貘の耳たぶ (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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感想 : 55
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  • Amazon.co.jp ・本 (451ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344429390

感想・レビュー・書評

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  • 自ら産んだ子を「取り替え」た繭子。
    発覚に怯えながらも、息子・航太への愛情が深まる一方、郁絵は「取り替えられた」子と知らず、息子・璃空を愛情深く育ててきた。
    それぞれの子が四歳を過ぎた頃、「取り違え」が発覚する。
    元に戻すことを拒む郁絵、沈黙を続ける繭子、そして一心に「母」を慕う幼子たち。切なすぎる「事件」の、慟哭の結末は・・・。


    子の取り違えといえば、「そして父になる」が記憶に新しいところだが、この物語は取り違いを起こした人物が、当の母親だというところが大きく違った。
    「そして父になる」も苦しくて、苦しくて、登場人物全てが苦しみぬくのだが、取り違いに差があるものの、この物語も終始苦しい、悲しい感情が自分に乗り移ってきてしまった。


    物語の序盤では、普通分娩を望んでいた繭子が、急遽帝王切開になり、自分を責めるところから物語は幕が開く。

    私にも子供が二人要るが、どちらも普通分娩で生まれた為、帝王切開の人がここまで心を痛めるものなのか!?
    その辺は全く理解が出来なかった。
    繭子の母親も、心を病んでおり、そんなこともあってか、どんどん自分を追い込んでしまう。

    序盤の育児の場面は、懐かしいなぁ~という気持ちで読んでいた。

    育児は全てが初めてのことだから、何が正解なのかもわからず、右往左往してしまう。
    自分にもそんな頃があったなぁ~と・・・。
    自分は良い母ではない、何でちゃんと出来ないんだろう?なんて、他人と比較して自分を責めたこともたくさんあったなぁ。

    子供が赤ちゃんで居るのなんて、ほんの短い時間でしかないのに、あの時間は永遠に続くと思っていたなぁ。
    幸せと不安が交互に押し寄せてきたり、寝不足で死んでしまうんじゃないかと思ったり、自分の育児は間違っているんじゃないかと自分を責めたり。

    そんな自分の過去を思い出しながら、繭子と郁絵の愛情深い子育てに、嵌り込んでしまった。

    辛く切なく苦しい話だったけど、心掴まれて、ググっと最後まで一気読みしてしまった。

  • 読後、感情をどこに持って行くべきか分からなくて、しばらくボーッとなりました。正解は何だったのか。この結末しかなかったのか。少しだけ考えてみましたが、結局何も思い浮かばず。でも、この結末が正しかったのかもよく分からなくて。

    同時期に同じ産婦人科で出産した、繭子と郁絵。新生児室に自分の赤ちゃんの様子を見に来た繭子は、子育てへの不安から赤ちゃんにつけられたネームタグを、郁絵の赤ちゃんのタグとすり替えてしまう。

    我に返った繭子はネームタグを戻そうとするが、そこで折しもタイミングが悪く看護師が入ってきたことで、タグを戻すタイミングを失ってしまい……

    前半はかなりしんどい読書でした。帝王切開で出産した自分への侮蔑の念。自身の母との関係性の負い目から、自分がちゃんと育児が出来るのか、という不安の念。そうした術後の不安定な精神状態の描写の細かさたるや……

    一方で郁絵は保育士のため、子育ての知識は豊富。彼女も難産だったものの、最終的には自然分娩で出産したらしく、それと比べて自分は、と卑下してしまい、郁絵に育てられた方が、この子は幸せなんじゃないか、と繭子は思いつめ……

    と、衝動的に赤ちゃんのタグを入れ替えてしまった気持ちは、理解できなくもない。その複雑な心情を描ききるのは、さすが芦沢さんだと思うのですが、その後の展開がいまいちすっきりしなかった。

    何度も「言い出さなければ」と思う繭子ですが、タグを入れ替えたことを夫や周りの人にどう思われるかを気にし、ズルズルと時間だけが過ぎていく。

    確かに言い出しにくいのは分かるのだけれど、そのまま時間が過ぎていって後戻り出来なくなるリスクがあまりにも大きく感じられて、一向に言い出せない繭子にどうも感情移入しきれませんでした。

    それでいて、自分のしたことへの後悔や、いつかばれるんじゃないかという不安、といった心理描写は迫真に迫っているから、余計に読んでいてしんどい……。
    「もう言っちゃってよ」と何度も思ったし、逆に「なんで言い出さないんだ」と最初の3分の1くらいはイライラし通しだった気がします。

    結局言い出せないまま二組の母子は退院。繭子は郁絵の子を自分の子として、子育てを続けていくことに。

    不安な感情のまま繭子は子育てをしていき、子供の「イヤイヤ期」が始まったときはかなり不安定な精神状態に。でも一方で、ある瞬間にふっと気が楽になったり、そして子供への愛情が湧いてきたりと、このあたりからようやくテンポ良く読めるようになってきました。

    不安な感情の描写もさることながら、子供に対しポジティブな感情を抱いていくまでの描写も上手いので、そのあたりも良かった。そして四年の月日が経ち、出産した産婦人科から、一本の電話がかかってきて……

    ここで繭子の章が終わり郁絵の章へ。出産から四年。郁絵の浮気を疑った夫は、子供のDNA鑑定をすることに。その結果明らかになったのは、父母共に子供とは血縁関係にないという検査結果。

    産婦人科や弁護士から子供を元に戻す「交換」を提案され、反射的に拒絶する郁絵。一方で子供達の今後のことを考えると、交換の選択肢も一理あるようで……。そして二組の親子がたどり着いた結末は……。


