敵 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2000年11月29日発売)
3.38
  • (23)
  • (36)
  • (93)
  • (12)
  • (3)
本棚登録 : 451
感想 : 46
5

圧倒的すぎる孤独にただただ読後、放心。
解説の川本三郎が「老人文学」と評していたがこれはもう他に類はないのではないか。

儀助の日々日常を淡々と、しかしすさまじく細かに描く冒頭から筒井ワールド。擬音を独自の漢字に当てはめて描くのも筒井ファンにはたまらない、お約束の表現として楽しく読む。しかし、「酒」を辺りにから現実と夢、幻覚の区別が徐々に曖昧になってくる。

さあこれも筒井御大独特の導入と、読む者は気を引き締める。パソコン通信で「敵」があらわれたときなど、読者は小躍りする。どんな展開が待っているのだろう、ここからドタバタになるのか、儀助の身に何が起こるのか。何ならもうすでに最初からすべて儀助の妄想であって などなど、永年やられつづけてきたファンは各章を読み進める。どれも、筒井読者には通ってきた道であって最後の行で「やられた!!」となるはずだと確信をもってページを繰るのだ。

そして、やられた。最後の行にあったのは、ただ、ただの老人の孤独だった。独居老人の日常にはなにが起ころうと展開などあるはずもないのだった。「春雨」の章、「彼は首を四十五度にして耳を傾ける」。

あれだけ夢で死んだ妻に焦がれながら、毎年のように遺言状(ただし効力はない下書きのワープロ)を書き換えながら、毎晩晩酌をし酔生夢死にうっとりしながら、そう、貯金が底をついたら自死をすることだけを日々考えながら、春の前の使途使途死都死都ふる雨を聞きながら、ただ思うのは「春になったら来てくれるだろう」「信じて待つとしよう」と、「生きている知り合い」に逢うことだけ。恐ろしい孤独。生きている人間が最後に感じる、圧倒的な孤独。「老人文学」とは本当によくいったもので、これはこの年まで生きて筆をとりまた全盛期の力と意地を失わない筒井康隆でしかものせなかっただろうと思う。孤独を描き切り読む者に伝えることができた作家の力とは、と想像を絶するしかない。また文庫版の表紙がいいんだ、これが。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年9月7日
読了日 : 2017年9月7日
本棚登録日 : 2017年9月7日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする