「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー

著者 :
  • 新潮社
3.60
  • (110)
  • (184)
  • (189)
  • (56)
  • (9)
本棚登録 : 1380
感想 : 253
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104738045

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • この本はものすごく面白い。

    毎年毎年、日本で一番東大へ数多くの合格者を送り出している私学の名門開成高校。
    その野球部に関する話なのだが、部に所属する生徒たちにインタビューをすると、ほとんどの生徒が何でもかんでも論理的に説明しようとする。
    その論理的思考によって捉えられる野球論は、時としておかしな方向に進んでいく。

    超論理的で、逆に素直すぎて融通が利かない頭の良い子供たち。
    はたしてこんな子たちが東大へ行き社会に出て形成される将来の日本は大丈夫だろうか? と不安にもなる。
    医者、弁護士、あるいは役人などには向いているだろうが、政治家や企業のトップには不向きだ。
    彼らも自覚しているらしく、将来の希望を尋ねると医者や研究者などという答えが返ってくる。
    おそらく開成出身で国家を動かしている人間は数少ないのではないだろうか。
    そういう思いを抱く書でもある。

    筆者の高橋秀実氏は、開成高校の生徒たちの裸の姿を見事に描き出している。
    彼らと筆者との言葉のやり取りは、まるで異次元の会話のようで、時として笑いを誘う。
    でも、彼らはふざけているわけではない。純粋に対峙しているのだ。
    その方向性が常人と少し変わったアプローチの仕方だとしても。

    今どきの頭の良い、日本最高峰の偏差値を持った高校生がどんな考えをしているのかを紐解くのにも最適の書でもある。
    なかなか鋭い抉り方をしているので、興味のある方は是非。
    おすすめです。

    最後に:この中に登場する長江豊君が、東大に合格し、野球部で活躍してくれることを切に願うばかりである。

  •  どこかヘンテコな対象を、無駄に透徹した視点と身もフタもなさ過ぎるツッコミで描き出す著者のルポ。しかも、色々考察する内に書き手自身が途方に暮れ、何とも言えないトホホ感が漂う読後。一度読んだら病みつきになるヒデミネ節の最新刊が出ました!

     今回はあの超進学校・開成高校の野球部を取材しています。
     あの開成高校が甲子園地区大会でベスト16まで残ったことに興味を持った著者は、早速取材を開始。優等生達が知力をフル動員し、頭を使った野球で体力自慢を出し抜いたのかと思いきや、実態は全く違いました。

     開成高校の戦い方のコンセプトは、「ギャンブル」です。
     週一回しかグランドを使えないという不利な状況下で、守備練習に力を入れてもほとんど効果が無いと判断。打たれること、エラーすることを前提として、打線で打ち勝つことに賭けています。ですから、ピッチャーはストライクが入ることが最優先で、守備のレベルも「試合を壊さない程度であればOK」ということになります。打たれない、確実にアウトを取る、ではなく、「試合を壊さない」という相手方に対する配慮こそが開成野球の守備に求められるものということです。
     ですから守備は、ストライクが入る選手=ピッチャー、送球が上手い選手=内野、それ以外=外野、というわかりやすい基準で選考されます。

     スクイズなどで1点をもぎとっても、その裏に10点取られることだってザラなわけで、そうなると、真っ当な戦い方では絶対に負けてしまいます。
     そういうわけで、空振りしてもフルスイングする打撃をモットーとするわけですが、これでヒットが出たときに「あの開成に打たれた、点を取られた」という相手方の動揺につけ込み、一挙大量得点を狙うという「ドサクサ」が究極の狙いです。なので、監督はヒットが出ても振りが鈍いとダグアウトから罵声を飛ばし、空振りしてもフルスイングしていたら「ナイススイング!」と評価。挙げ句はちゃんとした野球をしようものなら「お前ら、野球をしようとするんじゃない!」「ドサクサだ!ドサクサ!」と監督の声が飛ぶことになります。

     打撃重視の打順の組み方は、2番に最強打者を入れ、1番から6番まで強い打球が打てる選手を並べます。打順を輪として考えると、下位打線もそのまま1番・2番へと続いていくわけですから、打順が下位の選手が出塁したら、そのままチャンス到来と言うことになります。
     これ、本書では言及されていませんでしたが、数学的にはかなり理に適った方法だと言うことです。一般的な野球のセオリーでは2番に小技のできる選手を入れることになっていますが、数学的には2番に最強打者を入れることが効率よく得点を取ることができるんだそうです。偶然にしても、大量得点を挙げるには理に適った打順だった、ということですね。

