とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 ---ジョイス・キャロル・オーツ傑作選
- 河出書房新社 (2013年2月15日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (372ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309206158
作品紹介・あらすじ
美しい金髪の下級生を誘拐する、有名私立中学校の女子三人組(「とうもろこしの乙女」)、屈強で悪魔的な性格の兄にいたぶられる、善良な芸術家肌の弟(「化石の兄弟」)、好色でハンサムな兄に悩まされる、奥手で繊細な弟(「タマゴテングタケ」)、退役傷病軍人の若者に思いを寄せる、裕福な未亡人(「ヘルピング・ハンズ」)、悪夢のような現実に落ちこんでいく、腕利きの美容整形外科医(「頭の穴」)。1995年から2010年にかけて発表された多くの短篇から、著者自らが選んだ悪夢的作品の傑作集。ブラム・ストーカー賞(短篇小説集部門)、世界幻想文学大賞(短篇部門「化石の兄弟」)受賞。
感想・レビュー・書評
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何か不吉な出来事が起きそうな気配に満ちていて、ページをめくる手を止められなかった。
というのもそれは偶然降りかかる災難ではなく、人間の狂気が引き起こす災難であるような気がするからだ。そしてそれは実際に、ある程度実現してしまう。あと一歩で想像に至らない生々しさで。
そこにこの作品集の怖さが集約されていると思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
冒頭の「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」はおもしろかった。
他は私には怖すぎる話ばかりだった。
「化石の兄弟」「タマゴテングタケ」は双子の話。愛憎入り混じる… -
愛と憎しみが類義語であるかのような短編集だった。
いろいろな関係性と憎悪のかたち。自分こそがもつべきものを他人がもっているという嫉妬。自分がもっているものを不当に奪われた、あるいは奪われそうだという危機感。そこからうまれる憎悪、羨望、愛情。惹かれるということは、とらわれるということでもあるのではないか? そういうことをかんがえさせられる。
この短編集に書かれているような憎悪の一片でも誰かに抱いたことがあるのなら、またはそういう暴力性を感じたことがあるのなら、ページをめくる手を止められなくなるはず。
文章の雰囲気に馴染めるかどうかでおもしろさはかなり違ってくるとおもう。一文字一文字を丁寧に追うような読み方はあまりしないで、最初にさっと流しながらドキドキする場面やあっと感じたところから読んで、ある程度なれてきたら最初にもどるのがいいかもしれない。 -
金髪の後輩を監禁する少女の狂気を描いた中編の表題作ほか、6つの短編をおさめた作品集。
親子や兄弟姉妹の密な関係を軸に、嫉妬や孤独など負の感情を増幅させて残虐性をまとった、悪夢のような話ばかり。追い詰められ爆発に至る感情をこと細かくリアルに、しかもスピーディーな展開で描いているため、読んでいて逃げ場のない気持ちになってくる。
オープンエンディングのものだけでなく、事件が解決しても後味の悪さの残る作品が多い。 -
読みそびれていたものを、何とか手に取る機会ができたもので。
まず、表題作「とうもろこしの乙女」のインパクトが大きい。あるいきさつがあってデモーニッシュな考えにとらわれてしまった少女と、そのターゲットとして狙われた少女をめぐるお話だが、若さゆえか、明確に獲物を定めてしまったわりには、「えっそんな理由か」という拍子抜け感があり、かえってそこに「いやいや、やるときはそんなもんでしょう」というリアルさを感じる。
この短編集に採録された作品にはどれも、「その人物を狙う理由が明確ではないわりに、ターゲットは恐ろしいほど明確に定められている」という共通点があって、ふんわりした感情の揺れが悪意に変わり、凶行が実行に移される瞬間へのエスカレーションがきわめてリアル。「死ねばいいのに」という憎悪が形になっていく瞬間を描くことではシャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』と同じテーマを扱っているようにも思うが、ジョイス・キャロル・オーツの描く「死ねばいいのに」は、憎悪が形になっていくスピードがすさまじく速い。このハイスピードに乗せられてすさまじい速さで読んでしまい、またたく間に後味の悪さにやられる、というか。
他人への感情の爆発を描いた作品が多いなか、個人的には、中盤の2編に描かれた、自分のコピーといえる人物への嫉妬・憎悪は萩尾望都『半神』を見るようで面白かった。 -
ジャンルは推理を必要としないミステリー、ホラー、ファンタジーを少しずつ混ぜて、最後に余韻を残す短編集。人の内面の闇、狂っているような部分を強く描いてる。字は小さめぎっしりだけど、ぐいぐい読む。
とうもろこしの乙女、ベールシェバ、猫が出てくる私の名を知る者はいない、化石の兄弟、タマゴテングタケ、ヘルピング・ハンズ、頭の穴。 -
「とうもろこしの乙女、ある愛の物語」嫌らしくて汚らわしい冷酷な少女のジュードだがどこかに悲しみをひそませて描いてあるのがすごい。相手(マリッサ)には迷惑極まりないが、激しい愛の物語なのかも。毒気にあてられたw「ベールシェバ」これもまた凄まじい恨みが素晴らしくたまらない。ベールシェバとはイスラエルの地名で旧約聖書で登場する荒野である。荒野で彷徨う無責任な男ブラッドは神と和解できたのか?「私な名を知る者はいない」ジェシカの混乱がいたましい。「化石の兄弟」人は胎児の時から悪魔や動物のように浅ましいと納得した。良くも悪くも人は変わらないのかもしれない。「タマゴテングタケ」こちらも双子の話だがちょっとコミカルだった。「ヘルピングハンズ」「頭の穴」上流階級で知識も教養もある世間知らずな人が転落していく。狂った人々のおぞましい話だけれど悲しみみじめさ哀れさを内包する「人」が描かれていてホラー、ミステリの枠を大きくはみ出している。凄かった。
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1つの中編と6つの短編。狂気とか悪意、嫉妬、保身、依存といったものたちに絡め取られていく。まさに7つの悪夢。怖かった。似ていない双子の話が2編。
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何だろうなあ、これは。ザラザラでもネバネバでもなく、それでいて陰湿で悪質な黒という印象。溢れこぼれる自意識と狂気がとにかく怖いのだが、そこに染みこんでいる不器用な憧れや願いには不思議と共感できる。しかし続けて読むと拒絶反応が起きるのか、体が不調を訴えるため、時々休憩をはさまなければならなかった。
表題作でもある「とうもろこしの乙女」は、緊迫感に満ちた不可解でおぞましい事件の流れと、登場人物たちの爆発し(かけ)た自己顕示欲や鬱屈した心情に引き込まれた。その他、双子の兄弟の愛憎とある種の絆を描いた「化石の兄弟」「タマゴテングタケ」、頭蓋骨をゴリゴリやってピューッの「頭の穴」など……本を閉じる頃には無性に甘いものが欲しくなる、七つの中短篇だった。