生きている兵隊 (中公文庫 い 13-4)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122034570

感想・レビュー・書評

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  • 戦争を題材に、お涙頂戴を描く小説ではない。
    もちろんノンフィクションというわけでもない。

    『生きている兵隊』がそのルポルタージュ的な手法によって描いているのは、日中戦争の戦場やそこで日本兵が行った暴虐の有り様ではない。したがって、読者はそこに、歴史的な事実として語られていることを当てはめるべきではない。

    この作品の価値は、戦争について、しばしば皇国・日本にまつわる不都合な事柄を含む形で描いている点ばかりでなく、戦場で人の生命がいかに軽蔑されるかということや、そのように生命を軽蔑することで人がいかに戦争になれていくかということを描いている点にあるのではない。

    当然のことながら、当時新聞などに発表された他の作品や記事が、あまりにも「画一的な戦争」を描くことに反発し、検閲の対象となることが明らかな内容であるにもかかわらず果敢に描いたことは、それだけでも評価に値する。
    しかし、今ここで重要なのはそうしたチャレンジングスピリットではなく、そのような動機から描かれた作品が、戦争の全体というよりは細部を、“記録的”、“典型/類型的”に描写しているということである。

    そもそも、小説とは言葉という間接的なものによって描かれるわけであるから、どれほど事実に忠実に描いたところで、真実を直に描くことは出来ない。
    したがって、小説に可能なのは、「真実らしく」描くことでしかない。
    その手段として、石川はルポルタージュ的に、細部を扱うことを選んだのである。

    登場人物達はいかにも類型的に描かれており、その心情もあくまで類型の内側で展開される。
    誰かを殺すことが淡々と描かれ、誰かが殺されることはそれ以上に簡単に描かれる。
    「生命が軽蔑されている」と書かれていることよりも、はるかに明瞭に作品の描写は人の生命を軽蔑している。

    多くの伏字箇所がある(現在は復元されている)が、それらの部分をいくら伏せたところで、この作品の描写のありかたを覆い隠し尽くせるはずはない。
    その意味で、この作品は発禁にされるしかなかったと言えるであろう。

  • 兵隊たちが笑う場面がどこもあまりにおぞましく感じられる状況ばかりで、人はここまで残酷になれるのかと慄然とする。もちろん完全なノンフィクションではないだろうが、あまりに生々しい…。

    伏字にされた理由を探りながら読むと、当時の日本の空気感や表現の不自由さを痛いほど感じる。

  • 南京大虐殺があったとかなかったとか、歴史修正主義者はないと言い張りたいだろうけど、この本を読む限り「南京で軍人による軍紀違反、戦争犯罪が相次いだ」ことは否定できないと思われる。

    もっとも、これは日本に限っただけでなくドイツによるユダヤ人迫害(これは国家による犯罪だから一緒くたにできんが)、米軍による日本本土無差別空襲、韓国によるベトナム戦争でのラダイハン、など例はたくさんあり、これだけをもって日本の有責性を追求するのは無理がある。

    むしろ戦争というものが、普通の市民を理性・人間性をぶっ壊して残虐行為を簡単にさせてしまう人種へと変えてしまう。そして、こうした非人道的行為を防止することは古今東西極めて難しいということだ。

  • 作者は南京陥落後に現地へ渡り、そこで聞いた話をもとに本書を執筆したという。聞いた話だけで兵隊の様々な心理をここまで描出できるのは、作者の力量か。

  • 即発禁処分となった、陥落直後の南京の取材をもとにした小説。過酷な戦場にあって、生命や罪に対して鈍感になっていく兵士達を"生き生き"と描いており、それぞれ非人道的行為に走る彼らも、置かれた環境に隷従したに過ぎない、そんな感想を持った。ただし大陸での日本兵の暴虐を擁護するつもりはなく、これは戦争犯罪の告発ではない、人間を描いた作品だという点を強調したい。また当時の戦地や兵士の生活、被占領地の悲惨さなどが活写された優れたルポでもあり、国民に実情を届けようとした著者の勇気と仕事は、同時に戦争を知らないその後世代にとっても、貴重な史料として永遠の輝きを放っている。

  • 日中戦争における南京戦を題材に
    兵ら個々人の思想や態度の移り変わりを描く小説。
    短い取材期間に従軍して取材した内容を
    ベースにしているためか、ややひいた論調ではあるが
    一人ひとりの個性や葛藤、戦場と日常をうまく対比しており
    読み物として面白い。
    こうした書物が検閲の対象となったという
    出来事とセットで理解したい一冊。

  • 兵隊たちの心理を丁寧に記した作品。

    昔の作品とあって最初は慣れないが、読んでいくと、なんというか腑に落ちる作品だった。

    悲惨な描写がとても多いが、それに涙することはなかった。衝撃として襲ってくるし、心を揺さぶられるのだが。それはこれが、それに至る心の動きを丁寧に、そしてリアルに書かれていたからだと思う。
    なんというか、泣かせる作品ではないのだ。
    戦場の実情を、兵士の実情を、世に正しく伝えるための作品だと思う。

    これは、ドキュメンタリーではないという。けれど時に、ドキュメンタリー以上にリアルな作品というのもあるものだと再確認させられた。

    戦争のどうしようのなさ。それを強く感じた。

  • 中国人の屍体を枕にして寝れる程、人間は戦場に慣れることができるということが、あまりにも衝撃的。やはり一度人を殺してしまったら、ふたり殺すのも十人殺すのも同じになってしまうのでしょうか。恐ろしい。

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