     監督の方針もちょっとヘンテコなら、選手達もかなり変わっています。それぞれが自分で納得いくように考えるのです。著者がインタビューしても、理路整然と答える選手が多く、「頭で野球をしている」んですが…それ、言葉の意味が違わないですか?(笑)
     本書を読んでいて感じたのは、大学時代の恩師の言葉です。
    「行動する人は考えない。考える人は行動できない」
     ある種の極論ではありますが、行動というのは事前準備をいくらしたとはいえ、それらを振り切って何かをするという側面があります。野球に限らずスポーツというのは身体を動かしてナンボなのに、その身体の操作を全部脳で制御しようとしちゃっているせいで行動がワンテンポ遅れがちになってるように感じました。(状況と正解を見極めようとする受験エリートの特性のマイナス面、というのはいささか言いすぎかもしれませんが…)

     頭脳野球だと思いきや、蓋を開けてみると常識外れの「ドサクサ野球」だったのに大笑いしつつも、選手達の野球への取り組み方を見ていると、「考えることに偏重するのもちょっとなぁ…」と色々考えさせられました。
     いつもはヘンテコな対象についてあれこれ考えて混乱する著者。今回はそんな著者とよく似た人たちが取材対象だったので、少しやりにくそうな印象を受けました。「この子達、ちょっと考えすぎなんじゃ無いだろうか…」って、それ、著者自身もそうなんですよ!
     まぁとにかくヘンテコな野球部の話で、間違いなく楽しめます。オススメです。

  • 「開成高校の硬式野球部はそこそこ強い。」
    名門校ファンには周知の事実。

    実は開成高校硬式野球部、専用グラウンドは持っておらず、学校内のグラウンドを週1回使えるだけ。そんな劣悪な練習環境の中、平成17年には全国高等学校野球選手権大会 東東京予選のベスト16まで勝ち進んだ。

    その開成高校硬式野球部の強さの秘密が書かれた本。
    そのポイントをいくつか上げると...
    ・限られた練習時間を守備の連携など高度な練習に費やしても費用対効果が割に合わない。練習するとしたら攻撃。
    ・1試合で、あるポジションに打球が飛ぶのは2~3回。なので、ボールをとる技術をあまり鍛えても費用対効果が割に合わない。
    ・エラーしても泣かない。ある回に10点取られたら、相手が油断したところをその裏で15点取り返す。
    ・攻撃時のサインプレーは練習しない。サインをだしても上手く動けるほど練習できない。
    などなど。
    まさに弱者の戦略、と言ったふう。

    そして硬式野球部員、さすが開成高校に合格できる人間となると一癖も二癖もある連中。著者によるインタビューで珍回答が数多く飛び出す。
    しかし本人達はいたって真剣。
    著者も含めて一般人には良く分からないこだわりどころを数多く持つ面々の、珍問答も本書の楽しみどころ。

  • 開成高校野球部のトンデモ奇襲作戦本。開成の作戦というと高度な頭脳プレーなのかと思いきや、実は奇襲をして、相手を精神的にやっつけ、そのままコールド勝ちを狙うというものだった。あっけらかんとした監督と、その生徒達のやりとりがなんとなく笑えてしまう。とても面白かった。著者の高橋秀実は毎回取り上げるテーマが独特で自作が注目である。

  • 開成高校の野球部は結構試合で勝つと聞くと、それだけで驚くくらい、開成高校には高い偏差値と表裏一体のスポーツ弱者のイメージがある。実際、高校野球で見慣れた名門高校とダブらせてみると相当下手なのだろうが、監督が言うように、あれが異常なのだろう。だから、それと同じセオリーで練習や試合をするのではなく、そんな弱小チームならではの勝ち方にこだわる監督は全く正しい。そんな監督の思いを受け止めようとしつつも、真っ直ぐには受け止められない秀才たちの姿もまた、真面目であり、どこか天然の面白さがある。
    天下の開成高校の野球部員たちの生の姿は、論理的で、不器用で、面白味があり、ページをめくるごとに、クスッとしてしまう。彼らが開成高校生の典型なのかは分からないが、愛すべきキャラクターの持ち主たちであった。

  • 東大合格者数No.1の開成高校の硬式野球部が夏の東京都予選でベスト16に入ったことがあり、著者がその強さに驚いて取材に行ったことがこの本のきっかけである。練習時間の短さと選手の下手さを乗り越えて勝つための監督の指導法は独特で素晴らしい。精神論では無く、野球技術向上のための指導だが、まじめで理屈っぽく体が思うように動かなくて悩む実名の選手たちもどこか微笑ましい。この本を読めば、勉強では挫折を知らない高校生が自分たちなりに一生懸命苦手なスポーツに取り組む姿にがんばれ!と応援を送りたくなる。著者は開成高校が甲子園に行くまで見守るそうだが、そこまでいかなくても開成高校を応援したくなってしまった。同様の感想をもった読者で来年夏の東京都予選の観客は増えるに違いない。高橋秀実の世界が見事にマッチした題材で、おもしろいと自信をもって薦められる書である。

  • HONZのレビューが面白すぎた、開成高校野球部が、甲子園を目指す?話。
    レビューよりさらに、この本は面白すぎる!野球のことはさっぱりわからない(次のベースまで走るかどうか、指示する人がいるとは知らなかった!)私だけれど、そんなことはまったくお構いなく、爆笑の渦だった。

