日の名残り (ハヤカワepi文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 「感動作」かは疑問だが、全体として非常によくまとまっている。回想が多く、一見無駄なエピソードも、「執事」として振るまおうとする主人公スティーブンスの在り方を浮き彫りにしている。

    「執事としての品格」を追求し、時には冷たい態度と捉えられうるふるまいをするスティーブンス。
    長年仕えたダーリントン卿時代の回想を交えながら、いかに自分が執事としてあるべきふるまいをしてきたか(時には「見事に」自分を殺しながら)を、車旅の風景・出会いを交え語っている。
    ところが、最後になり、ダーリントン卿がナチスと手を組んだ愚人として糾弾され、失意のまま亡くなったこと、そうしたダーリントン卿の行く末に口出しせず、「執事としての品格」として従ったこと、また、旅の目的でもある、女中頭のケントンを慕っていたことも露呈される。
    スティーブンスの語り(地の文)ですら、本心を表に出しきらず、最後に自身が「執事として」を言い訳に、思考停止してきた面もあることを後悔する。

    読み始めは、「お高くとまった英国紳士の執事」であるスティーブンスだが、最後には「懸命に仕事をこなしながらも、時代の移り変わりも感じつつ、前時代の自身の在り方を悔やむ初老の男」として表れてくる。
    ラストは、夕暮れの中、現状を肯定しつつ、前を向いて生きていこうという希望に満ちている。

    人生のステージによっても、印象が変わるかもしれない作品。

  • イギリスの名家の執事だった主人公が旅をしながら、回想シーンを交えて、盛りだくさん。
    執事というものをよく知らなかったけど、その誇り、品格、というものが伝わってくる。そのうえで、年齢、時代、生活環境などの様々な違い、変化の中で主人公が感じること、心の動きが次々に出てきて、最終的に・・・(笑)
    こういうのをイギリス的なユーモアっていうのかな?

    すっかり主人公になりきって読んでしまった(笑)
    映画を見ているような感覚でもあり、面白かった!
    伝統に忠実に過去に生きているのかと思いきや、新しい時代にも生きている。
    否定するのではなく、今の状況をうまくハンドリングするのが執事の仕事であり、伝統を生かす品格なのかもと思った。

  • 描写が細かく、想像力を掻き立てるので
    映画を一本見たかのように
    登場人物の容姿、情景が目に浮かぶ作品。

  • 1956年。新たな主人であるアメリカ人青年から休暇を与えられ、主人の車を借りて旅行する許可を得た執事のスティーブンスは、かつて共に屋敷を支えた元女中頭のミス・ケントンが暮らすコーンウォールを訪ねることにする。道中スティーブンスの頭をよぎるのは、元の主人ダーリントン卿の執事頭として忙しく過ごした働き盛りの日々、そして政局にかかわる重大な会合の数々。だが、旅と回想がすすむにつれ、ダーリントン卿の思想もスティーブンスの誇りも怪しげなものになっていき……。


