随筆集 一私小説書きの弁 (新潮文庫)

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著者 : 西村賢太
  • 新潮社 (2011年4月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101312835

随筆集 一私小説書きの弁 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  •  同著者の文庫化した小説を読み終えてしまった。小説に限らず同著者の書いたものを読んでみたいと思ったところへこの本が文庫として出版されており、購入。
     著者が本のタイトルに藤澤清造の名を冠しようとしていただけのことはあって、藤澤に関することが多く記されている。彼を私淑する著者が書いているからか、私も藤澤の小説を一度読んでみたくなってきた。とりわけ、「藤澤清造―自滅覚悟の一踊り」では、p.54などに藤澤小説が西村氏の心を掴んだ理由と思われる特徴が書かれている。こういった小説に感銘を受けたり共感したりすることが心の健康上良いとは思えないが、自身の中に溜まった鬱屈とした感情を見つめなおす意味でも、是が非でも紐解いてみたいと考えている。

     本来の話題から逸れる自分がが好きな小説『田舎教師』の著者である田山花袋の名が出てきたのに驚いた。花袋の著作は代表的な小説をいくつか読んでいるにすぎないが、本書に載っていた『近代の小説』などに目を通してみようかなと思っている。花袋がどんな人物絵であり、何を思って各小説を書いたのか知りたい。文学史に出てくる有名な近代文学作品ばかりを読み漁っていた過去の自分が、本書の冒頭にある

    「小説は学問ではない」

    という西村賢太の言葉に学ぶところは大きい。

  • 所謂、エッセイとは趣きが異なる雑文集。
    西村賢太の藤澤清造への真摯なリスペクトと作品の背景を伺い知ることができる。
    その作品タイトルや文体に古めかしい部分があるのは藤澤清造作品からの本歌取りだったのか。
    「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」のみ異質だが、これはこれで違う一面が見られて面白い。

  • 作家、西村賢太が自分の小説家としての原点である大正時代の作家、藤澤清造。彼の歿後弟子を自認知る西村氏が綴る『師』への熱い思い。行間からにじみ出るかのような『熱さ』を感じ取っていただければ幸いです。

    本書は作家、西村賢太がその原点である師・藤澤清造との出会いから、作品を蒐集するようになり、また、自らの一小説家となっていくまでの過程を赤裸々に綴ったものです。いや、僕は西村氏の本を読むまでは藤澤清造という作家のことはまったく知りませんでしたが、西村氏の傾注振りと、いかに彼が藤澤作品によって救われ、全集を刊行しようという苔の一念に似た思いがその文脈からにじみ出てくるようで、読みながらその濃密さにクラクラしそうな思いでございました。

    自らのことを『藤澤清造の歿後弟子』と名乗る西村氏の文体から始まって、そのたどってきた人生がこの作品を通して、いかに符合し、西村氏が彼の眠る墓の隣に、彼の字から刻印された自分の墓まで作っていることも、何とはなしに納得したような気がいたしました。現在も西村氏の手元にあるであろう、藤澤清造の原稿は全集としていつ発行されるかは神のみぞ知る、といったところですが、僕にできることは西村氏が編集した藤澤清造の作品を読みつつ、その日を待つことでございます。

  • 著者が「歿後弟子」を名乗り、その一生をたどってきた藤澤淸造に対する強い思いが綴られている。西村賢太は、淸造の小説を読んでいたく共感し、狼狽を覚えたというが、私は賢太氏の小説に引き込まれ、狼狽を続けている。

  • 随筆集。といっても著者が私淑する藤澤清造の紹介文が多い。他の本でも読んできたことが何度も重複される。雑誌や新聞に書いた記事やエッセイをまとめたもの。ファンなら読んで損はない。『侃々諤々』にはちょっと驚いた。こういうものを書けるのかと。

  • 西村賢太が没後弟子とする大正時代の作家藤澤清造に関する随筆がほとんどの随筆集。話の内容もカブるのが、多いが、小説の中ではろくでなしにしか見えない西村賢太の藤澤清造への思いが、健気に感じられ、可愛いし、ありとあらゆる藤澤清造関連の物を集め、中身の濃い藤澤清造全集を発行しようとする情熱はかっこいい。

  • 個人的にはイマイチ。近代作家の作品も、無知な故にどうにもピント来ない私であるが、この随筆集も例に漏れず、読んでいて何かを感じることがあまりなかった。

  • 冒頭、端的に「小説は学問ではない」と斬りつけるところから、すでにニンマリ。まったくその通りだと思う。

    そうは言っても、藤澤清造について書かれたものをはじめ、ここに集められた批評文には文士としての気位の高さがうかがえ、さすがのクオリティ。

    「殆どすがるように生きてきた」という『根津権現裏』への、忠誠心のような、執念のような気持ちが、この人に小説を書かせているのだろう。

    それは、保身のために一般的な評価にすり合わせるといった、文学史の迎合からもっとも離れた場所にあるものであり、本質であり、尊いものだ。

    随筆集だけど、長たらしくもリズミカルな、言葉の抜けが良い文章は本書でも健在。

  • 2012/1/2購入
    2013/12/29読了

  • 内容は思った通り藤澤清造に関するあれやこれや。そろそろ新潮文庫で出た『根津権現裏』、読まないとなと思う。随筆として特に面白いものは無し。ただ一編だけ妙なものがある。何を思ってこれを書いたのかも分からない、このわざとらしさは何なのか。大笑い。

  • 藤澤清造への思いを繰り返し訴える随筆集。無頼そのものでなく無頼に憧れてる感がしてしまうのはなぜだろう。

  • 藤澤清造がらみの随筆や、めずらしいとかろでは他の現代作家の作品解説などを集めた作品集。
    小説では描かれていない日常も書いていたりして面白かった。著者が言うように、自分よりダメな奴、と思わずにはいられない日常だけれど、読書量や小説ついてはやはり非凡だ。自分より劣ってるなんてとても思えない。
    高田文夫の解説も面白い。

  • 西村賢太氏の激愛する藤澤清造氏についての研究や随筆を中心に編んだ随筆集。
    その作品をまったく読んだこともないのに、西村氏の著作によってどんどん藤澤清造氏について詳しくなっていく。
    たとえ生きている間は不遇であっても、作家というものは、後々、たったひとりの真実の読者を掴まえることができたら、やがて浮かび上がることもできるのだなと、西村氏の熱情を前につくづく思う。
    でも、やっぱり生きている間に報われたいな、死んでからじゃわかんないもん…、と思うわたしはどこまでも一般人。
    小説では毒々しい西村氏も、この随筆集に寄せるいくつかの小文なんかを読んでいると、思ったより常識的じゃないかと妙に納得。

  • 前半は私小説で描かれた藤澤清造中心の生活においての表の顔を知ることができる。というか成果発表を観るような気持ちで拝読。後半は作家になってからの軽いエッセイなども含まれる。そこでは、賢太が「イナズマン」欲しさにガシャっていたことがわかっただけでも微笑ましくも親近感を覚え、収穫。

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随筆集 一私小説書きの弁 (新潮文庫)の作品紹介

落魄の半生を経て、貧窮と性病の果てに凍死した大正時代の私小説家・藤澤清造。その代表作「根津權現裏」に、真の同類を認めた衝撃から歿後弟子を名乗った著者。爾来、清造の偏見払拭と全集の刊行を生涯の務めと決意し、いつしか自身も時流に背いた私小説を書き出すに至った、「師弟」関係の始まりを含む関連エッセイを集成した。「なぜ清造だったのか」、その答えがここにある。

随筆集 一私小説書きの弁 (新潮文庫)はこんな本です

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