ラテンアメリカ怪談集 (河出文庫)

制作 : 鼓直 
  • 河出書房新社
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感想 : 17
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309464527

感想・レビュー・書評

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  • 日本人が怪談と言われて思い浮かべるタイプの作品は
    ほとんど入っていないので、
    看板に偽りあり、なのだが、
    面白かったので許す(笑)。
    また、タイトルに「ラテンアメリカ」と
    冠されているが、
    ブラジルの文学は含まれていない。
    収録作はスペイン語で書かれた小説で、しかも、
    15編中8編はアルゼンチンの作家によるもの。
    全体的に、意外にしんみりしたムードが漂う。

    以下、多少のネタバレ感を醸しつつ……。

    ■ルゴネス「火の雨」(アルゼンチン)
     ある日、燃える銅の粒が雨のように降り注ぎ、
     建物や人や動物を焼き始める。
     単身、享楽的な生活を送っている
     中年男性の語り手は、
     驚き、恐怖を感じながらも、
     諦めと共に恍惚とした気分で運命に甘んじる。

    ■キローガ「彼方で」(ウルグアイ)
     両親に交際や結婚を反対された娘は
     青年ルイスと心中し、自由の身となって、
     嘆き悲しむ家族の様子を眺めていたが……。

    ■ボルヘス「円環の廃墟」(アルゼンチン)
     再々読。
     夢を媒介とする単性生殖の神話。

    ■アストゥリアス「リダ・サルの鏡」(グアテマラ)
     富裕な一家の息子を慕う貧しい娘リダ・サルは、
     恋を実らせるというまじないを行ったが……。

    ■シルビナ・オカンポ
     「ポルフィリア・ベルナルの日記」(アルゼンチン)
     8歳の少女ポルフィリアの家庭教師となった女性、
     アントニアの恐怖体験。
     女家庭教師の不安と子供たちという設定は
     ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』(1898年)を
     彷彿させる。
     異常なのは語り手か、
     それとも異様に大人びた少女なのか。
     ちなみに、作者はビクトリア・オカンポの妹で、
     ビオイ=カサレスの妻。

    ■ムヒカ=ライネス「吸血鬼」(アルゼンチン)
     東欧の小国の国王の従兄弟に当たる
     フォン・オルブス老男爵は、
     ロンドンのホラー映画専門の制作会社に
     白羽の矢を立てられ、
     新作の主演を務め、尚且つ、
     居城を撮影場所として提供してほしいと
     持ちかけられた。
     経済的に困窮していたため
     申し出を受け入れた男爵は、実は吸血鬼で……。
     そのまま映画になりそうな、
     とぼけた味わいのホラーコメディ。

    ■アンデルソン=インベル
     「魔法の書」(アルゼンチン)
     ブエノスアイレス大学講師ハコーボ・ラビノビッチは
     古書店で奇妙な手稿本を見つけ、3ペソで購入した。
     それは、いわゆる「さまよえるユダヤ人」が綴った
     ユダヤ世界の歴史と個人史だったが……。
     「書く」「読む」という行為と
     「書かれたもの」を巡るウロボロス的な物語。
     ところで、ボルヘス『エル・アレフ』
     https://booklog.jp/users/fukagawanatsumi/archives/1/4582765491
     で「不死の人」を読んだとき、
     サラッと流してしまったが、冒頭、
     貴族の女性にロンドンで『イリアッド』を売った
     骨董商ヨセフ・カルタフィルスという名が
     出てくるけれども、
     これは、刑場へ引かれるキリストを侮辱した罰として
     死ぬことも出来ず、永遠に世界をさまようと言われる
     ユダヤ人が(13世紀の)イギリスに
     その名で現れたという伝説を踏まえていたのだと、
     今頃気づかされた――というより、
     別個のものであるはずの二者の合一を描いた
     この作品(1961年発表)は、
     ボルヘス「不死の人」の影響を受けて
     書かれたのかもしれない。

