それでも旅に出るカフェ

著者 :
  • 双葉社
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575246193

作品紹介・あらすじ

世界のさまざまなカフェメニューを提供する、カフェ・ルーズ。円が営むカフェもコロナ禍の影響を受けていて……。日常のちいさな事件や、モヤモヤすることを珍しいお菓子が解決していく。「こんなカフェに行きたい!」の声続々のコージーミステリー第二弾。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、行きつけだったお店が『コロナ禍』で休業してしまったということはなかったでしょうか。

    誰にだって行きつけのお店というものがあると思います。『仕事帰りに立ち寄って、一杯だけ飲んだり、食事をしたり』、『珍しいスイーツを食べたりしていた』というようにひと息つける自分の居場所は心を休める上でとても大切な場だと思います。

    しかし、この三年ほどの『コロナ禍』は、そんな私たちのささやかな幸せのある日常をすっかり変容させてしまいました。

    『感染者が急に増えて、医療逼迫などがメディアで騒がれるようになると、なんだか怖くなって、家に籠もるようになってしまった』

    そんな日々が私たちの日常となったこの三年間は、大きな影響を人々に与えました。進むつもりだった進路を曲げられた人もいるでしょう。想定外の展開に人生が狂わされた方もいるでしょう。その一方で、ピンチをチャンスに変えたという方もいるかもしれません。そこに言えるのは、『コロナ禍』はこの世に生きる人間にとって何かしらの変化を人生の進路に与えたものであったということです。

    さて、ここに、足繁く通っていたカフェに『しばらく休業致します』という『張り紙』を見た一人の女性が主人公となる物語があります。店主は『どこにいってしまったのだろう』と心配するその先に、主人公はそんなカフェが再始動していく姿を見ることになります。

    この作品は、そんなカフェで提供される世界各地のさまざまな飲み物、食べ物に魅せられる物語。そんな飲み物、食べ物を提供する側、される側に人の思いを感じる物語。そしてそれは、そんなカフェが『コロナ禍』の中で、それでも人々に愛されていく姿を見る物語です。
    
    『それは、新型コロナウイルスのパンデミックがはじまって、二年目の秋のことだった』と語りはじめたのは主人公の奈良瑛子(なら えいこ)。『いつまでこの生活が続くのだろうか』と、『じれったさと、諦めの境地だった』という瑛子は、『ただ、ひとつ気になっていることがあ』りました。『カフェ・ルーズが閉まったままなのだ』という現実。『瑛子の自宅マンションの近くに』あり、『昔、少しの間だけ一緒に仕事をしていたこともある』『オーナーの葛井円(くずい まどか)が、たったひとりでやっている』という『カフェ・ルーズ』。そんなカフェの『いちばんの特徴は、円があちこちを旅して知ったいろんな国のスイーツや飲み物を再現して出しているところで』す。『新型コロナの感染者が世界で少しずつ増え始め』、やがて『学校が休校にな』っても『大丈夫です。うちみたいな店は意外にしぶといですよ』と笑っていた円でしたが、ある日店に赴いた瑛子の前には『しばらく休業します』という『張り紙』がありました。『円はどこにいってしまったのだろう』と胸を痛める瑛子。そんな瑛子がある日、『買い物を済ませて、帰宅しようとしたとき、ふと一軒のケーキ屋が目に入』ります。『店名はトルタ』というそのお店で、『チーズ味のシュークリーム』が気になった瑛子は、『先月からの新製品です』と説明を受け買って帰ります。そしてまた別の日、また『チーズ味のシュークリーム』が食べたくなった瑛子は、再び『トルタ』へ足を運びます。そこで、その『シュークリーム』が『エストニアの国民食』であるクリームを使っていると聞いた瑛子は、『カフェ・ルーズってご存じですか』、『いろんな国のお菓子を出していて…』と質問します。それに、『もちろんです。だって、このクリームは葛井さんに教えてもらったんです』と返された瑛子は、ウェブサイトを見るよう勧められ、帰って早速調べると『キッチンカーはじめました』という一文を『カフェ・ルーズ』のサイト内に見つけます。そして、『こんな天気の日に、外に出かけるのも何ヶ月ぶりかわからない』と出かけた瑛子は、公園の『駐車場の一画に』『キッチンカー』を見つけます。そして再開した瑛子と円は、さまざまな話をします。そんな中に円が『カフェ・ルーズ』に住んでいること、『オンラインでお菓子を売って』いることを知る瑛子。『もうあの店では営業しないの?』と訊く瑛子に、『あそこがわたしの原点』、『もうそろそろ開けてもいいかなあ』と言う円。そんな円に『そろそろ、カフェ・ルーズのカルボナーラやカレーが食べたいなあ』と瑛子が待っていることを伝えます。『カフェ・ルーズ、そろそろ再始動しますか』と笑う円。そして、終わりの見えない『コロナ禍』の中、それでも再開した『カフェ・ルーズ』を舞台にした物語が描かれていきます。

