オウエンのために祈りを 下 (John Irving Collection1989-1998)
- 新潮社 (1999年8月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (460ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105191047
作品紹介・あらすじ
名門プレップ・スクールの学校新聞編集長として活躍するオウエンと、なにかと彼に頼りっきりのさえないぼく。ヴェトナム戦争が泥沼の様相を呈しはじめるころ、オウエンは小さな陸軍少尉として任務につく。そしてぼくは、またもや彼のはからいによって徴兵を免れることになる。椰子の木。修道女。アジア人の子供たち。-オウエンがみる謎の夢は、二人をどこへ導くのか?映画「サイモン・バーチ」原作。
感想・レビュー・書評
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主人公(ジョン)が子どもの頃からの親友であったオウエンを回想する.オウエンは大人になっても身長は子どもほどしかなく,声変わりしていないキイキイ声であるが,極めて優秀で,級友たちや学校には多大な影響をおよぼしている.オウエンはたびたび啓示的な発言をするが,それを最も近くで聞くのは語り手であるジョン(=ヨハネ)である.どうやらオウエンは自分が死ぬという考えて取り憑かれているらしい.ジョンの父親が誰だかを明かさないまま,ジョンの母親は死んでしまった.ジョンのいとこたちとの交流,オウエンの放校,ケネディとモンロー,そしてベトナム戦争の泥沼に苦悩するアメリカが大きなうねりとなって共鳴して,ラストでは読者は号泣する羽目となる.
映画「サイモンバーチ」を随分前に見て,本書は読む必要がないと思ってスキップしていたが,換骨奪胎とはこのことで,全然内容が違うじゃん! 自分の中ではジョン=アーヴィングのベストである.
聖書や教会での行事が頻繁に引用され,また,信仰とは何か?という問いが一つの柱となっているが,そこにこだわって理解しようとする必要はないように思う.詳細をみるコメント1件をすべて表示-
アテナイエさんこんばんは。レビューを拝見して懐かしくなりまして、「自分の中ではジョン=アーヴィングのベストである.」というko2baさんのコメントに、思わ...こんばんは。レビューを拝見して懐かしくなりまして、「自分の中ではジョン=アーヴィングのベストである.」というko2baさんのコメントに、思わず私もうなづきました。彼の楽しい小説群の中で、この作品はわたしももっとも好きなものです♪ がぜん読んでみたくなりました。2021/10/03
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1か月くらい付き合っていたような気がするが実際には2週間。なかなか読みづらい長編だ。今まで再読しなかったのもうなづける。アーヴィング作品の中でも筋金入りのくどさ(良い意味で)満載。このくどさを長い時間かけて通り抜けラストにたどり着いたところでズーンと感動。
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「信仰と祈り── それがあればうまくいくんだ。本当だよ」
上巻の幼少期のコメディ感とはまったくちがう舞台の幕が開いたよう。オウエンとジョンがまるでひとつにとけてゆくような、過去から現在、未来へと漏斗の管からおちてくる必然がひたひたと哀しい音をたてる。そしてわたしたちの無頓着は責められる。
けれど滾る怒りと情熱は果てしもなく、そこから放たれるエネルギーをめいっぱい、わたしも浴びた。そうしたら、光がみえたんだ。希望という、脳の片隅に埃をかぶって置き去りにされていた、「信じる」 という感覚が。どうして泣いているのかな、わたしは。
ごめんなさい。という言葉が、零れてきたんだ。
信じること(たとえば自分がなんらかの使命をもって生まれただとか、特定の宗派だとか)の素晴らしさと痛々しさの境界線は??盲信することの、危うさと堅固さについてはどうする??
「やりたいと思うことはなんでもできる── やれると信じさえいればね」
あまりにもアメリカ的なんだけれどさ、でもやっぱりこんな力強いことばにまた泣いてる(わたしはきちんと信じてあげられていなかったあなたを想って)。飛んでいった人差し指の先っちょは、未来を指していた?きっとそうだろう。
「当初の約束が実際にそのとおりになることは決してない」救いようのない世界を 信仰 していたって(しているからこそ)、ひかりは美しくて尊いんだ。
みんなの "信じる"(努力)が集まれば(元気玉みたいにね)、あるいは、(このクソッたれな)世界を変えることだってできるのかもしれない。自分たちがこの世界の巨大なる ゲーム のうねりの、ひとつの駒でしかないのだとしても。
そんな夢をみた。
祈りとは、愛なんだ。懐疑をも晴らす、愛の閃光だ。
「信仰それ自体が奇蹟なんだよ、オウエン ── わたしが信じた最初の奇蹟は、わたし自身の信仰だった。」
「ただ、もう少し強く信じればいいだけさ」
「そうじゃなくて、必要なのはもう少し練習することだろ」
「練習が必要なのは信じることだ。」
「違いますよ、リッシュ夫人── いまならぼくには答えられる。かれは未来の指導者ではありません。ぼくたちの未来は彼のほうへは向かっていかなかったのです。未来はどこかほかのところへぼくらを連れていくでしょう── そして、指導者は、オウエン・ミーニーとは似ても似つかなぬ人間なのです。」
「そして、世間を渡っていくとき、道徳的な人間であると、それだけ運に恵まれると思っているのか、あるいは逆だと思っているのか?」
「「政治的」であるとは、自らチーズバーガーにとりつかれるということなのだ─── しかも残りの人生をすべて棒にふって。」
「ぼくたちは利用されようとしているんだ」
「アメリカ人に何かを気づかせるためには、税をかけるか徴兵するか殺すしかないんだ」
