犬の心臓・運命の卵 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (383ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102200063

感想・レビュー・書評

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  • 人間の脳下垂体と精巣を移植する実験の結果、人間化した犬が手術を行った博士たちを混乱に陥れる「犬の心臓」、特殊な光線を浴びることで異常に繁殖した巨大アナコンダが人々を襲う「運命の卵」の二編。いずれの作品にも、人間の手で作り出された生物に翻弄される人々の姿が描かれ、この普遍的なモチーフのために読んでいてそこまで古さを感じなかった。「犬の心臓」では手術を行った博士がことを収めることができたが、「運命の卵」では人は問題を解決することができなかった。このまま破滅的な終幕を迎えるのかと思っていたが、最後はかなりあっさりと話が終わったので、作者が描きたかったのは実験や人為的ミスが混乱を生むところだったのではないだろうか。

    設定だけとってみるとSFだが、これらの作品にはSF要素に加えて随所に当時のソビエト連邦への皮肉が散りばめられている。たとえば、「犬の心臓」で教授のもとに管理委員会(当時の住宅不足に対応するために、大きな住居の住宅に強制的に他人を済ませる政策が行われたことを踏まえている)の男女がやってくるシーンで、一様に同じような恰好をしている彼らに対して教授が性別を尋ねるくだりがあるが、これは革命後に宣伝された男女平等では単に外見が均一化されただけだったという皮肉が込められているという。これ以外にもかなり手厳しい批判ととれるところもあり、発禁となったのもうなずけるが、その皮肉を通じて革命後のロシアの人びとの暮らしを垣間見ることができる。当局に睨まれながらこれらの作品を書いたという作者の心情はどのようなものだったのだろうか。

  • 「犬の心臓」とあるので、犬の心臓を移植するのかと思いきや、人間の下垂体を犬に移植するという話だったので、ちょいと驚き。

    飢え死にする手前だった犬の「コロ」が、医者によって拾われ、悪魔の実験により「コロフ」という名の人格を認められる。
    けれど、彼の使う語彙は、それまで彼の耳に入ってきた猥雑で汚いものばかりだったというのは皮肉。

    それは「失敗」だったのだとしたら、一体何が「成功」だったというんだろう。
    人を新たに作り出すことの、倫理と狂気の境目は、少しずつ曖昧になってきているように思う。

    「運命の卵」では、偶然発見された赤い光線を当てると、生き物の成長速度が極端に早まり、また子孫を多く残した上、その形質は子孫にも保有されることが分かる。

    カエルの実験を成功させたペルシコフの元に、公文書がもたらされ、赤い光線の実験がソフホーズで展開されることになる。

    作品自体はフィクションだけど、これ、ウイルスって考えたら……という話だよなぁ。
    人間が生み出したものを、人間では手に負えなくなる、よくあるテーマだけどソヴィエトという社会背景と織り混ぜて、上手く描かれている。

    確かに発禁処分なるだろうし、仕事もらえなくなるよな、この作家さん。と思いながらも、自分専用に生かしておいたスターリンも、ヤバい。

  • Na図書館本

    とりあえず流し読みでした

  • 社会主義体制を諷刺する作品を発表したため、
    生前は冷遇されたという
    20世紀ソヴィエトの作家・戯曲家、
    ミハイル・ブルガーコフの中編小説2編。
    奇天烈な事態に巻き込まれる人々の
    ドタバタが描かれており、
    読み進めながら笑ってしまったが、
    作品に込められた意図、批判精神を想うと胸が痛くなる。

    「犬の心臓」
     ロシア革命後のソヴィエト体制下、
     人間に虐待された犬を優しい紳士が救ったかに見えたが、
     彼=フィリップ・フィリーパヴィチ教授には
     マッドサイエンティスティックな目的があった。
     犬は教授の実験台になり……。
     楳図かずお『洗礼』愛読者もビックリ!
     なストーリー(笑)。
     教授の思惑と行為は
     ヒトをそれまでとは違う新しいヒトに作り変えようとする
     全体主義国家のあり方と二重写しになるが、
     彼自身も事態の成り行きに翻弄され、疲弊するのだった。

    「運命の卵」
     モスクワ動物学研究所の所長であるペルシコフ教授は
     両生類・爬虫類研究の第一人者。
     1928年の夏、実験中に異変が起き、
     特殊な光線を浴びた蛙の卵が異常なスピードで孵化。
     教授はこの光線を用いた実験を進めたが……。
     事態が人間の思惑を超えて惨劇に発展する
     パニック・ホラーとも言える作品だが、
     自分の研究以外に興味を持たない教授のキャラクターのせいか、
     独特のおかしみがあって笑ってしまった。
     作者が戯曲家でもあったせいなのか、
     ブラックユーモアの滲む、
     笑える恐怖映画のような雰囲気。

