忘れられた巨人

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152095367

感想・レビュー・書評

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  • 憶えていることは幸せなのか、忘れることは悲しいことなのか、記憶は共有できるのか。アーサー王統治後のブリテン島で、息子に会うための旅へ出た老夫婦の物語なのだけれど、全てが曖昧模糊としていて、物語の設定通り、霧の中を進むようだ。
    多くの人が渡っているのに、隣人がいることに気付かない島のエピソードが、心に引っかかって離れていかない。

  • カズオ・イシグロ、『わたしを離さないで』以来、実に10年ぶりの長編小説である。
    舞台は伝説のアーサー王時代のブリテン島。6~7世紀で、ローマ人やサクソン人との争いも遠い日のことではなく、竜や悪鬼、小妖精も出没する。
    世界は霧に覆われている。不穏な霧は視界を遮るばかりではなく、どうやら人々の記憶を奪う力も持つらしい。
    年老いた夫婦、アクセルとベアトリスは、沼のほとりの小さな村に住む。愛し合い、支え合う夫婦だが、ほかの村人たちとは必ずしもしっくりとはいっていないようだ。なぜそんなことになったのか、「霧」のせいで誰もよく覚えてはいない。あるとき、2人は長年の懸案であった旅に出ることにする。夫婦にはどうやら息子がいたようなのだ。確か、少し離れた村にいたはずだ。息子を訪ね、出来るならばともに住もう。
    かくして、靄に霞む世界の中、覚束ない足取りの2人の旅が始まる。

    旅の途中で、体に不安を抱えるベアトリスのため、2人は薬師や修道士の元を訪ねる。
    道中、2人はさまざまな人に会う。小島に渡る人々を運ぶ義務を持つ船頭。竜を退治する使命を帯びた老騎士。サクソン人の逞しい戦士。悪鬼に掠われ、何とか救い出された少年。怪しげな儀式を執り行う僧たち。
    旅を続けるうち、「霧」の正体や、息子の居場所、2人の過去、多くのことが徐々に明らかになっていく。
    老夫婦が最後にたどり着く場所はどこか。

    茫漠とした印象を与えつつ、非常に注意深く構築された物語の骨格を感じる。
    忘れられた巨人(The Buried Giant)とは何者か。
    巨人が掘り起こされ、目を覚ますとき、世界は、人々は、何に直面することになるのか。
    人は何を絆とし、何のために闘うのか。
    過去の出来事が薄れていくとしたら、最後に残るものは何か。
    憎しみや怒りを乗り越えて、なお残る愛はあるのか。
    争い。宗教。民族。誇り。絆。
    白い霧の中に、多くの難問が黒くごつごつと横たわる。

    霧が晴れたとき、どのような世界が見えるか。
    その答えは読者に委ねられる。

  • 『昔ながらの不平不満と、土地や征服への新しい欲望---これを、口達者な男たちが取り混ぜて語るようになったら、何が起こるかわからない』

    イシグロ・カズオの新作は相変わらすどこかファンタジーのようでいて実際には現実の社会を色濃く映し出したような手触りがする。「わたしを離さないで」もそうだったように。穿ち過ぎであるかも知れないけれど、少なくとも自分にはこの作品が、基本的にはラブストーリー、とは思えない。憎しみの負の連鎖。ハムラビ法典の時代から絶えず繰り返されてきた、それをどこで絶ち切るのが正しくどこからが過ぎた報復であると言えるのかというテーマ。アーサー王の時代のイングランドに舞台を設定したためか、遠すぎず近すぎず、現代を重ね合わせることができるように思えてならない。またその時代であれば、宗教的な対立の構図に拘泥しすぎることもない。その舞台の中で、許しに対する問い掛けが通奏音のように響き続けている。

