断崖の年 (中公文庫 ひ 3-4)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (183ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122034983

感想・レビュー・書評

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  • 要約すると闘病記だが、後書きで作者も述べている通り、辛気臭さは無く洒脱で色彩豊か。
    作者がこれまで大切にしてきたモチーフが有効に回収されており、改めて日野文学の感性が好きだと感じた。

  • 「東京タワーが救いだった」
    腎臓に癌の腫瘍が見つかって緊急入院したときの話
    手術は無事に終わったのだが
    麻酔薬の覚醒時、酷い幻覚に襲われ
    そこから何か奇妙な感覚を得たというか
    退院までの間ずっと、慶応病院の窓から見えるビル群の屋上に
    ふしぎな人影のうごめきが見えていたのだった
    人影たちには、なぜか親近感を抱きつつ
    そんな自分への不安も抑えきれない筆者にとって
    同じ窓から見える東京タワーだけが
    現実につなぎとめてくれる、ある種の「象徴」であった

    「牧師館」
    手術前、しばらく検査入院をしていたのだが
    検査がない土日は、一時帰宅を許された
    そこでなんとなく「水のあるところ」が恋しくなり
    いろいろ考えた末、奥多摩渓谷に向かった
    夕暮れの河原で瞑想した後
    暗い帰り道で、対岸の木々にまぎれた教会の十字架を見る
    そのとき彼の立っていた橋が
    「向こう側」との境界線だったかもしれない

    「屋上の影たち」
    退院後も、1日おきに通院は続けなければならなかった
    癌の転移を予防するため、免疫強化剤を注射されにいくのである
    作家の彼は、いままで不規則な生活を送ってきており
    午前中から外出するということがなかったため
    そんなことで、まるで世界が変わったように感じられるのだった
    さらに、混雑するJRの駅に降り立って
    群集の連帯意識のようなものを感じると
    これこそが、病室の窓から見た影たちへの親しみの正体だと
    そのように思われるのだった

    「断崖にゆらめく白い掌の群」
    自らの存在が消滅してしまうかもしれない
    そんな予感から、人は生前より己の痕跡を残そうとする
    そういった行為は人に特有のもので
    例えば、人類のルーツとされるヒヒたちはそういうことをしない
    全身麻酔からの覚醒時に見た幻覚は
    「私」と「世界」が境界線を失うような、強烈な体験だった
    そのような混沌こそが本来の世界とするならば
    混沌から人を分離したのは「言葉」であろう
    と同時に、死の概念を人にもたらしたのも「言葉」である
    死を恐れた人々は、これをケガレとして
    欺瞞的に目を背けるしかなかった

    「雲海の裂け目」
    癌の手術を終えて、世界の何かが明らかに変わった
    今ここにある「それ」を感じながらも
    言語化することを恐れていた
    そんな状態で一年すぎた頃
    講演の注文を受け、沖縄への一泊旅行に出ることとなった
    準備は不足していたが首尾は上々で
    思ったより上手く喋ることができた
    帰りの飛行機の中、雲海の下から差す夕焼けの光を見た
    そのとき不意に、自らを待ち受ける運命について
    受け入れることができたような気がした
    そして後日、パルコで見たアンディ・ウォーホルの色彩感覚にも
    同じようなことを感じたのだった(えっ?)

  • 本に読まれて/須賀敦子より

  • 「打ちのめされるようなすごい本」にあったので読んでみた。著者とは性別も年齢も経験もあまりに違いすぎ、自分の体験した入院・手術とはまったく異質に感じられたので、よく理解できなかった。「台風の眼」と池澤夏樹が「スティル・ライフ」を書く契機となったという「Living Zero」を読んでから考えてみようと思う。

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著者プロフィール

1929年東京生まれ。幼少期を朝鮮で過ごす。新聞記者ののち作家活動に入る。主な著書に、『抱擁』『夢を走る』『夢の島』『砂丘が動くように』『Living Zero』『台風の眼』など。2002年逝去。

「2015年 『日野啓三/開高健』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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