ダブル・ファンタジー 下 (文春文庫 む 13-4)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167709044

作品紹介・あらすじ

志澤とのかつてないセックスを経験した奈津は、テレビの取材で訪れた香港で、大学時代の先輩・岩井と久しぶりに出会う。夫とも、志澤とも異なる、友情にも似た岩井との性的関係は、彼女をさらなる境地へと導く。抑圧を解放した女性が、官能の果てで見たものは?作家・村山由佳が新境地を切り開いた金字塔的小説。

感想・レビュー・書評

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  • 『志澤とのセックスで、ほんの何度かだけ垣間見た性愛の極み ー あの境地を、もう一度味わいたいという飢えが、奈津にはある』。

    誰もが知っているはずなのに、誰もが嫌いではないはずなのに、そして誰もがその世界を夢見るはずなのに、それでいて人前では決して口にすることのない世界、それが『官能』な世界でしょう。そんな『官能』な世界が描かれた作品をあなたは読んだことがあるでしょうか?

    一方で、そんな『官能』な世界を描いた作品は書く側にも悩みがあるようです。”ベッド・シーンをどう書くかということは、非常に悩ましいことでした”と語る村山由佳さんは、その理由を”セックスを通じて、それぞれの男に違う意味合いをもたせるように書き分けなければいけませんから”とおっしゃいます。

    そんな村山さんが“自分の殻を破りたい”と挑戦されたこの作品。上下巻で600ページという物量を圧倒的な『官能』の世界に魅せるこの作品。上巻で『官能』な世界に溺れていった主人公・奈都のその後を描いたこの作品。物語はいよいよそんな『官能』の行き着く先を見る下巻へと突入します。
    
    『夕方六時。約束の時間ちょうどに、ペニンシュラの「ザ・ロビー」まで迎えに来た岩井良介』とともに香港の街へと出かけた主人公の奈都。『あなたは、香港は何度目なんですか』と訊かれて『今回が初めてです』と返すと『へええ、それは嬉しいなあ』と案内役ができる喜びを素直に語る岩井のことを『キリン』だと思う奈都。『草食動物なのだ。だからこそ、彼と一緒にいると安心できるのかもしれない』と思う奈都は、『どこから見ても血に飢えた肉食獣』の志澤と岩井を比較します。そして、『ああ、まただ。考えないと決めたのに』と思う奈都は、結局翌日も岩井と過ごします。そして、『自分は、岩井と寝たいのだろうか』と自問する奈都は『志澤から、もういいかげんに気持ちを切り離さなくてはいけない』とは思うものの『かつての記憶をどう掘り返してみても』岩井が『志澤以上の仕事をして自分を満足させてくれるとは思えない』と考えます。『男なら誰でもいい、わけではないのだ』、けれど『志澤とのセックスで、ほんの何度かだけ垣間見た性愛の極み』、『あの境地を、もう一度味わいたいという飢えが』自分にあると思う奈都は『悲しいことに、女には賞味期限というものがある』と自分の年齢のことを思います。そんな奈都は夫の省吾のことを思い出します。省吾の元を離れて三ヶ月が経過した今も『今すぐ戻ってきてくれとは言わないからさ』という夫と『週に一度くらいは電話で話している』奈都は、『ナツッペの気がすむまで、東京にいていいから』と優しく声をかけてくれる夫を『こんなにも理解のある夫を持って幸せだ、と感謝するべきなのだろうか』とも思います。しかし、『もう、あの場所へは戻れない』、『ようやく手に入れた自由を、この期に及んで手放す気にはなれない』と思う奈都。そして、『バーを出たのは、十二時を少しだけ回った時刻だった』と、岩井とエレベーターを待つ奈都は、『ありがとう。東京へ戻ってからも、たまにはお酒でも飲みましょうね』とお礼を言いかけます。しかし、そんな口から出たのは違う言葉でした。『私と ー 友情のエッチ、しませんか』。そして始まった岩井との男と女の関係の中で、『早くいかなくちゃ、なんて考えなくていいから。こっちに気を遣ったりしないで』と優しく囁く岩井に溺れていく奈都の『官能』な物語が描かれていきます。