    ■レサマ=リマ「断頭遊戯」(キューバ)
     舞台は古代の中国。
     ラテン文化圏の人の
     東方への憧れや幻想といった趣が感じられる。
     魔術師と皇帝と后と、
     皇帝を倒して国の頂点に立とうとする通称「帝王」の
     残酷な四角関係。

    ■コルタサル「奪われた屋敷」(アルゼンチン)
     寺尾隆吉・訳「奪われた家」(光文社古典新訳文庫)
     を読んだが、鼓直版は初。
     寺尾訳で中年の兄妹が
     「物静かで素朴な夫婦のよう」
     (光文社古典新訳文庫★p.11)とあるのが、
     鼓訳では「兄と妹同士の慎ましやかで静かな結婚」
     (本書◆p.217)で、
     後者は言葉の綾かもしれないが、
     背徳的な雰囲気を湛えている。
     また、侵入者に気づいた兄のセリフが、
     寺尾訳では「裏手を奪われてしまった」(★p.15)
     であるのに対し、
     鼓訳は「奥の方は連中に奪われてしまった」
     (◆p.220)と、
     侵入者に心当たりがあるかのように語られているのが
     一層不気味。

    ■オクタビオ・パス「波と暮らして」(メキシコ)
     海の波(の一部)を持ち帰って同棲する男。
     波は女であり、我が儘で嫉妬深い。

    ■ビオイ=カサレス「大空の陰謀」(アルゼンチン)
     モリス大尉と共に失踪した
     医師セルビアン博士の手記。
     戦闘機のテスト飛行の事故でケガを負い、
     手当てを受けたモリス大尉が体験した
     奇妙な出来事と、謎の解明。
     平たく言うとパラレルワールドSFだが、
     時空間のズレ、その狭間に落ち込む不安と恐怖感は
     エリアーデ「ホーニヒベルガー博士の秘密」や
     「セランポーレの夜」などと共通する面白さ。

    ■モンテローソ「ミスター・テイラー」(グアテマラ)
     破産したパーシー・テイラー氏の新ビジネス。

    ■ムレーナ「騎兵大佐」(アルゼンチン)
     「私」は古馴染の通夜で
     不謹慎な態度を取る見知らぬ男に不快感を覚えたが、
     帰りに同道する羽目になり、
     気分が悪くなるほどの体臭を振り撒かれて辟易。
     しかし、翌朝の埋葬の折には
     何故か、誰も彼のことを覚えていなかった……。

    ■フエンテス「トラクトカツィネ」(メキシコ)
     副題は del jardín de Flandes=「フランドルの庭」。
     語り手は古い屋敷で留守番を務めるが、
     庭が物語の舞台であるメキシコシティと
     19世紀のフランドルという異空間を繋ぐ磁場となり、
     亡霊が現れる。
     メキシコ皇帝マクシミリアンの后カルロタ
     =シャルロッテは
     ベルギー国王レオポルド一世の娘なので……。

    ■リベイロ 「ジャカランダ」(ペルー)
     仕事に区切りのついたロレンソ・マンリケ博士は
     首都リマへ戻る準備をしていたが、
     目に見えない力に引き留められている。
     それはジャカランダの花の色や香りと、そして……。

    • 淳水堂さん
      深川夏眠さん
      こちらにお邪魔します。
      私の方へのコメントありがとうございます!
      みなさんのコメント読み「そうだよねー」とか、「そうだ...
      深川夏眠さん
      こちらにお邪魔します。
      私の方へのコメントありがとうございます!
      みなさんのコメント読み「そうだよねー」とか、「そうだったのか!」とか思っています。
      私は鼓直訳しか知らなかったので、寺尾訳だとそうなるのか!でした。

      魔法の書いいですよね。
      しかし目を離したら最初から読まねばならない本なんて、本好きでも無理すぎる…_| ̄|○
      2021/05/06
    • 深川夏眠さん
      いらっしゃいませ、ありがとうございます。

