桜の首飾り

著者 :
  • 実業之日本社
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本棚登録 : 335
感想 : 49
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784408536200

作品紹介・あらすじ

桜の花びらで作った首飾りは、いずれしおれる。でも、桜と人のあいだには、さまざまな物語がひそんでいる。泉鏡花文学賞受賞作家が編み上げる、女と男、七つの物語。

感想・レビュー・書評

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  • 桜が出てくる短編集。きれいな言葉ですっと入ってくるのに人間の苦しさやがんじがらめにされたどうしようもない感情も描かれている。でも、美しいお話だと感じられる。読後感が良く、満開の桜が目に浮かぶようだ。

  • この時期ですので。桜をテーマにした短編集。いずれも、悩み傷ついてきた人たちが桜の下で得た新たな出会いとともに、ゆっくりと再生していくようなおだやかな話。

    【花荒れ】p144
     桜なんて毎年咲くのに、いつだって見る度に目を奪われて、懲りもせず胸に切ないものが込みあげてくる。幸福な夢のような日々がまたぽっと咲くのではないかと期待してしまう。諦めても、諦めても。どんなに身体や心が醜く歪んで老いていっても。春の嵐はいつだって吹き荒れる。
    (中略)
     たとえ一瞬で消えてしまうとしても、花がなくては人は生きてはいけない。心騒がすものが心の在りかを教えてくれるのだから。

  • <内容>
    桜と人のあいだには、さまざまな物語がひそんでいる。泉鏡花文学賞受賞作家が編み上げる、女と男、七つの物語。『春の狐憑き』『白い破片』『初花』『エリクシール』『花荒れ』『背中』『樺の秘色』を収録。

    <感想>
    どうせなら春の雰囲気を感じながら読みたいと思い、ずっと部屋の隅に積んだままになっていた。この春に会社を辞め、ゆっくりと時間ができたのでゴソゴソと引っ張りだして読みはじめたが、なんだかんだでダラダラと小作業に追われてしまい、結局桜の時期をとうに過ぎた今、やっと読み終えた。梅雨の時期に読もうと思っていた窪美澄の『雨のなまえ』も隣に控えているが、梅雨明けはもうすぐそこだ。なかなかうまくいかないものだなと思う。

    クダ狐や幽霊が登場する『春の狐憑き』『樺の秘色』の幻想的な一面、男女の恋愛模様を描いた『白い破片』『エリクシール』の艶やかさ、少女の成長を綴った『初花』の儚げな印象、ミステリーの雰囲気が漂う『花荒れ』『背中』の緊張感。それぞれの短編が持つ雰囲気は多様でありながら、どれも桜のイメージの一側面につながっている。華美すぎず、派手すぎず、じわりと心に広がっていくような読後感も、まさに桜を見ているようだった。

    7つの短編のなかで、特に気に入ったのが『白い破片』だった。
    花見の場所取りの途中、雨宿りした神社の境内で岸田はひとりの少女と出会う。少女との会話のやりとりのなかで、岸田は自分がいつまでも「囚われ」てしまっている、かつて出会い別れた女が抱えていた思いを知る。雨宿り中の現在の描写に過去の回想が挿し込まれ、かつての女と少女、目の前の温かな桜と回想の冷たい夜桜といった対比が印象的な作品だった。

    【衝動的に傷つけることしかできなかった岸田の弱さに対し、女は「あなた、きっとわたしを忘れられなくなるわよ」と生々しい呪詛めいた言葉を残した。】

    やり方を間違えてしまった過去の恋愛は、岸田のなかで「ガラスの破片と夜の花びら」という強烈な視覚イメージを伴って消えずにいる。身勝手でセンチメンタルな男の恋愛は、どこか自分を見ているようで心がざわついた。

    本書はどの話にも小さなくすぶりを感じている人々が登場し、桜を通じて繋がった人から何らかの気付きを与えられる。国宝の屏風、お札の紙吹雪、青い入れ墨や、樺色に染められた肌襦袢など、桜は様々なものに形を変えながら、登場人物の心を騒がせる。ちなみにあとがきには、千早さんの心の桜であるというジャカランダについて書かれていて、人にとって桜の在り方は一様ではないのだと知った。

    表題となっている「桜の首飾り」は『花荒れ』のなかに登場する。

    【「桜はちょっと苦手。昔、桜の花びらで首飾りを作ろうとしたの。糸で繋いでね。すごく綺麗なのができたの。でも一晩たったら、縮んで黒ずんで、汚いけしかすみたいになっちゃった。消えてしまうんだなって思った。なんでも魔法みたいに。膨らんだ幸せな気分も、一瞬で。おいしいお菓子も一緒ね、幸せは一瞬」】

    そんな言葉を漏らした女の子を思い返し、男は

    【たとえ一瞬で消えてしまうとしても、花がなくては人は生きていけない。心騒がすものが心の在りかを教えてくれるのだから。】

    と思い至る。そういえばどの短編も、桜を触媒のようにして、人と人が繋がりが生まれる物語だとも言えるかもしれない。あとがきでは

    【人が完全にわかり合うことはできないと私は思う。でも、繋がることはできる。美しいもの、優しいもの、鮮烈なもの、そういった心動かすものに触れた時、人の心は一瞬溶ける。そんな時に共感する誰かに出会えたなら、とても幸福なことだ。】

