これは恋ではない: 小西康陽のコラム1984-1996

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 203
感想 : 18
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  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784877281397

感想・レビュー・書評

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  • 『ぼくは散歩と雑学が好きだった。』の重さと暗さにやられて、こっちも読んでみました。

    そしたらなんか文章も軽いし、もうゴダールとかいいよ~って感じで退屈して飛ばし読みしました。

    90年代は自分も若かった事もあって、60年代や70年代に憧れていて、「今より音楽も映画もカッコ良かったすごい時代」と思っていたが、今はもうそんな気持ちもなくなった。

    確かに素晴らしい音楽や映画が沢山あったし、ぼくも大好きなバンドが沢山いるけれど、80年代だって90年代だって素晴らしいバンドは沢山いたし、今現在だってデスキャブ、シンズ、エックスエックスなどいくらでも素晴らしいアーティストはいる。

    ウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」じゃないけど、ある程度歳を重ねたら、古い映画や音楽を聴くのが面倒になったし、今の音をタイムリーで楽しみたいという気持ちが強くなった。

    ゴダールはもういないけれど、デヴィッド・フィンチャーや西川美和、園子音もいることだし、ぼくは今自分が生きてるこの時代の音、映画を楽しみたい。

    なんだか話がそれてしまったけれど、そんな事を考えた一冊でした。

  • これは恋ではない―小西康陽のコラム 1984‐1996

  • バイブルです。「これは恋ではない」「小西康陽」「幻冬舎」「コンテムポラリーの表紙」「森本美由紀のイラスト」「ミルクティーのための音楽」。好きだったマガジンハウスのトラベル雑誌「ガリバー」でのコラムは載っていない。
    音楽家で文筆家で類い稀なセンスの持ち主の宝石箱のような作品です。本当に素晴しい。

  • 01/24

    入間ブオフ 100円

  • 音楽や映画や本や雑学、それから喫茶店での過ごしかたから、なにがかっこよくて、なにがかっこわるいのかまで、そんなことのあれこれを二十代のわたしに教えてくれた雑学エッセイ集です。

    いわゆる平成を生きるわたしたちの植草甚一さんですね。

  • ファッションとしてふさわしい本。

  • 本当に何度も何度も読み返している1冊。いろいろなものの見方を小西さんに教わった気がします。

  • 中学生の頃、夢中で読んだ。
    私の原点。

  • 植草甚一氏の本を読んでいるような構成と文章で飽きさせない。

  • 小気味よい文章。それでいて、いやだからこそレヴューされている音楽や映画(愛に溢れています)には信頼がおけるんだよねぇ。特にクールジャズでの小西サンの捉え方は秀逸です。

  • お休みの日に大好きなベッドの上で開く本。

  • 装丁が秀逸。これは晶文社ではない。

  • 音楽のような文章。どこを読んでもその美しい文章に惚れ惚れしてしまいます。小西氏の音楽同様、お洒落でシニカルでユーモアがあって、何よりここに書かれているモノ〜音楽や映画や本etc・・に対する愛に満ち溢れています

  • これを入れなくてどうすると言うんだ、という愛すべき本。
    ホントはもっともっと未収録のコラムが読みたいけど、今はコレで我慢します。
    文庫のような小さな版でも出して欲しい。
    そしたら毎日持って歩くのに!

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著者プロフィール

楽家。DJ。1985年にピチカート・ファイヴのメンバーとしてデビュー。解散後のソロ作品はピチカート・ワン、の名義で『11のとても悲しい歌』『わたくしの二十世紀』。著書に『これは恋ではない』『東京の合唱』『ぼくは散歩と雑学が好きだった』『マーシャル・マクルーハン広告代理店』常盤響との共著『いつもレコードのことばかり考えている人のために』片岡義男との共著『僕らのヒットパレード』。都内の名画座で古い日本映画を観るのが趣味。

「2018年 『いま見ているのが夢なら止めろ、止めて写真に撮れ。』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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