    〈見ないふり〉〈考えないふり〉で責任逃れをしてきたおじさんの体質を、執事という職業に具体化したアイデアが面白い。これは仕事(「国家に関わる、重大な」)を言い訳にして思考を放棄してきたおじさんの遅すぎた自分探し小説なのだと思う。
    見栄っ張りなスティーブンス特有の大仰な口調が生みだすおかしみは本書一番の魅力。だいたいこの人だれに向けてこの手記を書いてるんだろう?作中では明記されていないけど、「執事の品格」を長々と語っているところからするに自費出版で回顧録でも出すつもりなの?おじさんあるあるだなー(笑)。
    スティーブンスは本当にコミュニケーションが下手くそで、親類の訃報を受け取ったミス・ケントンにお悔やみを言おうと声をかけたはずなのに、いつのまにか女中たちの監督不行きを責め立てるくだりのダメっぷりは笑える。ユダヤ人女中を解雇するときもスティーブンスの日和見主義は最悪だし、なんでこいつを好きだったのミス・ケントン?!世間知らずのお坊ちゃんに「生命の神秘」を教えようとするところや、銀器磨き粉について突然熱弁しはじめるところ、長々とガス欠の言い訳をするところ、そしてもちろん田舎の人びとに身分を偽るところも笑ってしまうし、同時にだんだんと可哀想に感じられてもくるのだ。すべての不都合に蓋をし、時にダーリントン卿、時にミス・ケントンに責任転嫁しながら彼が守ろうとしているのは、思想でも愛でもないんだから。
    ミス・ケントンに再会した四日目の午後、空白の五日目、そして終幕の六日目に至ってスティーブンスはやっと本心らしいものを吐露する。その聞き役が偶然ベンチで相席した見知らぬおじさんで、一言目が「海の空気は体にいいんだよ」という気の抜けぐあいがいい。このおじさんはスティーブンスに欠けた共感能力を持っていて、泣きだしたスティーブンスに一度鼻をかんだハンカチを貸してくれる。そして彼が去ったあと、スティーブンスは新しい主人のためにジョークを覚えようと決意して終わるのだ。
    この話の本質は喜劇だと思う。紳士と間違われて嘘を重ねていくスティーブンスは古典的な道化だし、どんな政治的重大事も執事の目を通してみると瑣末事に還元されてしまうおかしみがある。だが、そのおかしさの裏にはやるせない悲しみがピタリと張り付いている。第一次大戦で兄を亡くし、その元凶となった軍事的失策を犯した男の前でも〈執事〉を全うしたという父を持ちながら、政治的意見を自分に封じて生きてきたというのはよく考えるとすさまじい。この老執事である父が仕事中につまづいてアフタヌーンティーセットをぶちまけてしまい、その石段を「まるで落とした宝石でも捜しているかのように、ずっと目を地面に向けたまま」上り下りする姿は本書を象徴するような印象的なシーンだった。
    そんな父の死に目にも会わずミス・ケントンへの気持ちにも蓋をして彼が献身を捧げたダーリントン・ホールは、アメリカ人の客からあっさりハリボテじゃないかと揶揄される。見ないふりをし続けた先に何も残らなかった男の悲しい喜劇だが、スティーブンスにはまだ未来があるはず。「夕方が一日でいちばんいい時間」だからね。

  • ノーベル賞受賞前から読んでて、漸く読み終わった。英国紳士に仕える執事の回顧録。お堅い口語調でパーフェクトな執事かなと思いきや…感情的になることもあれば、執事職(?)以外の人が読むと「?」となるカワイイ部分もあり、面白い。
    「品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だ」という表現には納得。1900年代中盤の英国紳士について学べた一冊。

  • 作者がノーベル文学賞を受賞したので読んでみた。川端康成は読んだことはないですけど...村上春樹がノーベル文学賞の候補になる訳も、なんとなく理解できた。

  • あるイギリスのお屋敷で執事をされている方が、ご主人から与えられた休暇を利用して旅行に行くお話です。旅は色々と考えさせられますが、今までの執事人生を振り返りつつ話は進みます。過去の回想と、この旅行の目的が絡み合う心地よさを感じながら読みました。執事としての仕事へのポリシー、お客様との接し方、そして人間関係。現実世界でも仕事をする中でぶつかる壁が詳細に書かれていて、この小説にリアリテイを与えているように感じます。プライドを持って仕事をするということはどういうことなのか。それが果たして良いことなのか。主人公の人生は正解だったのか。読んだ後も想像力を掻き立てられる内容になっています。

  • とても興味深く、楽しく読めました。美しい言葉の数々、これは翻訳者が素晴らしいのだと思います。何事もなく執事としての職業を全うされたと思われる主人公ですが、その裏には重大な事柄が進行していったことをぼんやりと感じることができます。世界大戦中の緊迫した様子をこんなふうに描くこともできるのだなあと、それも面白かったです。この映画を観たことはなないのですが、主人公のスティーブンスを常にアンソニー・ホプキンスに置き換えて、場面を想像していたように思いますw

  • なかなか痛い感じの主人公。
    父親と同じ頑固者。
    ありがちな老人いえばそうかもしれない。
    読みながら自分や回りの人をいろいろとふりかえる。
    文学らしい読み方?がおもしろい。

  • イギリスの風景と歴史を通して描かれる、人生の夕刻の思い。
    美しい小説でした。

    ミスター・スティーブンスの執事の仕事観に、妙に共感するところあり。
    執事をクリエイター、お屋敷を会社、主人をクライアント、と読み替えてみると…

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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