「心から好きだと思える生き方を見つけられた幸運の持ち主は、その生き方を守る勇気を出さなくちゃいけない」
「そう、平和のためであれ、何のためであれ、自分は正しいことをしているという意識は本来押しつけがましいものだ。」
「人間は運命の前には無力であり、時間の犠牲者である── それを思っただけで心おだやかではいられないし、また社会制度はどんなものであれ人間の期待にそぐわない。 このような救いのない世界を信じることは、信仰に似ていなくもない。┈┈┈┈ ハーディーが信じていたものは、裸で、むき出しで、傷つきやすい、あるいは、結局あらゆるものは悲劇的結末を迎えるという信念だ。」
「この世界を見るがいい。どれほど多くのすばらしき指導者たちがら神の欲するものがわかるといっているか!面倒を起こすのは神ではなく、神を信じると称し、神の御名のもとに自分たちの利益を追いかける、わめき声の連中なんだ!」
「誰が『救いようがない』のかを判断するのは、あなたでもぼくでもない。われわれが判断することではありません」
「それがどういうことかわかってるのか?テレビにぴったり── そういうことさ」
【わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、善を呼んで悪という】
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いつもながら私はアホなので、これは大江健三郎のノリかなと思いつつ読んだ。大江にとっての息子との関係とこの作品の主人公&オウエンの関係が重なるように思われたのだ。人と異なるようにしか生きられない人物。しかし、その異物/アウトサイダーとしての人生をも許容し、呑み込むのがこの世界の実相/リアルなのではないか。アーヴィングの作品はそうした異物/アウトサイダーを湿っぽいようなドライなような、ペーソスを感じさせる筆致で描く(この作品で「アイロニー」がキーワードとして出てくるのが面白い)。そして、見事な形で大団円を描く
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クリスマス周辺に書くべき感想ですが、なかなかまとまらず今年中になんとか駆け込みで。
崇高な宗教劇を見終えたという読後感。オウエンが神の子イエスであり語り手のジョンがヨゼフ&ヨハネということで、これはジョン・アーヴィング版福音書なんですね。
ゆえにキリスト教的な教訓が多々あるのでしょう、そこが分からないのが歯がゆい。とはいえなんだってオウエンは5歳児ほどの身長しかないのか? ジョンの父親はいったい誰なのか? それを追うだけでもたいへん楽しゅうございました。
まさかそんな収束のさせかたってあります? って結末ですが、そりゃ神の子イエスのやることですから、そのままそっくり受け入れたいと思います。が、現実は受け入れ難い。
30年以上も前のお話ですが、作者の憂いが伝わってきます。どうしちゃったんだアメリカ人? 目を覚ましてくれ!
が、無理っぽい。でも抵抗しないと。きっとオウエン・ミーニーは卵だったのでしょう。そっから何が生まれるかは読んだ者しだい。辛いなぁ。
良いお年を!
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うーん、名作の誉れ高く、これがアーヴィングで一番好きと言う友人知人も多いのに、ぼくは最後までいまひとつノレなかった。
技術的なことだけど、オウエンのセリフが全部ゴチックなのもどうも苦手。
「未亡人の一年」の物語的なドキドキ感を求めて読んだからだろうか。お昼休みの短い時間にちょっとずつ、という読み方が災いしたか。
つまらないわけじゃないけれど、ページをめくりながら、残りの量の多さが気になって仕方なかった。
残念。 -
久々に長編小説を読んだ。小説の良さを感じさせる良作だった。
予兆とたくらみと。それらを収束させる結末がなんともよかった。 -
きのう読了。ちょっと前に読んだものの下巻。
時間軸を操るのがうますぎる。ときどき過去のなかでの前後関係がわからなくなることはあったけれど、最後の場面を温存し、かつ情報を徐々に明らかにしていく手際がすごかった。牧師なのか精神科医なのか、という問いが重たいように、「信じること」は単純でも簡単でもない。「信じたい」ということと「信じている」こととは別だし、「当たり前」だと思うことと「信じている」ことともまた別。科学自体と信仰はきっと共存できるけれど、科学信仰と宗教的信仰は、もしかしたら相容れないのかもしれない。
しかしジョニーの語るテレビやロックの否定と文学への称賛は、どこまで本気のものなのかしら。 -
祈って下さいオーエンのために。と涙しました。
アーヴィングの著書の中で一番感動しました -
語り手はアメリカのニューハンプシャーに住むジョン・ホイールライト。彼の少年時代から話は始まる。
若くて美しい母の私生児として生まれたジョンだが、母は彼に父親が誰なのかを教えることなく事故で死んでしまう。
その事故に関わっているのが、親友のオウエン・ミーニー。
11歳の時点で5歳児くらいの身長しかなく、変わった声の持ち主のオウエンこそが物語の主人公。
成人し、カナダで教師をするジョンが回想する形で、二人の少年時代、青春時代(ベトナム戦争時代)が語られます。
重大な意味が隠されたささいな出来事、徐々に象徴性を帯びていく静物たち。平穏な日常に潜む秘密と暗示。
それは静かで強い、奇跡の物語。
ひとつひとつの出来事に対する描写が、丁寧というか執拗。
徐々に食い込んできて、がっちりつかまれるような感じ。
読んでいるうちに頭の中で勝手に映像化されてしまっていて、それが夢に出てきてしまった。
宗教的な部分が理解しにくく、また執拗さに辟易しつつ、正直、感動的でありました。
映画「フォレスト・ガンプ」から娯楽性8割減、悲劇性5割増、さらに宗教性を付加した感じ、と言えなくもない。
(娯楽性8割減、という時点で別物?)
基本的に暗めでちょっと病的だけど、いいですよ。