JR上野駅公園口 (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
3.14
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本棚登録 : 3732
感想 : 377
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  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309415086

感想・レビュー・書評

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  • 全米図書賞受賞作。しかし、何の気なしに手にする本ではなかった。

    上野公園でホームレスをしている昭和8年生まれの72歳の男性。
    彼の人生の記憶が波のように押しては返す。

    上野の雑踏で 目に入る(見るではなく)もの、耳にする(聞くではなく)音が、蓋をしたはずの彼の記憶を否応なく刺激する。

    彼は後悔の海を漂い、他の感情をほぼ失っているのだが、こう述懐する。
    「自分は悪いことはしていない。他人様に後ろ指を差されるようなことはしていない。
    ただ、慣れることができなかったのだ。人生にだけは慣れることができなかった。人生の苦しみにも、悲しみにも・・・喜びにも・・・」

    これに私は衝撃を受けた。この人は私なのかもしれないと感じた。

    作者はあとがきで、ホームレスと、震災で家を失った人たちの痛苦が相対したと書いている。

  • 福島出身の男は、東京オリンピックの前年に出稼ぎのために上野駅に降り立つ。
    この頃は、出稼ぎに出ることは普通であったのかもしれない。
    男は、盆正月以外家に帰ることなく仕事をし続ける。
    21歳だった長男を亡くし、そして父、母…と。
    家に戻り年金で夫婦で暮らしていたが、妻をも亡くし、ふたたび足を向けたところは上野だった。
    上野でホームレスとなる。

    何故に上野に…なのか?
    生き続けるのも辛いのか…?
    なんとも息苦しい、暗い、と感じてしまう。

  • 久々に柳美里さんの小説を読んだ。
    全米図書賞ということで、話題になった本。

    同じ日に生まれた二人。
    一方は公園に招かれ、一方は公園から排除される。
    柳さんが「山狩り」を見たことがこの小説執筆のきっかけになったと言う。

    「見えない人」であるホームレス。
    でも、人生はあった。人より運がなかっただけだ。
    読んでいて、ただただ悲しくなった。

    (2021.2.5追記)
    凪紗さんのレビュー読んで、全面的に「そのとおりだ!」と思いました。

    全米はこの小説の何を評価したのか?気になるところ。

    あと、主人公が自死したのか否か?
    はっきりとは書かれていないと思いました。
    そう決めつけて読む方がストンとは落ちますが…

  • 2020年の全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞したということで読んでみた。

    内容は、上野公園に住むホームレスの男性を主人公にした、孤独と死を主題にした小説。
    主人公の男性は、1963年福島県南相馬郡から東京に出稼ぎにきた。人生のほとんどを東京で過ごし、妻や子供に会えるのは盆と正月のみ。そんな彼の人生に無常にも次々と訪れる愛する者の死。
    そんな彼は自らの人生の意味をひたすら考える。
    そして彼が至った結論とは・・・。

    非常に考えさせられる小説だった。
    小説全般に流れる主人公の感じている疎外感を読者も同じように感じることができる。

    この本がどのようにアメリカで受け入れられたのだろう。
    翻訳文を読んでいないのでここに書かれているニュアンスがどの程度英語の言葉で表現されているのか分からないが、こんど英文で読んでみよう。

  • 柳美里『JR上野駅公園口』河出文庫。

    全米図書賞・翻訳文学部門受賞作。

    いつか故郷へ帰ることに微かな希望を持ちながら東京の玄関口と言える上野に留まる人びと……ホームレス……家族と帰る場所を失った男の物語。読んでいると、様々なことが頭の中を過る。

    欺瞞と矛盾に満ちたこの国は、天皇や皇族に国の暗部を、本当の姿を見せようとしない。上野公園に住まうホームレスは天皇や皇族が傍らを通り過ぎる際に移動を余儀無くされる。一体何時の時代の考え方なのだろう。そのくせ政治家は平気で悪を働きながら、悪政を続けながらもその地位に居座り続ける。

    息子を東京で失い、失意の中、妻をも失い……次いで福島県南相馬市の故郷も、何もかも全てを失い、ただひたすらさ迷う男……人間は決して平等ではないし、いくら努力しても叶う希望など無いのかも知れない。それに気付かずにあがき苦しむ不幸。