    2019年11月に刊行された近藤史恵さんの代表作の一つでもある「ときどき旅に出るカフェ」。そんな作品の続編として、2023年4月19日に刊行されたのがこの作品です。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、凪良ゆうさん、辻村深月さん、そして寺地はるなさん…と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを積極的に行ってきました。そんな中に、まさかの続編が登場することを知って、発売日早々にこの作品を手にしました。

    そんな続編は、“世界のさまざまなカフェメニューを提供する、カフェ・ルーズ。円が営むカフェもコロナ禍の影響を受けていて…”と内容紹介にうたわれる通り、2020年に世界を突如襲った『コロナ禍』を全編にわたって取り上げていくのがいちばんの特徴です。改めて書くまでもなく、ここ数年の辟易するような『コロナ禍』は、一方でそれが日常である分、無視するとかえって不自然さが生まれもします。結果として、昨今、新しく刊行された小説には『コロナ禍』を背景に描いたものがたくさん登場しています。綾瀬まるさん「新しい星」、窪美澄さん「夜に星を放つ」、そして寺地はるなさん「川のほとりに立つ者は」など、最近発売になった話題作の数々は『コロナ禍』を作品の背景に描いています。しかし、その描き方は作品によってかなりの落差があり、あくまで舞台背景の一部に描くだけのものから、『コロナ禍』による影響を物語の展開に組み込んでくるものまで多彩です。そんな中で、近藤さんのこの作品は『コロナ禍』と完全に一体になった物語、というより『コロナ禍』がなければこの物語は描かれなかったと言えるくらいに『コロナ禍』と表裏一体になった物語が描かれていきます。

    そんな物語は、作品の舞台となる『カフェ・ルーズ』が『コロナ禍』により休業を余儀なくされるという場面からスタートを切ります。では、このレビューを読んでくださっているみなさんにもとてもリアルに感じていただけるであろう『コロナ禍』を描写した箇所をまずご紹介しましょう。『コロナ禍』に入って二年目という時点の様子です。

    ・『取引先に直接行く機会はあるが、直行直帰すればいい。そうなると、オフィスには週に二度行けば充分だ。三度も行けば、「今週は出社が多いな」という気持ちになっていて、五日も出勤していた日々のことが、遥か遠い昔のようだ』。
    → 2020年4月に、多くの会社で一気に”在宅勤務”、”テレワーク”という環境が現実になりました。それから少しずつ戻っていく日常。しかし、毎日通勤電車に揺られていた日々が懐かしくなるくらいに元には戻らない日常を感じていた時代が確かにありました。この感覚かなりリアルだと思います。

    次は、『テレワークが推奨されるようになっても、ほぼ毎日出勤している』という一人の女性のその理由です。

    ・『夫もテレワークになってしまって、家にいるし、子供だって、ひとりでできることでも、わたしが家にいるとわたしにやってもらえると思って仕事にならない。通勤時間を考えても圧倒的に会社の方が捗る。前ほど電車も混んでないしね』。
    → これもあるあるだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。家族全員が終日家にいれば、それは休日のようなものであって、誰かが家庭を回していかなければなりません。必ずしも『テレワーク』が良いとは言い切れない面があることが、これまたリアルに表されます。

