1910年の刊行。19世紀末ころの時代背景の様子。馬車が走っているが、ガス燈もあるころ。
異形ゆえの悲劇を背負う男エリック。哀しみと怒りを表出する姿に「フランケンシュタイン」の怪物を連想した。フランケンシュタインの“彼”は名前も無いクリーチャーだったが、こちらの“オペラ座の怪人”は「エリック」という名がある。エリックですか…。ちょっと怪物ぽくない気がする。
このエリック氏。前半オペラ座の5番ボックス席にたびたび気配を漂わすが、声はすれども姿は見せぬ。物理的な制約や障害物を超越してしまう様子である。物質的な肉体を持つ存在でなく、霊体というか精神的で象徴的な存在なのかな、と解釈して読み進めた。
ところが終盤では、悩み苦しむ生身の人間のような存在感が濃くなってくる。この点、設定を固めきっていないのか、あるいは自由自在な感じである。
エリックの超人的な動き、オペラ座の地下世界の超現実的な構造(地底湖があり、湖畔に家を建てている)など、奇想幻想をふくらませて書かれている。この点、ちょっとばかし読み方に戸惑った。
不思議な小説である。
・エピローグでペルシャ人の口からエリックの生い立ちが語られる。これがすごい。フランスの地方都市で生まれ、醜い容貌で親からも疎まれて家出。見世物小屋に入り欧州各地を転々、ロシアにも。その頃、歌唱や腹話術、奇術の技を習得。その後ペルシャの王宮へ。奇術の発想力と発明の才を活かして独創的な建築デザインで腕をふるう。さらにトルコ帝国のスルタンの下で働く。トルコ革命で出国。パリへ赴きオペラ座建設で基礎工事( 地下構造)の一部を担う。