哲学のモノサシ

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著者 : 西研
制作 : 川村 易 
  • NHK出版 (1996年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (174ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140802601

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哲学のモノサシの感想・レビュー・書評

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  • 「人間はモノサシである」から始まる本作。人は好き・嫌い・得意・苦手・良い・悪い…といったルール(モノサシ)を自分のなかに持ち、ものごとや他人や自分に対して当てて生きている。そんな自分のモノサシを点検・修理しながら生きること、つまり常に「問い」ながら生きること、それを哲学という。
    哲学の始まりや特徴の解説がありつつも、内容は基本的に個人の内面に当てているので私のような哲学入門者も置いてけぼりされません。

    表紙はもちろん、内容にもたっぷり描かれたイラストもなかなかシュール。内容を補完するものではないのですが、人がいかに一辺倒なものでなく無限の感情が入り混じって出来ているか、そんな複雑な内面を表しているようで印象的でした。
    ちょっと立ち止まって考えたくなった時に、パラパラとページをめくると解決の糸口が見つかりそうです。

    ~memo~
    ・人間は善悪/美醜/好悪のルール(モノサシ)の束である。
    ・自身の世界がぼやけた時に、外からルールを与えてもらうやり方(宗教など)は明瞭なストーリーが与えられている反面、危険も伴う。
    ・モノサシがぶれた時こそ、自分の行き詰ってきた過程を考え何を欲しているか明確にしていく、それが自分のモノサシを作るということ。

  • 分かりやすい言葉で哲学を語ることで知られる西研と、イラストレーターの川村易による、哲学絵本です。

    日常の中のちょっとした疑問から哲学的な問いをつかみ出してくる西研らしい本ですが、扱われているテーマが散漫な印象もあります。

  • 哲学ってよく分からない(*_*)と敬遠してきたけど、
    この本は、自然といろんなことを考えさせてくれて、
    挿絵のイラストもとても素敵で、また何度でも
    読み直したいな、と思った。

  • 読みやすかった。誰でも読めるけど、メインターゲットは思春期の人なのかもしれない。

  •  この人の言葉はびっくりするほどスッと心に馴染む。日常生活で無意識のうちに抱え込んでいたモヤモヤ感に輪郭が与えられたように感じた。「哲学って、結局答えがないもののほうが多いんだから考えても無駄じゃん?」という疑問に対しても、丁寧に順を追って考えてくれて分かりやすい。
     答えが出ないにしても、その問いが生まれた理由を考えること、あるいは元の問いを少し変えて、きちんと答えの出る方法で考えてみること。それは無駄ではない。なぜなら、その過程そのものが自分の内面を掘り下げ深めていく作業となり、「経験」として自分を肉付けしていくことになるからだ。

     「わたしはどういうじぶんを欲しているのか。その欲望は私の生を豊かにするといえるのか。一度は、こう問うてみるべきだ」
    という言葉は印象的で、人生観としても、そして主観的現象を考える第一歩(自分を検証する手掛かり)としての意味でも、強く頷かされた。

  • ふかーくふかーく考えたい時の一冊。
    主観から客観へのスイッチの一冊。

  • たとえば、ぼくもこういうのはちょっと素敵だなあと思う。
    <自分の存在あるいはじぶんの生とは、絶対者の見ている夢である>p33

    個別性から普遍性へ、逆に普遍性から個別性へ、たえず行ったり来たりするプロセス。<哲学ゲーム>はこういうプロセスなのである。p50

    【科学と呪術のちがいはどんなところ】p65
    近代科学の特質は、再現性と厳密な法則にある。

    ユークリッド幾何学『幾何学原本』
    <きちんと定義した概念と少数の公理から演繹することによって、絶対確実に成立する知識の体系が可能である>という強烈なイメージ。p73

    科学は世界を説明しようとする人間の欲望と知性が生み出したもの。p83

    【仏教の「十難」】p89
    大きく3つのグループに分けられる。
    ①世界(宇宙)についての謎で、<世界は(時間的に・空間的に)有限なのかそれとも無限なのか>
    ②心(魂)についての謎で、<魂と身体はまったく性質のちがうものなのか。それともひとつなのか>
    ③宗教に関わるもので、<真理達成者(悟った人)は死後も存在しているかいないか>
    ↓ブッダの解答
    「毒矢のたとえ」Cf. 『バラモン経典・原始仏典』
    「こんな難問を考えつづけていても、解答の得られないうちに死んでしまうだろう。これはまるで、毒矢に刺されたのに医者を呼びもせず、犯人の姿や弓矢の種類を尋ねるようなものだ。わたしたちはいつもさまざまな苦しみを抱えているのだから、それをどうやって克服するか、ということのほうが、ずっと大切ではないか」

    人間に大きな悦びを与え、生きる理由を与えてくれるのも、やはり欲望だ。p91

    「ラプラスの悪魔」:厳密な決定論。
    現代の物理学ではすでに否定されている。p105

    主観は客観に到達できない?
    <心(主観)>はどうあがいても、心の外に客観的に存在する現実にはふれられない。だって、ふれたと思ったときには、もう<心>のなかに入っているのだから。Cf. デカルト『方法序説』p109

    【「物心二元論」「唯物論」「唯心論」「観念論」】p114
    物心二元論:物と心はともに実体であるという考え方。
    唯物論:物質だけが実体で、心は物質の働き(脳の働き)によって生まれると考える。
    唯心論:逆に心だけが真に存在していて物はそれじたいとしては存在しないと考える。
    観念論:物が客観的に実在するかどうかはともかく、「心を通さないかぎり物にはふれられない」と考える立場。

    【ヘーゲルのアイデア】p153
    ヘーゲルは、人間の「精神」にはふたつの根本的な特性がある、と考えた。
    ①人間は経験を通じて、それまでの価値観や世界観をあらためていく存在である。経験の積み重ねによって、さまざまな価値観・世界観が生まれでてくる。
    ②人間は<じぶん>というものをもっていて、それを価値あるものとして他人にもじぶんにも認めようとする。つまり、人間には<プライド>がある。

    じぶんのモノサシをどうやってつくるか?
    生きてるって感じるのはどんなときか思い出してみる
    自分の好きなこと/きらいなこと、じぶんのなかのモノサシを感じとり、不安や孤独感のなかでじぶんのモノサシをつみたてていくこと
    <哲学すること>はそういうことだ p165

  • 唯一絶対のモノサシはない。楽になる。

  • 柔らかい言葉で哲学を語れる人って、本当に魅力的だと思う。最近。

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哲学のモノサシの作品紹介

哲学者とアーティストのコラボレーション(共同創造)。絵と文章で哲学する本。

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