ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2014年9月1日発売)
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※全巻通しての感想です。

クリスマス未明、中学生の男の子が学校の屋上から転落死する。当初は自殺と考えられていたが、同級生による犯行だと告発する手紙が関係者に届いたことで、事態は大きく動き出す。
情報を公開しない学校、センセーショナルに煽るマスコミ、さらに騒ぎに便乗した悪意。
同級生の死という衝撃の事実について考える間も与えられず、不確かな情報に振り回される状態を打破すべく、捜査一課の刑事を父に持つ藤野涼子は「学校内裁判」を開くことを提案する。

本書にはたくさんの人物が登場するが、メインキャストは、前述の藤野涼子、遺体の第一発見者で学校内裁判でも活躍する野田健一、他校生ながら学校内裁判に弁護士として参加する神原和彦、そして物語が始まってすぐ亡くなってしまう柏木卓也である。
涼子は、健全な家庭と健全な精神を持つ物語の良心のような存在である。正義感が強く、クラスでも頼りにされる存在だが、そんな優等生の彼女が学年主任に反抗してまで学校内裁判の開催に向けて動き、検察側としてグレーな立場の同級生の側に立つことで、これまでの自分から大きく成長する。
健一は、ほとんど家にいない父親と、体が弱く何かと手のかかる母親のもと、波風を立てないよう、目立たないように生きてきた。そんな彼も、学校内裁判に参加することで、学校や家庭での自分の新たな立ち位置を見つけることになる。
和彦は謎の多い存在として描かれる。卓也の死の真相について何か知っているようにも思われるが、最後の最後まで謎は明かされない。
そして影の主人公といえるのが卓也である。彼に関する情報は初めのうちはほとんど言及されない。ただ、学年一の不良グループとトラブルになった後に学校に来なくなったことが健一と友人の行雄との会話によって明かされるのみである。本書は、卓也の死の真相を明らかにすると同時に、卓也自身がどのような人物だったのかを探っていくことが主題の一つとなっており、その過程は宮部みゆきさんの代表作『火車』に通じるものが感じられる。

彼らは中学生、14歳、15歳という年齢である。小学生のように大人の言うことを素直に信じられないけれど、高校生ほど大人に対して力を持っているわけではない。そんな微妙な年齢の彼らがあえて起こした裁判だったからこそ、現状に対する切実な思いが伝わってくる。
彼らは犯人を見つけ出し、断罪したいわけではない。裁判を通じて真実を知り、関わった人物たちの気持ちを理解することがなにより大事なのだ。そして彼らが最後に出した結論は清々しく、いたましい事件で沈む気持ちを少し救ってくれる。

ミステリの要素を兼ね備えながら、社会問題や少年の心の内を丁寧に描いた読み応えのある作品。最後に収録されている杉村三郎シリーズの中編で、彼らのその後を垣間見ることができるのもうれしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本のミステリ
感想投稿日 : 2022年7月3日
読了日 : 2022年4月18日
本棚登録日 : 2022年7月3日

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