    本体価格600円
    ★★★★

  • 柳美里さん「夜ノ森駅」執筆構想 全米図書賞受賞作の対なす物語:福島民友ニュース:福島民友新聞社 みんゆうNet
    https://www.minyu-net.com/news/news/FM20201224-570470.php

    全米図書賞の翻訳部門を受賞した柳美里『JR上野駅公園口』の功労者は誰か | HON.jp News Blog
    https://hon.jp/news/1.0/0/30120

    柳美里さん「居場所ない人のために」 全米図書賞で会見:朝日新聞デジタル
    https://www.asahi.com/articles/ASNCM4RHSNCMUCVL012.html

    「東京の“真の姿”を知りたいなら、この10冊を読みなさい」 | クーリエ・ジャポン
    https://courrier.jp/news/archives/205096/?ate_cookie=1594768607

    JR上野駅公園口 :柳 美里|河出書房新社
    http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309415086/

  • 2020全米図書賞(翻訳部門)受賞作品。

    物語というより散文詩のようで、語句ひとつひとつの美しさは感じるものの、全体を通してとても抽象的です。
    意味があるのか分からない擬音と会話、過剰に多用される改行と「……」。

    天皇制の怖ろしさや震災後の東北出身者の生活、ホームレスの実態を丁寧に描いたとのことですが、何しろ作品が抽象的なので…あまり理解できませんでした。

    ひとつ感じたのは、人は人を見て「女性」「若者」「子供」などその人が何に属するのか判断しますが
    ホームレスの場合「ホームレス」でしかなく、男女も関係はなく、しかもまるでそのホームレスが見えていないかのように擦れ違います。

    ホームレスが生きていようがいまいが、突然消えようとも、誰にも分からない。
    死がいつも身近に存在しているようで、私には得体の知れない不安を感じる作品でした。

  • ことわざアップデート大賞2020は
    「長い物には巻かれろ」
       ↓
    「全米が泣いたら泣いとけ」
    でした。うまいなあ。

    というわけで2020年全米図書賞受賞
    「TIMEが選ぶ今年の100冊」の
    『JR上野駅公園口』を読みました。
    柳美里さんの小説は初めて。

    暗いです。
    平成天皇と同い年の男が、貧乏だし、出稼ぎばかりで
    家族と関わることが少なく、また大事な家族が次々亡くなり、最後は震災。
    しかも福島なんだけど、元は富山から来たよそ者。

    上野というところには美術館がたくさんあって
    東京文化会館ではバレエも見れるのに
    そういうこととは無縁の主人公。

    小説の中の「身内の死」では、今までの中でトップ5に入る位悲しかったけど、アメリカでの賞はそういうことではないですよね?
    アメリカ人の感想が知りたい。

    それと、いくつかのレビューに「主人公が自死」とあったけど、私にはわかりませんでした。
    文化人の皆さんの書評が読みたい。

  • 「諦念」という言葉が先ず浮かんだ。読んでいて愉しい類いの作品ではないが、貴重な読書体験になった。感謝。

  • 上野公園に住む福島出身のホームレスが自身の生涯を振り返る形で、ホームレスの生活や、世の中の理不尽さを、描いた小説。しかも最後のシーンは、彼に優しくしてくれた孫娘が、東日本大震災の津波にのまれるという、ホントに救いのない話で、前向きになれる要素がなく、ずんと重い、モヤモヤした読後感が残った。

    著者は実際に、上野公園のホームレスの人たちにインタビューしたそうで、その暮らしぶりなどはかなりリアルなんだと思う。
    どんなにがんばっても貧困から抜け出せない人、景気の変わり目でうまく適応できずにホームレスになった人、そして、主人公のように、息子を早くに亡くし、何十年にもわたる出稼ぎを終えて家に戻って間もなく妻にも先立たれ、やるせなさから抜け出せず、人生の意味を見出だせなくなってしまった人など、その過去を知ると、誰でも何かの拍子にホームレスになる可能性はあるのだと思えてくる。
    それでも、皇室の方が上野の博物館美術館にお出ましになれば、"山狩り"が行われ、立ち退きの指示に従順に従い、居場所を失なっていくホームレスがいる一方で、おそらく皇室の方々は、自分達が出かけることで、そうやってさらに隅に追いやられる人たちがいることをご存じないだろう。

