ぼくの大好きな青髭 (中公文庫)

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著者 : 庄司薫
  • 中央公論新社 (2002年10月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (265ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122041035

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ぼくの大好きな青髭 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • ───レビューではありません。この本にまつわる思い出です。

    1977年、大学1年の夏、僕は仙台の実家に帰ったのも束の間、
    とんぼ返りで東京に戻り、学生会館のサークルの部室で
    ギターを弾きながら歌っていた。
    多くの学生が帰省して人のいなくなった南青山の学生寮で9時過ぎに目覚めると、
    飯も食べずに、特に何の目的があったわけでもないのに大学に行き、
    夏休みで誰も来なくなった部室に毎日のように入り浸っていた。
    夕方には早稲田通りの古本屋を一軒一軒覗きながら、
    高田馬場までの道のりを散歩がてらのんびりと歩いた。

    ある日、僕と一緒にそのサークルに入部した女の子が部室の扉を開け、
    顔を覗かせた。   
    僕の顔を見ると驚いたように目を丸くして
    「あれ、〇〇君、何してるの?」と彼女が訊いてきた。
    「寮の友達はみんな田舎に帰っていないし、暇でここに来てギター弾いてる」
    「ふーん」
    その後、どんな会話を交わしたのか記憶は曖昧だが、
    最近どんな本を読んだ? という話になった。
    そこで、僕も彼女も庄司薫の大ファンで、発売されたばかりの
    「ぼくの大好きな青髭」を読んだということが分かった。

    庄司薫は、五木寛之と並んで高校時代の僕に多大な影響を与え、
    東京行きを決意させた二大作家の一人だ。
    (大学1年の夏休みは、作品の舞台になった日比谷高校や山王神社にも行ってみた)

    突然、彼女が言った。
    「小説とおなじことしようよ」
    「何それ?」
    「紀伊國屋で待ち合わせして、2階のブルックボンドでお茶を飲もう」
    たしかに、小説の中には主人公の薫くんがそんなことをする場面が出てくる。
    「面白そうだね」
    それから、二人で新宿の紀伊國屋書店に行く日と時間を決めた。
    数日後、僕らは本当にそれを実現することになる。
    僕にとっては、女の子と二人で親密にお茶を飲むという
    一般的に“デート”と呼ばれる、生まれて初めての経験でもあった。

    今でも紀伊國屋書店に喫茶店「ブルックボンド」はあるのだろうか?

    僕の手元にある『ぼくの大好きな青髭』の帯(昭和52年7月25日発行の初版本)
    にはこう書かれている。
    ───若者の夢が世界を動かす時代は終ったのか。月ロケットアポロ11号の成功の陰で沈んでいった葦舟ラー号。熱気渦巻く新宿を舞台に現代の青春の運命を描く───薫くんシリーズ完結編!

    付録:「赤頭巾ちゃん気をつけて」の小さなトリビア
    この作品は芥川賞受賞の翌年、話題になったことで映画化され、
    主人公の「薫」は岡田裕介、女友達の「由美」を森和代が演じた。
    この二人は後に、小椋佳のデビューアルバム「青春」とセカンドアルバム「雨」
    のレコードジャケットに、“現代の若者”を象徴する二人の男女として登場している。

  • 20年以上前の高校3年生の時に、それまで運動部で
    本などろくに読んでいなかった僕に友人が
    「赤ずきんちゃんー」を貸してくれて一気に4部作を
    読みました。その後の僕の人生観に影響を与えて
    くれたし、4部作のなかでも青髭が一番好きです。
    当時は、庄司薫を読んでいる人はそれなりにいたけど、
    最近はほとんどいないのが残念。
    是非、若い人に(高校生くらいの人に)、 赤から順番に
    読んで欲しいです。だまされたと思ってでも。