    と書かれている。
    桜の首飾りのようにいつか消えてしまうとしても、誰かと繋がったその瞬間はとても綺麗でかけがえのないものだ。僕たちは花びらを何度も繋ぐことで、心の在りかを知る。

  • 桜の季節にまつわる短編集。

    『春の狐憑き』
    人の正気を食う狐の話をするおじいさんとの交流。
    『白い破片』
    かつて自分がひどい行いをした女性のことを想う男。
    『初花』
    母親との関係に悩む女の子と花屋の店員さん。
    『エリクシール』
    亡くなった前妻と自分を似せようとする夫に反発して夜遊びする女。
    『花荒れ』
    嘘ばかりの女との関係に満足していた男と、女を調査する国税局の男。
    『背中』
    大学の資料館で働く男、そこに保存された桜の刺青が掘られた人の皮。
    『樺の秘色』
    亡くなった祖母の桜への想い、それを伝える女の子の霊。
    ---------------------------------------

    日本人特有の感情なのか、世界共通の感覚なのかはわからないが、とにかく我々は桜の花が好きだ。花見の時期になれば桜の木の下で酒を飲んで騒ぐ。そして散っていく花々に儚さを感じる(台風が過ぎた後の夕日や満月にも同様のセンチメンタリズムを感じずにはいられない。我々は感傷的になることを楽しんでいるのかもしれない)。

    桜の季節に心残りがあるひとが何人も登場する短編集だった。春が来れば桜は毎年花開く。それを見上げる我々は好調なときもあっただろうし、うまくいかないときだってあったはずだ。
    手に入らなかったものや、去っていったひとのことを想う気持ちが、散っていく桜を眺めるときのセンチメンタリズムの正体なのかもしれない。

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    フジファブリック『桜の季節』
    https://www.youtube.com/watch?v=gBkPaCnQ8_g

  • 短編集。桜にまつわる話。一番最初の話が一番好き。

  • 桜をモチーフに描いた、どのお話にも独特の幻想味が淡くにじんだ短編集です。桜というものに日本人が抱く感慨は種々さまざまで、単純に咲いた花をうつくしいとめでる感覚から、幹の根元には死体が眠っているという都市伝説的なものまでバラエティ豊かです。それほどに日本人の心に根付き、想像力をかきてたる桜というものをキーに、人々の絆や想いが描かれています。
    「春の狐憑き」ではほっこりする不思議な老人との交流に心が和み(このお話がいちばん好きかな)、「白い破片」「エリクシール」「背中」ではほのかな官能味に酔い、「初花」「花荒れ」には純粋な人と人の縁をせつなさ交じりに描き、「樺の秘色」では不可思議な現象から亡くした人の想いをたぐりよせる。それぞれの物語で桜がまったく違う姿で現れてそして物語にかけがえのないエッセンスとなっていることに、桜というものの特別さと、そしてそれを描ききった作者の巧さに感心を覚えます。
    日本人にしか描けない日本人のための、物語。そう感じました。

  • 桜のみせる、幻想と現実のあわい

    桜にまつわる7つの短編集である。
    春の夜の夢の如く、現実感の薄い幻想的な雰囲気が、どの作品にも表れている。
    息苦しさを感じている登場人物らは、非日常へふらふらと迷い込み、そこで何らかの答えを見つけ、現実で生きていく。

    ここまで強烈な体験ではなくとも、誰しも非日常に迷い込むことはあるように思う。
    そこでは現実のもつ肩書きやレッテルはなく、ただ今その場にいる一人の人間として扱われる。
    そういった空間や関係性を欲している時には、このような偶然も起こるのかもしれない。

    宵闇にうかぶ、桜の妖しさ

  • 桜は、美しさとはかなさとそして、狂気をはらんでいる。桜に魅せられた人の心もまたきっとそうだと思う。
    桜にまつわる7つの物語。
    一人でいるのが寂しくて悲しくて誰かにそばにいて欲しくて。でもそんな自分を認めたくなくて。
    そういうどうしようもない夜にきっと人の心は桜の狂気に染まるのだろう。
    残酷なほどの美しい文章に心がざわめく。いつか桜の根元に埋めて欲しい、などと思ったりもする。
    桜は、美しいけど、怖い

  • 次に桜を見たときは、この本の話を思い出すだろう。

    "人は、心動かされるものに触れて心が溶ける感情を共感できる誰かとは繋がることができる"

    桜は儚いから美しいのかな。

  • 桜にまつわる人と人の出会いと癒しの短編集。美しいな〜!

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著者プロフィール

1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年に同作で泉鏡花文学賞を、13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一賞を受賞。他の著書に『からまる』『眠りの庭』『男ともだち』『クローゼット』『正しい女たち』『犬も食わない』(尾崎世界観と共著)『鳥籠の小娘』(絵・宇野亞喜良)、エッセイに『わるい食べもの』などがある。

「2021年 『ひきなみ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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