    青木監督と、この著者、二人の絶妙な言葉の操り方が、秀逸。どこもかしこも名言の嵐。
    青木監督はしょっちゅう叫んでいる。味わい深い怒号の数々!例えば試合中、チームメンバーに向かって叫ぶ。
    「野球をしようとするな!」
    この、「野球をしようとする」という非常に微妙な言い回しから、青木監督の深い意図を汲み取る著者の鋭い言語感覚。開成男子たちの、なんとも言えない独特な考え方と、この「野球をしようとするな!」が合わさって、得も言われぬ可笑しさが産まれる。

    開成の男子たちの、ナチュラルな頭の良さと、そこからひねり出されるユニークな考え、何事にもまじめに取り組む姿勢には、本当に感心させられる。青木監督も東大出身で、めちゃくちゃ頭がいい。合理的で、大胆で、勇敢で、愛がある。たぶん、監督が大声で伝えているのは、生き方、みたいなものだと思う。。。だって、ピッチャーに向かって「ピッチャーをやるな!」だもの。
    開成高校、ぜひ甲子園に行ってほしいと思った。

  • 練習時間、グランド、施設、すべてが足りない! 超進学校・開成高校野球部が考えた常識破りの方法とは? 部員に密着し、弱くても勝つための大胆な発想と戦略を探る。

    監督が「出遅れるな!」と檄を飛ばし、選手たちも口々に「出遅れるな!」と言い合うが、出遅れないことを意識し過ぎて結果的に出遅れる…。素振りは完ぺき、問題は球が前から来ることだ…笑ってはいけないが、アタマが良過ぎる故?の独特な開成野球の描写が面白い。エラーで大量失点する前に打って打って打ちまくってコールド勝ちを狙う戦略も、壺にはまれば+くじ運が良ければ05年のように夏の東東京大会で4回勝ってベスト16、07年や12年もベスト32まで進んだ。とにかく痛快な本。
    (A)

    • g2altさん
      時間を見つけて、読んでみます。
      時間を見つけて、読んでみます。
      2013/12/11
  • 野球を「哲学」で教え、それを実践した彼らの奮闘記。
    ワタシ的には大爆笑の連続。
    「体が知らない」ってこういうことなのか、と。
    例として挙げるならば…
    → 転びそうになったら自然と手が出て顔や頭などを守ろうとする。自己防衛本能…などと言ったらカッコいいけど、幼い頃に体を使って習得した事のひとつ。

  •  東京の開成高校というのは、そもそもが旧帝国大学に進学するような俊英を育てる目的で設けられた学校で、今も年間200人くらいを東大に送り込んでいる学校なんだけれども。
     この開成高校の野球部がなんだか不思議な方法論で、そこそこ勝っているんだよ、という所のルポルタージュがこの本です。
     簡単に云えば、野球というゲームに勝つ方法をとことん理詰めに考えていった結果、
    (1) 策を弄するよりも、みんながみんな飛んできた物体(球)を思い切り物体(バット)でぶっ叩いて遠くに飛ばせば点が入る。
    (2) ピッチャーはストライクが入らないと試合が壊れるから、ストライクさえ入ればいい。守備は、野球がゲームとして成り立つ動作が出来ればいい。
    (3) どうせ一回に10点取られる守備陣なのならば、できるだけ相手に攻撃のチャンスを与えなければいい=五回コールドで終わらせる野球を目指す。調子が出てきたらドサクサで点を入れる。

     というところを究極としてチームを作っておる。で、勝つ時には15-0とかで勝ってる。

     これは、目からうろこです。

     根性論的な、「努力の数だけ勝利に近づく」的な高校野球の思考とはいや、もとい、ゲームショウとしての「プロ野球」とこそ対極にあるのでしょう。
     高い入場料をとって見せるプロ野球には「技術」とか「美しさ」とかのショウの要素はどうしても必要になってくる。が、高校野球にゃ肉体のショウとしての美しさはそこまで必要とされてないんだもの。
     それよりもむしろ、目の前の一戦を勝つにはどうしたら良いか、みたいなひたむきさが期待される。これは、他の高校球児とはそう変わらない部分だと思います。

     それはさておき、ルポルタージュとしては格好の素材だなぁ、と思います。こういう素材を見つけたのも面白いし、ちゃんと読み物として面白く仕上げるのもすごいもんだぞ、と、思うわけです。お勧めです。

著者プロフィール

医師、医学博士、日本医科大学名誉教授。内科学、特に免疫学を専門とし、東西両医学に精通する。元京都大学ウイルス研究所客員教授(感染制御領域)。文部科学省、厚生労働省などのエイズ研究班、癌治療研究班などのメンバーを歴任。

「2022年 『どっちが強い!? からだレスキュー(3) バチバチ五感&神経編』 で使われていた紹介文から引用しています。」

高橋秀実の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×