「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106104572

感想・レビュー・書評

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  •  原発問題と言うより、エネルギー問題全体の概略を知るために有益な本。

     原発存廃問題について、私は確たる意見を持ち得ずにいました。それは不勉強もあるのですが、一つには、原発事故後の報道で言及されるのが、原発事故の重大性と電気供給の必要性という二つの対立軸でしか語られてこなかったということもあります。
     しかし、本書を読んで、やっと原発存廃問題も含めたエネルギー問題を考える端緒につけました。
     以下、章ごとにコメントを。

    ■第1章 原子力で命を守りたい
     原発はひとたび事故が起きると取り返しのつかない被害が出る、と何となく思っていました。それに対し、火力発電は、CO2排出や大気汚染が問題になる"くらい"で、よっぽど安全だと思っていました。
     しかし、それは単に火力発電等により発生する事故を知らなかっただけでした。統計でに基づいて死者の数を比較すれば、それだけで「命を守るために脱原発」などと安直なことは言えないことに気づかされます。
     本書によれば、脱原発により原発が負担していた分の電力を火力に頼るとなると、大気汚染により、日本では年間でおよそ3000人の死者が"余計に"発生する計算になります。原発事故による放射能のために長期的に発がん率が高まる危険性を不安がるなら、火力発電による大気汚染で肺がんを含む呼吸器系の疾病率が高まる危険性も考慮しないといけません。

    ■第2章 放射線のリスクとは?
     放射能リスクについては、散々危険性が煽られたカウンターとして冷静な説明もなされたので、取り立てた驚きはありませんでした(ただ、福島の原発事故以降、正しく怖がることにも(知的)コストがかかるなぁ、と閉口しましたが)。
     放射能リスクについておさらいするのに、コンパクトにまとまっています。

    ■第3章 自然エネルギーの不都合な真実
     以前から何か胡散臭いと思っていた自然エネルギー。それをコンパクトながらキチンと説明してくれていました。
     太陽光発電については、太陽光パネルを使えば後は太陽光という無尽蔵のエネルギーを利用して発電し放題、のように思われがちですが、そもそもその太陽光パネルを作るのにどれだけのエネルギーと資源を使うんだろう? パネルが汚れた時のメンテナンスや、破損した時にパネルから有害物質が出ないかなど、疑問はいくつかありました。
     他の章でも言及されていますが、電力供給には安定供給の要請もあるところ、この点、お天気任せの自然エネルギーは問題を抱えています。
     その上、太陽光や風力による発電は、自然に存在する低密度エネルギーを利用するものであり、そもそも物理的な限界があります。81頁の図を見れば一目瞭然ですが、原発分を代替するだけの太陽光パネルを一体何処に敷き詰めればいいのでしょうか。
     自然エネルギーにするかどうか以前に、まずできるかどうかの情報を全然知らなかったなぁ、と反省しました。自然エネルギーによる発電に補助金を突っ込む前に、採算と効率についてもっとちゃんと考えないといけないと強く思わされます。

    ■第4章 化石燃料と地球環境問題
     ここの紹介は割愛。

    ■第5章 救える命の数は経済の豊かさに比例する
     福島の原発事故の損害賠償は4兆5千億円だそうで、これだけ聞くともの凄い額に聞こえます。
     が、一方で、原発の利用を停止したときに必要となる火力発電の化石燃料費は、年間で4兆円だそうです。そして第1章にあったとおり、これにより大気汚染で年間3000人の死者が増えるわけです。
     私はここで原発推進を声高に主張するつもりはありませんが、この辺はもうちょっと考えなきゃならない所なんじゃないかと思わされました。

    ■第6章 原子力を理解する
     原子力発電について非常に良くまとまっていました。
     特に興味深かったのが、原発によって生み出される高レベル放射性廃棄物について。
     これって『買ってはいけない』論争や、ダイオキシン問題のときに学んだことですが、毒物というのは毒性だけを論じても仕方が無く、量(毒なら体重との割合)を考えないといけません。
     半減期が何億年という高レベル放射性廃棄物の処理が困難になる、ということは言われますが、それが実際どれくらいの量で、どのような処理がなされてきたか、あるいはこれからの処理方法の可能性を知ることができたのは収穫でした。
     と、かつて中国やロシアが、かなりの量の高レベル放射性物質を日本海に捨ててたって、どういうことよ!?(アプローチとしてはあながち無しではないそうですが…)