  • 都知事は高らかに「ステイホーム」と宣わったが、屋根つきのホーム(家)も、帰郷できるホーム(故郷)も、両方もたない数多の人々がいる。

    見て見ぬふりをされるホームレス。

    出稼ぎ労働者として、ほとんど会えもしない家族への仕送りのために、オリンピックの運動場をつくるなどして働いてきた。

    上野のホームレスには東北出身者が多い。福島の訛りを笑われたくないために口数の少ない男。
    それだけに心の声が強く響いてきた。それは後悔というより疑問。
    電車のゴォーという轟音そしてギギーという軋む音、駅のホームで始まり駅のホームで終わる構成、行き場を失った男の叫びが痛い。

    全米図書賞受賞。
    格差の国で書かれ読まれる本だ。

    英語訳が気になる。
    機会があればそれを読みたい。

  • 内容が面白くないし、主人公にも魅力がないから、それだけでいえば星1つ。
    が、一読後 始めに戻って何度も読み返したり、多くのレビューや考察を読んで深く考えさせられたりして、あるいみでは満点なので、まんなかの星3つ。


    主人公・森 一男が、ホームレスにならざるをえなかったのではなく、あえて選んでホームレスになったことに、どうしても共感できなかった。

    30年以上出稼ぎして仕送りした結果の、立派に家と家族とよべるものがあって、なぜホームレスを選択した?

    東北の玄関口の上野に吸い寄せられたのはわかるだけに、肝心のホームレスになった理由に共感できないのがもったいなさすぎる。

    そんな彼に、福島、原発、天皇、浄土真宗、薔薇、津波はどう考えても絡めすぎ。
    すべて一人の人間が背負っていてもおかしくはないが、この作品では巧くなかった。

    いろいろ惜しい。

  • 柳美里さんの著作、ブクログ登録は2冊目。

    柳美里さん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。

    柳 美里(ゆう みり、유미리、1968年6月22日 - )は、在日韓国人の劇作家、小説家である。国籍は韓国。劇団「青春五月党」主宰。

    神奈川県横浜市中区出身。横浜共立学園高等学校中退。1993年、最少年で岸田國士戯曲賞を受賞後、1994年に小説家デビュー。1997年芥川賞受賞。

    現在は福島県南相馬市在住。 家族は長男と内縁の夫。父親は元・釘師。母親は不動産会社を経営。

    今回手にした、『JR上野駅公園口』は、その英訳版『Tokyo Ueno Station』が、2020年に全米図書賞を受賞しました。
    それで、この本を手にしたのですが、単行本は2014年に刊行されており、わりと前に書かれていました。

    柳美里さんの作品には、居場所のない主人公が良く登場するように思えます。
    この作品の主人公は、ホームレスになってしまった方でした。

    この作品の内容は、次のとおり。(コピペです)

    一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた――東京オリンピックの前年、出稼ぎのため上野駅に降り立った男の壮絶な生涯を通じ描かれる、日本の光と闇……居場所を失くしたすべての人へ贈る物語。

    ●2023年3月12日、追記。

    本作とは関係ないが、著者が、本日の聖教新聞紙上インタビューで、良いことを言っています。

    以下に転載します。

    私は若い時、「なぜ私だけがこんな目に遭うんだろう」と、自分を不幸だと思ってきました。けれど、小説家になってからは、「確かに不幸だけれど、その不幸に不服はない」と思って書いていたんです。ある意味で、開き直りといえるかもしれません。
    ただ、今になって思うのは、痛みのない人はいないということです。
    生きることは、いつか死ぬこと。どんなに好きなものがあって、どんなに大切な人がいても、最後は「さよなら」しなければならない。それがいつかは分からないけれど、死ななければいけないということを知っているというのは、それ自体が大きな悲しみ、根源的な苦しみではないでしょうか。
    一人一人、違うけれど、誰もが痛みや悲しみを経験している。「あなたの悲しみは分かる」などと安易には言えませんが、悲しみを自分の前に小さなともしびのように置くことで、人の悲しみを照らすことができると思います。

