韻である。
     フィクショナルなこのディスクールにあって、桐野夏生さんは見事に林芙美子と一体化しているように思え、ここに展開される出来事や情動、衝撃は直に身に迫ってくると感じられる。
     たぶん今の若い方は、活字の小説を読む方でも、戦時前後の近代小説を読みあさるような人はほとんどいないだろう。林芙美子というかなり古い人物を描いたこの小説は地味で、あまり魅力のないものと避けられそうな気もするが、読んでみれば、特に後半は圧倒的に迫るリアリティに引き込まれ、不自由な社会と翻弄される個人という普遍的な構図が惹起する悲劇性に、胸を打たれるだろう。

  • 讀賣文学賞小説賞受賞作品
    桐野夏生の並外れた筆力・構成力を感じさせる一冊、感服!
    小説の面白さを、醍醐味を久々に感じることができた。
    林芙美子の戦後の作品・生活を下敷きに、南洋への取材旅行を芙美子の手記という形で書き上げた。

  • 桐野夏生らしい表現を感じさせつつ、ノンフィクションに近い物語。女性を焦点に、生々しく掘り下げる表現力は、やはり桐野夏生らしさだ。

  • 2017.01.24読了。
    今年4冊目。

    岩田書店一万円選書の一冊。

    放浪記の林芙美子の回想録の話。
    放浪記についても林芙美子という作家についても知らない私にとっては回想録自体が本当に存在するのかすらわからず。

    桐野夏生さんの作品も読んだことなかったけど勝手にホラーとかグロテスクなイメージがあり、タイトルがカタカナなのもホラーっぽくてw手に取ることがなかった。
    多分一万円選書に入ってなかったら読まなかっただろうな。

    さて、作品についてですが何の知識もなく読んだので林芙美子の悪評も知らなかったし普通に楽しめた。
    芙美子の奔放な異性関係も特に気持ち悪いとかは思わなかった。
    戦争の酷さが芙美子の恋によってより際立っていたように思った。

    放浪記、浮雲など読んでみたいと思った。

  •  幾何学的な線のカエルのイラストが描かれた表紙と、題名『ナニカアル』って言葉がキャッチーなので読んでみた。何があるんだろうと読み進むが特に何もない。表紙のカエルに意味も特に無さそうだし、林芙美子にも当然興味もない(背表紙解説を読まずに本購入)結局、桐野夏生さんが林芙美子という作家についてこんなに詳しく調べてみましたっていう事につきる。文末にある参考文献の多さがそれを物語る。つまらない。

  • 2015/10/12購入
    2017/9/17読了

  • 2015 8 10

  • 林芙美子さんの作品はかの有名な「放浪記」すら読んだこともないし、舞台の方も見たことがない。
    それなのに、なんとなく林芙美子という作家のイメージが自分の中でできあがっていて、この作品の芙美子さんが本物であるかのように読めてしまうのが不思議。
    読んでいる最中、私の脳内では芙美子さんは森光子さんのイメージで再生されました。
    実在の人物が多数登場するだけに、何がこのお話を書くきっかけになったのか……とても興味深いです。

  • 劇中劇?フィクション?ノンフィクション?。史実に忠実な部分が多いから、時代がそうさせたのか?と引き込まれる。

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著者プロフィール

1951年金沢市生まれ。1993年『顔に降りかかる雨』で「江戸川乱歩賞」、98年『OUT』で「日本推理作家協会賞」、99年『柔らかな頬』で「直木賞」、03年『グロテスク』で「泉鏡花文学賞」、04年『残虐記』で「柴田錬三郎賞」、05年『魂萌え!』で「婦人公論文芸賞」、08年『東京島』で「谷崎潤一郎賞」、09年『女神記』で「紫式部文学賞」、10年・11年『ナニカアル』で、「島清恋愛文学賞」「読売文学賞」をW受賞する。15年「紫綬褒章」を受章、21年「早稲田大学坪内逍遥大賞」を受賞。23年『燕は戻ってこない』で、「毎日芸術賞」「吉川英治文学賞」の2賞を受賞する。日本ペンクラブ会長を務める。

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