    そして、このウイルス自体に言及した箇所を取り上げます。

    ・『一人暮らしならば、まだ自分が気をつけていればいいが、家族が感染してしまえば、どうしようもない。つくづく、厄介なウイルスだと思う。人と人との間に忍び込む。二年前、パンデミックの初期は、二年もすればまた人と会ったり、食事をしたりする日々が戻ってくるのだと思っていた。二年経っても未来は見えない』。
    → 『濃厚接触』という概念の登場には本当に苦労させられました。私も家族が罹患して濃厚接触者として、出社できなくなった時期もありました。『人と人との間に忍び込む』という近藤さんのこの表現は、『厄介なウイルス』を表す絶妙なものだと思います。『二年経っても未来は見えない』という諦めの境地。ようやく、ウイルスの毒性が下がり、2類から5類への変更が目の前に来た現在ですが、まだまだ余波が残り続ける『コロナ禍』を改めて振り返ることができるこの作品。時間が経って、もう少し経った未来から、この時代にはどんな風に見えるのだろう、『コロナ禍』と一体化した作品が故にそんなことも考えてしまいました。

    さて、そんなこの作品の持ち味、最大の魅力はもちろん『コロナ禍』ではありません。前作「ときどき旅に出るカフェ」の続編でもあるこの作品の魅力は前作同様に、

    『カフェ・ルーズのいちばんの特徴は、円があちこちを旅して知ったいろんな国のスイーツや飲み物を再現して出しているところだ』

    という”食”にあります。”食”を扱った作品は多々あります。近藤さんの作品にももう一つの代表作と言える「ビストロ・パ・マル」シリーズがあります。しかし、この世に数多ある”食”を取り上げた作品の中では単純に”食”を登場させるだけでは埋没してしまいます。そんなこの作品では特定の種類の料理ではなく、世界各地のあんな料理、こんな料理が次々と登場するのが何よりもの魅力です。そんな中から『コロナ禍』を乗り切るために『キッチンカー』で営業を行っている円がはじめた新しい料理をご紹介しましょう。『キッチンカー』で注文の番が回ってきた瑛子、『なにになさいますか?』と訊かれた場面です。

    『じゃあ、ハーブレモネードとフライドポテトお願いします』と注文した瑛子は、『フライドポテトはソースが選べます。トリュフ塩かケチャップかマスタードマヨネーズ、もしくはサムライソースです』と言われ、『サムライソース?』と『はじめて聞く名前のソース』に興味を持ちます。『唐辛子の入ったピリ辛のマヨネーズです』と説明され、『じゃあサムライソースで』と注文を終えた瑛子。
    → 『揚げたてのフライドポテトには、オレンジ色のマヨネーズがかかっていた』と出されたものを見て『これがサムライソースなのだろうか』と思いながら『プライドポテトにつけて食べてみる』瑛子。『辛すぎない唐辛子の風味とマヨネーズのコクが、フライドポテトの甘さを引き立て』ていると感じます。
    → 『うん、おいしい。でも、背徳の味だね。フライドポテトにマヨネーズなんて…』と言う瑛子に、『ええ、でもオランダではすごく人気あるんですよ。このソース』と返す円は、『オランダの人に、「日本にはサムライソースがない」と言ったらびっくりされました』と続けます。

    『サムライソース』というものをご存知の方はいらっしゃるでしょうか?名前だけだと『日本発祥』にも思えますが、実はオランダで人気があると紹介されるこの料理。そう、この作品ではこのような形で、名前のイメージと発祥が違うような料理含め、円が旅したとされる各国の料理がふんだんに登場します。『ミラノにはミラノ風ドリアは存在しない』、えっ、そうなの?と、思っていたイメージが実際には違っている料理など非常に幅広く登場する世界各地の料理。他にもロシアの乳製品である『リャージェンカ』、中国や台湾でよく食べられているお団子の『湯圓(タンユェン)』、そしてアイスランドのドーナツとされる『クレイナ』など、なんだかとても食通になった気分が味わえるのがこの作品です。数多の”食”を扱った作品の中でも非常に個性豊かな存在感を放つ作品だと改めて思いました。

