乳と卵 (文春文庫 か 51-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (133ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167791018

感想・レビュー・書評

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  • 文体に関して賛否両論のようだけど、私はこの文体は好きだった。
    小説を読んでる時、私は無意識に主人公のビジュアルを思い浮かべている事が多いが、この小説に関しては全く想像していなかった。
    それはきっと主人公を登場人物の一人として客観視しておらず、主人公の頭の中のフィルターを通して巻子と緑子を捉えているような感覚だったから。
    相手の言葉、感じた事、実際に今見えている物、思い出した事などが独特のリズムでどんどん紡がれていく文体は、まるで主人公の頭の中と一体化しているようで不思議な感覚だった。
    自分自身が関西弁ネイティブというのも大きいかもしれないけど。


    緑子の性に対しての嫌悪感は自分にも覚えがあって、初めて生理が来た時の事を久しぶりに思い出した。
    その時自分はまだまだ子供だと思っていたし、実際に子供だったけど、急に「今日から体は大人になったね、おめでとう」と祝われる感覚が全くわからなくて、混乱して涙が出た。
    当時はうまく言葉にできなかったけど、今思えばあの感情の正体は、まだまだ子供でいたいのに周囲から大人扱いされてしまい、心が置いてきぼりになってしまった心細さと、子どもを産む役割を担った女性として認知され、それがめでたいとされる事で自分の生き方の正解を勝手に決められてしまったという理不尽に対する怒りだ。
    もっと平たく言えば、これから毎月煩わしい思いをしなきゃいけなくなってしまったのに、何がおめでとうだよ、私は別に子供産みたいなんて思ってねーよ、っていうかまだ子供だし。といったところか。

    緑子にもきっと似たような気持ちがあって、更に『自分のせいで母親は可哀相な人生を送っている、母親に感謝はしているが自分はこんな人生は送りたくない』という反発だったり、自分は女性性に嫌悪感を抱いているにも関わらず、母親は豊胸というある意味女性性の誇示とも取れる行為に取り憑かれているやり切れなさが加わって、更に感情が複雑に拗れているのかな。


    特に印象的だったのは卵を割るシーン。
    『卵』という生をイメージさせる物をめちゃくちゃに壊すという行動が、『生きるのはこんなに辛いのだから、みんな生まれてこなければ良い。そうしたら初めから何も無いのだから』という緑子の主張とマッチしていて、その刹那的な破壊衝動に胸が痛くなる。


    そして緑子が巻子に「ほんまのことを話して」と言うシーン。
    緑子の期待する「ほんまのこと」とは一体何だったのだろうか。
    私は緑子は巻子に「あんたの事なんて産まなければ良かった」と言って欲しかったんじゃないかと思った。
    自分を育てるために胸が小さくなり、そのせいで豊胸手術を受けようとしている母親。
    自分のせいで経済的に苦しい思いをしている母親。
    生きていくために仕方なくホステスという仕事をしている母親。
    そんな「可哀想」な母親が「産まなければ良かった」とほんまのことを認める事で、母親がある意味救われるのでは、と母親を思う気持ちと、自分の気持ちなんてもうどうにでもなってしまえと自暴自棄な思いが入り混ざっての「ほんまのことを言って」なんじゃないかと。


    そもそも巻子が豊胸に取り憑かれていたのはなぜなんだろう。
    若さを取り戻したい、とか、女として綺麗になりたい、とかそんな生半可な物では無い気がする。
    巻子自身も緑子を産んだことで、かけがえのない物を手に入れた反面、人生における大切な何かを失ってしまったという感覚があるのではないか。
    豊胸をする事で、自分のコンプレックスに打ち勝った経験というか、置かれた場所で咲くのではなく人生を自分でコントロールしたという自信を手にいたいというか、そんな気持ちなのかなぁ。


    今の所私はこんな風に解釈したけど、これが正解とも思えないので、これからも私は他人の感想を読み漁って自分なりの正解を探し続けたい。
    久しぶりにそんな気持ちになる作品だった。

  • 感想2点。

    1点目は、文体が特徴的で、新鮮な読書体験ができた。日常で、無意識に頭の中に流れ続ける思考をそのまま文章にしてるような感覚がした。普通、考えたことを文章にする際、読み手にわかりやすいようルールに則って、簡潔になるよう心がける。しかしこの作品では、一文が相当長く、鉤括弧などもないためにセリフの初めと終わりが分かりづらい。一見読みづらいのに、頭の中に流れるように文章が入ってきて心地よかった。調べたところ、古文と現代文の融合のような感じらしい。