  • 上野恩賜公園は劇的に変わった。
    かつてはブルーシートの小屋が立ち並び、子供が通ると少し恐怖心を煽ったが、今は一見一掃された様に見え、とても“綺麗に“なっている。

    炊き出しに沢山の人が集まる様子を見ると、普段はどこにいるのだろうと思ってしまうほどだ。

    上野恩賜公園は本当に綺麗になったのだろうか。
    排除や隠蔽はベストな選択なのだろうか。

    上野恩賜公園の変化を「良い変化」と捉えていた自分の未熟さを恥じると共に、現実的に今の自分には出来る事がないという虚無感が読後も離れない。

  • 全米図書賞・翻訳文学部門受賞作と舞台と言うことで、上野駅の構内にある本屋でやたらプッシュされていた作品。
    この作家さんは、ほとんど読んだことがないが、評価も高いし、続編も出ているし、とりあえず読んでみた。
    主人公は昭和天皇と同じ年に、現在の福島県南相馬市に生まれた、上野公園を根城とするホームレスの男性。
    若い頃は、1964年の東京オリンピックの建設工事など全国各地に出稼ぎ、家族を養ってきたが、若干21歳の息子を亡くし、60歳を過ぎて、ようやく自宅で妻と暮らせた矢先に妻が急死し、東京に出て、ホームレスとなる。
    上野と言うと、「東京の北の玄関口」と言われ、東北や北関東出身の人間からすれば、東京の中でも身近な憧れの地。
    私個人も、子供の頃に祖母に連れられた行った上野の思い出が今でも印象的。
    そんな上野の光と影。
    憧れの地だからこそ、そこでホームレスとして暮らす主人公の複雑な心境が伝わるようで、淡々とした文章が邪魔をしている気がする。
    皇室の方々が上野を訪れる際には、通達が出されるとは知らなかった事実。
    現上皇様と同じ日に生まれた息子を21歳で亡くし、その皇太子から天皇になったお姿を沿道から見つめるラストシーンが印象的。
    個人的に天皇制には不満はないが、皇室の方々に目隠しされる日本の実情を、皇室の方々が知ったらどう思うのだろうか?
    行き当たりばったりの日本の平和を、「平和」と呼ぶのはどうなのだろうか?
    やるのかどうか分からない今回のオリンピックの時にも、こういう人たちはまた存在を隠されるのだろうか?
    文章自体は微妙だったけど、いろいろ考えさせられる内容だった。

  • 最初から最後までずっと暗くて、主人公の悲惨な人生が読んでいて辛かった。ちょっと、気分が滅入ってしまった。

  • 華やかな表舞台の「天皇制」「東京オリンピック」側の人達と、同じ時代を苦難の中で生きざるを得なかった「東京オリンピックの工事などに携わった出稼ぎ労働者」で「ホームレス」の老人男性。
    フィクションでありながら不公平な日本の闇を描いたノンフィクション的な面もある複雑な読後感の作品だった

  • 福島県相馬郡で暮らしていた主人公が人生の最後に上野駅周辺でホームレスとなり、その生活の中で故郷や家族、そして自分の人生を振り返っていきます。平成の天皇と同じ年齢で、皇太子(今上天皇)と同じ日に生まれた息子がいて、昭和天皇の行幸の場に居合わせたことがあり、というふうに、日本という国に住む者のいっぽうの極ともういっぽうの極の対比で見せる構図でもあります。ここで気付くのは、どちらにしても人間的な油っこさが薄く感じられること。しかしながら、主人公のようなホームレスにはまったく力がなく、天皇などの皇族が上野周辺での行事に訪れるときには、一方的に「山狩り」とも呼ばれる特別清掃で一時的にダンボールやブルーシートの小屋を片付けさせられます。

    まるでノンフィクションのように綴られていく小説世界でした。リアリティーの描き方が、語彙と勉強によって支えられているように読み受けました。僕だったら、たとえば札幌の街中を歩いて、そこかしこで目にする事実の由来や理由についてまったくわからないどころか気付きもせず歩き流していくところでしょうが、しかしこの小説では、その故郷の土地での仏教の宗派の歴史とそれによって出来あがった現実の空気や力関係などもそうですし、警察車両の種類やその目的など、そして上野駅周辺の映画館の種類など、生活周辺域への認識の踏み込みが言語化できるほど深いです。小説世界の組み立て、建物でいえば柱や梁などの構造部分にあたるようなところ、そこをしっかり克明に書いていくことで、現実との境界をきっちり区切ったものではなく、ある現実のひとつとして読めてしまうような作品になっているのではないでしょうか。