    そして、10の短編から構成されているこの作品の主人公は一貫して奈良瑛子が務めます。一方で、それぞれの短編にはもう一人、短編を跨がない形で光が当たる人物が登場します。そして、短編ごとに何かしらに思い悩む状況が解決されていく、その軽やかなリズム感が特徴の作品でもあります。この作品では、それを『コロナ禍』の今に重ねても描きます。一番印象に残ったのは、三編目〈それぞれの湯圓〉でしょうか。そこには、『筆談』でコミュニケーションをとる女性が登場します。留衣という会社員の女性に光が当たる物語は、『コロナ禍』における障害者の日常を描き出します。

    『去年から、マスクが当たり前の生活になってしまって、急に人との距離が遠ざかってしまったようで、心細くて…』

    と語る留衣。やむを得ない側面もあったとはいえ、『コロナ禍』では、飛沫感染を防ぐ等マスクのメリットばかりが喧伝されてきたように思います。街から人が消え、マスクが手に入らないという現象まで発生した2020年春のパニック的な状況下ではこれはどうにもならなかったのだと思います。しかし、『コロナ禍』もようやく取り敢えずの終わりが見え、世界的に見ればマスクはほぼ過去のものにさえなりつつある中に、マスクがもたらしたデメリットにもようやく光が当たりだしました。その一番大きなデメリットがコミュニケーションの阻害だと思います。人と人との間にマスク一枚とはいえ関係を遮るものを置くことは、人類としての長い歴史を踏まえるとやはり問題が生じるのは必然とも言えます。『コロナ禍』に真正面から向き合ったこの作品では、障害者にとってマスクがどれほどコミュニケーションの壁になるかという点にも光を当てます。

    『コミュニケーションを読唇に頼っていたなら、マスク生活は聴者と比べものにならないほど困難だろう。手話でも、口の動きは重要だ』。

    健常者には思いもよらないその視点。視覚が全てという聴覚障害のある人にとって、マスクがどれほどコミュニケーションの障害になっているかを近藤さんは小説をもって取り上げていきます。今まで『コロナ禍』を扱った何冊もの小説を読んできた私ですが、この作品は、『コロナ禍』を単なる演出で使うのではなく、『コロナ禍』と真正面から向き合い、そこに何があったのかを見事に浮き彫りにした作品だと思いました。

    とはいえ、この作品は『コロナ禍』だけの作品ではもちろんありません。特に後半の三章では、ある一人の人物の登場を起点にこの作品最大の山場とも言える事件が起こってもいきます。女性というものの存在自体に光が当たる物語は、『コロナ禍』を一気に吹き飛ばしてしまうくらいに一つの山を築いていきます。そう、この作品はさまざまな要素盛りだくさんに展開する物語。そのど真ん中に『カフェ・ルーズ』があり、世界の”食”を繋ぐ物語があったのだと思います。

    『わたしは自分がわからなくなったとき、旅に出るんです。自分を縛り付けてきたことばや、他人の基準から離れて、たったひとりで。そこでようやく冷静になれる。自分が本当になにをしたいのかわかる』。

    店主である『円があちこちを旅して知ったいろんな国のスイーツや飲み物を再現して出している』という『カフェ・ルーズ』を舞台にしたこの作品。そこには、そんなお店の常連でもある奈良瑛子の視点から見た『コロナ禍』を背景とした物語が描かれていました。前作同様に世界のあんな食べ物、こんな食べ物が盛りだくさんに登場するこの作品。『コロナ禍』の中で人々の感情が少しづつ変化していく様が細やかに描かれるこの作品。

    平穏な日常が戻った『カフェ・ルーズ』に是非とも訪れてみたい、そんな思いがひしひしと募る美味しさ満載の作品でした。

  •  『ときどき旅に出るカフェ』に続くシリーズ第2弾。読むのを楽しみにしていた作品です。ただ、ちょっと読む時期を間違えたかなって…「カフェ・ルーズ」と「マカン・マラン」なら??私なら「マカン・マラン」に行きたいなぁ~って感じながらの読書だったので(^-^;