      「魔法の書」の「読み終えるまでに死んでいる」は
      言い換えると「読みながら死を迎える」
      と...
      いらっしゃいませ、ありがとうございます。

      「魔法の書」の「読み終えるまでに死んでいる」は
      言い換えると「読みながら死を迎える」
      ということで、読書好きにとっては
      本望かもしれません(……違うか)。

      文化的背景の違う遠い世界のアンソロジーは
      驚きの宝庫で、
      つい、あれこれ手を出したくなってしまいます。
      2021/05/06
  • 1990年の本の復刻版。当初、紀伊國屋書店限定でちくま文庫、河出文庫、それぞれリクエスト上位2冊を復刻という企画だったようですが(https://www.kinokuniya.co.jp/c/20170828095804.html)フェア期間すぎた11月からは他店でも販売してました。他の3冊も読みたい。

    さて、ラテンアメリカ文学というとマジックリアリズムのイメージですが、『怪談集』だからか予想していたよりヨーロッパ的というか王道ゴシックホラーっぽいものも多くて意外でした。収録はたぶん年代(作者の生年月日)順。15作のうち過半数の8作がアルゼンチンの作家。既読はたぶんボルヘス「円環の廃虚」だけかな。

    収録作の中では唯一女性作家のオカンポ「ポルフィリア・ベルナルの日記」が女性らしいぞわぞわした不穏さで好きだった。お金持ちの邸宅に家庭教師として雇われた若い女性が体験する、まだ幼く可愛いはずの生徒に対する恐怖!っていう、ゴシックものの定番設定なのだけど、やっぱりこれが怖いんだよねえ。

    アストゥリアス「リダ・サルの鏡」は好きな男を振り向かせるためのお呪いに途中で失敗しちゃう女の子という民話っぽいテイストの悲劇。ムヒカ=ライネス「吸血鬼」はタイトルずばり吸血鬼なところからしてゴシックホラーの王道だけど、本物の吸血鬼のお城にロケハンにきた映画プロデューサーが本物と知らずに吸血鬼に主演オファーしちゃうとかパロディ的な要素もあるのが新しい。

    キューバのレサマ=リマ「断頭遊戯」はどうやら舞台が中国でなんというかシノワズリ。パス「波と暮らして」はタイトル通り「波」と同棲しはじめた男の話で、擬人化というほどではないけれど人格(?)というか意志を持った「波」と暮らすという発想がなんとも斬新。

    ルゴネス「火の雨」の理不尽さはいかにもラテンアメリカっぽい、アンデルソン=インベル「魔法の書」はある意味ボルヘスっぽく、「奪われた屋敷」は安定のコルタサル、ビオイ=カサレス「大空の陰謀」は一種のパラレルワールドSF、モンテローソ「ミスター・テイラー」はシニカルなブラックユーモア、ムレーナ「騎兵大佐」は悪魔もの、フエンテス「トラクトカツィネ」とキローガ「彼方で」は幽霊もの。

    と、なかなか題材は幅広く、いかにもラテンアメリカっぽいものも、らしくないものも含め、どれも楽しく読めました。

    ※収録作品
    「火の雨」ルゴネス(アルゼンチン)/「彼方で」キローガ(ウルグアイ)/「円環の廃虚」ボルヘス(アルゼンチン)/「リダ・サルの鏡」アストゥリアス(グアテマラ)/「ポルフィリア・ベルナルの日記」オカンポ(アルゼンチン)/「吸血鬼」ムヒカ=ライネス(アルゼンチン)/「魔法の書」アンデルソン=インベル(アルゼンチン)/「断頭遊戯」レサマ=リマ(キューバ)/「奪われた屋敷」コルタサル(アルゼンチン)/「波と暮らして」パス(メキシコ)/「大空の陰謀」ビオイ=カサレス(アルゼンチン)/「ミスター・テイラー」モンテローソ(グアテマラ)/「騎兵大佐」ムレーナ(アルゼンチン)/「トラクトカツィネ」フエンテス(メキシコ)/「ジャカランダ」リベイロ(ペルー)

    • 淳水堂さん
      こんにちは!