  • 再読どころじゃないな。再々読、再々々読くらいはしてるかも。
    薫クンシリーズ最終作。

    「若者、いかに生きるべきか?」と問いかけてきたシリーズの
    総決算にふさわしい、ちょっとビターな作品です。

    舞台は新宿。夏のとある1日。
    薫クンは付けヒゲに虫カゴ、虫取り網なんて珍妙なカッコで
    紀伊国屋に現れます。
    今なら「なんのコスプレよ? ここアキバじゃないんだけど」
    「わー。ヤバイ。ヤバイ人がいる。突然刺されたりすると怖いなー。
    近づくまい」あたりの反応でしょうが、小説の時は1969年。
    ヒッピー文化まっさかりの新宿では、
    「ハンパな個性に自信を持っちゃって! この田舎者がっ」
    という視線になるみたい。
    冷たい反応という点では現代とあんまり変わりません。
    で、読者としても「薫クンやっちゃったねー」なんて
    ニマニマ読んでいると、すぐさま、そんな薫クンの格好には
    「友達」と呼ぶにはあまりに遠く、印象の薄い同級生の自殺未遂が
    関わっているらしいとわかり、あわてて姿勢を正し、ぐーっと物語に
    引き込まれるというワケです。

    1969年の新宿といったら、そりゃあもう、
    若者の熱気がすごい場所だったのだろうと容易に想像がつきます。
    学生運動が【犯罪】になってしまった連合赤軍の立てこもりが
    1972年ですから、
    「僕らが世界(政治・国)を変えられる!」と若者が信じていた
    最後の時代なのでしょう。
    だからこそ、そこで描かれる若者の夢と挫折には否応なく
    説得力があるわけです。

    実際の世相でもあるアポロ11号の月面着陸と
    大西洋横断中に沈没してしまったパピルス製の葦舟ラー号を
    対比させることで、
    商業や経済をにぎり、情報を操作をする大人の社会と
    純粋な夢や理念で立とうとする若者のコミューンを表す。
    その着眼点のわかりやすさ、見事さ。
    あの薫クンの饒舌文体とあいまって本当にほれぼれしちゃう。
    サラサラ書いているように思えて、本当に緻密な小説なんだと思います。
    だって、この本が完成したのって1977年なんですよ。
    今という時代に起きていることが結局なんなのか?
    熟考を重ねて、さらに小説という形に構築しなおすのに、
    ほぼ10年かかったわけです。そりゃ緻密にもなるわ!

    青髭とはナニモノなのか? そんなナゾを残したまま物語は進み、
    疲れきった薫クンが見知らぬ女の子と夜中の新宿御苑に
    忍びこむシーンは本当に美しい。
    薫クンは、心がぺちゃんこになったり、あるいは猛り狂ったり、
    もう何もかも「いやんなっちゃう!」ギリギリの状態を、
    理性と知性をフル稼働させて持ち直し、健やかな心を取り戻していく。
    そのたくましさこそが「若さという名の美しさだな」といつも感服して
    読了します。
    そして本を閉じた時に『ぼくの【大好きな】青髭』というタイトルが
    目に入り、その深い意味を感じて、また泣くという・・・


    たぶん何年後かにまた読むと思います。

  • 四部作で一番面白い。他人を見ているつもりで他人に見られている、という構図が秀逸。普段暴れ回る小林や由美が、主人公の故郷みたいな優しい印象になっている所も好きです。

  • 中学生くらいの時に、家にあった母の本をさらさらっと斜め読みしたのが、薫くんとの出会い。

    久々に会った薫くんは、変な格好で本屋に向かっていた。何してん。そこから当時の若者たちの最先端(!?)な濁流に呑み込まれていく。

    今の政治的無関心とか、まぁそこそこ自分が楽しければいいや、とは違う。若い人たちが何かできる!とがむしゃらになって夢を追い、敗れ…日本変わったな!平熱が低い私には、たまにはこういう暑苦しいのが必要か。

    ライトノベルはこんな感じで始まったのかなぁ。薫くん独特の言い回しやこだわりがくどいけど、憎めない1冊だ。

  • 科学技術の粋を集めてアポロを月に飛ばそうとしていた世界に、やわらかい葦舟で海を渡る世界観を提示することで対峙しようとした青年たちの物語。

    しかし、そのような情熱は、当時ですらすでに退潮期に入っていることは明らかだった。

    高校の友人であり、コミューンの成員であった高橋が自殺未遂を起こしたことをきっかけに、薫くんは彼の関わろうとした世界の周辺をうろつくことになるが、彼の前には絶対的な価値を探求し、他者を救うような情熱に水をかけ、そらし、「救済者志願」を破綻の淵から救い出そうとする「十字架回収委員会」や、さらに彼らの「救済者救済」の行動をも、観察の対象としてみなす「十字架回収委員会研究会」といった青年群があらわれる。