     10編の連作短編集で、独身でひとり暮らしをしている奈良瑛子の目線で描かれている作品…。瑛子の元同僚である葛井円が経営する「カフェルーズ」は、世界各地の珍しい料理やお菓子、お茶やドリンクなど…円自身が旅に出た先で学んで得た料理を提供するお店。瑛子の住まいとお店が近いこと、またオーナーの円との関係もよく、そして美味しいものが食べられるということで、瑛子の隠れ家的な存在に「カフェルーズ」はなっていた。ただ、折しもコロナ禍のあおりを受けたことで、キッチンカーとオンラインショップという営業形態にも取り組むようになっていた。「カフェルーズ」を訪れる人々は、小さな生きにくさを抱えており、コロナ禍であるからこそのこともあったりもします。

     旅に出かけたい(っていうか、無理だけど)、「カフェ・ルーズ」のような、珍しくも美味しいものが味わえるお店が近くにあったらなぁ…って思いました。でもこの作品って、ミステリーなの?そうだとしたら、だいぶライトな感じかなって…前作では楽しく読めたのに、私の読み方が悪かったかな、そんな風にも感じてしまいました。

  • 「大好評コージーミステリ第二弾!読めば旅に出られる“おいしい”連作短編集。」とのこと。
    あれま、前作があったのね。
    タイトルだけに惹かれて読み始めてしまいました。

    読んでいくうちに、主人公の瑛子と、「カフェ・ルーズ」の店主である円が以前からの知り合いで、ちょっとした何かがあったことが分かってくるので、「前作がある」ことは早々に気づきました。

    とにかく全然知らない世界各地の食べ物が出てきます。すごい知識!と驚くばかり。特にスイーツはおいしそうで、どんな見た目でどんな味がするのか、とっても気になるものばかりでした。

    こういった世界中の食べ物を出す「カフェ・ルーズ」に瑛子が通い、そこでちょっとした事件というほどでもないようなことが起こる。これが「コージーミステリ」といわれる所以なのですね。
    このお話の時期はコロナによるパンデミック真っ最中、といった時期で、コロナによる暮らしの変化や、瑛子のような一人暮らしの人の不安、円のような飲食店経営者の苦難がきちんと書かれていました。コロナはなくなっていなくても、「コロナ禍」と言われるような状況ではなくなった今読むと、何をそんなに恐れているのだろうと思ってしまったけれど、本当にこんな感じでみんな恐れていたんですよね。あぁ、作者は、ちゃんと記憶していて、ちゃんと文字として残しているんだな、と変なところに感心してしまいました。

    あまり感情移入できなかったけれど、淡々と物語が進んでいくのは子気味良かったです。
    最後はそれまでとは違った、少し大きい事件が起き、「おや、これってもしやミステリ?」とやっと気づいた次第です。
    日常生活でもよく経験するようなちょっとした人とのすれ違いや、価値観の相違などをうまく物語にしているなと思いました。特に「高見」やその妻「箱崎さん」なんて、容易には彼らの価値観や態度などを理解し肯定することができなそうで、実際に彼らが身近にいたらどうしよう、う~ん…とままならない気持ちのまま読み終えました。

    前作も読まないと!、となったりはしませんでしたが、面白かったです。

  • 世界各所で受け継がれた伝統の料理、スイーツが出てきて、心地良く読んでいたものの、後半からの意外な展開に現実の厳しさに入り込むこととなった。読後ざわっとしましたが、人の心の奥底の描写に引き込まれました。
    オーナーの円(まどか)が世界各国を旅して出会った料理を提供する、カフェ・ルーズ。コロナ禍の影響をもろ受けて経営状態も不安定。又、テレワークの中、気持ちを持て余す瑛子の心の拠り所はこの店。
    気になったのはこの二人の関係性。少しの間だけ一緒に仕事をしていた、とあるけど、付かず離れず深入りしない、程良いのだけど、なんか距離を感じた。これは続編とのこと、前編で少しは謎が解けるのか。
    コロナ禍が仕事に及ぼした影響、社会の不条理さに悩む店に関わる人たち。価値観や多様性、人間模様の闇の部分がカフェ・ルーズを通して描かれます。
    伝統の味を再現するための努力を惜しまない円の姿から、背筋が伸びる思いがします。自分の努力があるから、人に自信を持って勧められる。
    わたしたちはなにかが足りないと思わされてきている。
    思う、のでなく、思わされてきている、その感じが社会の壁なのかと思いました。
    特に気になったのは、湯圓(タンユェン)、中国や台湾のお団子。酸梅湯(さんめいたん)、中国古来の夏バテ対策ドリンク。