      ちょうど今モンテローソ短編集読んでいて「ミスター・テイラー」が1作目でした!
      まあこういうオチになるよね~というところ...
      こんにちは!

      ちょうど今モンテローソ短編集読んでいて「ミスター・テイラー」が1作目でした!
      まあこういうオチになるよね~というところですが、アメリカが商業的にラテンアメリカに介入してくることへの皮肉のようです。

      あと、パスの「波」は読んでないのですけど絵本化されていてこれは図書館で立ち読みしました。
      我儘な女性に振り回される男っぽい感じ??
      リンクできてるかな?
      https://www.ehonnavi.net/ehon/4817/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%86%E3%81%A1%E3%81%AB%E6%B3%A2%E3%81%8C%E3%81%8D%E3%81%9F/
      2017/11/28
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/

      「ミスター・テイラー」序盤は何かこう、この首が真夜中に空を飛ぶ・・・とかそういう怪談なのかしらとか思...
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/

      「ミスター・テイラー」序盤は何かこう、この首が真夜中に空を飛ぶ・・・とかそういう怪談なのかしらとか思いつつ読み進めたら、冗談のような展開でびっくりでした(笑)なるほど、アメリカの商業主義への皮肉・・・納得です。

      「波」絵本化されてるんですね!リンク先拝見しました。波という抽象的な存在をどう資格で表現してあるのか読んでみたい!

      絵本は主人公が少年になっているようですが、原作はもちろん大人の男性で、まさに我侭で奔放な女性にふりまわされている感じです。しかもオチが大変ブラック(波に飽きた男性が彼女を追っ払うためにとる手段がひどい)なのですが、絵本でもそのままなのかしら・・・?だとしたら怖い(@_@;)
      2017/11/29
  • ラテンと聞くと、情熱的で暑くてまぶしくて乾燥してるイメージが有るけど、だからどんな怪談になるのか興味が有ったけど、ちょっと違ったな~。

    意外と面白く読める作品が多かった。

    この手のアンソロジー的な本には、必ず一つや二つ訳の分からない話が有るもので、この作品の中にも訳が分からんのが幾つか有ったけど、まぁまぁ面白かった。

  • 不思議な小説。20世紀後半の南米魔術的リアリズムの本。(最初お化けの話かと思った)

  • マジックリアリズムの金字塔。心中した男女のその後を描いた「彼方で」。おまじないに取りつかれた娘「リダ・サルの鏡」。見知らぬものに自分たちのテリトリーを侵されていく「奪われた屋敷」。少女のように無邪気な波との暮らし。やがて”女”の部分がむきだしになり...「波と暮らして」その他にも、奇妙でぞっとする短編がたくさん収録されている。鼓先生によるユーモアたっぷりのあとがきは必見!

  • 日本的な「怪談」といえば幽霊や妖怪の類の怖い話というイメージが強いけど、むしろ世に奇妙な物語みたいな風に「奇譚」とかある種のファンタジーという方が合っていると思う。
    会話文なしで滑稽さとB級っぽさを含ませながら淡々と進める「吸血鬼」、書物を読むという行為を軸に謎解きや年代記的な語りと他作品のオマージュにまで手を伸ばす「魔法の書」、パラレルワールドをネタにしたサスペンス「大空の陰謀」が特に気に入った。
    ボルヘス単独の作品集なんかは結構難解だけど、これは比較的読みやすくて助かる。

  • ラテンアメリカの作家というとガルシア=マルケスしか名前が浮かばなかったが、ボルヘスは読んだことがあったかも。
    怪談集というより幻想小説集とか、伝奇譚という方が自分にはしっくりくるような短編集だった。

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