    ■第7章 エネルギーの未来
     原発の中にはトリウム原発のように、原理的にメルトダウンが起こらず、また万が一外部に漏れる事故が起きても空気と触れるとすぐにガラス状に固まるのでウラン原子炉よりも安全だと言われているものもあります。
     脱原発というのは、一方でこういう「より安全な原発」という選択肢をも失ってしまうことを意味します。


     メディアでは「脱原発」が争点になりがちですが、これは問題設定が間違っていると言わざるを得ません。正しくは、原発の存廃を含めたエネルギー政策の指針のはずです。(小泉元首相を散々「ワンフレーズ・ポリティクス」と非難してたのは何だったんだ、と)
     本書に対しては当然反論もあるでしょう。間違いや抜けもあるのかもしれません。そういう反論に接すれば当然結論も変わりうるわけですが、大事なのは問題を正しく認識し、できるだけ多くの選択肢を持ちうることです(どんな問題でも、狭い認識と視野に基づき、偏った少ない選択肢から出した結論は、妥当性を欠く確率が上がります)。
     その意味で、本書は非常に参考になる一冊でした。

  • 原発やめるか7000人殺すか
    3.11からの原発不要論を受けて書かれた本.原発をやめることで化石燃料の費用が膨大に増え,火力発電による大気汚染で原発以上に危険な環境になる,など原発がいかに安全で経済的であるかを論文を示しながら記されている.
    風力・太陽光の発電については貧弱すぎて使い物にならず,それぞれの特性が書かれエネルギーのことがよくわかる1冊となっている.放射線に関しても科学的なファクトがまとめられているので,ぜひとも理解しておきたい.
    CO2排出による地球温暖化にも触れられているが,それに関しては個人的に半信半疑.

  • ・最大の大気汚染源は自動車の排ガスだが、火力発電所の大気汚染物質の排出は全体の15%程度。WHOの推計から日本で大気汚染によって死亡する人数は3万3000~5万2000人。平均の4万2000人だとして、その内15%=6300人が火力発電による大気汚染で死んでいる。脱原発で発電に占めていた火力の割合が6から9割に増えると、年間3000人ほど死者が増える。

    ・放射能が漏れるようなシビアアクシデントがあると、周辺の土地に近づけなくなるが、原発1基を太陽光発電に置き換えると、山手線の内側面積とほぼ同じ土地が常時必要になる。

    ・ビル・ゲイツも言うように、ソーラーや風力はキュートなテクノロジーであり、国民生活を支える基幹エネルギーにはならない。発展途上国は高価すぎて手が出せない。

  • 世の中は「脱原発で自然エネルギーへ」等というスローガンで溢れていると思っています。今度の総選挙でも、エネルギー関連が争点になるとすれば「原発賛成」ということを言える候補者は殆どいないと思います。かつて郵政選挙で反対の立場をとることが本当に難しかったように。

    この本は、原子力を含めた理論物理学を究めた経歴をお持ちである藤沢士が、原子力が他の発電方法(石炭や石油火力、自然エネルギー等)と比較して、実際に比較できるデータを用いて解説しています。

    特に、自動車の排ガスや石炭火力発電による大気汚染で115万にもの人が死亡している(p21)のには驚きました。

    また、日下氏が以前に、現在のウラン型よりもトリウム型の原子炉を推奨していましたが、その具体的な理由(今まで普及しなかった理由も含めて)が明確になって(p197)私としては嬉しかったです。

    このような考え方を本にして世に問うことができる日本は、まだ捨てたものではないと思いました。

    以下は気になったポイントです。

    ・911事件後にテロを恐れるあまり飛行機を避けて自動車でアメリカ国内を移動した人達が、最初の1年間で1995人も路上で事故死している。(p13)

    ・単位エネルギー当たりの事故や公害による犠牲者の数を比べるべき、1テラ・ワット・アワー当たりの犠牲者数で比較する、原子力による発電は、化石燃料による発電より 1000倍程度安全ということになる(p14)

    ・1969-2000年の間に、世界で起こった莫大な数ののプラント事故を調査したら、原子力の数百倍の死亡者が出ている(p17)