  • 前作を読んだのは2017年。あの頃は世界中がコロナ禍に陥るなんて思いもしなかった。
    普通のカフェも大変だろうけれど、店主の円が海外で出逢ったスィーツを再現するカフェともなると、コロナ禍での苦労は並大抵のことではないだろう。
    それでも現状を受け入れて、やれることを精一杯しようとする円に好感が持てた。
    相変わらず"カフェ・ルーズ"は居心地が良く、円の心の込められた渾身作はどれも美味しそう。
    特に湯圓(タンユェン)、ブレッドケーキ、酸梅湯(サンメイタン)が気になった。

    今回は女性にとっての"幸せ"について深く考えさせられた。"幸せ"の価値観は人それぞれで他人がとやかく言えることではない、とつくづく思う。
    「夢は少しずつ、現実と相談して軌道修正していけばいい」
    「めんどくさいことも、考えたくないことも、いったん棚上げにして、どこかに逃げ出す。旅先であった、嫌なことはその場に置いて帰ってしまう」
    無理することなんてない。逃げることも時には大事。いつか心が回復してから少しずつ軌道修正していけばいい。心が軽くなる言葉をたくさんもらえた。

    「旅に出られるカフェ」のコンセプト通り、いつかコロナが完全に収束し、誰もがいつでも何処へでも気軽に旅に出られるといいな。アイスランドにも行ってみたくなった。

  • 今回も最高です。美味しいお菓子や飲み物が盛りだくさん。そして登場人物はそれぞれに問題を抱えている。円の繊細さと強さが、解決の入り口を教えてくれる。
    コロナ禍になって、リモートワークになって、会社は光熱費を削減できてるけど、給料が増えるわけじゃないのに自宅の光熱費はあがる。見えなかったけど、それもまた生活苦に繋がってる人もいるかもしれない。
    いきづまったら、私も旅に出ようと思う。
    続編が楽しみです。
    元気をもらいました

  • やっぱり食べ物系の作品は好き。癒される。本当は作中に出てくるケーキ食べて幸せな気分になりたいけど、それが叶わないのが残念。

    コロナ禍でカフェ・ルーズは休業してたけど、再開。悩める女子たちがお店に来て、店主、円の作るスウィーツや料理を食べて心が癒されてく。それぞれ抱えている悩みを、店で心の内を話して悩める女子はスッキリする。これは美味しい食べ物、カフェ・ルーズという場所がそうさせるんだろうな。帰る時はみんな笑顔で帰っていく。いい事ばかりでなく悪い事もある。最低の人間が登場して嫌な気分になった。今回読んで"価値観"という言葉がいっぱい出てきた気がする。人にはそれぞれ価値観があって、自分の価値観を他人に押し付けてはダメだなと思う。最低の人間が価値観を押し付けたり、最低な行為をしたりとイラッときた。でも、カフェ・ルーズは乗り切ったからホッとした。

    コロナ禍での出来事の話だったから、そうだったよねー、と当時を思い返しながら読んだ。飲食業の人達は店を閉めたり、休業したりと大打撃を受けた。大打撃を受けたの飲食業だけではないんだけど。円みたいにネット販売(私もコロナ禍の時よく利用してスウィーツを頼んでた)やキッチンカーを始めたりする人などもいた。実際起こってた事なので、物語を読むというよりは、ニュースでコロナ禍を振り返って見てる感じだった。
    私はその当時どうだったかなと振り返ると、がむしゃらに働いてたな。一息つくと言ったら、昼休みに休憩室で同僚とご飯を食べてる時だ。上司には黙食をしろと言われたけど、小声や手で口を押さえながら喋ってたな。ご飯食べ終わると今度はおやつ。互いに持ち寄ったお菓子とコーヒーでまたお喋り。それが結構楽しかったな。今も楽しいけど。その時の会話でよくしてたのが、「美味しいものが食べたいよね。」「キッチンカー来ないかなー。」だった。この作品はその当時の私たちの願望が詰まったお話でした。

