ジプシー 歴史・社会・文化 (平凡社新書 327)

著者 :
  • 平凡社
3.45
  • (4)
  • (9)
  • (15)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 115
感想 : 13
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582853278

作品紹介・あらすじ

世界に一〇〇〇万人のジプシーがいるとの推定もあるが、その実態は不明な点が多く、作られたイメージが流布している。事実、インド起源の民族集団とする説について、最近の研究では、多くの問題点が指摘されている。では、"ジプシー"と呼ばれる人びとは誰なのか?ジプシーと主流社会との関係を重視しつつ、呼称、分布、歴史、文化など、全体像を描く。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ジプシー
    歴史・社会・文化

    著者 水谷驍(たけし)
    平凡社新書327
    2006年6月9日発行

    ジプシーというと、もともと北インドに住んでいたある民族が西に移動し、東ヨーロッパや、スペインなどに多く住んでいる、と思っていた。しかし、多くの人が信じている北インド発祥というのは、一つの説に過ぎないらしい。
    おそらく確かだろうという点は、11世紀にバルカン半島(ギリシャや旧ユーゴ地域、ルーマニアなど)にいて、そこからさらに世界各地へ行ったということだけなのだそうだ。

    我々は、放送原稿ではジプシーという言葉を使うなと指示されている(ジプシーキングスはいいが)。ジプシーには差別的なニュアンスがあるから、ロマ族と言えと。では、ジプシーの本当の名前がロマ族かというと、これもそう単純なことではない(これについては前にも読んだことがある)。ジプシーは一つの民族ではないということである。

    そして、ジプシーというのは、実は「エジプト人」がなまったものだとのこと。話が益々ややこしくなる。

    以前、プロ野球のロッテがちゃんとしたフランチャイズ球場を持たなかったことから、「ジプシー球団」と呼ばれていた時期があった。バブルの頃、マンションの駐車場が不足し、毎年抽選が行われ、車があるのに外れた人は「ジプシー化する」と表現されたことがある。しかし、放浪している民というイメージのジプシーのうち、純粋な放浪民は約20パーセントだそうで、10パーセント以下であるとされることも多いという。

    どうしてこのようなイメージが出来てしまったのか?
    起原は18世紀後半、ドイツの歴史学徒グレマンの著書だという。ここで初めて「科学的なジプシー像を確立した」と主張。それによると、ジプシーの言葉はヒンドスタン語と同系統であるから、祖先はインドから来たと考えなければならない。彼らと外見や生活習慣を同じくする人間集団「シュードラ」が今もインドにおり、その一部が15世紀のはじめにティムールの侵入に押されてインド西北部を脱出し、ペルシア、トルコを経てバルカン半島に達し、さらにヨーロッパ全域に広がったとのことだ。
    19世紀に入り、イギリスの作家ジョージ・ボローが自ら調査したとしてロマン主義的なジプシー像を描いた。
    この「グレマン/ボロー」的ジプシー像が、今日でも世界の人々を惑わしているというわけである。

    なぜ、このような非科学的なジプシー像が長らえてしまったのか。
    ジプシー研究の「光栄ある孤立」と、権威ある文献を重んじるヨーロッパの学問の伝統である。つまり、ジプシー研究には、社会人類学や文化人類学、歴史学や社会学などの学問分野から顧みられることなく、アマチュアにゆだねられてきた長い歴史があった。グレルマンの著作は、私信で資料収集に着手したと述べてからわずか2年後には出版されている。しかしいったん出版されて「最初の科学的研究」として高い評価を得てしまうと、後学のすべてによってそのようなものとして受け継がれていったからだと、著者は考える。

    ナチスによって虐殺されたのはユダヤ人ばかりではない。ジプシーたちも大量に殺されている。しかも、他の国でも大量に殺されたり、奴隷化したりしている悲劇の民である。
    研究におけるボタンの掛け違いが、そんな悲劇を生んだ一助になったかもしれない。

    では、ジプシーの起原は?
    結論は、まだ分からないようである。
    ただ、起原を探る方法は2つあることが結局は結論のようだ。
    一つは、先祖がどこから来たのか?を探る方法。
    もう一つは、その独特の社会的存在形態がいかにして形成されたかを探る方法。すなわち、近代資本主義が形成される際、社会からあぶれたり、差別を受けたりするも、まだ社会には彼らが生き延びる隙間があり、そこにジプシーが出来上がっていったのである、というわけである。

    今の日本の貧困社会を考えるのに、とても参考になる面がある。

    なお、世界中でジプシーのいない国は日本と中国だけと言われている、らしい。そんな日本だが、サンカ(山窩)と呼ばれていた集団が、実は大昔に渡ってきたジプシーなのではないか、という“奇想天外”な説があり、柳田國男も南方熊楠に宛てた手紙でそのように「空想する候」と書いている。

  • 「ジプシー」というのは差別用語であるので、「ロマ(ロマニ)」と呼び替えるのが望ましい。

    ・・・というような話を目にするようになったんだけど、自分の中には差別的なニュアンスはみじんもない。はてどういうことなんだろうと思ってこういう本を読んでみた。

    実は「ジプシー」という民族上・文化上の一貫した存在があるわけではなくて、いや一部にはあるらしいが、その来歴や構成は杳としてつまびらかではない。それと目される人々は世界各地に散らばっていて、呼び名も違えば言葉も違う。自己意識や文化習慣ももちろん違う。社会の「資本化」や格差の拡大などによって、流動化した結果そういう境涯に至る人々も少なくないようだ。

