血液と石鹸 (ハヤカワepiブック・プラネット)

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制作 : 柴田元幸 
  • 早川書房 (2008年9月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152089571

血液と石鹸 (ハヤカワepiブック・プラネット)の感想・レビュー・書評

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  • 皮肉なユーモアが魅力的な短篇集。慣れない言語ですばらしい作品を生み出してきたディアスポラ作家は多いが、このひとの場合、見たこともない道具をバラバラに分解して組み立てなおす人のように、言葉を物質的にいじって、思いもかけなかった文脈で使用してみせるところから、悲壮感のかわりに、皮肉なおかしみが生まれてくるようだ。知らない言語の辞書を丸暗記する男の話(「囚人と辞書」)、自分だけの英語を発明する男(「“!”」)、未知の食べ物の名前を愛する女(「食物の召喚」)など。とはいえ、この言語間の移動が、アメリカとベトナムの間の圧倒的格差に構造づけられていることは疑いようがなく、「エルヴィス・フォンは死んだ!」や「スチュアート・クレンショー」などの短編では、植民地主義を軽やかに皮肉ってみせている。このひとの作品、もっと読んでみたい。

  • ほとんど亡命作家なのに民族的悲喜劇っぽさを感じさせないドライなユーモア。なんだけど、篇中には「自国語でない言語をなんとか自分のものにしようとするが、それに成功しているのかどうか本人には永久にわからない」というようなモチーフで書かれた作品がいくつもある。ひょっとするとこの感覚というのは、東アジアの人間にしか本当に理解することのできない不安のようなもので魯迅とか漱石なんかと通底しているんじゃなかろうかという予感もする。

  •  ベトナム系アメリカ人のディン氏によブラックユーモアとアイロニーに満ちた短篇集です。

    ■概要
    牢獄で一人、何語かさえ不明な言語の解読に励む男の姿を描く「囚人と辞書」。逮捕された偽英語教師の数奇な半生が明らかになる「"!"」。不気味でエロテックな幽霊とのホテルでの遭遇を物語る「もはや我々ともにない人々」。アパートの隣人が夜中に叫び続ける機会な台詞の小体に迫る「自殺か他殺か?」など、ブラックユーモアとアイロニーに満ちた37編を収録。

     「真面目さの足りない神」の視点を持つとは訳者柴田氏の評ではありますが、私にはこの作者からは不まじめさは感じない。むしろ、シリアルな問題意識と反骨精神を帯同した作者であると思う。

     「囚人と辞書」と「"!"」では、言葉のもつ定義の軽さを取り上げています。定義の軽さを指摘することは、言葉が武器である作家にとって重要であると思う。言葉は大体において、その内容よりも誰が言ったほうが重要である。いわゆる言葉は権威であり、権威と内容はそれぞれ耐え難い軽さを持っているいえる。これは、風刺にも見えるのです。

  • 都甲幸治の「21世紀の世界文学30冊を読む」で著者を知り、たまたま図書館にあったので借りてみた。

    もともとは詩人なのだそうだ。
    10行に満たない、短編どころか掌編ともいえないようなごく短い作品もあり、小説というより散文詩といった趣のものもあって、納得。

    都甲さんによると、著者がアメリカに移住したのはやむにやまれぬ事情からであり、そのあたりもあってか非常に皮肉っぽく自虐的。
    アメリカ批判でもなくベトナム批判でもなく、でもそのどちらでもあるような。「移民」という事象にかかわる全ての事柄や人を突き放して真っ向から否定したような。
    非常に冷めた目で国や人々を見つめている、という印象がある。

    どうだろう、好みが分かれるかもしれないが、結構嫌いじゃないかも。
    翻訳ものの小説が苦手な私が、こんなふうに思える作家はそういない。
    都甲さんが前述の本で紹介していた作品が翻訳されないかな~(タイトルなんだっけ?手元に本がないのでわからない…。また借りなければ…)。
    読んでみたい。

    追記
    ”Fake House”でした。都甲さんは「偽の家」としていました。

  • 本当は『偽の家』が読みたい

  • 飛行機に乗る、が良かった。自虐

  • どこまでが現実だかわからなくなるような短編集。
    真面目な人の語りの中のズレのようなおかしみ……かと思いきや真顔で大法螺を吹かれたような。
    わりと意味がわからないけれどなぜだか面白い。飄々とした皮肉。

    自分に知識がないせいで、どこまでが本当かわからない。(英語やベトナムや歴史や文化について)
    著者略歴に惑わされて、どこまでが本当かわからない。(ベトナム人の「私」にはどこまで著者の経験が反映されているのか)
    一人称で描かれるから、どこまでが本当かわからない。(おかしいのは「私」なのか他者なのか)

