ピッツァ職人

著者 :
  • ミシマ社
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感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784909394873

作品紹介・あらすじ

*** 5/12(金)リアル書店先行発売! ***

「ピザ」しかなかった国で、
「ピッツァ」を焼く――

本場ナポリの薫陶。
庶民のソウルフードを焼く誇り。
生地と窯に没頭する境地。

職人たちの生き様に、12年越しで迫った、
圧巻のノンフィクション。

何がやりたいのかわからない、と生きてきた私は、そっち側の人たちはきっと特別なのだと思っていた。だけど中村は、「やりたいこと」を一度失った人でもある。真っ暗な場所で、彼はただ、微かに振れた自分の心に従った。(略)さらには取材を重ねるうち、本書に登場する職人のほとんどが、そうした心の振れを見過ごさなかった人たちだと知った。出合いとは、はじめから運命的な顔をしているわけじゃない。逆に言えば、人は誰でも特別になれる、ということだ。(「あとがき」より)

感想・レビュー・書評

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  •  ナポリピッツァとは? ピッツァ職人になるとは? 本書は、日本人ピッツァ職人を追跡し、人としての生き方、職人哲学、そして日本でのナポリピッツァの歴史を辿ったノンフィクションでした。職人とピッツァの〝熱〟が伝わる絶品好書でした。

     16歳でナポリピッツァに魅了され、高校に行かずに17歳で福井を出て東京のピッツェリアで働き、ついには18歳で単身ナポリへ渡った中村拓巳さん。
     この中村さんを軸に、ナポリピッツァ職人の先駆者とも言える他の方々のエピソードも交え、ナポリピッツァの真髄と職人の魂が熱く描かれています。

     詳細な取材による、日本におけるナポリピッツァの黎明期〜浸透期〜成熟期を支えてきた職人のつながり、そして、ナポリピッツァは薪窯の「炎」ではなく「熱」の対流・輻射・伝導で焼くという技術など、師から弟子へ脈々と伝播していく様子が、読み手の心に響きます。

     若い人にとって、夢や目標を持つ大切さは、語られ過ぎて凡庸ですが、好きなことに集中する熱量や吸収力、若者ならではの大胆さや行動力、目の前の課題に対しての考え方などは参考になるのではないでしょうか。見知らぬ世界に飛び込む高揚感と緊張感の追体験も、大きな意義がある気がします。

     本書に登場する職人の方々のお店に行って、ナポリピッツァの奥深さ味わい、堪能してみたくなりました。

  • 5/24(水)井川直子×中村拓巳×河野智之 「ピッツァ職人という生き方」~『ピッツァ職人』刊行...
    https://mishimasha-books.shop/items/6449f456dc901c002f4ca4fa

    ピザとピッツァ|井川直子 naoko ikawa
    https://note.com/naokoikawa/n/nd1098987a966

    ピッツァ職人 | 書籍 | ミシマ社
    https://mishimasha.com/books/9784909394873/

  • ものすごく爽やかな本。
    夢中になるものに"出会ってしまった"人たちの人生。多くの日本人とは違うルートを選びながら、その道の専門家になっていく。
    努力が報われているといえる人たちの話だからだとは思うけど、清々しいし前向きさをもらえる一冊。

  • デザインにやられた。
    そして、アツいピッツァに魅せられた職人の物語。
    あとがきの「人は誰でも特別になれる」の言葉に最近ぼんやり生きてる自分なのでドキッとした。

  •  本屋で表紙の配色とタイトルに惹かれて買った。ピッツァ職人に関するノンフィクションという珍しい内容だけども、めちゃくちゃオモシロかった。仕事論でもあるし人生論でもあるし、ピザ職人という切り口でこんなに見える世界があるだなんて。。。
     中村さんというピザ職人の人生を中心に日本におけるナポリのピザの歴史を紐解いていくのだけども、この本の面白さの半分以上は中村さんのキャリアにあると言っても過言ではない。高校中退して何も夢中になるものがない中でピッツァに出会い、わずか17歳で単身ナポリへ渡って修行を重ねていく。まだまだ修行ルートが確立されておらず治安も悪いナポリで青年がピッツァへの情熱だけで懸命に生きていく、その話だけでも胸が熱くなった。ほぼ同年代だしサラリーマンとして日々を生きている中だと、若い頃に真剣に夢中になれるものに出会い、それを仕事にできることの尊さが骨身に染みるほど分かる。本著からは夢中になることの尊さがビシバシ伝わってくるのがよい。打算的なものが感じないピュアなピッツァへの愛。だからこそイタリアの職人に受け入れられたのもよく分かった。
     また「ピッツァ」に対する解像度が一気に上がるのも本著の素晴らしい点だと思う。日本ではアメリカ由来の「ピザ」とイタリア由来の「ピッツァ」が混ざっている現状があると思う。ナポリ由来の「ピッツァ」がどういったもので日本にどのように輸入されてきたのか経緯を丁寧に解説しくれていて勉強になった。特にナポリのピザの特徴について、ナポリ各地の魅力的なピッツァマスターを紹介してくれたり生地のテクスチャーを細かく文章で表現してたり。著者の表現がうま過ぎて読んでいるだけでヨダレが出るくらいに楽しんだ。今すぐナポリのピッツァが食べたい!

