台所のラジオ (ハルキ文庫 よ 10-1)

著者 :
  • 角川春樹事務所
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本棚登録 : 974
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758441148

作品紹介・あらすじ

それなりの時間を過ごしてくると、人生には妙なことが起きるものだ-。昔なじみのミルク・コーヒー、江戸の宵闇でいただくきつねうどん、思い出のビフテキ、静かな夜のお茶漬け。いつの間にか消えてしまったものと、変わらずそこにあるものとをつなぐ、美味しい記憶。台所のラジオから聴こえてくる声に耳を傾ける、十二人の物語。滋味深くやさしい温もりを灯す短篇集。

感想・レビュー・書評

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  •  『 勝手に「ラジオ」特集 #4 』
     ー吉田篤弘さん『台所のラジオ』ー

     吉田篤弘さんの物語の雰囲気に、ラジオはドンピシャ合います。面白可笑しい話や賑やかな音楽ではなく、ゆったりと流れる時間の中で、静かな音楽と優しく包み込むような語り‥。もうこれだけで吉田篤弘ワールドが成立しちゃう気がします。

     本作は12編の短編集で、特徴として男女の主人公が交互に登場し、共通点は、個性的で風変わりな人物、美味しそうな食べ物、そして台所のラジオ‥、でしょうか。
     ラジオが主役ではなく、あくまでも脇役で、女性の静かな声・世の中の小さなことについて話すという、12編がゆる〜く重なって一冊が出来上がっている印象です。

     1編1編が、新たな物語として始まったかと思えば、いつの間にかすーっと静かに終わってしまうような、不思議な読後感。私の吉田篤弘さん像はいつも変わりません。本作も、静かな夜にラジオを流しながら味わいたい一冊でした。


     ここからはレビューと関係なし(ただの独り言)

     吉田篤弘さんの小説、そして勝手に始めたラジオ特集を進めるほど、甦る記憶が80年代のNHK-FMのラジオ番組。江守徹さんがナレーターを務めた「夜の停車駅」です。

     列車がホームに入って来て停車する音に続き、
      ラフマニノフの「ヴォカリーズ」
           に乗せたオープニング‥

    お忘れですか?
     あなたがここに立ち寄ったときのことを

    白い蒸気を残して列車が去ってしまうと
     そのあとには誰もいないプラットホーム

    古風な時計がいつもと違う時を刻んでいます

    そう、確かにここに降り立った記憶があるはずです
     しっとりとした闇にくるまれた、夜の停車駅に‥


    あぁ、泣けます‥。 人間の記憶は不思議です‥。
    年配者の単なる骨董趣味でした。
    古美術品じゃないけれど‥(w)

  • 美味しいものと美味しいお店が連なった短編集。
    そして、どのお話にもラジオがさりげなく出てきて、ほっこりさせてくれる。
    趣はそれぞれ違うけれど、どれも人を笑顔にしてくれるようなお話ばかりだった。
    吉田さんの遊び心が満載で、ちょっと聞き慣れない職業が出てきたり、いろんな仕掛けがあって楽しい。
    さくっと気軽に読めるものばかりです。
    特に「マリオ・コーヒー年代記」がよかった。

  •  はじめは「つかみどころのない本だな」と思いながら一編、二編、と読んでいたが、だんだんとゆるい繋がりが見えてきたり、通底する基調音のようなものが聞こえてきたりして、読み終わる頃には「不思議と印象深い本だったな」に感想が変わっていた。
     短編の中のある人物が、ひところ映画館のレイトショーに通う日々を過ごすのだが、「夜の時間くらいは現実の時間よりも自分の腹時計に従って行動したい」という思いから、映画の上映時間に関係なく見たい時に入って出たい時に出るという通い方をしていた。そのためか、その時代に何年も毎晩欠かさず見た映画はまるで夢の断片のように、ストーリーをなさない他人の人生として自分の中に刻まれている、というような語りがあった。
     この本を読んだ体験がまさに、私にとっては「夢の断片のように刻まれている」だ。あとがきには吉田篤弘さんが「始まりの天使」という言葉を使って、「この短編集では起承転結の起承くらいまでしか書いていない」というようなことを書いている。結末をはっきりさせないという小説手法自体は別に珍しいものでもないし、ひとつひとつのお話を切り離して「特にこれが私の人生を変えるほどの衝撃が」ということはなかったが、全体を通して、なんとも忘れ難い夢の旅だったと感じる。すごいな。

     以下、備忘メモ。
    ・紙カツと黒ソース→食べたい第一位。
    ・目薬と棒パン→「すべてのひとを笑顔にできるのは旨いものだけだ」。
    ・さくらと海苔巻き→食べたい第三位。「誰かより速く走りたいとおもわない」。
    ・油揚げと架空旅行→読書は旅。毎日同じものを食べる。
    ・明日、世界が終わるとしたら→そんなに美味しいビフテキなら背中に手を当てられて誘われたい。
    ・マリオ・コーヒー年代記→司書で自転車乗りでオーケストラ。
    ・毛玉姫→黒光りするソース焼きそばは食べたい第二位。
    ・夜間押ボタン式信号機→子羊のロースト、食べてみたい。
    ・〈十時軒〉のアリス→「三十年を消した」。
    ・いつか、宙返りするまで→亀は時間の重さ。モモ?
    ・シュロの休息→名探偵って現実にいないもんね。
    ・最終回の彼女→〈女優洗浄機〉の発明。
    ・あとがき 天使の声が聴こえてくるラジオ→天使は「おや?」と思うと舞い降りて見守り、変化の兆しを見ると去っていく。

  • のんびりと12話。
    ときどきさりげなく登場人物がつながっている。ラジオに出演していたり名前だけ登場したり。
    (「シュロの休息」のシュロって、『おやすみ、東京』のあの人?)

    中でも気に入ったお話について。

    ◯「紙カツと黒ソース」
    紙のように薄いお肉のトンカツ・紙カツ。美味しそう!
    カツを作る丸山とソース工場の梶原の喧嘩によって、一時は紙カツの危機が訪れる。カツがあってこそのソース、ソースがあってこそのカツなのに・・・。そんなカツとソースのように、夏美とちょっと癖のある?彼氏・相楽も、実は当人たちが思っている以上にお似合いなのかも、と気づく。
    夏美は、丸山と梶原のことを気にしているけれど、自分と相楽のことはあんまり見えていないかも。(そもそも自分のことは見えにくいよね。まさに「灯台下暗し」!)
    「あちらで起きていることが、じつはこちらでも起きていて、あちらのことはよく見えるのに、自分の手もとのことはよく見えていない」ーーラジオから聞こえるアナウンサーの言葉が良い役割を果たしてる!
    料理と人との相性を考えるあたたかい話だった。

    ◯「夜間押しボタン式信号機」
    〈ひとしらべ〉をしているぼくは、「G」に分類される人たちみんなが子羊のローストを食べていることを発見する。
    「G」は、さまざまな理由で、誰もがなるもの。最後に「G」とは何なのか明らかになるけれど、ちょっとゾワッとした。。。
    「信号が青になった。ほらね。ほんの少し待てばいい。そうすれば、時間は確実にやってくる」


    「あるくたびれた夜に台所のラジオを聴くうちにオーケストラを思いついたように、これからも僕は何度だっていろいろなことを思いつく。」

  • 吉田篤弘さんの世界観が好き。
    寓話みたいな物語たち。
    なんでもない日常、普段気にもとめない片隅に置いてある物達が愛おしくなる。
    もしわたしが物語を描くとしたら・・・
    物に語らせる。
    台所のラジオ

  • 『油揚げと架空旅行』がとくに好きだった。とにかく出てくるもの全てが美味しそうでお腹が空く。静かで小さく温かい世界観。考えすぎて疲れてしまったときに読むと癒される。のんびり生きてていいんだよなあ、自分の気持ちを大事にしよう、と思える。

  • このフワッとした雰囲気がたまらなく心地良い。
    流れるラジオと美味しいもの。
    この本を読んでいる間は、心なしか時間がゆっくり過ぎていくような気がする。
    穏やかでちょっと不思議な物語が12篇。
    各話の余韻に浸りながら、そのまま眠りにつきたいと思った。
    シュロの休息が一番好きだな。

  • 12篇からなる短編集。
    共通するのは、流れるラジオと美味しそうな食事。
    物語が終わらせているようで終わらせない。終わりの余韻に浸る。
    そして食べ物の描写が良い。ビフテキ、紙カツにそそられる。
    日常にさらりとラジオを流す暮らし。憧れる。。。


  • 吉田篤弘さんの世界観がすきになった本
    どこか不思議な気持ちになりつつも、暖かい気持ちになったり頭の中で想像しながら読み進めていく感覚がおもしろい

  • 連作短編集。登場人物はほぼ被っていないけれど共通点はタイトル通りみんなラジオを聞いているところ。吉田篤弘には『小さな男*静かな声』という作品がありますが、あの「静かな声」の静香さんの番組かなと思いながら読みました。

    あと共通点は、食べ物が必ず出てくるところ。紙カツ、きつねうどん、生姜焼き定食、ヨイッパリベーカリーのパン、子羊のロースト、ビフテキ、ミルクコーヒー etc...。一番食べたかったのはアリスの生姜焼き定食。美味しそう。

    変な職業の登場人物が多いのも吉田篤弘らしい。お気に入りは「夜間押ボタン式信号機」。「毛玉姫」の女友達と「さくらと海苔巻き」の死んだ彼氏は、主人公は腹を立てていないからスルーしそうになるけど結構ひどい人だった気がする。

    ※収録作品
    紙カツと黒ソース/目薬と棒パン/さくらと海苔巻き/油揚げと架空旅行/明日、世界が終わるとしたら/マリオ・コーヒー年代記/毛玉姫/夜間押ボタン式信号機/<十時軒>のアリス/いつか、宙返りするまで/シュロの休息/最終回の彼女

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著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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