    ・大気汚染による死亡者は年間115万人だが、半分は自動車の排ガス、発電所からの大気汚染物質は3割程度、これはWHOによる統計、中国では石炭火力で80%発電して毎年の40万人死亡、日本では3-5万人程度死亡、3割程度が火力発電所によるもの(p21、37、40)

    ・化石燃料において、石炭が特に危険、次いで石油、一番安全なのが天然ガス、石炭は危ないが、最も安価で経済効率が良い(p24)

    ・福島第一原発のメルトダウンでは未だに放射能による死者は出ていないが、決壊したダムでは既に数人の死者が出ている(p43)

    ・年間3万人を超える自殺者、5000人以上の死者、7万人以上の被害者がでる自動車事故、20万人を超えるタバコによる健康被害は大きすぎてニュースにならない(p46)

    ・原爆の生存者に関する調査では、200ミリシーベルト以上では癌とのリスク向上が明確になったが、100ミリシーベルト以下では全く見つからなかった、更に重要なポイントはこれらは一度に浴びたもの(p52,56)

    ・チェルノブイリ事故では、20年間の調査結果により、4000人の甲状腺がんが見つかり、現在までに15人死亡した(p62)

    ・事故直後は放射性ヨウ素の内部被ばくが最も危険、放射性ヨウ素は半減期が8日と短く、数か月するとほとんど消える、日本政府がすぐ出荷停止にしたのは良い対応といえる(p65)

    ・世界の高放射線地域(年間10ミリシーベルト)住民に健康被害は全く見つかっていない(p67)

    ・一時は100ユーロを超えていたQセルズの株価は、2011.12で 0.5ユーロ、スペインは財政破綻したので、太陽エネルギープロジェクトへの補助金がカットされたため(p75)

    ・自然エネルギーが世界で普及しない最大の理由は、太陽光・風力のエネルギー密度(同じ体積から絞り出せる電気エネルギー)が極めて小さいから(p79)

    ・日本は海外から燃料を年間20兆円程度輸入している、日本の税収が30-40兆円なので巨額、GDPの4%に相当する(p94)

    ・原発を減らした場合、火力発電所で作られた電気で走る電気自動車の魅力は無くなる、CO2を排出しながら作られた電気が、電力ロスしながら送電線を通って、蓄電池に充電される(p103)

    ・アメリカと韓国の電気代は安い、石炭比率が高いことと、原発稼働率が高いことが原因(p129)

    ・アメリカはスリーマイル島事故以来、50基分の新規建設に匹敵するパワーアップをしてきている、また稼働率も6→9割にこの30年間程度で上げてきている(p131)

    ・PWR(加圧水型炉)は、核燃料に触れる水系統、タービンを回す水系統を分離するので、メンテナンスは楽になるが、設計は複雑になる、今回福島で事故を起こしたのはBWR(沸騰水型)(p149)

    ・日本では中間貯蔵施設の建設が遅れたので、原子炉建屋内の使用済核燃料プールで、保管してきた(p161)

    ・原発をやめると、電気を生まない原発の維持費を払いながら、その分の電気を確保するための化石燃料を買う必要が生じる(p161)

    ・日本の発電量の3分の1を担う原発が排出する核燃料廃棄物は年間1000トン、化石燃料を燃やすことにより排出されるCO2は気体で年間12億トン、環境省によれば様々な産業廃棄物を年間4億トン処理する必要があるとしている(p165)

    ・日本中の蛍光灯や発熱電球を全てLEDに置き換えれば、原発13基分の節電効果あり(p175)

    ・シリコンは不純物の種類とその濃度をコントロールすることで、P型やn型半導体にもなる(p178)

    ・ダライラマも、脱原発に反対した、また自然エネルギーにも懐疑的な見方をした、高価なエネルギーは世界の多くの貧しい人々には利用できないから(p183)

    ・日本の電力が安定供給できたのは、日本の電力会社が、夏のたった数日間のために過剰な発電設備を持っていたから(p187)

    ・スマートグリッドは、欧州では、主に風力発電所の電力をうまく利用するための電力系統のことを指し、アメリカでは不足する電力供給力に対して、需要をうまくコントロールするための電力系統のことを指す(p190)

    ・2010年12月に、中部電力の四日市火力発電所の変電所で不具合が発生し、0.07秒程度電圧が低下したば、東芝のNAND型フラッシュメモリ工場が影響を受けて、月額100億円程度の損失が出た(p192)

