鹽壺の匙 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 37
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  • Amazon.co.jp ・本 (310ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101385112

感想・レビュー・書評

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  • 表題作で三島由紀夫賞を獲っているが、納得の熟達した言葉回しとリリック。
    特に、破滅的な女性とゆっくり墜落していくような『萬蔵の場合』は、好みドンピシャの内向的かつセンチメンタルな名作。
    なお自分は作品を読む上で、作家の人間性には特に引っ張られないタイプだが、他収録されている私的なエピソード・あとがきから、作者は相当なバケモノ(悪い意味で)の為衝撃を受ける人も一定数いそう。

  • 私小説短編集。掌編集になってる「愚か者」が、ちょっと幻想的な部分もあり好みだった。根底に関西弁のリズムがあるせいか文体がとても心地良いので書かれている内容にかかわりなく読むのが気持ち良かった。同じモチーフ(若くして自殺した叔父)が繰り返し出てくるあたり、中上健次あたりに近い印象も受けたけれど、中上よりもなんだろう、なにか描写が「丁寧」な気がする。

    恋愛もの(?)のせいか一番「小説」っぽい「萬蔵の場合」は瓔子という、とんだメンヘラ女性のキャラクターが秀逸。同じ女性から見ると大変イラッとさせられるタイプながら、こういう女性にずぶずぶはまってしまう男性は多いのだろうなあ。

    ※収録作品
    なんまんだあ絵/白桃/愚か者(死卵/抜髪/桃の木/トランジスターのお婆ァ/母の髪を吸うた松の木の物語)/萬蔵の場合/吃りの父が歌った軍歌/鹽壺の匙

  • 3.67/368
    内容(「BOOK」データベースより)
    『吉祥天のような貌と、獰猛酷薄を併せ持つ祖母は、闇の高利貸しだった。陰気な癇癪持ちで、没落した家を背負わされた父は、発狂した。銀の匙を堅く銜えた塩壷を、執拗に打砕いていた叔父は、首を縊った。そして私は、所詮叛逆でしかないと知りつつ、私小説という名の悪事を生きようと思った。―反時代的毒虫が二十余年にわたり書き継いだ、生前の遺稿6篇。第6回三島由紀夫文学賞。芸術選奨文部大臣新人賞。』


    『鹽壺の匙(しおつぼのさじ)』
    著者:車谷 長吉(くるまたに ちょうきつ)
    出版社 ‏: ‎新潮社
    文庫 ‏: ‎310ページ
    受賞:三島由紀夫文学賞、芸術選奨文部大臣新人賞


    メモ:
    松岡正剛の千夜千冊 847 夜

  • 「なんまんだあ絵」
    やがて訪れるだろう自らの死を思ってむかついてる祖母と
    都会で働きつつも里帰りするたび
    母親の前で良い子を演じてしまう孫の目を通じ
    時代の流れに取り残され
    滅亡の道をたどりつつある名家の未来を暗示的に描いている
    私小説作家と自ら任じる車谷長吉だったが
    基本的には、自然主義というよりも
    太宰治や三島由紀夫に連なる存在であったことが
    これらの初期作品からうかがえる

    「白桃」
    持病持ちの少年の話
    彼はどうも、興奮した時に発作を起こしやすいらしい
    それがまるで雷に打たれたような印象を残す
    理不尽な天罰みたいに

    「愚か者」
    過去への未練は未来への希望でもあって
    それゆえ人は奇妙なモノが捨てられずにいたりする
    そして、それをうらやむ愚か者もいる

    「萬蔵の場合」
    ファム・ファタールというタイプ
    虜にした男たちを破滅させるのが趣味みたいなものである
    過去に傷を負っているのはどうやら事実らしいが
    しかし女優である
    どこまで信じていいのかわからない
    萬蔵の場合はちょっとだけお馬鹿さんなので
    女の言うことを真に受けてしまいがちだ
    それが女の心を多少なりとも動かした手応えはなくもない、が
    遊ばれている感も最後まで否めないのだった

    「吃りの父が歌った軍歌」
    見栄と打算と古いしきたりが入り組んだ大人たちの思惑によって
    「私」は叔父夫婦の養子とされた
    街の学校に通わせたいから、という建前はあるものの
    要するに、借金の担保として子供の面倒を押し付けたのであった
    「私」の祖母は闇金融を営んでおり
    金銭が絡む話だと、身内にも容赦なかったわけだが
    しかし、実家のほうも生活が苦しいことに変わりはなかった
    「私」の家は、戦後の農地改革で土地の大半を失っていた
    …そんなことで、大人になってからもずっと
    居場所のない感じに苛まれ続けている
    同世代の若者たちのなかには
    わざわざ海外の戦争に首を突っ込んで
    死んでしまう者もいた
    当時はそれが国際人のありようだったのだが
    「私」にはそこまで自分を追い込むこともできない
    なぜかといえば結局、実家のことが気がかりだからだろう
    てなわけで
    実の親に愛想をつかされるようなことばかりしてしまう極道者
    それが「私」だった

