- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480836519
作品紹介・あらすじ
ナチスドイツの教えを信奉する家庭に生まれた女性が、右翼団体から足を洗い、新しい生活をはじめるまでの手記。ドイツのベストセラー、待望の翻訳。
感想・レビュー・書評
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ネオナチの父親に育てられ、ネオナチのサラブレッドとして育った少女ハイディがネオナチから決別するまでの物語。ナチス時代の話だと思いこんでいて、現在の話だと気づいてびっくり。日本とちょくちょく比較されるせいで、ドイツはすっかり過去を振り払ったようなつもりでいたが、そんなことはないんだな。くすぶり続けるファシズムの影。
ドイツではナチス礼賛やホロコーストの否定が違法だと聞くが、取り締まる必要があるということは、それが存在し、歯止めをかける必要がある、ということでもある。
ただし、ハイディの「回心」は、ネオナチ特有のものではない。ネオナチが攻撃する異民族や多文化への共感に目覚めたり、ネオナチの政治的信条に疑問を感じるようになったのが直接のきっかけではないからだ。仲間内だけの閉鎖された環境に疑問を感じたのであって、その点ではネオナチをたとえば「カルト宗教」に置き換えてもそのまま通用する。
その意味では、幼いころから親や周囲の大人たちによって「歪んだ」ものの見方を刷り込まれた子どもたちが、バランスを取り戻してゆく過程の記録として読むこともできる。そのためには、人と話したり、本を読んだり、映画やテレビを見たりして、自分とは違う考え方に触れ、さらにそれを分析し、評価し、咀嚼して、自分なりのものの見方を構築していくしかないんだろうな、とは思う。
でもよくよく考えたその結果として、ネオナチになったとしたらそれは正しいことなんだろうか? そんなことはありえない、とは言えない。80年前のドイツでは、ナチズムこそがみんなが投票で選んだ「正義」だったのだから。
かといって、政府や権力者や親が「正しいこと」「間違っていること」を決めるのも違うと思う。彼らが間違うことがあるのは歴史が証明している。
じゃあどうするか? 話が堂々巡りだけれど、「違う人の話を聞く」以外に方法はなさそうだ。自分の読みたい言説ばっかり検索していると「そういう人」になりそうだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
“世界観、友人、過去 ー そう、自分の全人生に私は疑いの目を向けたのだ。あらゆるルサンチマンや妬み、憎しみ、攻撃心を捨てた。これらはみな、もはや何の意味もなかった。私は母親になるのだ。”(p.205)
“私は強いと思っていたが弱かった。勇敢だと思っていたが意気地なしだった。成熟していると思っていたが未熟だった。自由だと感じていたが、囚われていた。正しいと思っていたが間違っていた。それも、救いようのないほど間違っていた。きちんと職務を果たしていただけの人々に対して、私がどれほどひどい態度をとったかと思うと、穴があったら入りたいような気持ちだ。”(p.249) -
彼女の名はハイドルーン、友達はハイディと呼ぶ。年は24歳。夫と息子、犬と暮らす。
ミュンヘンで、保育士として働いている。痩せ型のブロンド、背はやや高い。
彼女を見て、狂信的なナチだったと思う人はまずいないだろう。けれども実際、彼女は18歳になるまで、ナチグループにどっぷりつかり、むしろそれ以外の世界をほぼ知らずに生きてきたのだ。
本書は、彼女がどのようにして親ナチとして育てられ、どのようにしてそこから抜け出したかを記す自伝である。
ハイディの実家はミュンヘン郊外の小さな村にあった。父は税関捜査官で伝統ある射撃クラブの会員でもあり、村人からは一目置かれていた。家を訪れた人が思想信条に気付くほどあからさまなことはなかったが、その実、確信的なナチだった。
母の方はむしろノンポリだったが、父と母は一目惚れで魅かれあい、思想が大きな問題になる前に結婚してしまっていた。のちに2人は不仲になり、母は出て行った。代わりにやってきた父の恋人は、父よりもさらに強固な右翼思想の持ち主だった。
父の方針は厳格で、教会とは距離を置き、アメリカ資本のものはマクドナルドもコカ・コーラもすべて禁止、服装は伝統的なバイエルンの民族衣装やコーデュロイのパンツに手編みのセーターといった具合だった。子供たちは夏になるとナチズムを信奉する団体の旧家キャンプに行かされた。
そうした生活で叩き込まれるのは、民族主義的な思想で、伝統的な生き方・モラルは非常に素晴らしいものであったのに、そこから外れたがために今あるさまざまな問題が持ち上がってきたのだ、ということである。
これを幼いころから繰り返し繰り返し教え込まれる。「個」よりも「民族」、「自由」よりも「忠誠」。