  • 大好物の食べ物本。だけど、ナポリピッツァに魅せられた青年の青春本であり、イタリア文化を学べる本でした。

  • ピザ好きということと、装丁がインパクトがあり読んでみた。

    訪れたことのある吉祥寺GGのピザ職人の方の話で、他にも訪れた店の話もあり、当たり前に食べられるナポリピザが普及した歴史をたどることができた。

    一皿のピザに対する考え方も変わった。

    類書として、『ビゴさんのフランスパン物語』では、来日してフランスパンを広めたビゴ氏の話に感動し、『コーヒーに憑かれた男たち』ではコーヒー豆焙煎に情熱を燃やす焙煎士、『ヒゲのウヰスキー誕生す』ではウイスキーなど、食文化を持ち込んだ人の話を読むと啓発される。

  • イタリア料理が全国に流行ったのが1990年だったと知った。中でもナポリピッツアは1995年が元年である。
    吉祥寺にあるピッツェリアGGの職人である村上さんが高校生の時にナポリに行ってから、日本に帰って今日に至るまでに出会ったピザ職人を巡る物語。
    やっぱり、量をこなして自分の頭で考えるのが修行なのだと、痛感した。焼いて、焼いて、焼きまくる。

  • ナポリピッツァという伝統の世界に『出会ってしまった』人たちの話。とにかく惹きつけられるというパワー。鮨とかも、もしかしたらこういう世界なのかも。
    窯で焼いた美味しいピッツァ、食べたい。

  • ピッツァ職人

    著者:井川直子
    発行:2023年5月20日
    ミシマ社

    著者が、ピッツァ職人の中村拓巳に出会ったのは2011年、彼が25歳の時だった。吉祥寺の「ピッツェリアGG」という店で働いていた。ナポリで修行中に出会った日本人ピッツァ職人と2人で始めた店だったが、もう1人が出資者を探して東中野で開店、前年に吉祥寺に移転したのであるが、中村はまだ経営者ということではなかった。筆者は以来、12年間にわたって彼を取材。17歳から歩んだ彼の人生を紹介するとともに、日本で活躍するピッツァ職人を何人か紹介しているが、中に知っている人が出てくるし、思い出のある人も出てきて嬉しかった。

    本の帯に、「ピザ」しかなかった国で「ピッツァ」を焼く、と書いてある。「ピザ」しかなかった国とは日本のことで、「ピザ」は戦後にGHQが持ち込んだアメリカのピザであり、「ピッツァ」はナポリピッツァのこと。僕自身も、ピザと言えば生地の薄いカリカリタイプだし、ふわふわのナポリピッツァを食べ始めたのは、まだ20年足らずというイメージ。中村もまだ36歳だが、まさに日本に「ピッツァ」を紹介し、定着させた主役の1人だといえる。今は、世界でもトップクラスのナポリピッツア職人でもある。

    別の本を読んでいて、息抜きに読み始めたら面白くてそのまま読み切った。なかなか面白かった!

    福井県大野市に生まれた中村は、NBLに入ることを夢見てバスケットにかけてきた。しかし中3の県大会ではベスト8で敗退。なにもする気力がなくなり、学校へも行かなくなった。ただ、そのまま受験した高校は合格。通学はせず、すぐ中退した。ガスではない火を使う料理人になりたくて、料理学校に行き、ピッツァにたどり着いた。東京で多くのピッツァ店やワインのエノテカなどを運営するグラナダに就職し、各店のヘルプ要員となって働き始めたが、伊勢丹会館にオープンした店にナポリ修行から帰ったばかりの先輩が就任し、そこでヘルプをしているうちに、自分もナポリ修行がしたくなった。まだ早いと先輩に反対されるなか、4月に入った会社を12月に辞めて単身、ナポリへと向かった。年が明けて2004年だった。給料はほとんど使わず、100万円ためていたが、まだ17歳だった。当時、とても治安が悪く、なんのつてもないナポリへ1人で行って、一体、どうやって修業先を探すのか。誰が見てもムチャな話だった。ただ、これがのちのち、「17歳でナポリに行ったやつがいる」との伝説となり、若者のナポリ修行者を勇気づける存在ともなっていく。

    ナポリは、よそ者には冷たく、見た目だけで排除されるまちだったが、現地の人間のような髪型や服装にすると、突然、ガラッと態度が変わった。また、一生懸命接していると、彼らも打ち解け、とても親しくしてくれる人間が多かった。現地で、やはりピッツァ修行に来ている日本人とも交流し、日本でのネットワークにもなっていく。