    “自分の殻を破りたいということがありました”と語る村山由佳さんが描く『官能』な物語は、下巻に入ってその『官能』な側面にどんどん光が当たっていきます。そんな『官能』に浸る相手として、上巻では『自称役者の』出張ホストの男、演出家の『志澤一狼太、五十六歳』、夫の高遠省吾、そして最後に大学時代の先輩・岩井良介が下巻での存在感を予感させながら登場しました。そして、下巻では、そんな岩井と香港の街を彷徨う奈都の姿が描かれるところから物語は始まります。『志澤から、もういいかげんに気持ちを切り離さなくてはいけない』と思う一方で『岩井をそのためのテコに使うのは決して褒められた話ではない』と逡巡する奈都は、大学時代の記憶から彼との展開には期待していませんでした。『自分でするよりはましだろうと思った』、『けれど。嬉しい誤算』だったと展開する『官能』な時間。そんな『官能』を『せり上がる頂点。まっさかさまの墜落』と描く場面は見事な比喩に彩られています。『ガラスの針に刺し貫かれるかのような、ほとんど痛みと区別がつかない快感の波動』というその瞬間も奈都を放さない岩井は、『海老のように跳ねまわる腰をかかえこむようにして押さえつけると、ぷっくりと充血しきったそこにむしゃぶりつき、食らった』という強烈な表現。『神経が剥き出しになったしこりを、またしても尖った舌先でまさぐられ、吸いたてられ、耕されて』、『悲鳴をあげながら暴れ狂った』という奈都は『つらい。快感が鋭すぎて、つらい』と感じます。その表現は『腹筋が収縮し、臍の下が攣りそうになる。きつく閉じた瞼の奥で、目の玉がでんぐり返りそうだ』と極まります。そんな風にして岩井に溺れていく奈都が描かれるこの『官能』シーンは、下巻の物語の中で岩井良介という存在を読者に強く印象付けます。

    そんな下巻の物語には三人の男性が登場します。一人は上記した大学時代の先輩でもある岩井。次に『精神科医でありながら三十代で仏門に入り、今は仙台で寺を預かる身』という僧侶の祥雲。そして、俳優の大林一也と『官能』を満たすために男を求め続ける奈都。しかし、一方でそんな奈都は自らが行なっている行為を冷静に見据えてもいきます。『夫の省吾と暮らしながら志澤と「浮気」をし、志澤に突き放されて岩井と「浮気」をし、岩井では満たされない寂しさに大林と「浮気」をした』と『官能』を求めて男を彷徨うかのように生きる奈都。そんな奈都は『自分にとってはどれもが「恋」だったなどと言い張っても、誰が信じてくれるだろう』と冷静に自身を見据えます。

    そして、奈都は、自分の生き方の原点が母親にあるのではないかと気づいていきます。『しつけっていうより、むしろ恐怖政治っていうか』と厳しい母親の元で育ったという奈都は、『うっかり口答えでもしようものなら容赦なく頬を張りとばされる』と自らが育った過去を岩井に語ります。そんな話を聞いて『あなたは、いまだに〈母の娘〉なんだ。その支配から逃れられずにいるんだ』と語る岩井。そんな『母の娘』という考え方を作品に入れたことを”女性は永遠に母親から支配を受ける対象であるという宿命がある。意識しているかどうかにかかわらず、多くの女性が大なり小なり母親への複雑な愛憎を抱えているんじゃないでしょうか”と語る村山由佳さん。そんな村山さんはそのことが”いいほうに働いて自分を律する何かになればいいんですが、足枷になると辛いですね”と続けられます。『どうしていつまでも断ち切れないんだろう』と母親から離れた今もその影響下にいる自分を感じる奈都の姿は、村山さんが指摘する辛さを体現する存在として描かれているのだと思います。上巻で執拗に描かれた夫の省吾からの強い束縛、そして下巻で指摘される離れても逃れられない母親からの影響、そんな強い支配から逃れようともがき続ける奈都は、『官能』の世界の快楽にその逃げ場を求めたのだと思います。しかし、結局は、そんな中で”「いい子」でいなければいけない状況を自ら作ってしまう弱さ”が奈都にはあるとおっしゃる村山さんは、この作品を書きながら”私自身も奈都と一緒になって悩みぬいていました”と執筆の際の苦悩を語られます。