    そうやって描き出されたものは、日本の社会全体で見ないふりをしてきたことや、無関心のなかに葬ってきたことだと思います。主人公は若い時分からよく働き長いあいだ出稼ぎにも出て仕送りをしてきました。それは家族のためでもあり、同時に高度経済成長期を支えてもいたのです。酒も飲まず遊びもしない主人公は、労働のきつさにも紙一重で負けず、真摯に生きてこの社会のインフラ面などの力になってきた。いわば数多くの功労者のひとりなのですが、老いてから、孫娘に面倒をかけるわけにはいかない、と再上京してホームレスになってしまう。

    要領が悪かったとか不器用だったとか「個人のせい」で片付けられるものでもないと思うのです。社会の構造からして無数にエアーポケットがあるのだと感じました。人に頼らず自活し、他人に迷惑をかけないことを徳とする倫理観はこの国では強くて、小さなころから空気といっしょに吸い込みながら成長してしまいます。そうやって自然にこの倫理観と一体化してしまうがゆえ、ちょっとした不運や不幸で人生の大きな転換を、それもネガティブな転換を迫られてしまう。

    社会へと「こういう疑問を気付いてみませんか? そして考えてみませんか」と投げかけられ問いかける作品でした。最後に、151pにある一文で締めたいと思います。

    <自分は悪いことはしていない。ただの一度だって他人様に後ろ指を差されるようなことはしていない。ただ、慣れることができなかっただけだ。どんな仕事にだって慣れることはできたが、人生にだけは慣れることができなかった。>

    強い風が吹いて飛ばされてしまったら、もうそのまま。そんなふうな社会環境ではよくないな、というのは、東日本大震災で甚大な被害があった人々を想ってもそうですし、今のコロナ過でもその窮状に対して無関心にさらされる人々を想ってもそうです。

    いまより一歩でも「よい」と思える社会を作っていくために必要な「問い」のある、力のこもった作品でした。

  • クリスマスに頂いた本。

    山狩りという、行幸直前の特別清掃を取材したもの。
    ある男性の人生。
    天皇陛下の歩みとリンクしながら。

    期待していたよりサラッとしていました。

  • この作品を読んだきっかけは、全米図書賞の翻訳賞をとり話題になったため。
    初読の際は、暗く重いイメージという印象しか持てなかった。読了後、この作品の何点かの書評を読んでいるうちに英文に翻訳したモーガン・ジャイルズさんが某新聞社のインタビューに答えたコメントを目にし、衝撃を受けた。思った以上に若い翻訳者が、外国語である日本語で書かれたこの作品をここまで読みこなしているのに、自分の読解力のなさに恥ずかしい。手許においてじっくりと読みこなしたくて、今回本を購入し、再読した。

    ジャイルズさんインタビュー抜粋 ①
    ――···この小説の内容を、どう表現しますか
    「···戦後日本の繁栄は、主人公のような低賃金、重労働の人たちによって支えられました。東京五輪のための建築物などがそうです。でも、その人たちが個人的に、繁栄の恩恵を受けることはありませんでした。日本社会がいかにして成り立っているのか、一般常識への異議申し立てです」

    外国の文学賞受賞作と聞いて、多くの日本の読者は、日本人としてのアイデンティティーをくすぐられるような作品を期待して読み始めたであろう。が、実際は社会の日の当たらないところで人生を送った人物が主人公、最後まで希望が見えない作品に、やや期待外れと感じたかもしれない。少なくとも私はそう感じた。「臭い物に蓋をする」という諺があるように、不都合なことには無関心、見たくないものには素通りで見なかったことにする国民性を少なからず私達は持ちあわせているのだろう。ジャイルズさんのコメントは、無感覚な自分を気づかせてくれた。