    ある民族と別な民族の争いと融和。そしてその和平協定に対する裏切り。大きな物語としてはそんな構図の上で繰り広げられる伝説的な一匹の竜を廻る冒険譚。すらすらと読んでしまうと、これはイシグロ・カズオによる指輪物語のプロローグかとも見えてしまうような話であるけれど、ここにあるのは勧善懲悪の物語等では決してなく、弱った竜に託されていた幸福と、その息の根を止め為されようとする正義との相容れないものの対立の物語なのだと思う。そして、そんな大きな正義の物語の直ぐ隣で、忘れられた過去を恐れお互いの許しという問題に向き合う老夫婦の物語が並走する。この一つのテーマを全体レベルと個人レベルの両方から描いて見せるところにも、どこかしら現代社会の縮図のような隠喩めいたメッセージを読み取ってしまいがちだ。

    忘れられた巨人の意味するものは最後に明かされるが、その巨人が深い眠りから目覚めるか否かは明かされることなく物語は幕を閉じる。同胞の少年に負わされた重荷は単純にその巨人の怒りの中で解消するようには見えないし、擬似的なものであるにせよ、幾つかの家族的な関係を全体正義の中でどう捉えるか、読むモノ一人一人に考えて見るように問われてもいる。そして、最後に老人は許しを得たのか否か。その謎を残して物語を終える巧みさが、自分がイシグロ・カズオを鋭い社会批評家であると思う理由なのである。

  • ファンタジー色がとても強い。個人的にはあまり合わなかった。

  • 忘却の霧に支配された土地で、人々は過去が不確かなまま生活をする。
    アクセルとベアトリスは仲のいい老夫婦だが、失くした記憶の向こう側に見える過去から、自分達には息子がいることを知る。そして息子の村へと二人は旅立つ。
    二つの国の対立と、強引に解決した過去。
    忘却の霧によって二つの国の国民は隣人への憎しみを忘れていたが、やがてその霧を払うために遣わされた男と、老夫婦が出会う。

    面白かった。
    忘れることで麗らかな関係を築いていたとしても、当然許しにはなっていない。
    しかし、全てを思い出したあげくに発生するだろう対立の果てに何が待っているのかはわからない。
    老夫婦は人生の終わりを見据えて全てを思い出す道を歩んだのだろうけど、若者にとっては悲惨な結果かもしれないと思う。

  • カズオ・イシグロの新作。なんと10年ぶりの長編らしい。『わたしを離さないで』からもうそんなに経っているのか……。
    その『わたしを離さないで』はSF、『わたしたちが孤児だったころ』はミステリと、ジャンル小説の手法を用いるイシグロだが、今作はファンタジー。『新作は単なるファンタジーではない』という発言でやや物議を醸したらしいが、純粋にファンタジーかと言われるとちょっと首を傾げる。ご本人がおっしゃっている『本質的にはラブストーリー』が一番ぴったりなんじゃないかなぁ……。

  • 感想
    記憶。無くしてしまえば楽。楽しいことも悲しいことも何もない。神から授けられた救済。前を向いて歩いて行くための準備。

  • 老夫婦が息子に会いに旅に出るのですが、戦士や鬼に噛まれた少年や年老いた騎士と会い、寄り道?をしつつ旅を続ける話。

    ファンタジーでした。

    竜の吐く息により、記憶を失ってしまう世界が舞台。

    老夫婦の仲がとてもよく、解説にも老夫婦によるファンタジーと書かれてありましたがその通りです。

    ただ、とても読むのに時間がかかりました。(特に最初の方)
    読み終わったあと、一瞬、?となりますが、事態を把握すると切ない話でした。

  • イシグロさん×ファンタジー
    個人的にとても好き

  • 忘れることだけが復讐と正義という大きな雄叫びを巻き起こさないことなのだろうか。
    正義を声高に叫ぶものほど復讐心を燃えたぎらせているのかもしれない。
    それは大きな巨人だ。
    それを静かに眠らせて起きたいものもいれば起こしたいものもいる。
    それを人種間そして二人の老夫婦の間で描ききった本作。静かながらもダイナミックな底流を感じさせてくれました。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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