    ・最新の軽水炉(第三代軽水炉:AP1000)は、あらゆる電源を喪失しても重力により原子炉上部に貯められている冷却水が自動的に循環するもので、福島の事故は起きない(p194)

    ・トリウム原子炉の最大の特徴は核燃料が液状なので、メルトダウンがおきない、空気と触れるとガラス状に固まるので、ウラン原子炉よりも安全、プルトニウムをトリウム液体燃料の核分裂を引き起こす際に使うので、ウラン型原子炉の核燃料廃棄物の処理にも役立つ、これが世界で採用されなかったのは、原爆に仕えるプルトニウムが生成されないので(p197)

    ・世界の原子力関係者が驚いていることに、福島第一原発の1-4号機について、原子炉への冷却水の循環を確立して、ロボットを駆使して内部燃料を取り出して、正常に廃炉しようという目途がたちつつある(p201)

    ・911の損失は合計で2兆円(260億ドル)、2993人であったが、その復讐として戦争を開始して、2011年9月11日までに、250兆円(3.3兆ドル=日本の総税収の6-8年分)の経済負担、米兵だけで 6000人以上死亡、民間人は22万人程度が死亡(p203)

    2012年11月26日作成

  • 【日本】現状集められているデータから、未来の在り方について議論する力がこのテーマには特に必要である。脊髄反射的に原発を危険因子扱いにして終わらせるのではなく、既存のエネルギー事業と比較して何がダメで何がよいのか。同じ土俵にあげて議論をしないと話は何も始まらない。本書は、原発または他のエネルギー関連事項の先行研究をかなり丁寧に参考にしながら、慎重に議論を進めている。論理的に、誠実に今考えられる一つの案を掲示している。複雑な要素が関係しているこの分野の基本的事項をこの一冊を読めば学べてしまったのではないかと思うほど、読んでいて分かりやすい。おすすめ。

  • 1TWh当りの死亡率を比較すると化石燃料は21人、水力は1.4人、ソーラーは0.44人、原子力は0.03人である。
    何故か? エネルギー密度の差だ。但し、福島原発の様なシビアアクシデント対応として原発立地の地域には十分な手当てをすべきである。ものは言ひやうで、斑目原子力安全委員長は「金を積め」と言ったさうな。西尾幹二氏は憤慨をしてゐた。
    『「反原発」の不都合な真実』、『原発のウソ』『平和主義ではない「脱原発」』の三冊を連続して読んだが、益々自分の頭が混乱して整理が付かない状態である。

  • 噂どおり冷静な分析。
    評価軸も面白い。

    原発事故、O157、狂牛病は年間死亡者数100人以下なのに話題性が高くパニック的に対応する。
    交通事故、大気汚染、自殺、喫煙は年間死亡者数20万人いるのに日常化して対応されない。

    広島長崎データより
    年間被爆量による癌になる確率の上昇は
    200ミリシーベルトでははっきりと上昇
    200から100だとわずかに増え、
    100以下だと増えた証拠は見つからなかった。
    また1シーベルト当たり5%癌で死亡する可能性が増える。

  • 原発の重要な一面を捉えた貴重な一冊。書いてあることは正しいことだと思うが、あの3.11の前にしては、脱原発の流れを変えるほどの説得力はない。今後はやはり感情的な脱原発の方向にに進んでいくのだと思う。

  • 原子力発電の安全性について、他の発電方法よりもかなり安全というにわかには信じがたいようなことも書かれており、半信半疑ではある。
    現存する原子力発電所をすぐに廃炉にしてもコストのみが増え、安全性はさほど向上しないため、現存する原子力発電所をより安全に運用していくことが、結果的に人にも環境にも優しいという筆者の主張には非常に共感できた。
    脊髄反射的に「脱原発」を唱えている原子力アレルギーの方々に読んでもらいたい本。

  • 反原発を主張するにせよ、火力発電も自然エネルギーもリスクがあることを認識し、経済や安全保障も無視せず冷静に考えたい。池谷裕二さんの書評が素敵。http://ow.ly/ciqg0

著者プロフィール

金融日記管理人。恋愛工学メルマガ発行。

「2017年 『ぼくは愛を証明しようと思う。(2)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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