  • 世界のお菓子を出してくれるカフェのオーナー円と元同僚の常連客瑛子が軸に話が短編で進みます。

    お客さんのさりげない悩みに寄り添いながら、気づいたら本人自身の力で立ち上がっているっていいですね。

    しっかり最後の結末まで書かれているものと、曖昧なものとありますが、どちらも安心して読めていいですね。

    女性の機微をわかってくれる文章に共感します。

    最後に登場してくる人以外、嫌な人がいないですが、それでも世の中の生きにくさからストーリーが生まれています。

    旅に出て、自分を棚卸しって素敵な女性だな。

  • コロナ禍を経て、ふたたびカフェ・ルーズを訪れようとした瑛子。なかなかOPENにならないので心配していたところ、別のところで営業していたことが判明。お客様の悩みを解決、まですっきりしないものの、なんとなく前を向くきっかけになっているのはいいな。

    「それでも旅に出る」とあるけれど、今回は店主の円もまだ旅には出られていなかったな。タイトルから続きであることはわかったから悪くはない。

  •  住宅街近くの一風変わったカフェが舞台の連作短編集。プチミステリー仕立てで、物語はカフェの常連客である奈良瑛子の視点で描かれている。シリーズ2作目。
             ◇
     不惑を迎える独身OLの奈良瑛子。相変わらず1LDKの自宅マンションと会社とを行き来する日々だが、自宅近くの小さなカフェに行くことがささやかな楽しみだ。

     その店の名はカフェ・ルーズといい、営むのは勤め先の元同僚だった葛井円という女性。明るく機転の利く円とのお喋りは、瑛子にとって安らぎのひと時になっている。
     カフェのメニューには、旅と美味しいものが大好きな円が旅先で出会った料理やスイーツ、気の利いた飲み物まで並んでいる。瑛子の至福の時はまさにここにあった。

     ところが突如襲ったコロナ禍は瑛子にお籠り生活を強い、カフェには営業自粛を余儀なくした。
     瑛子がカフェ・ルーズに足を運ばなくなって2年目となったある日のこと。瑛子は駅のホームで偶然出会った円のルームメイトのヒョンジュから、円は10ヶ月前にシェアハウスを退去したと聞かされる。(第1話「再会のシュークリーム」)全10話。

          * * * * *

     まずコロナ禍の描写にはリアリティがあったと思います。
     瑛子やその同僚が神経質になったり困惑したりしている姿には共感を覚えました。リモートワークでは何か調子が出なくて、同じ仕事でも出勤してやる方が効率が上がるのではと思ったりしたのを思い出します。

     また、瑛子が円とカフェ・ルーズを心配する気持ちも手に取るようにわかります。
     自分も、馴染みのお店の営業自粛もあって、淋しく思うとともに閉店してしまうことを心配したりもしたからです。(結局、近所の和菓子屋さんが店を畳みました。老舗で時々利用するお店だっただけにショックでした。)
     
     そして、作品のウリでもあるグルメ部分。
     今回も美味しそうなメニューがあり、興味を唆られました。バインミーが人気だったように思って調べてみると、ベトナムのサンドイッチで生ハムや野菜の膾を挟んだものだそう。食べてみたいと思いました。(できればパクチー抜きで注文したい)
     また、苦境を脱する手段としてキッチンカーでの営業に踏み切ったことは、いかにも円らしい攻めの姿勢でよかったと思いました。

     最後にミステリー部分。
     中盤までは円の活躍で解決していきますが、終盤は前作同様にやっかいごとが円に降りかかってきます。おまけに最終話でも片がつきませんでした。円ファンとしてはこれはつらい。
     ストーリー構成から見て悪い展開にならないとは思うけれど、正直ジリジリします。
     でも3作目もあることがわかったので、よしとすることにしました。

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著者プロフィール

1969年大阪府生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。1993年『凍える島』で「鮎川哲也賞」を受賞し、デビュー。2008年『サクリファイス』で、「大藪春彦賞」を受賞。「ビストロ・パ・マル」シリーズをはじめ、『おはようおかえり』『たまごの旅人』『夜の向こうの蛹たち』『ときどき旅に出るカフェ』『スーツケースの半分は』『岩窟姫』『三つの名を持つ犬』『ホテル・カイザリン』等、多数発表する。

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