    2点目は、女性特有のの生きづらさや、女性が特に感じるであろう老化への恐怖のようなものがリアルで引き込まれた。

    私の母親は童顔で、背が低く、声が高いので若く見られることが多かった。でも、ここ数年50を超えて老けたことを相当気にしているように見える。

    2年くらい前に、母親と喧嘩をした時のことを思い出した。何が原因だったか覚えていないが、カッとして最低なことを言った。「シワ増えてきたんじゃない?」その瞬間に母親が泣き出した。

    当時は急に泣き出したことに驚いて、何が何だかわからなかったが、相当傷つけてしまったと後悔している。自分がまだ若いことと、もしかしたら男だからか、老化が怖いという感覚がない。とりあえず、2度と同じようなことがないように気をつけようと思った。

  • 京橋のスナックのホステスが東京まで豊胸手術をしに行く話。思春期の悩みを抱える娘の心情とともに。

    文学的な価値とかは判断できないけれども、ほんま好きやなあと思える作品。これが芥川賞を受賞するという事実に興奮を感じる。文学の世界って可能性があるなあ。

    途中の言い合うシーン。Dr.ハインリッヒの漫才みたいやったな。心地よかった。胸にしみた。

    日常は無数の言葉に溢れている。発した発言が、意味のあるものなのか間を埋めるだけの言葉なのか判断は難しい。いや、両方備えている場合もある。ただ区別関係なく、どちらも生々しい。
    話題に出てくる月経に似ている。意味があるのかないのか。そんなことを考える間もないぐらいに生々しい。

    人は生きている。その確認ができる作品。高尚なものではない京橋の立ち呑み屋のような満足感。でもたぶんそれでいいのだ。それぐらいでいいのだ。

    100年後、200年後とかに、ふと図書館でこの本を手に取った人が同じ感覚を持つならおもしろいな。

    ニヤニヤしながらイライラしながら自己満足しながら自己嫌悪しながら希望を見出しながら不安を抱きながら寄り添いあって人は生きているのだ。


    って「作者はDr.ハインリッヒです」と言われてもほんま納得するよなあ。

    読後に星は4にしようと思ったのだが、感想を書きながら5に改めた。それも生々しい事実なのだ。

  • 強烈な大阪弁で新春期の女の子とその母親の感情を見事に爆破、表現していると思った。私は男性なので、本に書いてあるような生理のことや、豊胸の事などはよくわからないが、思い悩む女性の心情は少しわかった気がした。それはしてもこんなにも強烈な大阪弁で感情を現した本は初めて読んだかも。

  • 卵のシーン、電車に乗っていたのに人目も憚らず泣いてしまった。なんという響き方をするのか。女流作家の女性しか出てこない話を読む男から流れる涙の意味がわからず、この本を作家を好きだった人のことを思い出してあの時、君はこれを読んでいたのかと抱き締めたいような気持ちになり胸が苦しくなった。

  • Hellotalkのイタリア人がイタリア語訳されたこの本を読むと投稿してたので私も読んでみた。もちろん日本語で。

    これ、会話も文章も関西弁だし、イタリア語にしたら独特の言葉回しや呼吸がわかるんだろうか。
    あと男性はどう感じるんだろう?

    私は読みながらどうも自分の歯車とカッチリ合わず、ちょっと不気味で気持ち悪い感じもして、頭をかき回されて黒いうずを作られた感じ。

    巻子が夏子に豊胸手術について延々唾を飛ばしながら語っているあたりは、巻子の言葉が耳から入ってそのまま反対の耳から流れてくようで、そこは夏子の擬似体験かな。
    どうしてそんなに豊胸手術に執着するのかも不穏な気持ち悪さにつながった。

    緑子が書いていた、女は生まれる前から生の元を持っているっていうくだり、厭だ!というのが共感できた。

  • ものすごく修飾語が多くて、読みにくいところも多いが、とても繊細で事細かに伝えたい長い話をする女性の綺麗な文章がよく表現されていた。

    乳と卵も良いが、あなたたちの恋愛は瀕死が最近あった出来事にとても似ていて、共感できる部分が多く、いわゆる毎日違う男性と性交をする女性たちはなぜ「するのか」を問う内容。