    子供への愛と、交換という現実の選択に揺れる父母。その痛みや苦しみ、惑いに罪悪感。そういった感情が読者側にも痛いほど伝わってきます。
    なぜ気づけなかったのか。もっと子供と一緒に過ごしていれば。

    そうした感情が余すところなく書かれ、そして二人の子供達の描写も痛々しくて、こちらも読んでいて辛くなってくるほど……

    そしてたどり着く繭子夫妻の決断と、郁絵夫妻の決断。そして子供達の行く末。
    この状況下でこうなったのは致し方ない、もしかすると、まだましとまで言えるのかもしれない。

    それでも読んでいる自分も、そして郁絵たちもやりきれない想いを抱え、この選択肢しかなかったのか、と考えてしまいます。答えのない問いが頭の中で踊り続け、名状しがたい読後感が、自分の中でしばらく渦巻き続けました。

    展開も読後感も爽快感とはほど遠く、だれも幸せになりようがない物語。そして先に書いたように、前半がとにかくイライラして、最後まで読めるか不安でもありました。

    それでも読ませてしまう文章の流暢さと、嫌でも引き込んでしまう心理描写。そして読後に、感情がこれ以上ないくらい揺さぶられたのも事実なので☆5にしました。でも気軽に人に勧められない小説でもあります。

    以前別の芦沢さんの作品の感想で、芦沢央さんは湊かなえさんや辻村深月さんに匹敵する女流ミステリ作家になるかも、といったことを書いた記憶があります。そのたぐいまれなる筆力を、今回も見せつけられたような気がします。

  • この本を読んで1番感じたことは「人にはどんな背景があるかわからないんだから、余計なことは言わない方がいい」ってことかなあ。

    帝王切開だったことを「残念だったね」って、私だったら「は? 何が残念なわけ? うるせえなコノヤロウ」と思うだけだけど、とことん気にしちゃう人はいるだろうから。

    それにしても産まれたてとはいっても、一度見た、しかも写真撮っておいた赤ちゃんがかわってることに気づかないかね?郁絵の旦那よ。
    とはいえ、入れかわってしまった子をいまさら交換なんて、想像を絶する辛さだろうし、なにより子供たちがかわいそうでならなかった。

  • 精神的につらいときは読んじゃだめ

  • 取り違えではなく、母親が我が子を取り替え。
    何度も自らの罪を言い出す機会を逃し、罪悪感を抱えながら何年も他人の子を育てる繭子。

    誰も救われないなんとも悲しい話だった。
    2人の子供が幸せに育ちますように。

  • 『ねえ、ママに、つたえて』『ぼく、だいじょうぶじゃないよ』 物語を開いた瞬間から心をどこに持っていたらいいのかわからなくなった。震えて読んだ。産まれたばかりの我が子を見て恐怖を感じた繭子の思いが痛い程わかってしまったから、もう震えて読むしかなかった。繭子の章。郁絵の章。じわりじわりと物語が取り返しのつかない渦へと飲み込まれていった。

  • 出産後、子どもを育てていくことに不安を感じた繭子が犯してしまう出来事。
    出産や育児に関する神話が母親を苦しめる。
    子どもたちが幸せに育っていくよう祈るような気持ちで読了しました。

  • 繭子は自分で産んだ子どもを、同じ日に産まれた郁絵の子どもと取り替えてしまう。
    繭子は事実を隠したまま、郁絵は我が子を取り替えるられたとは知らず4年がすぎた。
    あるきっかけにより取り違えが発覚。

    郁絵の「残念だったね」一言がきっかけだった。
    繭子は分娩に時間がかかり自然分娩から帝王切開になったのだった。
    一方郁絵は45時間以上の陣痛に耐え、出血多量になりながらも自然分娩で出産。
    繭子は我が子をこんな自分が育てたら不幸、我が子には幸せになってほしいと取り替えてしまう。
    第一章は繭子、第二章は郁絵の目線
    どちらの母の気持ちもわかるだけに辛い。
    できればこのままバレずに…バレても繭子の仕業とバレないように…そして子どもたちが傷つかないように…
    この2人の子どもたちはどのように育つのか気になる。その後の繭子も気になる。みんな幸せになっていてほしい。
    自然分娩と帝王切開、子どもを産むことに違いはないのに、面倒くさいこと言う人たちがいるおかげで
    翻弄されてしまう母たちがいるんだよね。

  • めちゃめちゃしんどくさせるという意味ではすごいと思う。が、とにかく読んでいてしんどい。あとは疑いもなく自分は子育てできる、保育園にも入れない、と考えていたが、そんなことが果たして絶対にできるのだろうかと、考えさせられた。

  • 母による子供の取り替え。何でそんなことするのかな?そこが理解できず、そんなことしたらそらそうなるよね、という登場人物の誰もが心から幸せを感じられないというイヤミス。時間が解決してくれることを願います。

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著者プロフィール

1984年東京都生まれ。千葉大学文学部卒業。出版社勤務を経て、2012年『罪の余白』で、第3回「野性時代フロンティア文学賞」を受賞し、デビュー。16年刊行の『許されようとは思いません』が、「吉川英治文学新人賞」候補作に選出。18年『火のないところに煙は』で、「静岡書店大賞」を受賞、第16回「本屋大賞」にノミネートされる。20年刊行の『汚れた手をそこで拭かない』が、第164回「直木賞」、第42回「吉川英治文学新人賞」候補に選出された。その他著書に、『悪いものが、来ませんように』『今だけのあの子』『いつかの人質』『貘の耳たぶ』『僕の神さま』等がある。

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