    嘘と真実をとっぱらって物語をそのまま読めば、夢とうつつをフラフラと楽しめる。

  • 屈折しまくってます
    ミステリー風のものあり、わずか1ページで終わる短文あり、リストで構成されたものあり、エキセントリックで異色な短編37編。
    とてもシニカルでアイロニーに満ちていて、ブラックユーモアが効いている。
    こんなに自虐的で屈折しまくりなのは、ベトナム戦争末期にアメリカに亡命した著者の経歴が、少なくとも影響しているようなのだが、
    ともかく、難しい事は考えず、さらりと気軽にディープな世界に持ってかれちゃってください。

  •  CMクリエイターだった佐藤雅彦が小学校の頃、牛乳瓶のフタ収集がブームになったという。ブームは加熱し、価値のあるフタと価値のないフタ、その間の交換のレートなど、フタは貨幣のような体系を形作る。だが、この熱狂はふいに終わる。牛乳販売店を営む親戚がいる子供が大量にフタを持ち込んだ瞬間、牛乳のフタは子供たちにとってただのゴミになってしまったのだ。『経済ってそういうことだったのか会議』(日経ビジネス人文庫)に紹介されているエピソードだ。

     価値あるはずのものが実は無価値であることを露わになる瞬間。ベトナム系アメリカ人の詩人・作家であるリン・ディンが『血液と石鹸』で描き出すのはその瞬間だ。ただしリン・ディンが取り扱うのは、牛乳瓶のフタではなく「言葉」なのだが。

     本書に収録された短編は37篇。1ページに満たない散文詩のような作品も多い。いずれの作品も基調をなすのはブラックユーモアとアイロニー。訳者の柴田元幸はあとがきで「アメリカ人のやることもベトナム人のやることも等しく茶番に見えてしまう、真面目さの足りない神のような視点をこの作家は持っているのである」「その特色が一番出ているのがこの『血液と石鹸』だと思う」と、リン・ディンの作風をまとめている。

     では「真面目さの足りない神」は、そんなふうに「言葉の無価値」を描き出したのか。

     冒頭に置かれた短編のタイトルは「囚人と辞書」。一人の囚人が牢獄の中で外国語の辞書を見つける。囚人は、まったく知らない外国語の辞書を丹念に読み、そこに書かれた言葉を彼なりに“理解”していく。

    「『父親』はよるべない、苛立った響きがするので、何か死んで腐ったものを思い浮かべた。(略)『殺人』は花の名前だと推測した。『七月』は『八月』の意味だと思った」。
     やがて彼は母国語を忘れ辞書の言葉の世界に溺れていく。「(彼が)間違いなく学んだといえる単語は、ただひとつ『辞書』だけだった。それとて、たしかに辞書だとわかる本の表紙に印刷されていたからにすぎない」

     果たしてこの皮肉な状況はこの囚人だけの話だろうか。ちゃんと言葉を操っているつもりの私たちも囚人と同じ言葉の迷路で茶番を演じているだけではないのか。読後に味わうひやりとした感覚は、牛乳瓶のフタの暴落で正気に返った佐藤少年が味わったはずのものと非常に近い。

     この主題は本書の中でさらに変奏される。
     架空の英語の体系をつくってしまったベトナム人教師を描く『“!”』。読めない本を収集する『本を持ち歩く男』。アパートの隣人が言葉を覚えるために新聞を朗読する『自殺か他殺か?』。いずれも言葉の価値を信じる様子を、まるでコントの皮肉に笑っている。
     また、金持ちと貧乏人を題材にした寓話『$』も、キーワードである「金」を「言葉」に置き換えればしっかりとこの系譜の中に収まるし、さらにいうと、黒人奴隷を自らの主人とし自ら奴隷となった白人の男を描く「スチュアート・クレンショー」のラストでは、たとえ「金=言葉」を手に入れたと思っても、それが所詮茶番に過ぎないことを、身も蓋もない筆致で書いている。

     リン・ディンはベトナム・サイゴン生まれ。ベトナム戦争最末期の'75年に祖国を脱出し、さまざまな職業を経て作家となったという。言葉の価値を疑う姿勢が、彼の複雑なプロフィールに由来すると想像するのはたやすい。
     だがリン・ディンの筆致には、そうした個人的なプロフィールをも含めて茶番と見なすような、客観的でシニカルな視線がある。それこそが柴田が「真面目さの足りない神」と評した部分であり、だからこそ本書は普遍性を持った小説となっているのだ。
     このような内容の本書を読むということは、翻訳された日本語で読むということまで含め、スリリングな体験であることは間違いない。

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