    あなたのために生きてるんじゃなくて、自分のために生きている。でも世の中に自分のために生きてる人はどのくらいいるのだろうか。

    化粧や洋服を一生懸命選ぶあなた。

    それは本当にあなたが身につけたいものですか。

  • 娘の緑子を連れて豊胸手術のために大阪から上京してきた姉の巻子を迎えるわたし。その三日間に展開される身体と言葉の交錯。

    「わたくし率…」を読んだ後だからか、川上さんの作品をいくつか読んで慣れてきたからなのか、読みやすく感じました。「わたくし率…」に続いて、相変わらず哲学的なテーマも含まれているのだなぁとぼんやり感じました。おもしろかったけれど、川上作品はまだまだ私には難しいかもです。

    卵を割りながら、卵と涙でぐちゃぐちゃになりながら感情を吐露する緑子、巻子、それを見ていることしかできないわたし。無性に切なくて、泣けてきました。
    「乳と卵」、題材とそれにきちんと呼応する言葉選びがうまいなぁと思いました。身体の話がたくさん出てくるので、このお話も読んでいて、とらえどころのない痛みを感じます。

    『あなたたちの恋愛は瀕死』も痛々しいお話でしたが、光の表現の仕方がとても秀逸に感じました。

  • うわお、考えさせられるね。なんか、女の人が読むと共感できるかも。ちょっと独特だからね。世界が。うーむ、女の人の欲ってほんっと色々あるよね。うーむ、私の欲はなんなんでしょうか。そう感がさせられるな、って思うた。(。˃ ᵕ ˂ *)(女の人にも限らずですが)

  • ************************************************
    姉の巻子は娘の緑子を連れて東京へやってきた。
    目的は、加齢と子育てによって萎えてしまった
    胸の豊胸手術をすることで、熱心に話していた。
    緑子は、そんな母、巻子を嫌悪している様子で、
    半年前から声を発さず、筆談のみとなっている。
    ************************************************
    とにかく読み難い。いわゆる饒舌体。
    この大阪弁の独特の文体に戸惑った。
    何度も途中挫折しかけたし、なんなら流し読み。
    でも読み進めていくうちにだんだん慣れてくる。
    でも、いかんせん疲れる。あとどことなく重い。
    大阪弁のとっちらかってるような会話文なのに、
    何故か重くて暗くて落ち着かない印象があった。
    饒舌体自体が苦手というわけではないのだけど。

    でもこの文体だからこそなのか、
    面白いと思う文章も沢山あった。


    母親の豊胸手術願望に嫌悪感を表す娘の様子は、
    完全に思春期のソレと言って良いと思うのだが、
    それ以上の強迫観念に近い不安感を孕んでいて、
    自分の存在意義を否定されてしまう恐怖と、
    母親に対する申し訳なさや後ろめたさから、
    反発に近い行動をしてしまうところがまた難儀。

    結局母娘は完全に理解し合えたのかは不明だし、
    巻子がここまで豊胸に固執する理由も謎だった。
    それとも実は何か別の思惑があったのだろうか。
    父親に会いに行ったことも、母親の真意も、
    娘の心が解放されたのかも、分からぬまま。

    多感な時期の娘を持つ母親のデリケートは事情は、

    なのかもしれない。
    この台詞は妙に腑に落ちてしまった。

    多感な時期の娘が悩んで悩んで苦しくて苦しくて、
    哲学的な考えに至り不快感を巡らせている最中で、
    母親側はただ女の女たる然をまっとうすべく、
    疑問にさえ思わない無神経に近い潔さで進む。
    そこには思春期の子供との間に壁があるわけだが、
    でも女同士、通ずるものは少なからずあるわけで、
    今はお互いを理解出来なくても、
    優しくなれる関係性でいて欲しいなと思うわけだ。

    ラストの「卵」の使い方が、なんとも見事な感じ。

    なお、この文は少し饒舌体ぽく綴ってみたけど、
    どうですか。笑
    -----------✂︎-----------✂︎-----------✂︎--------
    「夏物語」という、この作品の続編があるらしい。
    さんざん読み難い読み難いと言っといてなんだが、
    やっぱりちょっと読んでみたくは、なる。
    でも結局独特の世界観についていけないかも。笑
    -----------✂︎-----------✂︎-----------✂︎--------

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著者プロフィール

大阪府生まれ。2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。2019年、長編『夏物語』で第73回毎日出版文化賞受賞。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。その作品は世界40カ国以上で刊行されている。

「2021年 『水瓶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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