    この作品は下巻に入って『官能』を極めつくすと言っていいくらいに全編にわたって複数の男性との『官能』世界の描写が繰り広げられます。その表現の頂点はどこなのかと思われるくらいに『官能』表現の激しさはどんどん極まっていきます。『太い指が一本、ゆっくりと差し入れられる。奈津は、懸命にそこに力をこめた』、『おしっこだって言う人もいるけど、違うでしょ』、そして『奈津は、獣の声をあげた。だめだ、深すぎる。壊れる… ゆるして、と叫んだ気がする。ごめんなさい、とも』と際限なく描かれるそのシーンは激しさを増し続けます。しかし、不思議なのはそこに穢らわしさを感じないことです。奈都の思いに読者も囚われていく、相手の男性の姿も消え去ってそこに見えるのは『官能』の中に身を浸す奈都の姿のみというこれらのシーン。”本来言葉にするのが難しい感覚を、的確に描いて、読者の感覚を翻弄したい、引きずり回したいという野心があるんです”とおっしゃる村山さん。そんな村山さんの”エキサイティングな部分における一番の挑戦が私にとっては性描写、ベッド・シーンなのかもしれません”と続ける意気込みの強さとその圧巻の筆の力をまざまざと実感しました。

    『ここまで来た以上、もう後戻りはしない』と強い思いを自らの行動の先に抱く主人公の奈都。そんな奈都が『官能』の快楽の世界に身を委ねていく様がこれでもかと描かれるこの作品。上巻を圧倒する濃密な『官能』シーンの連続に危うく放心しそうにもなるこの作品。しかし、読み終えて感じるなんとも寂しい感覚に主人公・奈都が背負う人生の寂寥感をそこに感じました。そんな奈都の感覚をまさかのジョン・レノンとオノ・ヨーコのアルバム「ダブル・ファンタジー」に重ねるこの作品。一冊の作品の中で、人の心の根底にある感情に鮮やかに光を当てた、そんな作品でした。

  • 野獣系の男から、今度は草食系の男に。ようやく落ち着くのかと思いきや、ジョーカー的な男が現れて、今度はそちらへ。
    草食系の男の嘆きが哀しい。

    結局、主題は、
    自由とは、すなわち孤独である。
    自由とは自己責任。自分でしたことは、自分で責任を取るしかない。
    てことかな。

  • これで孤独?よく分からない。
    また?またなの?離婚する事もできなければ、殻を破ることもしない。というか、仕事ちゃんとしてんの?念入りにお手入れと服を選んで、なさっている毎日では?

    性格は男だったって事?男なら当たり前になり得た話でも、女だから違和感があるって感じ?

    初村山由佳なので、どんな作風の作家でどう新境地だったのか、よくわからないのだが、結局何を伝えたかったのだろう?

    あ、読みやすい文章だったのは確かでした。

  • ジョンレノン(とオノヨーコ)のダブルファンタジーは大好きなアルバムなので、タイトルに釣られて読んだ。

    いやあ、男が読んで楽しいか、というと、ちょっと怖い。主人公の奈津は結局作中で夫を含めて5人の男と寝るわけだが、何だか自然にいつの間にかそうなってて、恋多き女とというのはこんなもんなのか。よく分からず。女として好きになるかは置いといて、こういう欲望に正直なひとは、好きかもしれない。

    このタイトルとなった理由として、作中では、男と女が描く幻想はけっして重なることがないから、とある。(読了直後は食傷気味で、あいだを置いて感想を書いているので、あまり正確な記憶ではないが。。)