  • SFという形を借りて倫理を問う。作品の内容もゾッとするが、いつ殺されるかわからない社会でこれを書いてのける作家にも恐れをなす。人間がどんなに想像を逞しくしたところで、この世で一番こわいのは獰猛なアナコンダなどではなく、人間そのものなのだ。そしてそのこわさの源泉は人間の愚かさである。人々の幸福に資するためであれば何をしても良いのか?自分が他人のためにしていると思っていることが本当に他人の幸せにつながっているのか?間違いを犯したときに責任を取るのは誰なのか?様々な問いが湧いてくる。科学の進歩は人類の繁栄をもたらしたけど、その代償も大きい。そして実験には失敗はつきものだというのには、社会体制も含まれるのだな。ロシアは物理的な距離だけでなく、精神的な距離も遠い、と感じてしまう。

  • 二つの話が収録されている。どちらの話も当時のロシアへの痛烈な皮肉があの手この手の表現を尽くしてか書かれていて、ロシアで発禁になるのも仕方がない。逐一注釈が同じページにあるし、最後の解説でもあるのでロシア文学に詳しくなくても楽しめる。著者は劇作家でもあることから劇にも造形が深く、かといって耽美的な描写というのはほぼ縁遠く、比喩表現も喜劇のように読み手に受けることを確信した語り口でテンポ感もある。
    何が斬新かって、未来❨それも2、3年先くらい❩を勝手に捏造ししかもあたかも事実のようにピシャリと書いてしまうというところ❨しかも世界的な出来事ではない。注釈は入っている❩。いつか地球が一度滅んで、後の生命体がこれをうっかり見つけでもしたら信じられてしまうのではと勝手に心配してしまう。

    どちらの話も人間が恐ろしいものを人間の手で産み出してしまう、というテーマで書かれている。犬の心臓はまだ喜劇の範疇で収まるが、運命の卵は途中から突然マジで深刻な描写ばかりになるので度肝を抜かれた。途中まで軽妙で機知に富んだ語り口でユーモラスに話が進んでいたので油断した。そういうのに弱い人は注意。個人的にはスリリングで、どうやって収集をつけるか気になって最後まで読んでしまった。

  • 『犬の心臓』

    物語の筋らしい筋が展開されるまでが冗長すぎるように思う。革命後の社会に対する嫌悪と恐怖がやや粗雑に表出してしまっている印象があり、性急なテンポの文体とも相俟って、あまり面白く読めなかった。風刺のための戯画が、人間や社会というものにどうしようもなく刻み込まれてしまっている深淵に沈潜していこうとしているようには感じられなかった。

    ただ、高度に発達した科学技術によって「人間」が「新しい人間」を創造してしまうということはどういうことか、という「創造主」問題には興味を惹かれた。「産み出す」主体(meta-level)と「産み出される」対象(object-level)とが、同じ「人間」であるということはどういう事態なのか。階層上の混乱か。「人間」を不当に特権化しているだけなのか。もしそうだとするならば、「人間」を不当に特権化したがる傾向、その無意識の根拠は何なのか。人間が作りだすロボットや人工知能が人間の社会でどのような権利と責任の主体となるべきなのか、という倫理学の問題とも通じるような気がする。

    また、創造の原初に孕まれる暴力ということも考えさせられた。「私のもうひとつの仮説は次のようなものである。コロの脳は彼が犬として生きてきた間にいろいろな概念を貯め込んだ。コロが最初に使い始めた言葉はどれも、路上で使われているような言葉ばかりだった。コロがどこかでそれを聞いて、脳に保存したのだ」

  • 風刺小説だからこそ、このエンタメ性。広く読んでもらわないと意味ないし、、と思いきやソ連で発禁本になった。いちいちぶっ飛んでて面白い。犬に人間の睾丸と脳下垂体を移植するって設定がギャグだよ。

  • 犬の心臓の方は、これまで聞いたことない発想のお話でおもしろかった。人間の言葉を話し始めた、生意気な犬と手術をした医者のかけあいがおもしろい。

    運命の卵も、発想がかなりユニークでおもしろくて怖い。どっちもいわゆるSFのジャンル。
    ソ連政権に対する批判が隠れてるというが結構わかりやすいと思う。

    どっちも当時のソ連の人たちの生活が垣間見られて面白い。

  • SF寄りの中編2つ。どちらも高慢な教授が楽しい。

著者プロフィール

1891年、キエフで生まれる。ロシア革命の動乱のなか、モスクワで文学活動を開始。1925年、長篇『白衛軍』を雑誌発表、短篇集『悪魔物語』を刊行するが、反革命的との批判を受け、戯曲も当局による上演中止が相次ぐ。失意の中、発表の当てのないまま 『巨匠とマルガリータ』『劇場』等の作品を書き続け、1940年死去。1966年に遺稿『巨匠とマルガリータ』が初の活字化、各国語に翻訳されて劇的な復活を遂げる。

「2017年 『劇場』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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