    だからといって、自分たち以外の青年を観察するという集団が、観察者としての自己意識の精緻化によって、観察される集団に対して上位ににあるというわけではない。

    情熱を対象化していく流れとしては「十字架回収委員会」の上に「十字架回収委員会研究会」があるわけだけれども、作品内で薫くんの前に登場する順番としては「十字架回収委員会研究会」が冒頭にあらわれ、終盤に「十字架回収委員会」が顔を出すという構成になっているあたりが巧妙だ。

    集団があらわれる順番は、ストーリーを聞いたときに集団の行動を相対化していくベクトルと同じ順で来るだろうという、直感的に想像されるものとは逆になっている。
    対象を相対化することによって、そのような操作をおこなうことが出来る自己を絶対化するような詐術というものは、構成によって無効化されていて、そもそも当人たちすらそのことに充分以上に自覚的であることが示されている。


    だから「十字架回収委員会研究会」は、退場の際に自分たちが観察者として振舞うことへの弁明として、以下のような言葉を述べなければならない。

    「最大の欠点は、たとえばこの店に集まっているような、恐らくは新しく来るべき感受性に情熱を賭けているような同世代を見ると、ついクリティックになってしまうところでしょうけど、これも敵意というよりは羨望の余りだからたいして悪気はありません……。」
    「十字架回収にしてもなんにしても、要するにぼくたちをどこか不安にするような動きを追いかけて、とにかく一つの解釈を与えて安心しようとする。」(P.77)


    一方、彼らに観察されている「十字架回収委員会」も、そのような不毛な関係性に関してはすでに認識している。 
    「そうして、そういった派生目的で辛うじて充実感を確保するわれわれとか、そのきみの言うわれわれを研究するグループとかが、花見酒みたいにグルグルお互いのあとを追いかけ廻すことになるわけです。」(P.212)

    そのような観察者の対象たるグループの一員であるシヌヘも、情熱や夢といったものがいちど具体的な共同体の運営というかたちで進展すれば、分業制が生まれ、現実の中に自然に解体していくことを認識している。


    いくつかのエピソードは社会風俗的に受け取られてしまう危険があるけれども、青年が情熱を持つことの現代的な困難さということについては、いまだにこの小説のフレームの中で動いていると言えるだろう。

    観察者の不毛に居直るのでもなく、情熱を短期に暴発させて、敗北するのでもない長期戦を基本戦略にし続けてきた薫くんが、なにかの価値を守ろうとして死を試みた高橋に一瞬共振し、そのときまさにアポロは月に到達する。



    というわけで、薫くん4部作は読了。持久戦という思想について、花田清輝はどう評価したんだろうと気になったけど、検索すると『赤頭巾ちゃん気をつけて』の時に絶賛してたらしい。そりゃそうか。しかしそんな文章を読んでいたのかどうかがちょっと思い出せないので、あとで調べてみま... 続きを読む

  • なるほど、青髭とは・・・なのか。時代の急激な変化、若者の革命、今の時代に通ずることもあって、この頃から大きく変わり始めたような気がする。複雑化する社会、それを単純に考えようと思ってるけど、単純にしてる間により複雑化していき、より混沌としていく。そんな気にさせられる作品。庄司薫4部作の最終。もっと続きが読みたいなぁ

  • 薫くん四部作読了!4巻の中でこの巻が一番濃かったなぁ。サカナヤって何よ!?内田樹先生の「邪悪なものの鎮め方」に、邪悪な状況を生き延びるには「ディセンシー(礼儀正しさ)」、「身体感度の高さ」、「オープンマインド」とあったけど、これって薫くんのような気がしたよ。

  • 「赤頭巾ちゃん気をつけて」にはじまったかげりのない青春の終焉。

  • 庄司 薫 / 中央公論新社 (2002/10)

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