学校等でナチでない人たちとも接触はあるが、生活の基盤を固めているのは親ナチの人々である。親しい友人もみなナチであれば、その信条が身に沁み込むのは当然だろう。
ハイディももちろん、それを信じていた。ルドルフ・ヘスを崇拝していた。
その彼女に疑いが生じたのは、第二次大戦前後が舞台のヤングアダルト小説を読んだときだった。主人公は人類学・遺伝学者でナチ党幹部である。彼には息子が2人生まれる。一方には障害があった。健常な息子はナチの少年団員となる。だが、障害を持つ息子には過酷な運命が待っていた。
ハイディはこの本に書かれていた出来事について、父親に尋ねる。父は激昂するばかりで、ハイディが納得するような答えは返ってこなかった。
ハイディは徐々に、周囲の仲間たちにも疑いの目を向け始める。
たむろして、酒を飲んでは騒ぎを起こし、口では偉そうにしていても、結局のところ、自分の人生の責任を取ろうとするものはいないのではないか。
地に足のついた「普通」の生活を送ることはできないのか。
彼女の疑念は徐々に大きくなっていく。
だが、そこから抜け出そうという一歩を踏み出せたのは、夫となるフェリークスと出会ったことが大きかった。彼もまたナチグループの1人であり、ナチ思想に疑いを抱く人物だったのだ。
本書は2017年、ドイツで出版され、ベストセラーとなったそうである。
ハイディが過去と決別し、そしてそれを告白したことに対する驚きが大きかったのだろうが、ナチ思想を「純粋培養」する団体が存在し、存続し続けていることも衝撃的である。
人は周囲の人が皆信じていることに流されないほど強くはない。「外」の世界から隔絶されることで、偏った思想はより先鋭化しがちだろう。
ハイディ、そしてフェリークスが、自らの足で歩み始めたことは称讃に値することではあろうが、団体にはなお、多くの若者も属すままである。
そのことの薄気味悪さがざらりと残る。 -
極右家庭の中で育った少女は、そのイデオロギーや環境に疑問すら抱かない。
だって生まれた時からそれが当たり前だったから。
私たちは色々な経験をして、色々な人たちの考えを知り、それを理解する中で、自分自身の信条が途中で変わることもある。
でも、育ってきた特定の環境・組織・人付き合いから抜け出すことは今までの人生をある意味切り捨てることを意味するし、場合によっては自分が今まで間違っていたことを認めなくてはいけない。
抜け出す側と(その信条が正しくて良いものだと思っている周囲はとくに善意から)抜け出させないようにする側の葛藤が描かれている。 -
父親によって「いわば正統派のナチとして純粋培養(訳者あとがきより)」されて育てられた1992年生まれのドイツ人女性が、家庭や学校での生活やその後の右翼共同体での活動と、そこからの脱却について綴った著書です。
本書のなかでは、著者自身も含めた右翼共同体に依存する人々についての言及が印象的でした。
・父自身、絶えず反抗していたのだ。自分より知的な人、権力のある人、影響力のある人に。
勇敢だからではない、自信がないからだ
・自分は選ばれた人間なのだという確信、それはわたしにとって大きな慰め
・少数派で、敵で、のけ者で、敗者だ。でも敵の数が多ければ多いほど、団結はますます強くなる
・社会からドロップアウトしてしまった彼らは、不満のために右翼の世界にいっそうしがみつく
・彼らは自分も愛さないし他人も愛さない。いわんや自立した女を愛すことはない
そして著者は自身が右翼共同体から脱出できた大きな理由として、同じく組織に属していた夫フェーリクスへの愛を挙げたうえで、次のように述べています。「チャンスは向こうからトントンとドアをたたいてはくれない、自分でつかむしかないのだ。情報を集め、努力するしかないのだ。」
ヨーロッパではベストセラーとありますが、そもそもネオナチの現状や社会背景、関連する現代的な著名人についての基礎知識がある程度は前提となっていることもあってか、私は本書からそれほど大きなインパクトを受けることがありませんでした。
また、ネオナチからの脱退を描く終盤を除いて、時系列ではなくテーマごとに構成されているため、扱われる事実の時間関係は前後するのですが、内容的には時系列での物語形式のほうが面白くなっていたように思えます。読み物はあまり魅力を感じませんでした。 -
東2法経図・6F開架:289.3A/B35b//K
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ナチはドイツ栄光の時代?
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1992年生まれのハイディは、ネオナチの父親のもと幼い頃からネオナチ団体主催のキャンプに参加し極右主義者として育つ。かなり極右的人生を送っていたが、二十歳の頃自分たちの人生を考え直し保育士の道を選ぶ。
波乱万丈と言える人生だが、これはベルリンの壁崩壊以降の話。日本で言えば正に平成の実話なのだ。
いろいろと驚いたが、彼女にエールをおくる気持ちになれないのはなぜだろう?