    どうも、ジプシーとはある民族のことではなく、社会的イメージの存在であるらしい。乱暴に言わせてもらえるなら、結局「人類の差別意識の吹きだまり」なんじゃないのか・・・と思った。

    一方で、オレも含めて日本人の多くは、「ジプシー」と言われた場合にある一定の(共通の)イメージを抱くのではないだろうか。あまり西欧的ではない風貌、流浪の民である、歌舞や楽器が上手い、etc。これらは、近世のずさんな「科学的研究」の影響が大きいようだが、そういう画一的なイメージに押し込みたがる「人類の悪い性癖」のせいもあるのかも知れない。

    たまたま先日読んだ岩城宏之氏(指揮者)の本にもジプシーに関するくだりがあって、「ジプシー音楽」とか「ツィゴイネルワイゼン」(ツィゴイネルはドイツ語でジプシーの意)という言葉が持っている意味とかイメージがあるので、音楽に関しては「ロマ(ロマニ)」と言い替えなくてもいいんじゃないか、という趣旨だったけど、被差別側の心情を考えるといささかのんきな主張のようにも思える。

    著者は最後に、日本の「サンカ」との類似性を指摘するが、その実態のわからなさもあって、一筋縄ではいかない問題のようである。

  • 文字通り、世界中に散らばっているジプシーについて丹念に分析した一冊。

    世界中にいる故に混血も進み、一言で語るのは困難な中、その歴史から現代の動向を分析してたのでとても勉強になった。
    最後の日本のサンカとの関係も(直接関係はないものの)面白かった。

  • 新書らしい新書。
    いわゆる「ジプシー」という概念に関する世界各国での成立史・現在まで続く諸問題について、ニュートラルに概観できる良書でした。

  • ジプシーに関する歴史、社会との関係性、文化が学問的に、かつバランス良くまとめられています。

    文献引用も明確で、さすがっ!と思わせる書き方です。
    (文中に日本のジプシーに関する書籍の問題点も書かれており、買わなくて良かった!と思ったものもありました。)

  • 日本人ならほぼ万人がそのイメージを共有できる「ジプシー」だか、そのイメージの強さに反して、実態や出自には未知の部分も多いらしい。そもそも「ジプシーとは」という命題に応えうる正確な定義付けが難しく「ジプシーと呼ばれる人びとを示す言葉がジプシー」という笑い事のような言い回しが、研究者の間では真面目に使われているようだ。ジプシーがいないのは中国と日本だけと云われる。その日本からみると、ミステリアスで異国情緒に溢れ、ロマンさえ覚えてしまう存在だが、過去そして現在に至っても、マイノリティとしての迫害や差別の歴史を背負っている事実が、本書を通じて知らされた。

  • 昨今、話題となっているフランスのロマ追放などの理解の手助けとなった。

  • ジプシーについて勉強するとき、最初に読んでおくと便利かも。詳しく知りたくなった人は『「ジプシー」と呼ばれた人々』(加賀美雅弘)とか『ジプシー差別の歴史と構造』(イアン・ハンコック)とか読むといいかもしれない。

  • [ 内容 ]
    世界に一〇〇〇万人のジプシーがいるとの推定もあるが、その実態は不明な点が多く、作られたイメージが流布している。
    事実、インド起源の民族集団とする説について、最近の研究では、多くの問題点が指摘されている。
    では、“ジプシー”と呼ばれる人びとは誰なのか?
    ジプシーと主流社会との関係を重視しつつ、呼称、分布、歴史、文化など、全体像を描く。

    [ 目次 ]
    第1章 ジプシーと呼ばれる人びと(人口と分布 ジプシーとは誰か ほか)
    第2章 ジプシー像の変遷(ヨーロッパへの登場―「エジプト人」として(一五世紀)
    セルバンテスの『ジプシー娘』(一七世紀はじめ) ほか)
    第3章 歴史―主流社会のはざまで(インド起源説の現段階とその意味 バルカン半島への進出と定着 ほか)
    第4章 ジプシーの現在―いくつかの事例(バルカン半島のモザイク模様 旧チェコスロヴァキアのロマ問題 ほか)
    第5章 日本とジプシー(日本人のジプシー認識 サンカは日本のジプシーか)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • フラメンコに興味をもってからジプシーへと波及。
    特に欧州でのジプシー研究をダイジェストしたもの。歓迎と迫害の歴史の中で、否定的な感情論が優勢となってきたようだ。起源については北インド-東欧-西欧という流れが主流ということのようで、北アフリカ経由のスペイン入りは否定的であった。

  • 音楽が好きです。その背景が分かったような分からないような。

  • 分類=民族・ヨーロッパ・ジプシー。06年6月。

全13件中 1 - 13件を表示

著者プロフィール

水谷 驍(みずたに・たけし)
東欧現代史・ジプシー/ロマ問題研究。ポーランド資料センター事務局長(1981〜91年)、聖心女子大学非常勤講師(1990〜2004年)、ジプシー/ロマ懇話会(2002年〜)。著書に『ポーランド「連帯」──消えた革命』(柘植書房)、『ジプシー 歴史・社会・文化(平凡社新書)』(平凡社)、
訳書にクローウェ『ジプシーの歴史──東欧・ロシアのロマ民族』(共同通信社)、フレーザー『ジプシー──民族の歴史と文化』(平凡社)、共訳書に『ポーランド「連帯」の挑戦』(柘植書房)、『ワレサ自伝』(社会思想社)、『ヤルゼルスキ回想録』(河出書房新社)、ロスチャイルド『現代東欧史』(共同通信社)ほか。

「2005年 『ジプシー差別の歴史と構造』 で使われていた紹介文から引用しています。」

水谷驍の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
谷崎潤一郎
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×