  • 奈津が、言った言葉も、言われた言葉も自分に思い当たるところがあり、結構刺さる。省吾の情けないところも、私にもそんなところあるなあと思ったり。省吾に自分の気持ちを通せない時も、凄くその気持ちよく分かるなぁ(現在進行形)と思ったり。。。実体験凄い多いんじゃないかと思うくらい、描写がリアルな気がした。
    奈津の年齢が近くて、仕事してて、家庭の外にも世界があるなど、共通するところがあるからかも。
    一人暮らし、本当に羨ましい!
    官能的な部分が多い割に凄く読み込めた。
    でも、好みの問題なんだろうけど私は志澤さんと、大林より、岩井さん派だな。

  • 村山由佳氏の「ダブル ファンタジー」を読みました。
    この作品は第4回中央公論文芸賞、第22回柴田錬三郎賞、第16回島清恋愛文学賞の3賞を受賞しています。
    女性作家による女性の官能小説。
    自分の自由を追い求めるために、自分が傷つき苦しむ。
    それを繰り返すことにより、相手を傷つけていることにも やっと気づく。
    自由とは何と哀しいことか・・

    解説の最後にジャン・ポール・サルトルの言葉が引用されています。
    「人間は自由である。人間は自由そのものである。・・・・・
    われわれは逃げ口上もなく孤独である。そのことを私は、人間は自由の刑に処せられていると表現したい。(伊吹武彦 訳)」

    大人の本でした。

  • 性欲が抑えきれない35歳の脚本家・奈津。

    下巻に入り新たな男性が登場する。

    結果的に一夜を共にした坊主はほんのチョイ役で、下巻の中盤までは仕事で訪れた香港で偶然再開した岩井との関係が描かれます。

    「私と一一友情のエッチ、しませんか」

    そう、岩井との関係は奈津から誘ったものです。

    岩井も妻帯者でいわゆるダブル不倫。

    そして岩井との関係を続けながら俳優の大林との関係をも持ってしまう。

    奈津...

    何故か愛おしく感じてしまいました。


    説明
    内容(「BOOK」データベースより)
    志澤とのかつてないセックスを経験した奈津は、テレビの取材で訪れた香港で、大学時代の先輩・岩井と久しぶりに出会う。夫とも、志澤とも異なる、友情にも似た岩井との性的関係は、彼女をさらなる境地へと導く。抑圧を解放した女性が、官能の果てで見たものは?作家・村山由佳が新境地を切り開いた金字塔的小説。
    著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
    村山/由佳
    1964年、東京生まれ。大学卒業後、会社勤務、塾講師などを経て、93年「天使の卵~エンジェルス・エッグ」で第6回小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で第129回直木賞を受賞。主な著作に、第4回中央公論文芸賞・第22回柴田錬三郎賞・第16回島清恋愛文学賞を受賞した『ダブル・ファンタジー』「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズなどがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

  • なかなか読み進める事が出来なかったのは 男だからか?

    自由はさみしい

    この一言にたどり着くまでに何人の男と寝たのか?

    上巻で冒頭に出てくるホストに「知的な会話(言葉)が…」云々 言ってるが、他に出てくる(関係を持つ)男 まぁまぁなグズばっかりでは?っと思ってしまう。



  • 現実離れした出来事が多くて、完全に主人公に感情移入はできなかったが、女性なら「あ、この言動」「この気持ち」と所々自分と重なる部分がありそうに思った。
    自分とは違う次元の物語ではあり、賛否両論あるようだが私はあっという間に読めてしまった。

  • あまりに衝撃的でエロティックで、咄嗟にこわいと感じた本。だけど、こわいもの見たさと興奮とでページを捲ることを止められず、一気に読了。困ったことに次に読む本が決められない。刺激的過ぎて、もしかしたら他の本では満足できないのかしらん。しばらくこの熱が醒めないかもしれない。

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著者プロフィール

村山由佳
1964年、東京都生まれ。立教大学卒。93年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞をトリプル受賞。『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞受賞。著書多数。近著に『雪のなまえ』『星屑』がある。Twitter公式アカウント @yukamurayama710

「2022年 『ロマンチック・ポルノグラフィー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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