    この作品は、ホームレス問題、出稼ぎ、幾度か戦場となった上野の過去と現在、東日本の震災、主人公やその家族との対比として描写される皇族、そして郷土の宗教宗派の違いによる葬式事情について等、多岐にわたってに書かれた社会派小説である。宗教色が強く、土地の風習に沿って行われた冠婚葬祭の在り方は、コロナ禍の影響を受け、今後簡略化されるであろう。だからこそ、こういった記述は記録として貴重だと思う。

    ところどころ挿入されるのは、ホームレスとなった主人公の耳に入ってくる会話だろうか。主人公とは関係ないところで世の中は動いているこれらの会話は、ホームレスに陥った人に一層孤立感を感じさせる。それでも、まだ耳に入り、言葉として意味を成してるうちはどこかで社会とつながっていると希望を持たせてくれるのだが...。最悪の結果で終りを迎える。
    唯一、作家の美しく余韻を残した文章が、重い雰囲気を救ってくれる。

    ジャイルズさんインタビュー抜粋 ②
    ――···この小説に、希望を見いだすことはできますか
    「小説の内容自体に希望はないかもしれません。でも、私にとっては、東京都民がふだんは思いをはせないような、めったに声を聞かないようなホームレスの人たちの葛藤に目を向け、そこに共感を覚えたとしたら、それが希望なのかと思います」

    読み込むほどに、深いがテンポよく簡潔にまとめられたすばらしい作品だと思う。またいつか読んでみたい。その前に、ジャイルズさんの翻訳を、原作をもとに読み比べられたらいいな...。

  • 福島県相馬で、昭和天皇と同じ日に生まれた一人の男の不遇の生涯。東京五輪の前年、出稼ぎのために上野駅に降り立って以来、37年間の結婚生活で妻(節子)と一緒に暮らした日は、全部合わせても一年もなかった。妻は二人の子を産み育て、老いた両親の面倒を見ながら野良仕事に励むなか、長男(浩一)が21才で急逝、追うようにして妻が65才の苦難の生涯を閉じる・・・帰る場所を失くした男は、上野公園に集まるホームレスの一人に。落ちた銀杏や賞味期限切れのコンビニ弁当で食いつなぎ、週刊誌やアルミ缶を拾う悲愴の物語。そして大震災が・・・。

  • ノンフィクションとフィクションが入り混じる背景を舞台に主人公のそして帰る場所を無くした人達の祈りのような、喪失の物語。
    あとがきにもあるように著者は取材で「あんたには在る。おれたちには無い。在るひとに、無いひとの気持ちは解らないよ」と言われたらしい。それでも参考文献の多さが物語るように何が何でも形に残したかったのだろう「ーー二者の痛苦を繋げる蝶番のような小説を書きたい」と書いてある。そのエネルギーを感じた。
    私も、底辺かもしれないが彼らよりも切羽詰まってはいない、帰る場所もある。寝る場所があれば、温かいご飯があり裕福ではないが買いたいものも多くを望まなければ買える。だから彼らからして私は"在る"のだろう。
    それでも過去に私は少しだけホームレスのような生活をしたことがある、だから他人事ではなかった。ただ小説としての凄みは感じられたが、根底を揺るがすものがなかった、それに関しては残念だった。

  • この小説のすべてが、解決できない貧困と、生まれながらの環境による不条理を押し付けられる主人公。象徴天皇との対比に作者は死者への思いと現代社会の光と闇の問題を提起しているのだと思った。

  • 考えさせられたけど、全体に漂う暗い感じが好きになれなかった。

  • 怖い。

    私は、浅い人生を歩んでいるのかもしれない。
    まだまだ未熟者だからなのかもしれない。

    生きる、死ぬ……。
    死は、私が考えているよりもはるかに
    近くにいるのかもしれない。
    生きるのは、暮らすのは、
    同じ年に生まれ、同じ日に生まれたのにも
    かかわらず、こんなにも生き様が違う。
    人の数だけ、生き方、道はあるんだ。
    羨んだり、蔑んだり、荒んだりする必要はない。
    わかってはいるのに、優劣を感じてしまう。