    この本の中で、日本におけるナポリピッツァの歴史に触れる部分がある。そこに、「真のナポリピッツァ協会認定店」の日本第1号店のことが書かれている。1997年に認定された兵庫県赤穂市にある「ピッツェリア・リストランテSAKURAGIUMI」である。認定店は長くこの1店だけだった。大阪からだと2時間ぐらいかかる。予約は受け付けていなくて、店に行って名前を書かないといけないので、食べられる人は限られている。幸いなことに僕は週末で過ごす山荘が中間地点にあったため、金曜日夜に山荘へ行き、土曜日の朝から1時間ほどかけて店に行き、名前を書いてランチタイムに何度かナポリピッツァを食べることができた。

    当時、目の前でピッツァを焼いていた女性は、その後、独立して夫とナポリピッツァ店を営んでいるが、実はその店でも食べたことがある。明石市のタコフェリー乗り場前だった。現在は、少しリゾートっぽい海沿いの店に移転している。「チーロ」という店。もちろん、味はいうことなしだった。

    もう一人、僕が知っている人が出てきた。大西誠というピッツァ職人。この本では、日本におけるナポリピッツァ界のスター職人の1人と表現されている。彼は、2003年9月、当時、ナポリで最大規模を誇ったピッツァ職人の競技会「ナポリピッツァ世界コンペティション」で、日本人初の世界チャンピオンになった。僕はそのことを朝日新聞のごくごく小さな新聞記事で読んで、この人に会いたいと思い、記事を切り抜いておいた。当時、僕は関西で活躍する若い才能を呼んで話を聞くという番組の構成をしていて、ぜひ聞きたいと思った。でも、記事によると奈良県吉野町出身のその若者は「まだまだ修行しますよ」とずっとナポリにいるような口ぶりだったので、諦めていた。ところが、この本を読むと、実はすぐに帰国していたらしい。しかし、日本のマスコミでほとんど報道されていなかったので、就職先もままならなかったという。なんということ!それが分かっていれば・・・

    結局、大西誠は「サルヴァトーレ・クオモ」に就職し、デリバリー部門を始めた。白金店にいることは僕も知っていた。でも、店では食べられないし、上京の折にも行くことはなかった。

    ところが、ある時、大阪市北区の店に行くと、彼がピッツァを焼いているではないか。取締役となり、大阪に来ていたのである。僕はその時、店のマネージャーから電話をもらい、あるコース料理を女房と食べに行っていた。それは、阪神・淡路から10年だかの時期で、売上の一部を寄付するために催されたコース料理提供の日だった。わざわざサルヴァトーレが来て、メイン料理を出すという。もちろん、その割にはお安い。禁煙席を希望した僕らはカウンターに座らされたが、トイメンにはなんとサルヴァトーレ、そして、その横の薪窯前には、あの大西誠がピッツァを焼いていた。本当にびっくりした。

    よほど僕らの食べっぷりがよかったのだろう。サルヴァトーレがメインの肉料理をもう一皿出してくれた。こんなに食べられない、どうしよう!と途方に暮れていると、大西がなぜか直径10センチちょっと、餃子の皮を一回り大きくしたようなミニピッツァを焼いて遊んでいる(ように見えた)。あれ、なにするんだろう、なんだろう、とじっとみていると、それを薪窯で焼き、信じられないことに我々に出してくれた。ペスカトーレだったかなあ。これも、食べっぷりのよさ?イタリア流?

    大西は2012年に日本に発足した「イタリアのナポリピッツァ職人協会」の会長をしていているとのこと。

    中村に話を戻すと、彼は2007年、22歳で帰国し、現地で知り合った26歳のピッツァ職人と「ピッツェリアGG」を東中野で始めた。26歳の河野が出資者を探してオープンした店だった。消費税5%込みで。マリナーラが650円。東京では信じられない安さ。しかし、それがいけなかったのか、1年半、客が全く入らなかった。職人をもう一人入れるというので、それではやっていけないからと、中村はいったん抜けることにした。ところが、2009年になると、当時の食べログにおける人気のレビュアーである久留米指向という人物が高評価をしてくれた。それがきっかけで一躍大人気店となった。久留米指向というのは、カメラマンの小澤武だった。

    以後、人気店となり、吉祥寺に移転することになった。河野が出資者と精算をし、自らがオーナーとなって移転を決めた。そして、中村を招いた。再び2人はタッグを組むことになった。

    彼らはコロナ禍で大変な目にあったが、1人も首を切ることなくなんとか乗り来ている。中村は店を買い取って自らが経営者になるつもりだという。もちろん、新しい店も出来ている。

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著者プロフィール

1967年、秋田県生まれ。文筆業。レストラン取材のほか、主に料理人、生産者など「食」と「飲」まわりの人々、店づくりなどの記事を雑誌・新聞等に寄稿。著書に『シェフを「つづける」ということ』『昭和の店に惹かれる理由』(以上、ミシマ社)、『シェフたちのコロナ禍』(文藝春秋)、『東京の美しい洋食屋』(エクスナレッジ)、『変わらない店』(河出書房新社)などがある。第6回(2021年度)「食生活ジャーナリスト大賞 ジャーナリズム部門」を受賞。2023年4月、『東京で十年。』(プレジデント社)を上梓。

「2023年 『ピッツァ職人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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