    「鹽壺の匙」
    例えば人間が宇宙に出たとして
    酸素マスクを被らなければ死んでしまうのであるが
    地球上においても似たようなことは言える
    人間社会では観念上のマスクを被って
    「私」を外界から隔離しなければならない
    そうしなければ、暗黙の掟によって社会的に死ぬのだ
    だが、ずっとマスクをしているうちに
    本当の「私」の顔がわからなくなってしまうということもある
    わからないだけなら良いのだけど
    本当の「私」の存在が
    今ここにある私の生を阻害していると信じたとき
    人は己を殺すこともあるだろう

  • 初読

    私小説という事もあり、
    読む時期次第では暗い影に囚われてしまったかもしれない。
    やるせなさを仕方ないと思えなかった若い頃は
    やはり何かを、いや何もかもをも諦めていなかったのかもしれないな。

    未来は暗い、日本は衰退する(している)
    と言いながら、すっかり明るく清潔な東京で暮らしていると
    父母、祖父母、曾祖父と少し遡るだけで
    ここまで影は濃かったと思い出す

    「吃りの父が歌った軍歌」
    は父母弟の回想。他人の過ちを見過ごす事の出来ない父、
    あまりにも自分と違う性質の弟。
    百舌を殺した猫への強烈な仕打ちをも書いているのだけど
    不思議と嫌悪は生まれない。暗く、哀しいのに、
    どこか感情から解き放たれてるような…不思議な文章だ。

    「鹽壺の匙」
    曾祖父、祖母、自殺した叔父。
    異質な静謐な叔父。
    婿養子の祖父のレコードの下り、ズシッとくるわー…

    巻末の吉本隆明の評論はかなりこの本の理解を深めるものなのだろうけど、
    悲しい事に字面を読めてはいても理解出来ているか大変心もとないのであった、、、

  • 2018/04/18

  • 『愚か者』については小説ではなく、
    既に詩としての成り立ちを感じたのだがそれは、
    観念的に過ぎて思考が置き去りにされる感覚と、
    だからこそ見える不条理さの体現に、
    言葉を操るひとつの極みを見る。

    『鹽壺の匙』ですら25年前の作品であり、
    当時の作者が執拗なまでに求めているであろう、
    "悪作"の姿を借りた生への希求が、
    言葉が尖っているからこそ率直に、
    実直に感じられるようにも思う。

    おしなべて、
    主観に足をすくわれそうになるのは中途半端な自我肥大であって、
    実はどこまでも一貫する感情抑制と、
    どこまでも言語化しようとする飽くなき切望と、
    ある種の潔さの中からこそ、
    作者が語っている言語化についての、
    救済の装置
    一つの悪
    一つの狂気
    であることが可能になるのだろう。

  • 車谷長吉の短編集
    「なんまんだあ絵」
    「白桃」
    「愚か者」
    「萬蔵の場合」
    「吃りの父が歌った軍歌」
    「鹽壺の匙」
    非常に読み易い。文章のリズムがいい、車谷が持つ独自のリズムと文体をからだと思う。

    闇の高利貸しだった祖母、陰気な癇癪持ちで、没落した家を背負わされた父は、発狂した。銀の匙を堅く銜えた塩壷を、執拗に打砕いていた叔父は、首を縊った。そして私は、所詮叛逆でしかないと知りつつ、私小説という名の悪事を生きようと思った。
    「赤目四十八瀧心中未遂」も読みたい。

  • 独特な世界に浸っていくだけ。

    独特のことば選び、文の置き方。

    最初ごく短い短編が続き、リズムを取るのに難義するものの「萬蔵の場合」という作品ですっかり心とらわれました。

    映画を見ているように、瓔子の部屋が浮かびます。描写にはないけど、部屋の引き戸はこうで、照らされる照明はこの明るさで部屋の隅は暗くて、というようにそのアパートが見えてくるような力を感じました。

    そこからはこの独特な世界に浸っていくだけ。

    静かな、そして暗い影を常にたたえた、どこかあたたかみのあることばたちに伴われ、あてもなく東京を、そして田舎をさすらう。

    とてもゆたかな時間を過ごすことができました。

  • 2013.10.30 読了

    久しぶりに私小説らしい私小説。
    文章が美しい。
    シーンシーンは重くて湿り気のある空気が充満しているんだけど、すっ、すっと入っていけるし読み進められる、その圧倒的な自然感。とてもよかった。

著者プロフィール

車谷長吉

一九四五(昭和二〇)年、兵庫県飾磨市(現・姫路市飾磨区)生まれ。作家。慶應義塾大学文学部卒業。七二年、「なんまんだあ絵」でデビュー。以後、私小説を書き継ぐ。九三年、初の単行本『鹽壺の匙』を上梓し、芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞を受賞。九八年、『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞、二〇〇〇年、「武蔵丸」で川端康成文学賞を受賞。主な作品に『漂流物』(平林たい子文学賞)、『贋世捨人』『女塚』『妖談』などのほか、『車谷長吉全集』(全三巻)がある。二〇一五(平成二七)年、死去。

「2021年 『漂流物・武蔵丸』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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