    人と比べてしまう、自分の浅はかさがむかつくし、怖いと感じた。

  •  昭和天皇と同じ年に生まれた主人公の上野でのホームレスの生活を描きつつ、過去のことを回想する物語。時間が行きつ戻りつし周りの人の意味があるのかないのか判断が付きにくい生活の話が挟み込まれ、難解な話だった。
     作品全体を通し死の影が纏わりついていて、生きて生々しく生活しながらも些細なことから過去を思い出してしまい、如何に主人公がいろんな人や物に囚われているのかが分かった。本文中に出てくる「つくづく運が悪い」という主人公への評は昭和天皇と同じ年に生まれたということも含め、多くのしがらみから最後まで抜け出せないことを端的に表していたと思う。
     結局、最終的に自殺という結論に至ったのを、読んだ時こそ逃げやよくある結論に感じていたが、いつでも死に囚われていた主人公からすると身近なことだったからなのかもしれない。

  • 帰る場所がある。しかしそれは家族がいるということ。故郷も誰も居なくなれば辛い。居なくなる現実から目を背けてしまいたくなる。

  • 全米図書賞(翻訳文学部門)受賞したベストセラー本。
    放言や擬音が次々と出てきて、それらをどのように翻訳したのかと、内容より先にそちらが気になってしまった(( ´艸`)。
    出稼ぎのため東京に出てきたあと一時帰郷し、再び上京したときはホームレスとなった福島県相馬郡出身の男が主人公。
    「自分は悪いことはしていない。ただの一度だって他人様に後ろ指を指されるようなことはしていない。ただ、慣れることができなかっただけだ。どんな仕事にだって慣れることはできたが、人生にだけは慣れることはできなかった。人生の苦しみにも、悲しみにも・・・喜びにも・・・」と、上野でのホームレス生活を語る。
    ホームレスたちは、上野公園の諸施設に天皇や皇族が訪れるたび「山狩り」と呼ばれる排除が行われる。
    著者は、この男の誕生日を「天皇」と同じ1933年生まれとし、その対比により、日本の光と闇とを浮かび上がらせる。

  • 福島の貧しい家庭に生まれ、上野公園のホームレスになった人生を、現在の上野周辺の光景を織り交ぜながら回想するような作品です。
    街ゆく人々の切れ切れの会話や風景の描写は「ホームレスとして道の傍に座って眺めていたらこんな感じかな」と思わされます。
    そんな光景を頭に浮かべながら、じっくり読むのがおすすめです。

    前の東京オリンピックも、2020年に予定されていたオリンピックも華やかに浮かれている背後には、出稼ぎ労働やホームレスの特別清掃等、豊かさから排除された存在があることを感じ、何ともやるせない

  • 柳美里さん、名前はもちろん存じ上げていたのですが、いままで読まずにいました。
    全米図書賞受賞もあり話題となっているので、初めて読みました。
    この小説の語り手(主人公)は私たちの父母の年代。
    平成天皇と同じ年にうまれ、早逝してしまう息子 浩一は令和天皇と同じ。私も同じ年生まれなので、まさに自分の生きてきたこの人生そのものとも言えます。

    JR上野駅は、新潟県出身の私にとっても東京の玄関口、この国の首都、華やかな歴史の表舞台への玄関口とも言える場所。
    しかし、その華やかな世界への入り口の周囲には、この小説に描かれているように、天皇制を軸とした正史には描かれない陰の存在が集う場所。

    そういえば、私が子どもの頃は「皇室アルバム」なんていうTV番組も放映されていたなぁ。
    父母の来し方、自分の来し方を振り返るよい機会を与えてもらったような気がします。

    そして、あらためて、この国のありようを考え直さないと、と思いました。

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著者プロフィール

柳美里(ゆう・みり) 小説家・劇作家。1968年、神奈川県出身。高校中退後、劇団「東京キッドブラザース」に入団。女優、演出助手を経て、1987年、演劇ユニット「青春五月党」を結成。1993年、『魚の祭』で、第37回岸田國士戯曲賞を受賞。1994年、初の小説作品「石に泳ぐ魚」を「新潮」に発表。1996年、『フルハウス』で、第18回野間文芸新人賞、第24回泉鏡花文学賞を受賞。1997年、「家族シネマ」で、第116回芥川賞を受賞。著書多数。2015年から福島県南相馬市に居住。2018年4月、南相馬市小高区の自宅で本屋「フルハウス」をオープン。同年9月には、自宅敷地内の「La MaMa ODAKA」で「青春五月党」の復活公演を実施。

「2020年 『南相馬メドレー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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